第15話 大魔王覚醒

 訓練は毎日続けた。

 俺がぶっつぶしたスライムの数は万の単位を超えるだろう。

 剣を握る俺の手の平にはマメができてつぶれ、硬くなっていまではカチコチに固まっている。

 なんなら農作業を終えて夕食後の時間にも庭で付き合ってもらってスライムを叩きまくった。

 そのかわりに俺がこないだもらった銀貨で小説の本をエリシアに買ってやったりしたけど。

 ちなみに全部ちょっとエッチなロマンス小説とかなりエッチな百合小説ばっかりだった。

 エリシアのやつ、男も女もいける口らしい。


 そんなある日のことだった。


「我が叔父よ、そんなスライムばかり潰してほんとに強くなるのか?」

「ああ、強くなる。スキルレベルの解放をしなきゃ本当には強くならないけどな。とにかく、経験値は今のうちに稼いでおきたい」


 俺たちの目の前にはエリシアが召喚したスライムの山。

 毎日毎日訓練に付き合わせているから、エリシアの召喚スキルレベルも上がっている。


 と、突然、その辺のぼうっきれを拾ってメロが言った。


「くっくっく、我も訓練をやるぞ! ダークネスドラゴンファイヤーデストロイヤー騎士団のカリスマ団長、メロルラーナ・コラトピ・ダイバクローナの実力をとくと見よ!」

「おいおい、やめとけ! 最弱モンスターといってもこれだけの数相手じゃ……」


 エリシアはすました顔で言う。


「まあまあいいんじゃないですか。別にスライム相手なら危険もないですし。未来の族長として強いに越したことはないでしょう」

「でも、メロには平和主義者になってもらいたいんだよ俺は」

「強くて平和主義者でいいじゃないですか。なにを恐れているんですか?」


 うーん。

 俺としては、世界の破滅が待っているあの未来を知っているからこそ、メロには闘いを覚えてもらいたくないんだが……。

 エリシアの言うことにも一理はある。

 別に強くても平和を愛する性格なら別にそれでいいわけで、メロが復讐の大魔王となるのは現族長であるおじさんやおばさんたちが殺されたからで。

 それを阻止できればいいんだ。

 じゃあまあメロにも戦闘慣れしといてもらった方がいいっちゃいいかもしれん……。


 とかなんとか俺が逡巡しているうちにも、メロはぼうっきれをもってスライムにとびかかっていく。


 だけど。


 なにしろメロはまだ十一歳。

 日本だったらランドセルをしょっている年齢だ。

 スライムといえど、今目の前には100を超える数がポヨポヨしているのだ。

 最弱モンスター相手だとしても、この数相手では女子小学生の年齢の女の子が全滅させるのは難しいだろう。


「くっくっく、まかせろ、最近炎の魔法を覚えたのだ!」


 スライムの群れに突っ込んでいくメロ。


「しょうがねえなあ……あーあ、ほらスライムに襲い掛かられちゃっているよ……」


 数十匹のスライムがメロにとびかかり、今やメロの全身を覆って捕食しようとしている。

 ま、消化の力もそんなにないし、俺が叩き潰してやればいいだけだ。


「や、やめろーやめろ、うぷ、おえっぷ、ぶくぶく……」


 メロはスライムの粘液の中で溺れかけている。

 うん、こうやって戦闘の恐ろしさを身をもって知ればいいさ。


「たすけ、おぽ、た、たす……ぷくぷくぷく……」


 これ以上ほっとくと必要以上にトラウマ与えそうだな。

 さてそろそろ助けてやるか……。

 と、次の瞬間だった。


 ドゥーーーーーーーンッ!!!!!!!!


 という、まるでバカでかいウーファーから低音の大音量を流したかのような、腹にズシンとくる不吉な響きが空気を震わせた。


「な、なんだっ!? モンスターかっ!?」


 俺は驚いて回りを見渡すが、なにもいない。

 そりゃそうだ。

 その音は、メロが発したものだったのだ。


 わずか十一歳、まだ成長期も終えていないメロのちっちゃな身体が黒く光っていく。


 黒く光る、なんておかしな言い方だけど、そう表現するしかない。


 メロの全身を黒く輝くオーラのようなものが覆い、そしてそれが針のように鋭いとげとなっていく。

 まるでメロがウニにでもなったかのような……。


 そして。


「ヴヴヴヴヴヴっヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴ」

 

 メロが声とも言えないようなうめき声を出したその直後。


 パアアアァァァァンッ!


 大きな破裂音とともに、メロにまとわりついていたスライムたちがはじけ飛んだ。


 メロのかわいく大きな目は今や黒く染まり、感情のない赤い瞳が自らを囲むスライムたちをねめまわす。

 ふわふわの金髪までもが暗い緋色に輝いて宙を舞う。


「ザコどもが……我の命を狙うか……我が右腕に棲まう魔なる大蛇の魂デビルスネークソウルがお前らを食らいつくしてやるぞ……」


 見ると、メロの右腕が禍々しく紫色に輝く大蛇に変化していて、牙のある大きな口を開けている。


「こ、これは……なんてすごい魔力……伝説のメイド長ミーハ様よりもすごい……!」


 エリシアはそう呟き、驚きのあまり固まっている。

 俺だってそうだ、なんだこれは。

 見るだけで全身を覆う恐怖感。

 恐ろしさのあまり身体が動かない。

 こんなのは、生まれて初めてだ。


 これが……これが未来の大魔王、メロの本当の力か……。


「死ね、ザコどもがっ!」


 紫色の大蛇が、「シャーーーーッ!!!!!」と鳴き声をあげると、ただそれだけでスライムはぷるぷると震えて溶け去って行く。


「おい、メロ、もういい、やめろ。スライムたちはみんなやっつけたぞ……」


 だがメロには届いていない。

 どころか、今度は俺の方に向き直り、なんとその場でスーッと1メートルほど宙に浮いた。


「……ザコが。お前も我に滅ぼされるべき生命体か? 八つ裂きにして殺してやるわっ!!」


 そうメロ『だった』ものが言った。


 ほとんど反射的に俺は剣を構え、エリシアはスカートをたくし上げて太ももからナイフを抜いた。


 ……まさかこんな序盤でラスボス大魔王戦になるとは!



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