第10話 ちらっ

 雲一つない、夏の朝。

 もはや早朝といえるほどの時刻ではなくなってきていた。

 太陽はすでに空で輝き、ぎらついてまぶしいほどだった。

 このとき、最後のジャイアントインプは空高く飛びあがり、ちょうど太陽を背に逆光を利用して俺たちの死角に入りつつ移動していたのだ。


「あそこです!」

「まじか、まずい!」


 残りの一匹は、岩の陰に隠れていたメロに襲い掛かろうとしていた。

 その凶悪なほどにでかい爪が恐怖で動けなくなっているメロを突き刺そうとしている。

 俺はダッシュしてメロの元へ向かうが、少し距離がある、間に合うか!?


 だけど、早かったのはエリシアだった。

 エリシアがそのジャイアントインプに対してナイフを投げたのだ。


「ギギッ!?」


 気づいたインプはメロから向き直るとその爪でナイフを叩き落す。

 ナイフは弾き飛ばされて岩に当たると、キィン! という金属音とともに地面に転がった。

 だが時間は稼げた、俺はさらにジャイアントインプに詰め寄ると、


「くそが死ねぇぇぇぃっ!!!」


 叫んで剣を振り下ろした。

 爪で防ごうとするジャイアントインプ、だが俺の狙いは――。

 剣の軌道を修正して爪の上をすべらせるように刃を振り抜く。

 長い爪がレール替わりとなり、その上を俺の刃が走り抜く。

 残念だったな、お前の爪は丈夫だが、剣と違って『ガード』、つまりツバがない。


 俺の剣先はジャイアントインプの手首をシュバッ!と切り裂いた。

 ツバのない刀は実戦に向かないというが、その理由がこれだ。

 切り落とすことはできなかったが、その部分から青い血が噴き出し、だらーんと手首から先が90°に曲がって垂れ下がる。

 さらに追撃、俺は剣を正中にかまえると、そのままインプの喉元に向けて突き刺そうとした。

 

 だけど、ジャイアントインプは不利を悟ったのか、大きく羽ばたいて空高くへと逃げようとする。


「ただで逃がすかぼけぇ!!!」


 これは俺のセリフではない。

 エリシアがそう叫びながらナイフを投げたのだ。

 ジャイアントインプは腕で自分の急所をガードする。

 その左腕に突き刺さるナイフ。


着火イグナイテッド!!」


 エリシアの声とともにナイフが破裂する。

 ジャイアントインプの左腕は肉片となって散らばった。


「ギャァァァァッ」


 金切り声を上げるインプ。

 それにめがけて俺は魔法を放つ。


火球ボライド!!!」


 ジャイアントインプは炎に包まれながら地上に落ちてくる。

 俺はそいつに向けて駆け出し、剣を振り上げた。


「こんくそがぁっ!!!」


 俺の剣先は燃え上がるジャイアントインプの首を斬り落とした。


 グボァッ! という血液と空気が混じりあったような音ともに首を失ったジャイアントインプの身体から血が噴き出て俺の服を汚した。

 切り離された首は燃えながら地面を転がっていった。


「はぁ、はぁ」

「ふー、ふー」


 俺とエリシアの吐息、そして、


「ぐす、ぐす……」


 メロの泣き声。

 

 やった。

 モンスターたちを、返り討ちにしてやったぞ。

 返り血で青くそまる俺の服、おえっ、すげえいやな臭いがするなあ。

 それはともかく、なんとか俺たちだけでジャイアントインプをやっつけることができた。


「くっくっくっく、よくやったぞ我がダークネスドラゴンファイヤーデストロイヤー騎士団副団長と暗黒メイド騎士ダークエリシア卿! ……さすがは、さす……うう……ひっく、ひっく、ふひぃぃぃん……」


 岩の陰でへたりこんだまま泣いているメロ。

 死の直前から生還できて安心しすぎたのか、メロの座っている地面がじわーーっと黒く濡れ広がっていく。


「ひぃぃ~~~ん、ひっく、ひっく……」

「よしよし、怖かっただろうな、もう大丈夫だぞ」


 俺はメロのふわふわ金髪の頭を優しくなでてやる。


「我が叔父よ! みんな生きててよかったよぉ、ひぃぃん……」


 それを見てエリシアはやれやれ、といった顔で、


「洗濯物が増えましたか……お嬢様、大丈夫ですよ、わたくしが綺麗にしてさしあげますから……」

「そうだな、俺もインプの返り血で服がひでえや」


「お任せくださいカルート様、インプの血もわたくしが綺麗に洗濯してさしあげます」

「悪いな、インプの血なんて汚いものを……」


「いいえ、インプの血など! 普段カルート様の汗まみれの服を洗っていることを考えればインプの血など全然汚くないですわ」

「俺の汗はインプの血より汚いのかよっ」


「そうはいっておりませんわ、もちろんインプの血のほうが汚いです。でも、わたくしの個人的な感情でいえばカルート様の汗の方がいやだなあと」

「失礼な奴だな!」


「だってわたくしをおかずにしている人の汗ですし」

「し、し、しししつ、しつしつ失礼な……失礼なやつだなああははは。そんなわけないだろうあはは」


 うわ、冷や汗かいたわ。ま、この汗もエリシアが洗うんだが。


「……でも、カルート様、かなり強いではないですか。成人したばかりの15歳、実戦でその動きができるのはかなりのものですよ。カルート様がいなかったらわたくしもお嬢様を守り切れなかったでしょう。見直しました。少しかっこよかったですよ」


「お、そ、そうか……」


 かっこよかったってか。

 ふーん、そう。

 あ、そう。

 照れちゃうなあ。

 ま、じゃあさっきの失礼な発言もゆるしちゃおうかなー。


「ちらっ」


 エリシアが突然スカートをめくりあげた。

 ニーハイソックス、絶対領域の太もも、ナイフホルダー、そして小さめのドロワーズのはしっこも見えちゃった。

 うおおお! 

女子の太ももとナイフホルダーってなんでこんなに性的に見えちゃうんだ、いや俺がフェチなだけか!?

 今夜のおかずはこれで決定!


「ふふふ、今のはお礼です。こんな田舎じゃおかず不足になるでしょう? メイドギルドで一番美少女のわたくしをおかずにできるなんて幸せ者ですね。……でも手をだしてきたら着火イグナイテッドですからね」


 うわ、それはこええ……。

 ……生殺しじゃん。


「ふふふ、思春期の男の子をからかうのは楽しいと聞いていましたが本当ですね、ふふふ」

「からかってたのかよ!」


 がっかり。


「ほどほどにしてくれよ……」

「でも、さっきのは本当」

「なにが?」


 俺が聞くと、エリシアは向きを変えて俺に背中を向け、そこにいたメロの服の汚れを手で払いのけてあげながら言った。


「かっこよかったってやつですよ……やっぱり男は剣ですね、剣を振るう男の人はかっこよくみえちゃいます、ふふふ」

「あ、そう……」


 いやーやめてくれよ、勘違いしちゃうぞ俺は。





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