第9話 ジャイアントインプ

 インプは、本来小型のモンスターだ。

 ぬめった緑色の肌、人型の身体に背中から大きく映えたでかい羽。


 そしてジャイアントインプはその上位互換。

 身長は二メートルをゆうに超え、邪悪で獰猛なモンスターである。


 俺たちも魔族とか呼ばれているけど、それとはまったく異質な存在。

 モンスターは人間も亜人も魔族も平等に分け隔てなく襲ってくる。


 攻撃魔法がある世界とはいえ、人間にとっては現代日本のヒグマ以上の脅威ともなる存在だ。


「くっくっくっく、さあわが部下たちよ、さっさとあいつらをやっつけるのだ! ……うう……ぐすっ、うぐっ、ふえ~~ん」


 メロなんて怖くて泣き出してしまった。


「くそ、あいつら普通俺たちの領域には入ってこないのに!」

「闘うしかないですね」

「そうだな、メロ、お前はどっかに……そこの岩の陰にでも隠れていろ!」


 俺は訓練用にもってきていたボロボロの剣を取り出す。

 農地を荒らす動物型モンスターとかとは大人たちと一緒に戦ったことあるけど、こんな本格的なモンスターと大人抜きでやりあうのは初めての体験だ。


 エリシアは太ももからぬいたナイフを両手に構える。


「……エリシア、お前けっこう強い?」

「見くびってもらっては困ります。わたくしはA級メイドですよ!」

「ナイフでモンスター狩りか……」


 そんなちっちゃなナイフでヒグマ以上のパワーを持つモンスターに勝てるのか?

 それをいうならぼろい剣一本持っている俺だって同じだ。


 だがそんなことを考えている暇はなかった。

 ジャイアントインプは三匹いた。

 その大きな羽を高速ではばたかせながらとんでもないスピードでこちらに近づいてくる。


 俺は念をこめ、左手を自分の顔の前で構える。


「おらっ!」


 気合を入れると、俺の左手のこぶしから炎が噴き出る。

 まるで俺のこぶしが燃えてるみたいだ。

 自分の魔法なので熱くは感じない。


火球ボライド!!」


 そいつをジャイアントインプ目掛けて投げつける。


 一発目はよけられてしまった。

 だけど、朝練のおかげで連発速度はあがっている。

 よけた先に向けて間を置かずに放った二発目の炎がジャイアントインプの身体を包む。


「グアアアァァァ!」


 火に包まれたジャイアントインプが雄たけびをあげる。


「もう一発だ! 火球ボライド!」


 

 俺はふりかぶって炎の魔法を撃つ――フリをした。

 フェイントだ。

 よけようと体勢を崩すジャイアントインプ、俺は一気に距離をつめて、


「くらえやぁっ! 火球ボライド!」


 大声で叫んで魔法をぶち込んだ。


 「グギャア!」


 さらに大きく激しい炎に包まれもだえ苦しむジャイアントインプ、そいつに俺は剣を振りかぶって斬りかかる。


 ガキィィン!


 剣が固いものに当たった音ともに止まる。

 ジャイアントインプがその大きく鋭い爪で俺の剣を受け止めたのだ。

 でも、毎日素振りは続けてきたんだ。

 俺の両手剣スキルは天井までレベルが上がっているはず。


 すぐにもう一度剣をふりあげて、


「死ねやぁぁぁっ!」


 剣を振り下ろす。

 魔法の炎で炭化して弱くなっていた爪はその一撃に耐えられず、俺の剣はその爪ごとジャイアントインプの身体を頭から股まで切り裂いていく。

 燃えさかるジャイアントインプの身体は、焼けただれながら真っ二つに割れて地面におちて土の上の炭となっていった。


 やった。

 俺の力で、モンスターを倒した。

 毎日の朝練は無駄じゃなかった。


「あと二匹!」


 振り向くと。


 そこにはジャイアントインプの爪の攻撃をスカートをひらめかせながらよけるエリシアの姿。

 その動きは嘘みたいになめらかで素早かった。

 ジャイアントインプが爪でエリシアを突き刺そうとする。


召喚サモン!」


 エリシアが叫ぶ。

 まじか、高等魔法である召喚術を使えるのか?

 どんなモンスターを呼べるんだ、まさか魔神とかそういうのか?


 と思ったら。

 エリシアのすぐ前方の空間に、ポワーンとした気泡みたいなのが現れ出たと思ったら、そいつがポヨーンと地面に降り立つ。

 ……おいおい、ただの最弱モンスター、スライムじゃないか。

 スライムなんて子供でも倒せるぞ、なんかの役に立つのか?

 っていうか知能もなにもない魔力の込められた粘液の塊にすぎないぞ、このゲームのスライムなんて。

 だがエリシアの攻撃はそれだけではなかった。


召喚サモン! 召喚サモン! 召喚サモン! 召喚サモン! 召喚サモン!」


 うおおお、まじか、エリシアはジャイアントインプの周りを走りながら次から次へとスライムを出現させる。

 ジャイアントインプのまわりはスライムだけになった。

 すげえ! ……のか、これ?


 いっぱいいてもスライムじゃあなあ。さっきも言ったが、スライムには知能がない。魔力によって自立運動をするだけの粘液だ。

 ただ近くにいる小動物に襲い掛かってその肉体を溶かすだけのモンスターとも呼べないモンスターだ。

 子供くらいの力でも棒かなんかで叩けば飛散して死ぬ。


 だけど、エリシアの狙いはスライム自体の攻撃力ではなかった。

 スライムは近くにいる生物、つまりジャイアントインプにとびかかる。

 邪魔くさいのか、それを振り払うジャイアントインプ。

 なるほどこれはうっとおしい。

 ダメージは通ってないが、隙はできた。

 


「んっ……!」


 喉の奥から力を込めたとき特有の声を出しながらナイフを投げつけるエリシア。

 投げられたナイフはヒュンッ、と風切り音を出しながらインプの太ももにささる。


 が。


 あんなちっちゃなナイフを命中させたところで、なにがどうなるわけでもない。

 だってそうだろう、たとえばヒグマに小型ナイフを刺したところでさ、怒らせるだけで致命傷を与えるどころか動きを封じることもできないだろ?


 だけど、エリシアの武器はナイフじゃなかった。

 いや、正確にいうと、ナイフなんだけどナイフが持つ殺傷能力そのものではなかった。


 ナイフの刺さったジャイアントインプから、信じられないほどの身のこなしで距離をとるエリシア。

 メイド服の黒いスカートがめくれあがり、中のヒラヒラとしたパニエの白さが際立って見えた。

 っていうかお前ドロワーズなのな。


 エリシアは叫んだ。


着火イグナイテッド!!」


 次の瞬間。


 パァァァァンッ!


 鼓膜を突き破るような破裂音がした。

 ナイフそのものが小爆発を起こしたのだ。

 ジャイアントインプは下半身を爆破されて地面までふっとばされると、しばらく両手をバタバタさせてから動かなくなった。


「ナイスだエリシア! あと一匹! あれ? どこに行った? あと一匹いたよな?」



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