第8話 ラブリーハニーちゃん

 風が強い朝だった。

 この日も、俺は夜明けから剣と魔法の練習にいそしんでいた。

 今日は暑くなるから農作業は夕方からやるということになっていた。

 ほんとは朝に農作業やればいいんだけど、おじさんは朝に弱いのでまだ寝ている。

 だから、今日は午前中いっぱいかけて訓練できそうだ。


 誕生日を迎えて二か月、エリシアが来てから一か月弱。

 おれはずっとこの朝練を続けてきた。

 それも、メロには内緒でだ。

 なにしろ俺がやっているのは明らかに戦闘の訓練なのだ。

 

 メロを平和主義者に育て上げるのが俺の責務なので、メロの中二病心をくすぐって戦闘の面白さに目覚めさせてはならない。


 かと言って、戦闘力のないままだとこの先戦乱に巻き込まれた時に俺自身やメロを守れないかもしれない。


 だから誰にも秘密の特訓だったのだ。

 家族には健康に目覚めて朝ランニングしに行ってることになっている。

 まあ実際村のはずれにあるこの場所までは走ってきているので嘘ではない。


 しっかし、若い身体ってのはすげーな。

 転生前は中年太りがはじまった不摂生なアラフォーだったから、ちょっと歩くだけでだるさを感じていたのに。


 転生してきてからは若い身体を十分に楽しんでいた。

 なにしろ身体が軽い、思った通りに身体が動く。

 もともと俺は運動音痴だったんだけどこの身体はそうじゃないみたいで、とにかく体を動かすのが楽しい。

 昼間も肉体労働しているのに、こうして朝から訓練するのもそんなに苦ではない。


 ずりーな、スポーツ得意なやつってこんな身体を持って生まれてイキってたのかよ。

 カルートに転生してから初めて身体を動かすのが得意ってやつの気持ちがわかったぜ。


「むんっ! ……おりゃ……!」


 いつものように岩に向かって魔法を放つ俺。

 ゴオォォッ! という音とともに炎の魔法が岩の表面を溶かす。

 もはやこの岩の表面は熱によって溶かされてつるつるになっている。


 と、そこに馬の蹄の音が聞こえてきた。


「……ん? 誰だ?」


 そう思っていると、そこにやってきたのは。


「あ、やっぱり我が叔父ではないか!」


 馬の背に二人乗りでやってきた、メロとエリシアだった。


「あらカルート様、なにをしていらっしゃるのかしら」


 馬上からエリシアが聞く。

 こんな朝早くだというのに、レースとフリルひらひらのメイド服をばっちり着こなしている。

 真っ白なメイドエプロンが風に舞っていた。

 それと一緒に長いポニーテールもその毛先を揺らしている。

 いやいや、馬に乗ったメイドさんって。

 こうしてみるとかなりシュールではある。

 せっかくのメイドエプロンに飲み物のシミが付いているのも含めてな。


「その前にお前らこそこんな朝早くからなにやってんだよ……」


 俺が逆に聞き返すと、エリシアはすまして言った。


「いえね、お嬢様がこの馬に乗りたいとおっしゃるので……。この村で飼ってる馬はほとんどが農耕用の大型馬でしょう? こうした中型の馬に乗りたいとおっしゃっていたので、それならばと乗せてあげてたのですわ……」


 エリシアが答えると、メロが嬉しそうな声で言った。


「見てみて、我が叔父よ! この暗黒メイド騎士ダークエリシア卿が駆る『煉獄の深遠号』を! かっこいい! うちの村の馬たちはかわいいけどみんなもさっとしていてでかくてのろいからな!『煉獄の深遠号』は速いし超かっこいいぞ!」


「お嬢様、やめてください。わたくしは暗黒でもダークでもありません。純白の天使と呼んでください」


 なーにが。

 しかもメイドだから純白じゃなくて黒白じゃねえか。


「エリシアは十分に腹黒いじゃん。暗黒の腹黒メイドじゃん」

「失礼なことを! あとこの馬の名前はラブリーハニーちゃんです。わたくしが名付けた素敵な名前を変更しないでください」


 エリシアの趣味はけっこうかわいいんだよな……。

 聞くとまだ17歳とか言ってたからそんなもんかもしれんけど……。

 でもゲームで出会ったときには夜のお店のコスプレチックな超ミニスカートの胸元があいたセクシーメイドだったけどな……。

 これから数年でこいつになにが起こるんだ……。


 エリシアはまずメロを下馬させ、自分もスカートをひらめかせて馬から降りる。


「で、カルート様はいったい何を?」

「ああ、朝の運動だよ」

「魔法の練習していましたが」

「少しは使っておかないとにぶるからな……」


 それを聞いたメロが顔をパッと明るくして言った。


「さすが我が叔父! ダークネスドラゴンファイヤーデストロイヤー騎士団の副団長たることがある! 来たるべき大戦争に備えて訓練を行っていたのだな!」


 それを聞いてエリシアは顔を少し曇らせて、


「戦争ですか……戦争は、いやですね……」

「んー? 暗黒メイド騎士ダークエリシア卿よ、それはなぜだ?」


「孤児がたくさん出るからです」


 エリシアは静かにそう言った。


「わたくしたちメイドは、ほとんどが娼婦として売られる直前にメイドギルドに拾われた者たち。平和な世ですけれど辺境での紛争はいくらでも起こっているでしょう? 各地の戦災孤児たちが娼館に拾われ育てられて娼婦にさせられる。生ける伝説、メイド長のミーハ様がそんな女の子たちを買い集めて救済をはじめたのがメイドギルドの始まりなのです」


「ってことは、暗黒メイド騎士ダークエリシア卿もショーフだったのかー? ……ショーフってなに?」


「お嬢様はまだ知らなくても大丈夫ですわ。おぞましいことにわたくしは10歳のときに最初の客をとる予定でした。……その日、わたくしを買いに来たその客こそ、メイド長ミーハ様だったのです。客を装い、わたくしを助けに来てくれたのです」


「ほえー苦労してるんだな。でもいまや暗黒メイド騎士ダークエリシア卿となった!」


「純白にして純潔のメイド天使と呼んでください。ミーハ様の教えのおかげでわたくしはこうして一人前のメイドとなれたのです」

「へー」


 しばらく三人のあいだに静寂が流れた。


 うーん、そうか、そういう事情もあるんだな、メイドギルドっていうのは。

 ところでどうしよう、突っ込んでおくべきか否か?

 俺が迷っているあいだ、メロは直球でつっこんだ。


「あれ? おかしい点があるぞ、我が暗黒メイド騎士ダークエリシア卿よ。一人前のメイドっておぬし、全然メイドとしては一人前じゃないけど……」


 思わず深くうなずいてしまった。


「うん、せめて掃除と洗濯くらいはちゃんとしようぜ……こないだお前がその馬を拭いていた雑巾、あれ俺のお気に入りのタオルだったんだからな!」


 などと話しているうちに。

 遠くから宙を飛んでいるなにかがこちらへと向かってくるのが見えた。

 俺とエリシアは同時にそちらを見て目を細める。


「……モンスターですね」

「やばいぞ、ジャイアントインプじゃないか、あれ? なんでこんな村の近くに……? 逃げよう、メロ、馬に乗れ」

「いえ、追いつかれます、あいつら飛ぶ速度が馬より速いですから。みなさん、わたくしのうしろで隠れていてください」


 エリシアが黒いメイドスカートをたくし上げると、そこには白くてムチムチのメイド太ももがあった。

 同じ人間(いや今は俺は魔族だった)とは思えないほどきめ細やかですべすべなメイド肌だ。

 わーい今夜のおかずは決定だ!

 目に焼き付けてると、俺はそこに数本のナイフが革のベルトで巻き付けてあるのに気づいた。


 エリシアは俺の視線に気づくとふっ、と笑って、


「闘いましょう」


 と言った。


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