03:意見交換:専門家

 闇の向こうにやがて、光が見え始める。

 見えてくるものは武道に限らず、多種多様な公演の聖地として使用されている日本武道館。

 議事録は今回のコロナ対応での専門家との意見交換に移る。


『我が国の対策は、感染者数をなるべく抑え、重症者、死亡者数を減らすことを目的としてまいりました。また、予測できない様々な状況に対し、保健・医療関係者、政府・自治体の努力、そして何よりも多くの人々の協力のおかげで、人口当たりの新規感染者数、死亡者数は、諸外国と比べて低く抑えられてきました。しかし、同時に様々な課題も見えてきました。この2年以上、政府の対策に様々な提言をしてきた者の立場として考えた主な課題と今後の方向性について述べさせていただきます。』


『パンデミック戦略は、封じ込め(A)、感染抑制(B)、被害抑制(C)の3種類に大きく大別できます。どの戦略にも一長一短がありますが、日本ではAとCの間で最適解を求める努力をしてまいりました。現在、多くの国では、少しずつCに近づいていると思います。』


『COVID-19は、当初、指定感染症、現在は新型インフルエンザ等感染症として位置づけられています。報告、検査、入院、費用負担などの措置については、徐々に実施内容の弾力化が進んでまいりました。なお、現時点では、致死率などの点でインフルエンザウイルスとはまだ完全には同等でないと言えます。』


『我が国の感染対策の特徴の一つがクラスター対策であります。COVID-19の伝播の特徴は、多くの感染者は二次感染を起こしませんが、一部の感染者が多くの二次感染を生じさせ、クラスターを形成します。クラスター分析により、我が国から「3密」の概念が提唱され、その後、世界的には「3Cs」として普及しました。』


『我が国では、諸外国でも行われている前向きの接触者調査に加え、クラスター発生場所特定のために、これは日本の特徴ですが、いわゆる後ろ向き調査も行われてきました。しかし、感染者数が急増すると、これだけでは感染抑制には不十分で、緊急事態宣言などを組み合わせる対策を取ってまいりました。』


『2009年の新型インフルエンザ流行後の総括会議報告書では、国が基本的な方針を示した上で、都道府県ごとに必要な医療提供体制を検討すべきと提言されていましたが、必ずしも実行されてきませんでした。このため、患者急増に対して十分に対応し切れない状況が発生しました。様々な困難がありましたが、関係者の努力により「診療の手引き」が迅速に作成され、早期の段階から治療方針が全国に浸透したことは評価されるべきだと考えます。』


 続いてウイルス研究者の専門家からの発言。


『御存じのように、我々人類がアフリカから移動して、動物の病気であった天然痘とか麻疹、こういったものが人に感染するようになりました。そして、大航海時代に、これらのウイルス感染症が旧大陸へ、そして梅毒は旧大陸から新大陸へ持ち帰られました。その後、ジェンナー、コッホ、パストゥールなどの研究者によって研究が進みまして、ワクチン等ができました。そして、1980年にWHOは天然痘の撲滅宣言を出しました。』


 ウイルス研究者からの説明はより専門的になっていく。


『RNAウイルスというのは非常に変化、変異をします。そして均一なウイルスではなくて、非常に不均一な集団として動いております。これはなぜかというと、DNAに比べてRNAの複製酵素は非常にエラーが入ります。100倍~1万倍、複製するたびにRNAウイルスはDNAウイルスに比べて変異が入ってしまうということです。C型肝炎はRNAからできていますが、10個のうち1個は変異を持っていることになります。』

『小児麻痺のウイルスですけれども、1回の複製に大体1.8個の変異が入るのです。これがぎりぎりのところです。そこを変異を誘導してやるような薬で2個入るようにするともう生きていけない、ぎりぎりの崖っぷちで彼らは生きています。』

『今回のコロナウイルスで、武漢から出て、アルファ、ベータ、ガンマ、デルタ、そしてオミクロンという変異ウイルスが出てきていますが、ウイルスに感染していない細胞が武漢型のウイルス、デルタウイルスに感染しますと細胞はぼろぼろになりますが、オミクロンは非常にマイルドな病状を示すということが分かっています。このように、RNAウイルスはどんどん変異を起こしていきます。』


 わかるようでわからないような、でもほんのちょっとだけ理解できるような。それが一読した感想。


『日本は研究費が圧倒的に少なくて、特に感染症の研究費はアメリカの100分の1、中国の40分の1、そしてイギリスの数分の1であるということでありまして、今回SCARDAができて予算も潤沢になると聞いておりますので、その辺のサポートをよろしくお願いいたします。』


 無い袖は振れないのだという切実な話を経て、ウイルス研究学からのまとめ。


『私の話をまとめますと、人の感染症の多くは人獣共通感染症であるということ。感染症の発生予防には、ワンヘルスという視点が重要であるということ。重点感染症の多くはRNAウイルスであり、RNAウイルスは変異をする。その発生予測は非常に困難であるということです。感染症対策には平時からの基礎研究の支援、これは感染症だけではなくて、多くの基礎研究の裾野の広いサポートが非常に重要であるということです。そして、有事のときには産学官の連携が必須であると考えております。』


 意見交換はまず感染症対応に対する個人情報の取り扱いについて。

 まずは法律上の仕組みの問題。


『我々専門家が非常に強いフラストレーションを感じたのは、いわゆる個人情報の扱いが地方自治体によって異なるために、専門家が必要とする情報がほとんどなくて、専門家はむしろマスコミに出た情報をまとめてグラフを作ることがあったぐらい、各自治体間、あるいは自治体と国とで必要な情報が迅速に集まらなかったというのは、今回最も課題の一つだったと思います。』


 続いて制度上の仕組みの問題。


『本来であればウイルスの遺伝子情報というのはジーンバンクに登録して、それがパブリックに利用されるということなのですけれども、コロナウイルスのゲノム情報をインフルエンザのデータバンクであるGISAIDに集約していこうということになり、ジーンバンクのほうには二重には登録をしないでくれというようなことがあり、GISAIDのほうにアクセスできないような方からは、なかなかアクセスができないというようなことを言われたということで、決して我々が二次利用しないでくれと言っていたわけではなくて、テクニカルな問題があったのだろうと考えております。』


 そして議題は今回のコロナ対応での分科会とアドバイザリーボードの機能について。


『コロナのパンデミックは今回初めてですから、いろいろ予想がつかないことが起きたというのは事実でありまして、アルファ株、デルタ株というのはある意味予想の範囲内での抗体と抗原反応に基づく進化でありましたが、オミクロン株の出現はウイルス学的には非常に特徴的で、武漢のウイルスから突然分岐したものが、2週間に1回というペースをいきなり1年ぐらいジャンプするようなスピードで現れてきたというところで、ここはこれまで予想がつかなかったと申し上げざるを得ないと思っています。』


『これまでのコロナウイルス、例えばSARS、MERS、特にSARSはあっという間に消えて、恐らく最初ウイルス学者は、コロナウイルスが出たと言ったら、そんなに長く続かないだろうという考えを持っていました。オミクロンみたいなものが出て、こんなに感染力が上がってというのは、想像もしておりませんでした。』


『2020年の最初の頃、初めてあった1月、2月の頃は、そこにおられる政府の方は政治家も官僚もクルーズ船のことで手いっぱい、それは我々専門家の目にはっきりと見えて分かっていました。その頃、当然国としてもこのウイルスにどう対処したらいいのか、何が分かっているのかという情報発信を当然したかったと思うし、すべきだったと思うけれども、政府にはなかなか時間的余裕がなかった。』


 一連のコロナの報道について。


『その頃、我々はこの病気の深刻さを認識していたので、専門家の間では、厚労省から来た質問にただ答えるというだけでは、我々専門家の責任を果たせないのではないかという思いが極めて強くなった。このため、この病気はどういうリスクがあるのか、何が分かって何が分からないのかなどの全体像を発信して、厚労省としっかりと連携してやるべきという意見が強くなった。普通は専門家がテレビの前で記者会見をやるということはないのだけれども、そういう経緯で始まる。』


『むしろ一つの教訓として共通理解すべきことは、どうしても我々が提言するという意味で前面に出ざるを得なかったが、政策の最終決定について専門家が決めたということは今まで一度もないです。ただ、私が冒頭に申し上げたように、国のほうは国のほうで、大臣、官僚群の忙しさ、本当に懸命になっているのを我々は知っています。それに敬意を表していますが、本来は専門家の意見に対して、これを採用するかどうか、あるいは採用しないのであれば、説明するということがあればよかったのだけれども、そのことが基本的になかったために、何となく専門家が決めているのではないかという印象があったのではないかと思うのです。』


 幾度となく議題に出ている2009年の新型インフルエンザの総括会議について。


『2009年の新型インフルエンザのときに、その次の2010年に十分な統括会議をやったのです。ちょうどこの会議と一緒です。この会議と一緒のことをやりました。その会議では、実は医療のことも、検査のことも、政府と専門家の役割分担、あるいはリスクコミュニケーションのこと、今課題になっていることがほとんどカバーされていた。』


『そういう中で、残念ながらその提案が政府にとって実行されなかった、そこは幾つか客観的な理由があると私は思いますけれども、一つは政権交代が頻繁にあったということ、それから災害があったということ、そういうことがあって、我々は今回のコロナはハンディーキャップを背負って始まったと言ってよいです。』


『全体として見て、日本の医療はそもそも高齢者医療に寄っているので、ここは人材の問題もあるし、細かいことは書いておきましたけれども、かなり根本的な発想の転換をそろそろする時期に来ていると思います。』


 物事には積み上げてきた経緯というものがある。だからこそ、それを変えるのは容易ではない。だが、もう時代はコロナに限らず、様々な物事に対する変革の必要性を突きつけてきているのかもしれない。

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