第7話
浩二は杏のぬくもりを感じながら家庭へと戻って行った。
妻の洋子との関係は冷め切っていた。
浩二の家系は代々続く劇団の主宰になるような環境で育ったのだが、浩二はそれを拒否するかのように役者であり演出家への道を自ら選んだのだ。
それに危機を感じた浩二の父が大手芸能事務所の娘である洋子と結婚をさせたのだ。
「おかえりなさい」
「ただいま」
「遅かったのね」
「忙しいんだ。いろいろ」
「まぁ、良いわ。あなたが何処の女を誑かしていようが知ったこっちゃない。」
「誑かしてなんかいないさ。」
「…?あなた、もしかして本当に…」
「愛する人が出来た。君には分からないだろうけどね」
「そんな…。あなた、本気なの?」
「あぁ、僕は本気だ。今度演出する舞台にも出てもらうつもりだ」
「あなた…!女優に手を出したの…!?」
「女優じゃない。今から磨くんだ。」
杏は俳優としては物凄い力を持っている。
しかし、女優としては何かが足りない。勿体無い。と浩二はずっと思っていた。
それは俳優としてのキャリアでも女優としての未熟さでもなく、恋する人間との経験だと杏と抱き合った時に思った。
「よし」
今回の舞台は浩二が脚本と演出を手がけることになっている。
浩二はその作業を開始しようと気合いを入れた。
その時、携帯の着信が鳴った。
「もしもし」
「…俺、杏」
「どうかした?」
「何してるのかなって思って…」
「なるほど」
「え?」
「僕のこと考えて眠れなくなった、と。こう言う訳だね。」
「…そんなんじゃない。ただ、また声が聞きたくなっただけ」
「いつでも聞いてると思うけど?」
「それはそうなんだけど…。物足りないっていうか…ちょっと寂しくて…」
「今度、遠くに旅行に行こう。稽古が始まったら忙しくなって会えないだろうから」
「それ良いね!ずっと一緒に居られる!!」
杏の言葉に浩二は思わず笑ってしまった。
「…どうかしたの?」
「杏、やっぱり君は狡い。」
「狡いって、何が…?」
「僕も同じこと言おうとしてたから」
「心が通じ合ったのかな?」
「嬉しそう」
「浩二だって」
浩二はこんな杏のことを選んで良かったと思った。
そして、一生愛し抜こうと決めた。
立派な女優に成長させよとも。
デイジー 花福秋 @hanafukuaki
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