第4話

杏は浩二から背を向けるように寝返りを打った。

いつもは杏が主導権を握っている情事を浩二に奪われただけで心が熱く、それでいて、羞恥の心が溢れ出ている。


「どうか、したの?」

「…別に」

「言ってくれないと分からないよ。」


今、杏は浩二に後ろから抱き締められている状態になっている。

いつもは自分がすることを人にされるということがこんなにも心に火を付けることが杏には分かった。

それも昔に恋焦がれていた男にだ。


「バターみたい。」

「ん?」

「浩二の体温で俺が溶けそう」

「詩的な表現だね」

「そういうの好きなくせに」

「好きだよ。杏もそういう表現も」


浩二の肌が杏の肌に触れている。

愛の囁きには胸の高鳴りが止まらない。

髪を撫でられている手にぬくもりを感じていた。


「君は無意識で狡いな」

「え?」

「ここの角度の君が特に好きだ」

「浩二…」


斜め左の角度の首筋の香りを浩二は好んでいるらしい。

優しく嗅いでくる。


「言いにくいんだけど…」

「ん?」

「もう帰らないといけないんだ」

「もう?まだ9時だけど」


時計は夜9時を回っていた。

恋人の確証はないけれど、好きな人とは少しでも長く居たいものだ。

浩二にはそんな気持ちが無いのだろうかと不意に不安になった。


「妻が居るんだ」

「え…」


杏は呆然とした。

今までの罰が自分についに回ってきたのかと思った。


「愛してはいない。政略結婚なんだ」

「だからって俺を騙して楽しかった?」

「聞いてほしい、杏。僕は杏、君だけを愛してる。君なら分かってくれると思ってる。」

「バカだ…」


杏はそう吐き捨てた。

こんなに恋焦がれている自分に。

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