今回の事件は何から何まで頭をひねることばかりです

仲瀬 充

今回の事件は何から何まで頭をひねることばかりです

K市の繁華街近くの路上で老人男性が刃物で刺されて重傷を負った。

防犯カメラが現場をとらえていた。

逮捕された犯人は市内在住の無職、独身、間宮圭太23歳。

ベテランの尾板刑事と刑事課に配属されたばかりの若狭刑事が取り調べに当たった。

被害者の話では間宮との面識はないとのことだった。

間宮本人に動機について供述を促すと要領を得なかった。

「町を歩いているとみんなが僕を殺そうとするんです。脇道に入ったらあのじいさんが追いかけてきて恐怖を感じました」

しかしその供述は防犯カメラの録画映像とはまるで違っていた。

間宮圭太が被害者の背後からいきなり刺している。

刑事課長と相談の上、尾板刑事と若狭刑事は大学病院に出向いて高畠医師に精神鑑定を依頼した。


事情聴取のようすを聞いた高畠医師は見通しを口にした。

「広場恐怖症かもしれません」

「何すか、それ?」

高畠医師を同世代と見て取って若狭刑事は無遠慮な口をきいた。

「文字どおり広い場所に恐怖を覚える症状ですが幾つか種類があります。その一つに、人ごみに不安を覚えてパニックに陥るパターンがあるんです。被害妄想を伴う場合は自己防衛のために刃物を所持したりします。犯人の経歴をお話し願えますか」

若狭刑事が手帳を取り出してめくった。

「小学校4年の時に両親が離婚してます。父親は鮮魚商の野々村東吾、圭太はスナック勤めの母親間宮豊子に引き取られました。高校卒業後、静岡の医療機器製作会社に就職。家庭用の血圧計や体温計の検品をやってたようです。20歳の時に営業部に配置換えになり顧客との対人関係がうまくいかずに退社、母親の元に戻って現在にいたるまで3年近く引きこもっていたとのことです。母親は3か月前に肺がんで死亡しました」

「幼少の頃の成育歴も知りたいのですが、ところで引きこもっていた彼がなぜ外を出歩いていたのですか?」

「母親が亡くなったんで預金通帳の引き継ぎやら食料の買い出しやら、必要に迫られて時々外出していたようです」

「分かりました。では明日午前10時に伺います」


ところが翌日の朝に事件が急展開を見せ高畠医師は1時間ほど待たされることになった。

若狭刑事が高畠医師の接見に備えて間宮圭太から成育歴を聞き出そうとしたのが発端である。

9時に間宮を取調室に入れたのだが類似する事件のことが若狭刑事の頭に浮かんだ。

ここ2か月の間にK市近隣の二つの市で老人が刺される傷害事件が発生していた。

どちらの現場も防犯カメラがなく目撃者もいなかったため捜査が難航していた。

「先月、先々月の事件も君じゃないのか?」

何の根拠も期待もなく口にしたのだが間宮圭太はその2件の犯行もあっさりと認めた。

若狭刑事にしてみれば棚からぼた餅の大手柄である。

しかしその興奮は押し隠して言った。

「悪いことはできないものだね、今回の現場の防犯カメラは1週間前に取り付けられたばかりだったんだよ」

「そうですか、天網てんもう恢恢かいかいにして漏らさずですね」

間宮圭太は若狭の皮肉を意に介さず唇の端に笑みを浮かべた。


3件の連続殺人未遂と判明して警察署内が急に慌ただしくなった。

署長の記者会見が高畠医師の接見後に設定された。

高畠医師は取調室で間宮圭太と向かい合った。

「君が間宮くんか。幸い死亡に至らなかったからいいようなものの3人もの人間を傷つけてしまったね」

「人間? ゴミですよ、ゴミ。人ごみはゴミの集まりです。ゴミを三つ片付けただけです」

「人間は人間だよ、ゴミじゃない」

「He is a man.」

「え?」

「僕が刺したのが人間だとしても彼らは名もない『a man』に過ぎなかった。僕のおかげでニュースに取り上げられるような『the man』になったんです。死んでいればもっとかけがえのない存在になれたのに」

「そう言う君のほうが彼ら以上に有名になりそうだがね」

「ええ、大いにメディアに宣伝してもらってけっこうです」

「ところで君はさっきから咳をしているが肺炎になれば大変だよ。僕は精神科医だけど診てあげようか?」

「余計なお世話です!」

さっきの皮肉は通じず今度の親切は拒絶され、高畠医師は間宮という男がよく分からなかった。


翌日の新聞、中でもスポーツ紙にはショッキングな見出しが躍った。

『人はゴミだ! 広場の孤独と恐怖? 連続無差別殺人未遂』

逮捕直後は小さな記事にしかならなかったのに3件連続の犯行と判明すると大きく掲載された。

パトカーの後部座席で間宮圭太が正面を見据えている写真付きだった。

若狭刑事がそのスポーツ紙を手に留置場から戻ってきた。

「尾板さん、あいつ変わってますよ。自分の事件が載った新聞を見せてくれなんて。しかも写真を見て満足気に頷いたんですよ」

「連行する時もフードを断ってパトカーの中でも顔をふせなかったな」

「目立ちたがり屋なんですかね」

「その辺は高畠先生の仕事だ。俺たちは聞き込みだ」


間宮圭太の住居はメゾネットタイプのマンションだった。

というより2階建てタイプの古いアパートと言った方が実情に合う。

母親が1階を使い、圭太は2階の部屋に閉じこもっていたとのことだった。

隣に住む老婆は報道で間宮が重大事件の犯人と知って興奮していた。

「旦那の東吾さんはスーパーの鮮魚店で働いてて行きつけのスナックの豊子ちゃんとくっついたのさ」

「二人が結婚して圭太が生まれたんですね」

「豊子ちゃんは産みたくなかったんだけど東吾さんは一回り年上で40過ぎてたから子供がほしくて仕方なかったんだよ。だからそりゃもう可愛がるしあの子も父親の方になついてね、小学生になるとアパートの前でよくキャッチボールなんかやってた」

「母親はどうして産みたくなかったんでしょう?」

「まだまだ遊びたいからだよ。太ってても色気があったからね。結婚後も夜の仕事を続けてたけど昼間はほら旦那は仕事でいないだろ?」

老婆はニッと歯ぐきを見せた。

「奥さんの浮気で離婚したってわけですか」

老婆は尾板刑事に低い声で耳打ちした。

「旦那が仕事の途中で具合悪くなって昼間に帰ってきたことがあってね、もろに現場を見ちまったのさ。そのまんま物も言わずにぷいと」

「出て行った?」

「離婚届は郵送されてきたってさ」

「息子の圭太は?」

「東吾さんについて行きたかったろうよ。豊子ちゃんは旦那の飯を作らないでよくなったもんだからあの子もほったらかし。気に入らないことがあるとひっぱたくし可哀そうだったね」

「ネグレクトにDVか」

若狭刑事がつぶやきを漏らした。

「ネグリジェにデブ? そうだよ兄ちゃん、豊子ちゃんを知ってるのかい?」

若狭刑事が返事するも与えず老婆は続けた。

「ピンクのネグリジェ姿で昼間からビールをガブガブ、煙草をスパスパ。あれじゃ圭太が肺がんになっちまうと思ってたら自業自得で自分が肺がんで死んじまった」


尾板刑事と若狭刑事は間宮圭太の母親が雇われていたスナックに回った。

飲み屋街の路地が十字に交差する角にその店はあった。

「豊子ちゃんに死なれて往生したよ。息子は引きこもってて当てにならないし親族は見つからないしで火葬の世話は私がしたんだよ」

ママは開店準備の手を休めて愚痴をこぼした。

「間宮圭太について知っていることがあればお話しいただけませんか」

「あの子が小学生の時に父親が蒸発しちまってね、着替えに使うこの店の小部屋に豊子ちゃんの仕事あがりまで居させたことがちょくちょくあったよ」

「どんな子だったんですか」

「絵が好きだったね。溜めといたチラシをやれば何時間でも黙って絵を描いてた。無口でおとなしかったけど頭はよかったよ。ほらそこの曲がり角、」

開店前で開け放してあるドアの外をママは指さした。

「この路地はパトカーに追われたヤンキーたちのバイクがしょっちゅう走りこんでくるんだけど角を曲がる時のタイヤの音がうるさいのなんのって。そしたらあの子、砂遊びに使うブリキのバケツに砂を入れて持ってきて店の前に撒いたことがあったんだよ」

「何のために?」

「その夜もヤンキーのバイクが走りこんできたんだけど砂でスリップしてこけて3、4人が病院行きさ」

「なるほどなるほど」

「刑事さん、感心する話じゃないよ。末恐ろしい子だと思ってゾーッとしたよ。小学生が人目を盗んで夜中に砂を撒くんだから気持ち悪い…」

何かを思い出したようにママは目を宙に浮かせた。

「気持ち悪いっていえばあの子が仕事を辞めて帰ってきてからのことだけど、豊子ちゃんのアパートにおじゃましたことがあったんだよ。夜中まで豊子ちゃんと飲んだ後アパートを出ると霧雨が降って来て髪がしっとり湿ってね、だけど見上げると星月夜で雨なんか降るはずないのさ。狐に化かされたみたいだった」

刑事二人にはわけが分からない話だ。

「翌日店でその話をしたら豊子ちゃんが謝るんだよ。圭太は豊子ちゃんが家にいる時は2階から降りてこないんだってさ。トイレは1階にしかないからどうするかっていうと、ほら洗剤なんかを入れてスプレーする容器があるじゃない? それにオシッコをして窓から外にスプレーするっていうんだ。それを聞いて腹が立つやらおかしいやら」

「どうしてそんなことを?」

「だって瓶か何かにオシッコしてそれを2階からぶちまけるのはあんまりだし、大のおとなが窓からちんちん出しておしっこすれば犯罪だろ?」


翌日尾板、若狭両刑事は高畠医師に聞き込みの結果を話した。

「確かに頭の回転がよさそうですね。最初のパニックめいた話は演技だったのかもしれません。そもそも広場恐怖症なら留置場の閉じられた空間に平気で入っていることはできませんから」

尾板刑事は不安げな表情を浮かべた。

「鑑定結果はどういうことになるんでしょう?」

「これから最終面談を行いますがサイコパスの一種のシリアルキラーの線も探ってみます。彼の成育歴やこれまでの言動からしてサイコパスの特徴に該当する可能性があります」

「シリアルキラー? 何すか、それ?」

若狭刑事が以前と同じく無遠慮に聞いた。

「パソコン関係の用語でシリアルナンバーというのを聞いたことがありませんか? シリアルは連続しているという意味です。衝動的でなく淡々と一定の期間をおいて殺人を実行するのがシリアルキラーです。もっとも彼の場合は傷害事件ですからキラーではありませんが」


1時間ほどして高畠医師は取調室から出てきた。

「ウンチをしたくなってトイレに行ったのにウンチが出ないってことが時々ありますよね?」

唐突な話題にとまどいながら尾板刑事はあいまいに頷いた。

「ある人が対策を考えました。便意を催したのでトイレに着くまでその感覚を維持しようと思って軽くいきんだ状態で歩き始めたそうです」

高畠医師が言葉を切ると若狭刑事がじれた。

「それで?」

「お尻がフライングしちゃったそうです、お腹がゆるみ気味だったようで」

若狭刑事は噴き出したが尾板刑事は苦虫を噛みつぶしたような顔で言った。

「先生、いったい何の話です?」

「今のお二人の反応は実に興味深い。若狭さんは笑いましたが尾板さんは年を重ねていらっしゃるだけあって不愉快な顔をされた。さっき間宮圭太にもこの話が喜劇なのか悲劇なのか、判断を求めました」

どうでもいいような話題が精神鑑定につながっているようなので尾板刑事は説明の続きを待った。

「彼は『他人ごととして聞けば喜劇で本人の身になれば悲劇、とりあえずはそういうことでしょう』と言った後、さらにこう付け加えました。『でも本人にとっても悲劇であると同時に喜劇でもあるでしょう』物事を客観的に見ることができてしかも当事者に寄り添う共感性も認められます。他にも色々な観察を行いましたが彼はサイコパスではありません」

「ということは?」と尾板刑事が意気込んだ。

「犯行の動機について疑問は残りますが刑事責任を問うのに問題はありません」


間宮圭太は起訴され懲役5年の実刑判決がくだった。

弁護人の情状酌量の要請がしりぞけられたのは裁判における暴言のせいだった。

「動機? 誰だってゴミを見つけたらつまんで捨てるだろ? 人ごみの奴らはゴミとおんなじだ。目障りだったんだよ」

そう言い放った後、裁判官席を指さして大声で罵った。

「あんたらも同じだよ! 偉そうにしてるがただのゴミだ、目障りなんだよ!」

翌日のスポーツ紙は敏感に反応した。

「裁判官をゴミ呼ばわり! 反省の色なく実刑5年」

テレビのワイドショーでも面白おかしく取り上げられて間宮圭太の名と顔は全国に知れ渡った。


尾板刑事と若狭刑事は高畠医師の慰労会を裁判結審日の夜にセッティングしていた。

居酒屋の個室で一件落着の乾杯をしたが高畠医師の表情はさえない。

「私は精神科医として自信を持てなくなりました。裁判の時のセンセーショナルな発言ですが、彼みたいに冷静で頭のいい人間がどうしてスタンドプレイをするのか分かりません。誰でもよかったとか襲われそうな恐怖にかられたとかいう動機も信じられないんです」

「先生もそうですか」

尾板刑事がコップのビールを飲み干して自分の考えを述べ始めた。

「むしろ計画的犯行と考えればつじつまが合うんです。賑やかな通りからちょっと入った人目につきにくい路地で3人とも刺されています。3件目だけが防犯カメラに映っていますがそれも偶然とは思えません。刺した後、設置場所を知っているかのようにカメラを見上げてまるで早く逮捕しろと言わんばかりです。それに刺し方も気になります」

「と言いますと?」

「体の内部に向けてでなくこう」と尾板刑事は手でわき腹をこすった。

「臓器を深く傷つけないように内部に向かってでなくわき腹を貫通する方向に刃を入れているんです。殺害する意図が感じられません。何のための犯行か謎です」

「ほかにも」と今度は若狭刑事が口をはさんだ。

「被害者3人の周辺で聞き込みをしたところ妙な共通点が見つかりました。誰も被害者に同情していないんです。死ねばよかったのにという人もいたくらいで」

高畠医師は身を乗り出して聞き入った。

「とにかく3人とも地区の嫌われ者でした。間宮は襲った人間をゴミ呼ばわりしましたが、3人目の被害者なんかはゴミ屋敷の主人だったので近隣住民は拍手喝采という感じでした」

「ということはネットか何かでそういう人物を調べて計画的に襲ったということですか?」

「分かりません。押収したパソコンのネット検索状況を追ったんですが古いデータは全て削除されていました。肺がんの特徴や余命などを検索していたのが分かったくらいです」

「肺がんの症状や推定余命を調べていたんですか?」と高畠医師が医者らしい興味を示した。

「ええ、母親が肺がんでしたから。でも顔も合わせたがらなかった母親を心配していたとは思えないんですけどね」

尾板刑事がさらに別の方面の情報を持ち出した。

「先生がサイコパスの可能性に言及されたので改めて家宅捜索をしたんですがそれらしい内容の本や録画などはありませんでした。あったのはグロテスク系どころか『サザエさん』とか『大草原の小さな家』などといったDVDです。何から何まで頭をひねることばかりでこんな事件は初めてです」

3人は等しく腕組みをして考え込んだ。


間宮圭太は判決を受けて刑務所に収監された。

収監後しばらくして面会希望者が刑務所の受付にやって来た。

圭太の父親の野々村東吾だった。

圭太は高熱を出して寝ていたため刑務官が意思を確認したが拒絶することなく起き上がった。

間宮親子は面接室でアクリル板越しに向かい合って椅子に腰を下ろした。

以下は立ち会った刑務官が録音を文書に起こした記録である。

面会中、間宮圭太は父親の顔を凝視ぎょうししたまま言葉を発しなかった。

時折り頷いたり首を横に振ったりするのみで、記録中のyesとnoはそれを示している。

「13年ぶりか、久しぶりだな」

「顔色がよくないがどこか悪いのか?」

「新聞やテレビでお前のことを知って訪ねてきたんだ」(yes)

「事件を起こすからには一人で抱え込んでいたことが色々あったんだろう。しゃべりたくないのももっともだ。これまで苦労をかけてすまなかった」

「わしは家を出てからはずっと流しの板前をやっていた。あちこち転々としていたからお前を引き取りたくてもできなかった。経済的にも余裕がなかったし」

「それでも国民年金だけは払い続けたから去年からもらえるようになったが食べるのがやっとだ。情けなくて近頃は気弱になってしもうてな、お前とアパートの前で遊んでいた頃の夢ばかり見る」(yes)

「ところで傷つけた人たちに治療費や慰謝料をしるしだけでもやったほうがいいんじゃないか? 誠意を見せれば仮釈放も早まるだろう」

「しかしお前は真面目に服役することだけ考えればいい。お金のことはわしが何か考えてみる」

「咳が続くな、風邪薬を差し入れようか?」(no)

「それじゃそろそろ行くが、体に気を付けて元気でな」

間宮圭太は父親が出て行った面会室のドアを見つめたまま身じろぎもしなかった。

刑務官に促されてようやく椅子から立ち上がると前のめりにふらついてアクリル板に両手を突いた。

「大丈夫か?」刑務官が駆け寄って体を支えた。


面会の数日後、間宮圭太は居室で倒れた。

喀血かっけつして床に横たわっているのを巡回の刑務官が発見し医療刑務所に身柄を移された。

即刻入院となったがこれまで診断を拒んでいたため、手の施しようがないほど肺がんが進行していた。

居室の机に置いてあったノートには短く次のように書かれてあった。

「肺がんの治療および延命措置は一切不要」

ページの余白には大人と子供がキャッチボールをしている絵が描かれていた。


入院後に小康を得た間宮圭太の病状が急変し昏睡状態に陥った日、父親の野々宮東吾が事故死した。

無謀運転のトラックにはねられての即死だった。

交差点近くで折り畳みイスに座って絵を描いていた画学生が警察に目撃情報を提供した。

「おじいさんは横断歩道の手前にずっと立っていたので絵を描きながらも気になっていました。何度目かの青信号でやっと渡り始めたと思ったら信号無視のトラックが突っ込んできたんです。見えなかったんでしょうか、他の人たちは立ち止まったんですけど」


尾板刑事、若狭刑事、高畠医師は間宮圭太の死亡を知って刑務所に連れだって出かけた。

そして間宮圭太が残したノートと面会記録を閲覧した。

刑務所を後にすると3人そろって先日の居酒屋に直行した。

「ようやく謎が解けましたね。間宮は刑務官に面会を告げられて『間に合った』とつぶやいたそうです」

尾板刑事の言葉に高畠医師が応じた。

「ねらいどおりに事が運んで安心したんでしょう」

若狭刑事だけがまだ納得いかないような口ぶりで言った。

「でも間宮は一言もしゃべらなかったんですよ?」

「お前はやっぱり共感性が足りないな。しゃべる必要なんかなかったんだよ、父親の顔を見て声を聞いているだけでよかったんだ」

尾板刑事はコップのビールに口をつけると今度は独り言のように言った。

「彼の23年間の一生は何だったんだろう」

それを受けて高畠医師が言った。

「若狭さんはどう思いますか?」

「決まってるじゃないですか。ウンチと違ってもちろん悲劇ですよ、間宮の人生は」

「尾板さんはどうでしょう」

「うーん、若狭に対抗して喜劇と言いたいところですが無理がありますね。ただ彼と父親が互いの死を知らずにほぼ時を同じくして死んだのは救いかもしれません」

若狭刑事が高畠医師に口をとがらせた。

「何だか前座と二つ目が済んだって感じだなあ。僕らに話を振った先生はどうなんです? 真打ち登場といきましょう」

「真打ちもすべることはありますよ」

にこやかに切り出した高畠医師だったがすぐに表情を引き締めた。

「不謹慎なことを言いますがウンチの話と同じだと思います。間宮圭太は人生のフライングをおかしたのです。そしてその評価も彼自身が以前私との接見で語ったとおりだと思います。悲しくもあれば喜ばしくもある、彼の人生の閉じ方はそんなふうに思えてなりません」

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