第77話 十日決戦 どちらに余力があるのか?
完全分断直前。
シャーロットが去って、唖然としていたルカの元に、イルミネスがやって来た。
この事態にいち早く反応したのが彼だけだった。対処する策を持っていた。
「ルカ」
「ん? イルミか。どうした。なんでお前がここに?」
「このまま何もせずであれば、間に合わない」
「なにが? 間に合わないんだ?」
「いいから。ルカの軍と、割られた王の軍を引っ張って欲しいです」
「割られた軍とはなんだ?」
「あそこの半分にやられた王の軍です。あれを引っ張って、私の軍の所まで来てください」
「どういうことだ」
「時間がないので、急いで! あとで教えてあげますから」
「お前が言うんだ。しょうがない。わかった。やる!」
イルミネスの指示の通りに、ルカは半分に分断されてしまった兵を連れていく。
自分たちの兵を前に出して、彼らを誘導。
実は、イルミネスの軍は元居た場所にはいなくて、彼の軍の左端は、すでにギリダートの南門の中央あたりまで引いていた。
そんな謎の状態に軍を持っていたイルミネスを、ルカは疑いもせずに信用してついていく。
ルカは、イルミネスに追いつくとすぐに質問する。
「イルミ。どういうことだ。どこまで行く気なんだ。戦いから離脱する気か?」
「ええ。そうです。一度離脱して、ここを一周します」
イルミネスは、城壁を指差した。
「ギリダートを一周だと」
「はい。とにかく、私の狙いは王の救出です。これをしないと、私たちの負けですからね」
「なんだと。分断された程度で、負けが確定なのか??」
「ええ。あれはただの分断じゃありませんでしたよ。すでに、東門に張り付いていた兵士が、幾人か消えていました。裏取りをする気です」
イルミネスはクリスの作戦を読んでいた。
予備の兵士がギリダートの城壁の中に消えているのを確認していたのだ。
「ん? 裏? 何かする気なのか」
「はい。あれは、この門から、出撃して、こちらを後ろから挟み撃ちにする気でしたよ。包囲攻撃です。ですから今、ここの門を開ければすぐそこに敵がいると思います」
イルミネスは、ギリダートの南門を指差した。
「・・・なるほど。だからお前、この南門にまで下がっていたのか」
「そういうことです。私は包囲を受けないように動いただけです」
「ふっ。相変わらずだな。言葉足らずなだけで、思慮深いか」
並走して走る二人は、旧知の中である。
「ルカ。どうですかね。この戦い」
「そうだな。こっちの勝ちはないかな。そんな気がする。それと、あっちの方が結束があるな。兵士の一人一人の意識の結びつきが強い。俺たちの方は全体で言えば動きがいいけどな。でもあそこ意識が共有されていないな。結束力。ここが大きな違いだと思うな」
「ええ、そうですよね。私も思いますね」
二人で分析すると同じ答えに辿り着く。
帝国の方が一丸となってこの戦いに臨んでいると。
「イルミ。どうする。俺たちさ」
「え? どうするとは」
「どう動くのよ。イルミ。ここからだと難しくないか」
「ええ。確かに、そうですね・・・しかし、色々判断するはずの彼がここには居ませんからね。今の私たちは、ネアル王のために動かないといけません。基本スタンスに戻りましょうか」
「そうか・・・あ~あ。せっかくさ。この近くにあの人がいるのにな。俺は会えもしないってわけかよ」
「そうですね。いつもいつもあなたは残念な運を持っていますね。相変わらずですね」
イルミネスは、ルカの愚痴に思わず笑みがこぼれる。
その気持ちもわからんでもないと、城壁に沿って走り続けていた。
「おい。お前はいいよな。前回会ったんだろ。いいよなぁ」
「いいよなって二回も言わなくても・・・まあ、お会いしましたよ」
「いいなぁ。どんな人だった。話に聞くだけじゃな。よく分からねえからな」
三回目もあった。
「そうですね。あれはですね」
「なんだよ。もったいぶるなよ」
「面白い人で、しかも人の理想形でしょうな。あと、話し上手です」
「そうか・・・いいなぁ。お前だけ」
「ああ、それと、最終的な考えが、我々と同じです。特に彼と同じでした。だから、我々に時間がないでしょうな。急がなければ」
「ああ、やっぱりそうなのか・・・間に合うといいな」
「ええ。間に合わせたい。その時までに、この大陸に! 輝かしい太陽が必要となるでしょう」
「そうだな・・・デカい太陽が必要になるな。人々の希望となる人が必要だ・・・あいつが言っているようにな」
「そうですな」
二人は謎の会話を残して、ネアルの救出に向かう。
◇
一方で、クリスも敵の行動の意味に気付いた。
「なんだ。この軍は・・・こちらの意図を読んだか!」
イルミネスの軍の戦列が真横に伸びていく。
その行く先は南門だった。
「くっ。これだと、包囲攻撃が入らない。南側を捨てねばなりませんか。悔しいですが・・・」
と悩んでいる所に、フュンが戻って来た。
「クリス」
「はい。申し訳ありません。作戦を遂行できず」
「いいえ。いいんですよ。僕の目的はそれではありません。ですが、ここは出来るだけ削ります。あの軍の狙いは、ネアル王の救出です。なので、クリス。あなたはシャーロットを連れて、急いでギリダートの北門に飛び出てください。包囲をしようとした南側の人たちも連れて行きなさい」
「え?」
「あなたには時間稼ぎをお願いします。あの軍の意図は、これから始まる北側の包囲戦の邪魔です。それをあなたが邪魔して欲しい。それで、僕は王国北側の兵を包囲で削ります」
「・・・なるほど。フュン様の目的は敵兵の消滅ではないのですね」
「そうです。ネアル王を弱気にさせます。彼の狙いを潰すのです」
「わかりました。今戻ってくるので、そのまま移動します」
「ええ。まかせました」
「はい」
フュンとクリスはここで別れた。
フュンはこのままこの場に残り、シガー部隊に指示を出す。
南側には敵兵がいなくなったので、そちらの防衛に回っていた帝国兵を使う。
ブルーを失い、ネアルがいなくなってしまった王国本陣は、勝手に瓦解していった。
だからフュンは、そこを上手く利用して、シガーの重装盾部隊で敵を押し込んでいき、包囲の形を作っていく。
東門のスレスレの所からは、フュン親衛隊が絶妙なタイミングで出て行き、挟撃の左端部分を生み出すと、右側にも余裕が生まれて帝国兵を挟んだ。
挟撃の形を作れれば、あとはもう。
「ここから中へと押し込んで包囲に入りましょう。ママリー。ナッシュ。上手く蓋を。いいですか。真後ろに穴を開けてください。逃げられるような形を作るのです」
「「了解です」」
太陽の戦士を使って、裏の包囲を始めた。
巨大な挟撃状態から徐々に大規模包囲戦へと変わるのであった。
◇
ギリダート北門。
「読まれたか」
「そのようですね。先回りされていましたね。やはり私たちの方が遠回りだから、気付かれるとあちらよりも先にはいけませんね」
北門よりもやや西にて、立ち止まったのがルカとイルミネス。
二人は自分たちがやろうとしたことが相手に知られてしまったと思った。
「イルミ。どうする。この防御陣、隙がねえ」
「ええ。そうですね。それにあの男・・・クリスですね」
イルミネスは、クリスを見て頷いた。
漆黒の姿。
何もかもが真っ黒な彼を見て、ただならぬ気配を感じる。
「そうだな。それにあれは・・・」
「どうしました」
「はぁ。俺はどうやら、あの女と縁があるようだ」
「・・・あの女? どなたです?」
イルミネスは会ったことが無かったので、あの女では通じなかった。
「シャーロットだ。かなり変わった女だよ。あれはよ」
「そうですか。あなたも変わっていますからね。しょうがない。惹かれ合っているのでしょう」
「何言ってんだ。お前の方が変人だろうが」
「私は普通です」
「どこがだ。居眠り野郎」
「ええ、眠いです。すぐにでも眠りたい・・・休みたい。頭を使い過ぎました。休息は重要・・・さすがに今回。長い戦い過ぎます」
「おい。まだ終わってないぞ」
「ええ。ですが、これはここにいましょうか。この相手の布陣で、やりたいことがわかりました」
イルミネスの頭はまだ冴えていた。
クリスがしたい事を理解していたからだ。
◇
「なに・・・ん? この軍。私がやりたい事を理解したのか。ルカでしょうか」
敵軍がピタリと動きを止めて、帝国軍と似たような陣形を作って来た。
「クリス。ルカはあそこだよ」
「え? どこですか」
「あれ」
「ああ、あれですね。ん。隣は誰でしょうか・・・確認が取れませんね。しかし将と並列にいる。ということはイルミネス。と断定しても良いでしょうかね。あの位置にいたのはイルミネスの軍だったはず」
クリスは、眠たそうにしている姿を皆に晒している男が、イルミネスだと思った。
自分の布陣を見てから、明らかに王国軍の陣形が変わった。
ということは、こちらの意図を理解した動きをしたのだ。
それには、ルカのような対応型ではなく、あらかじめ予測が出来る男が指示を出したに違いない。
だから、ここでの強大な敵はイルミネスだと感じる。
「クリス。どうするだよ」
「ええ。止まりましょう。相手が停止であるならば、フュン様の時間稼ぎは有効です。無理に戦う必要はありません」
「そうだよ・・・でも・・・んんん」
「どうしました?」
「今度ルカに会ったら、捕まえると言っただよ」
「捕まえる?」
「うんだよ。あの人、フュン様に会いたいみたいだったから、拙者が勝てば、捕虜にして会わせてあげるって約束しただよ」
「そうでしたか。フュン様に会いたいと・・・敵なのに・・・変わった人ですね」
「うんだよ。でもそんなに悪い人には感じなかっただよ」
「まあ、そうでしょう。別に敵だからと言って、全てが悪い人とは限りませんよ」
「そうなのだよ?」
「ええ。そうでしょう。敵となる者。その全てが悪ならば・・・この世は地獄でしょう」
「・・・ん。そうかもだよ」
「そうです。フュン様の人生の全てに、その答えはあります」
「え? どういうことだよ?」
「フュン様の敵は皆。生きていますよ。お一人だけ救えませんでしたがね」
「・・・」
フュンの敵は、今も生きている。
ただ一人を除いて。たった一人の大切な弟を除いて・・・。
◇
「さあ、どうしますか。ネアル王。この包囲の一か所。穴はありますよ。しかしあなたは、ご自身のプライドが邪魔をしていますでしょう。でもここで逃げねば、あなたはここから先を戦えませんよ」
フュンは包囲に入った帝国軍を指揮しながら、丁寧な形で王国軍を追い詰める。
「ここで粘るのはいけません。ギリダートいやそれ以上を奪われる結果を招いてしまいますよ。ネアル王!」
王国軍四万。
これが帝国軍に囲まれている。
だが、この包囲は完全包囲じゃなく、一部分に穴が開いている包囲だ。
それが逆にネアルのプライドを傷つける。
なぜなら、ネアルであれば、包囲を破って脱出したいからだ。
誰かに操られる形で、逃げ出すなど出来はしないのだ。
だから別な場所にでも穴を開けようと思ってしまっている。
その心を狙った罠。
フュンの仕掛けは、ネアル個人に向けてのものだ。
ここから王国兵は削られていく。
「さあ、時間がありませんよ。あなたの決断。刻一刻と・・・ええ、そうですよ。遅くなってはいけない。あなたは悔しくとも、ここは下がるべき・・・僕の考え。お判りでしょう? 頭ではね」
心が許さない。
でもその決断をしないないのなら、ただただ兵を失う形になる。
ネアルの最終判断が出る前までで、王国の兵たちは一万も減っていった。
◇
「・・・引くしかない・・・か」
ネアルが呟くと、ゼルドが包囲の最前線から戻って来た。
「ネアル王!」
「ゼルド」
「王。ここは下がりましょう」
「・・・そうだな」
「自分の肩を貸すので、どうぞ。こちらに」
「す、すまん」
「王。ここは下がり、もう一度戦いましょう。まだ完全に負けたわけではないのです」
ネアルは満身創痍だった。
元々のガイナルでの怪我に加え、英雄の影の二人の攻撃で足にまで影響が出ていた。
「わかった。下がるか」
決断が遅くなってしまったが、ここで仲間のおかげで下がる事が出来た。
一万。大きい犠牲だが、それでも、危険水域ではない。
王国軍六万。帝国軍五万。
差は縮まってしまったが、まだ戦える範疇の負けである。
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