第70話 持ちうる手札。全てを使って
シャーロットが本陣に戻ってくる頃。
ネアル軍から狼煙が二本上がり、フュンが確認した。
「・・・ニ本。撤退。又は、攻勢。どちらでしょうか」
敵の暗号を読み取る。ネアルの戦術を理解しようと、相手の動きを注視した。
軍が引いていったので。
「今回は、撤退ですね。わかりました」
戦いごとに合図の意味を変える。
それはフュンの信号弾も同じように設定している。
帝国の方もこの色の時は、この意味という風に、各隊長に連絡をしているのだ。
「それではどこまで下がりますかね?」
フュンの隣にクリスがやって来た。
「フュン様。撤退のようです」
「クリスですか。どこまで下がりますかね」
「私の予想は、西の城門から五キロ先の本陣にまで下がり、そこで休息をとると思います」
「なるほどね。今日はおしまいでしょうかね? 夕方にはまだ早いですが」
「そうだと思います。ここまで鉄壁に守られたら、おそらく・・・今日は何も出来ないでしょう」
「そうですか。わかりました。ここにフィアーナを呼びましょう。あそこにいても、二度も同じ手には引っ掛からないでしょうから、こちらにいてもらいましょう」
「はい。指示は私が出すので、フュン様はお休みになられては?」
「いいえ。クリス。会議室に来てください。各大将にその連絡を。見張りをシャーロットと、ニールとルージュに任せてください」
「わかりました」
三人を見張りに指名した。
その理由は単純で、三人に会議に出てもらっても、意味がないからである。
彼女は作戦を事前に教えても意味がない。
直前に入れないと駄目なのことをよく知っているのだ。
それと、ニールとルージュは個別で指示を出すので、全体の作戦を共有する必要がないのだ。
◇
作戦会議。
「フュン様。皆集まりました」
「ありがとう。それでは皆さん。頑張りましたね。初日は満点に近いです」
フュンの話に、続きがある様なので皆は黙って頷く。
「皆さん。ここからは、消耗戦となります。兵にも覚悟をしておいてくださいと伝えてください」
「ん? 大将。消耗戦ってなんだ?」
フィアーナが聞いた。
「ネアル王は今回の戦いを失敗と捉えると思います」
「え? 本当ですか。フュン様」
シガーが聞いた。
「はい。今回。僕らは、初撃が丸々成功しただけで、目立った戦果がありません。まあ、フィアーナとシャニの連携。あれ以外は別に普通の事です。当たり前でしょ。皆さんの力ならば当然の結果ですからね」
フュンは仲間の力を信じている。
だから出来て当然のことは、そんなに褒めない。
でも褒めているつもりが無くても、フュンにこう言われると、嬉しい気持ちになるのが不思議である。
顔には出さないが会議に出ているメンバーは内心喜んでいる。
「あれでも、ネアル王は失敗だったと捉えるのですよ。こちらの兵が減っておらず、あちらの兵が万近く削られた。この事だけでも彼のプライドが傷ついています。よって、負けと判定し。彼は勝ちに出る戦略を練るでしょう。そこで、あの盾を破るような新兵器などは無理ですので・・・選択肢は消耗戦だけです。盾部隊に絶え間ない攻撃を仕掛けてくる。僕らの盾部隊は、二列編成で、前後入れ替わる形で鉄壁になるように、部隊を組んでいますから、交代交代で、消耗を避けていますが。そこを突いてくるはずです」
「フュン様。それは長時間の攻撃でこちらの体力を削るという事ですか」
「そうです。シガー」
「私たちは何時間でも鉄壁でいられますが?」
「ええ。シガーはそのようにサナリア兵を鍛えたでしょう。ですが、彼は恐らく一週間以上。この数時間単位での攻撃じゃなく、日を跨いだ攻撃を仕掛けてくるはずです。これだと厳しいでしょ」
「・・・一週間ですか。たしかに厳しいかもしれません」
それほどの長い期間壁になったことがない。
厳しい時間設定だった。
「そこで、重要なのが、シェンさん。ウルさん」
「ん?」「私たち?」
「はい。お二人がそれぞれ五千ずつの親衛隊を率いて、盾部隊と共に迎撃してください。シガーには北の防御。クリスには南の防御のみに意識を集中させるので、ご自身の判断で戦争参加してください」
「俺たちが?」「で、できるかな。王子。私たちでいいの?」
「はい。大丈夫。僕と共に、戦ってきてくれています。こういう場面を何度も経験してるでしょう。危機なんて一緒に乗り越えてきたじゃないですか。お二人なら出来ますよ」
「「・・・・」」
二人は、大元帥と数多くの戦いを共に戦って来た。
フュンの初陣であるハスラ防衛戦争。第六次アージス大戦。ラーゼ防衛戦争。
二人はフュンと共に戦った回数で言えば、仲間の中で多い部類に入る。
身分違いの親友の頼み。
これを断るのは男が廃り、女も廃る。
「いいぜ。やろう。俺とウルで」「そうね。王子。まかせて」
「ええ。信じています。僕の友達ですからね。ハハハ」
爽やかな笑顔は子供の頃のまま。
三人はいつまで経っても友達のままだった。
「大将、あたしは?」
黙って聞いていたフィアーナが、鋭い視線をフュンに向けた。
「ええ。フィアーナは城壁でお願いします」
「は? あたしが、上か? 暇だろ」
「いいえ。暇じゃありません。あなたはタイミングを見て、攻撃をしてください。大砲を放ちましょう」
「大砲!? 待て大将。あたしらの砲弾は、全部出しきっちまったぞ。攻撃するもんは、もうねえはずだ」
「いいえ。あります。僕らの砲弾は無くなりました。でもこちらの砲弾が残っています。アナベルにチェックしてもらい、いくらか使える事は判明しています。砲弾は八つです。かなり貴重なので、これを大切に使いましょう。無駄撃ちを避けて、敵を狙います」
砲弾は言うまでもなく値段が高い。
だからフュンたちが無数に当てた事が脅威的な事である。
陥落時のクローズの信じられないとした顔は、数の多さとその莫大な資金が、頭の中でちらついたからである。
そしてそのクローズが大砲を使用する際に持っていたのは十二の砲弾。
四方に大砲を二個ずつ配備しているのがギリダートであったが、帝国が兵士を東のみに集中させていたので、大砲も移動をさせて東の大砲は四門にした。
その時に砲弾も移動させて置いたのだが、全ては運び込めず、残り三カ所の方に砲弾が余ってしまった。
それが八である。
「・・・マジか。それは重要だぞ。数制限・・・そうだな。そいつはタイミングが大切。撃ち切らずに持っておきながら牽制したいな。要所要所に発射する感じだよな。大将」
「はい、そうです。まだあると見せかけたいですからね。本当にタイミングが重要です」
「わかった。あたしが管理しよう。インディとやっておくよ」
「はい。そこはフィアーナの勘でいいです。あなたの戦いの勘を信じてます」
「おうよ。まかせとけ」
フィアーナの狩人部隊は援護射撃に使うことにした。
彼女の戦略は一度で十分。おそらく何度も同じ手は食わない。
それがネアルだろうから、フュンは別の役割を与えたのだ。
「フュン様。シャーロットは?」
クリスが聞いた。
「はい。シャーロットは、待機です。敵に疲れが出てきたら、出します。彼女は切り札運用が合っています」
「わかりました」
帝国は防衛。その路線は変更できない。
敵がネアルであるのだ。そう簡単に、倒すことが出来ない事だけは確実に分かっている。
それでもフュンは持ちうる戦力でこの戦場を乗り切る事を決意していた。
目標を達成するために、粘り強く戦い続けなければならない。
「では皆さん。ここからが正念場。乗り切りますよ。戦いは厳しくとも、一丸となって戦います。よろしいですね」
「「はい!」」
決意を共に。想いは一つに。
帝国軍の中でも、絆が強き軍。
それが、フュンの率いた軍である。
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