第69話 シャーロットの思い
盾の扉が開くと、シャーロット軍五千がそこから突撃。
機動力を重視しているので、シャーロット自身が先頭を駆け抜けていた。
彼女の圧倒的武力を使い、敵陣を切り裂く。
それに合わせて、ニールとルージュの協力があるので、ネアル軍を切り裂いた時よりも力強い。
◇
ここで相手が強引な手を打って来た。
ルカは突撃してくる部隊を見る。
「ここで踏み込んでくるのか。あいつ・・・くっ。どこ狙いだ?・・・ん!? まさか」
シャーロットの行き先に気付く。
ここだった。
大将狙いの突撃。
敵の軍の突撃始めでも分かるルカは優秀だった。
「これは、本陣か! なんていう武力なんだ。あの女。誰だ? 資料にはない女だな」
帝国が持つルカの情報は少ない。
しかし、王国が持つシャーロットの情報も少ないのだ。
情報が少ない者同士の戦いが始まろうとしていた。
◇
「クリスが言っていたのは、この人だよね。誰だっけだよ?」
教えてくれたのに名前を忘れた。
三歩歩けばシャーロットは大体の事を忘れることが出来る。
「ほう。情報なしで。俺の所まで来たか・・・お前こそ誰だ?」
「拙者。シャーロット・ニーガストだよ」
シャーロットは、刀の柄に両手を置いてからお辞儀をした。
「俺はルカだ。ルカ・ゴードンだ」
ルカはポリポリ頭を掻きながら答える。
決闘前でも、自然体な両者だった。
「ルカ! わかっただよ。それじゃあ、戦うだよ。命令を聞いたから、戦わないといけないだよ」
「命令・・・そいつは、あの男からか」
「?」
「クリス・サイモンだな」
「お。そうだよ。よくわかっただよ」
「ああ。そうだな。まあ、奴からのメッセージを受け取ったからな。それでは戦うか?」
「うん。いいだよ。いくだよ」
クリスの狙い通りの戦場だったとしても、ルカは目の前の人物との決闘を望んだ。
それは、この女性。圧倒的武の気配を持つ。強者に興味があったのだ。
佇まいだけでわかるくらいに強い。
「面白い。こちらもいこうか」
ルカは背中にある長刀を取り出した。
「おお! 長いだよ」
「ああ、刀身は結構あるぞ!」
シャーロットの独特なリズムに惑わされることがない。
どっしりと構えているルカは、相手の動きが見えていた。
独特なのに揺さぶりはない。
自分の正面に来るとルカは予知した。
そうこちらも強者である。
「ほれ」
「んんん・・・だよ!!?」
不規則な動きのシャーロットの刀。
その中央を捉える。
流れるような長刀の動きは、まるで水流のように綺麗にまとまっている。
「強いだよ」
「ああ、俺は弱くない。少なくともお前よりはな」
「自信があるのだよ。面白いだよ」
「どうも。それじゃあ、斬るぞ」
ルカの武器が後ろに引かれ、そこから止まることなく、右に回りながら動いて袈裟切りに変化した。
淀みがない。迷いがない。動きに無駄がない。
大きな武器なのに、小刀を扱うように華麗である。
剣技の美しさに惚れたシャーロットは目を輝かせて、その攻撃に自分の刀を合わせた。
「ほいだよ!」
再び鍔迫り合いが始まる。
「おお! シャーロット。強いな」
「ん。あなたも強いだよ。この剣ですぐに分かるだよ」
「あんたもか。奇遇だな。俺もすぐに分かったぜ」
距離を取ったのはシャーロット。
後ろに飛んで、着地と同時に前に出る。
一刀両断の攻撃を仕掛けた。
そこまでの時間が一瞬で、無駄な動きに見えてしまうルカは、反応が遅れた。
だから、ルカの頭上に刀が入る瞬間も、動きが遅れているので、ルカは頭の上に長刀を逆さにして構え出した。
柄を上に、刃を下にした防御姿勢は不思議な形であった。
「それだと。力は入らないだよ」
「ああ。力はいらない。でも、こうやんのよ」
長刀の鍔辺りに、シャーロットの刀が当たる。
すると、シャーロットの力のある一撃が、ルカの柔らかく握る長刀によって、力が分散されていった。
シャーロットの刀は、彼の刃に沿って走っていくだけになった。
「な!? 受け流しだよ???」
「そうだ。それでこっちはどうだい」
シャーロットの刃が地面に近づくと、ルカの刀は動き出す。
やはりその流れは美しい。
無駄のない動きは、水のように滑らかで柔軟な動きである。
刀が返り、ルカの防御は攻撃に変わる。
「うわ!? もう攻撃だよ!? 来てるだよ」
「そういうこと! 躱せるか?」
「ま、まだいけるだよ」
シャーロットは、刃が滑った後では、体勢が悪い事を理解している。
だから、逆に攻撃を振り切って、刀を地面に刺した。
その勢いを持ってして、シャーロットは真上に飛んだ。
「は!? 刀を捨てるのか」
「うんだよ。持たなくても、身軽に! これしないと、お師匠様に怒られるだよ~」
着地と同時に地面に刺さった刀を持つ。
シャーロットもまた華麗な攻防を敵に魅せる。
「いいな。お前。この戦いに、やりがいを感じる」
「拙者もだよ。あなたは強者だよ~。さっきの王様みたいに怪我もない・・・思う存分やれるだよ」
「お前。王の怪我を見切ったのか」
「ん? 見切る???」
ネアルの怪我は軽傷じゃない。
援軍として合流した時からルカは、一目見て気付いていた。
肩。手。両方が普段とは違う動きをしていた。
「あの王。臣下には言わない気だからな。隠そうとしてやんの」
「ふ~んだよ。そうなんだよ?」
「ああ、バレバレの男だ。弱みを見せない。完璧であろうとする。それが、イーナミアの王様らしいぞ」
「へぇ。拙者らの主フュン様とは違うのだよ」
「おう。その話聞かせてくれ。興味がある・・・た・・・そのフュンとかいう男の素性が知りたいぜ。どうなんだ」
「ん? た??? まあ、いいだよ」
戦いの途中で、互いの上司の話になる。
暢気のようにも見えるのは会話だけ、お互いに剣だけは動き合っている。
激しい応酬の中での会話なのだ。
「フュン様は・・・優しいだよ。とにかく何が起きても怒らないだよ。ただ、仲間を侮辱したら激怒するだよ。自分の事では怒らないのだよ」
「ほう。そうか。それで。他にあるか?」
「あとは・・・完璧じゃないだよ。そっちの王様が完璧なんだとしたら、フュン様は抜けているだよ。作戦を考える時と、物作りをしている時以外は、基本のほほんとしているだよ」
「なるほど。家臣にもその姿を見せているということか!」
ルカの振り下ろしを、シャーロットは切り上げで対抗した。
互いの剣が一瞬だけ触れ合って、互いに軌道が変わる。
「違うだよ」
「違うだと? なにがだ。お前にだけ見せているのか。特別な人か」
「そうじゃないだよ。違うだよ。フュン様は・・・」
シャーロットの得意攻撃。
袈裟切りが炸裂した。持ちうる攻撃の中で最速の行動である。
「は!? 速いな。でもまだいけるな」
ルカが捌き切ると、再び会話に戻る。
「む!? これも効かないだよ」
「それで、何が違うんだ」
続きが気になっていた。
「ん。フュン様は、民も含めて皆にその姿を見せているだよ。完璧じゃない姿を全員に見せているだよ。フュン様の普段は、そこら辺にいる普通の人みたいなのだよ。普通のお父さん。普通の領主。普通の指揮官。何もかもがフュン様は自然体で普通なのだよ。ビックリするくらいにだよ!!」
「そうなのか。面白い。会ってみたいものだ。近くで見てみたい」
「そうなのだよ? なら連れて行こうだよ。拙者が勝てば、捕虜にするだよ」
「おお。お前さん、俺に勝つことが出来るのか。まだ一度も、俺に攻撃を当てることが出来てないぞ。それで勝てるのか?」
「んんんん。うん。難しいだよ。でもやってみるだよ。あなたもフュン様に会ってみるといいのだよ。面白いのだよ。拙者らの主は、見ていて飽きないのだよ・・・だから、拙者が勝って会わせてあげようだよ・・・それじゃあ、いっくぞ~~~だよ」
言葉には勢いがあったのにシャーロットの動きが止まった。
彼女の目の前でダガーが二本。クロスしていた。
「待て」「シャニ」
「え? ニール。ルージュ?」
「「時間だぞ」」
「え???」
「約束」「守れ」
「「クリスは殿下だ」」
「あ!? そっか・・・そうだっただよ。下がるだよ」
「うむ」「そうしろ」
「「指示を出せ」」
クリスの言葉はフュンの言葉。
仲間たちもその重さを知っているので、クリスの命令通りの動きをする。
シャーロットは、信号弾青を空に打ち上げた。
「引くだよ。それじゃあ、サラバだよ。また会おうだよ・・・・ルカ!」
「む。連れて行ってくれるんじゃなかったのか。おい!」
「それは今度だよ。それまで生きているだよ」
「わかった。再戦しよう。シャーロット。俺に会いに来い」
「うん。そうするだよ~。またね、バイバイだよ」
手を振ってシャーロットは去っていった。
見送るルカの隣には部下がやって来た。
「よろしいのですか。ルカ様」
「いい。追うな。あれに触れるな。いいか、通常の兵士では触っちゃいかん。いいな。皆には道を開けろと。指示を出せ」
「え? な、なぜですか。チャンスでは?」
「下手に彼女に手を出せば、ただただ兵を失うだけになるだろう。圧倒的な武力を持っているんだ。だったらそのままお帰りになってもらえ。こちらも無駄な体力を使わなくて済む」
「わ、わかりました。指示を通します」
部下が大慌てで前方に指令を出す。
道が出来上がっていくのを眺めて、ルカは呟く。
「あれが、フュン・メイダルフィアが隠していた武器か・・・面白い女だったな。よく、あれを使いこなせる。あれが指揮をするのも難しいだろうし、それにあれ自体に指示を出して、言う事を聞かすなんて、普通は無理だろ・・・凄いな。フュン大元帥。その役職の通り。懐も大きいのか」
フュンの度量。その器は、フーラル湖よりも大きいかもしれない。
ルカは自分から見て右側にある湖を見ながら思った。
ネアルが上司では、彼女が出世することなど、無理かもしれない。
帝国だからこその人事であるのだと、ルカはこの戦いで感じたのだった。
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