第43話 鬼の貴婦人の戦い

 帝国歴531年5月20日。

 早朝。

 まだ夜明けとも言えない暗い中で、帝国の船がゆっくりと動きだす。

 船団で移動しても音のない移動だった。


 対して王国水軍は停止したままであった。

 帝国の船がこちらに移動してくるとは思わないのには訳がある。

 それは連日で行なわた予定戦争のような戦いでは、早朝での戦争をして来なかったためである。

 朝は休み、昼から少しずつ船が稼働して、夕方前には終わる。

 それが今までの戦い。

 

 だから、王国側は油断をしてしまったのかもしれない。

 彼らはぐっすりと眠っていて、相手の監視も上手く働いていないようだ。

 明かりを消して移動する帝国の船が、ゆっくりと自分たちに近づいている事に気付かなかったのだ。



 ◇


 「はっ・・・雑魚どもが。目が悪いな! 私らが近づいているのも気付かないのか? いや、そもそも兵士らが起きてないのか?」

 「ララ殿。テンションが上がりすぎですよ。まだ戦っていないのに、戦闘状態にならないでください。いつもの状態のあなたでいてください」

 「何を言っている。マルン。いよいよだぞ。お前は高揚しないのか」

 「しませんよ。それに今は静かに行くのです。ララ殿、うるさくしたらいけませんよ。いいですね」

 「そうか・・・わかった」


 暴れん坊のララの手綱を意外にも上手く握れているマルン。

 その隣にはナシュアがいた。


 「マルン。どうするつもりですか」

 「ええ。ナシュア。ここは、ララ殿を前面に出します」


 マルンとナシュアは古くからの知り合いで、当然ジークとも知り合いだ。

 彼らは学校時代からの付き合いがある。


 「はい? ララを??」

 「川の半分。そこを通ったら、我々は全速前進します。その勢いを持ってして、あそこの船に衝突します。あの船には、将がいます。前回の戦いで指示を出している人がいました」


 今までの意味の無い戦いの中に、意味を持たせる。

 マルンは冷静な指揮官だった。


 「そして、あの指揮官の船を壊滅させれば、左翼自体が大混乱になるでしょう。そこから、相手の船団を叩き続けることが出来るはずです。そうなれば数の有利が生まれて、あとは包囲戦になると思いますよ」

 「なるほど。理論上はそうでしょうが・・・しかし、そんなこと出来ますかね? 難しいのでは?」 

 「もちろん難しいです。ですが、この船は、ララ水軍でもトップの船です。敵船を掻い潜って、突撃できるでしょう。敵船に乗り込んでしまえば、あとはもう彼女が・・・」


 マルンがララを見ると、つられる様にしてナシュアもララを見る。

 彼女は、斧を磨いて、いよいよ赤い血が吸えるぞと嬉しそうに自分の斧に話しかけていた。

 

 「マルン。あれは大丈夫そうですね」

 「はい。ララ殿を心配しても無駄です。そこでナシュア。合図をこちらから逆に出したいので、ジークに信号弾で連絡をお願いします」

 「了解です」


 ◇


 静かに忍び寄るように移動してきたララ水軍が、川の中央に入ると、一転して攻勢に出る。

 

 「やるぞ。マルン! 合図だ」

 「了解です!」


 ララの掛け声の後。

 マルンが周りの兵らと共にサブロウ丸ノック号を吹いた。


 『どんどんどんどんどんどんどん・・・・』

 

 連続するノック音が川に鳴り響くと、ナシュアが信号弾を撃ちあげる。


 「ジーク様! こちらは開戦します!」 


 ここから戦闘に入るララ水軍が一気に加速していった。


 敵はノック音によって敵襲を知る。

 接近していたことに気付かない間抜けさがあるが、それも仕方ない。

 王国側の水軍は、あまり整理されていないようなのだ。もしかしたら水兵たちの中に、陸軍の兵士たちがいるのかもしれない。

 慌てている彼らは船を上手く動かせずにもたついた。


 「バラバラだな。雑魚だ」


 船首に立ち、相手を見ているララは、腕組みのまま敵を品定めする。

 すると進行方向の川に薄っすらと変化が見られた。

 水の流れを確かめるために上流を見たララは、変化の予兆を見抜いた。


 「ん?・・・これは・・・まずいか」

 

 川の流れが速くなっている。

 だからララが指示を出して、船の行き先を変更する。


 「マルン! もう少し右に寄って欲しい。10度右だ」

 「え? なぜです」

 「疑問はいらん。このままだと奴らの将の船に激突できなくなるかもしれない。急げ」

 「わかりました。右へ。角度は10度です」


 船を進ませながら、航路を変更。

 彼女の指示通りに、船の進路が落ち着いていくとマルンが再度聞く。


 「ララ殿。どうしてですか」

 「よく見ろ。向こうの川の流れが変わった。少し速くなるみたいだ。そうなれば、帝国軍と王国軍の船団での戦いが微妙にズレる。私たちはあの船よりも二つ左の船に当たりそうでな。私の船が奴らの指揮官の船と衝突出来ないとまずいからな。だから、斜めに移動して若干弧を描きながら相手の側面にこの船首を叩き込んで乗り込むぞ。予定変更だ」

 「わ、わかりました」

 「マルン。ここからの船の行き先は任せる。私は戦いに集中するぞ」

 「はい。おまかせを」


 超一流の船乗りであるマルンでも川の流れの変化までは読めなかった。

 しかしこれを恥じる事はない。

 この変化を読める人物は、ヴァンとララくらいしか、この大陸にいないのである。

 

 「いけ。掻い潜るぞ!」


 最高速度のララ水軍は、敵船団との戦いに入った。

 最初の一撃を叩き込む場所を明確に決めていたララの船は、手前の三、四隻の船を躱しながら、目的の船の側面に到達。

 ララがいる船首を敵の船に叩き込む形になると同時に、ララが相手の船に飛び乗った。


 「やるぞ。野郎ども。私に続け。私が敵将を引きずり出す」

 「「「おおおお」」」

 

 船員たちが、ララに続いて敵船に乗り込んでいった。



 ◇


 さっきまで寝ていたらしい。

 王国の兵士たちの反応がいちいち悪い。

 武器を振る手の動き、攻撃を回避する足の運び、どれをとっても良くないものだった。

 それに腹を立てている金髪カールの女性が叫ぶ。


 「ふざけるんじゃね。船乗りが朝に弱いってどういうことだ! 舐めてんのか自然を! 川を。海を! 貴様ら・・・許さんぞ」


 ヴァンとララは、元海賊。

 洞窟や港町で生きてきた人間である。

 海の厳しさを良く知る。

 自然の恐ろしさを良く知っている。

 だから、敵の温い環境に腹を立てた。

 

 昨日も小雨が降っていた。

 ここ一週間くらい、川の水位も変化しないほどの軽い雨が、朝昼晩のどこかのタイミングで毎日降っていた。

 傘も差さなくていいくらいの、人の肌でやっと感じる程度の雨。

 地面が少しだけ湿るくらいの優しい雨である。

 

 でもそれは人間程度であれば、軽い雨だなと思っていい話。

 しかし、自然となると、話は別である。

 少量の雨でも、連日であれば変化が起きる可能性はあるだろう。

 だから、人は自然に対して、いついかなる時でも準備をするはずなのだ。

 何せ今ここで戦う者たちは、陸上で戦うよりも自然環境に影響を受けやすい船の上にいるのだから。

 川の様子を常に窺うのは当たり前の話なのだ。

 なのに、この敵兵たちは暢気にも夜からぐっすりと眠っていたわけだ。


 だからこそ、その仕事ぶりが大層気に食わない。

 怒りの導火線に火が付いて、彼女が爆発した。


 「おらああああああああ。ぶっ飛ばす!」


 ララが巨大戦斧を振り回す。

 一度に四、五人が吹き飛び、川へ落ちていく。

 人が宙を舞う。

 その光景を見て、敵は止まる。

 あんぐり開いた口が閉じなかった。


 「おい。出てこい! 将はどこだ!! 出てこないなら、このままこの船を沈めるぞ。おらあああああ」


 ララが怒りに任せて、巨大戦斧を船に振り下ろした。

 ベキっと甲板が鳴ると、ひび割れが大きく出来た。

 二撃目があれば、大穴が開くだろう。

 

 「どいつだ! おい!!! 出てこい。ここの大将!」

 「なんだ。貴様は。品のない女め。だから海の兵は嫌いなんだ。私のような陸地の将の方が優雅だ」

 「・・・お前か・・・名前は・・・いいや、いらねえ。こんな事しか出来ねえ奴の名前なんか聞きたくもねえ」


 兵士らの奥から将が現れた。 


 「降りろ」

 「は?」

 「船長を降りろ。ボケ」

 「なんだと」

 「陸地の将が優雅??? んなもん。ここでは関係ねえんだよ。こんな初歩も出来ねえ奴は、どこにいても屑だ。それに貴様は水兵になるな。海兵を名乗るな! 将になんかなるんじゃねえ」

 「貴様なんかに・・・なぜこの私が、そんな風に言われなくちゃならんのだ! 黙れ小娘!」

 「あ? 私はしつこく言うぞ。お前は船乗りにも向いてなくて、将失格の雑魚だ。性根が腐っとるから、私がぶっ倒すわ。これ以上はめんどくさいから、やる!」

 「は?」


 ララは巨大戦斧を持つ女性。

 その大きさは彼女の体よりも大きい。

 それを巧みに操るのである。

 しかしその武器の大きさからいって、素早く動けるとは思えない。

 でも、彼女は斧のコントロールが余裕であり、さらにその移動もかなり速い。

 足場の悪い船の上でも圧倒的に敵兵らよりも速いのだ。


 「ふん!!!」


 横の一振り。

 敵将の前にいた兵士たちが忽然と消えた。

 彼らは宙を舞ったとはいえない。

 横に薙ぎ払われたので、真横に吹き飛んで川に落ちた。

 叩き落とされたとも言える。


 「お前のような奴と、問答もするのも・・・時間の無駄だ。ほらよ」


 ララは、横に振り切った斧を甲板に突き刺して、その勢いを利用して敵の真上に飛んだ。

 敵の首に華麗な飛び蹴り。

 彼女の小さな足が、敵の首に突き刺さった。


 「ぐばおらわああああ」

 「一撃かよ・・・弱い!」


 吐き捨てて言った後に、ララは敵将の襟を持って、引きずっていく。

 マルンの元に来たら。


 「マルン! ここから一気にいくぞ。王国は水平に力を入れていないらしい。ここにいる奴らは、水軍として未熟だ。だから、周りは皆に任せられる。私たちは将だけを狙うぞ。いいな」

 「はい。そうしましょう」

 「そしてこの屑は、捕虜だ。後で本物の海を教えてやるわ! 自然の厳しさってのものを体に嫌という程叩き込んでやる」

 「ええ、わかりますよ。その気持ちはね」


 マルンも海や川を甘く見ている王国に腹を立てていた。


 「私が一時預かりましょう。ララ殿」

 「ああ。マルン頼んだ。ほれ」


 ララは自分の船に敵将を放り投げたのであった。


 その後。この水上戦は、ララの活躍により、圧勝劇と変わる。

 三人の将を捕虜として捕えて、相手の船の全てを川の藻屑にしたララは、完全勝利を手にした。

 鬼の貴婦人と呼ばれるようになったのは、この戦いの後に、敵将たちに自然の厳しさを教えるからである。

 それとついでに、彼女は、自分自身の恐ろしさも教えるのであった。

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