第316話 化け物クソジジイと呼ばれている理由

 帝国歴505年8月

 ササラが新たな政治体制でも上手くいっていた頃。

 ダーレー邸では大事が起きた。

 ミランダとヒザルスが話し合う。


 「ヒザルス。どうしようか」

 「姫君・・・俺は、良いと思う」

 「本当か。しかしな。金が・・・ねえよな?」

 「そうなんだよな。そこが問題だ」


 二人は膝を突き合わせて悩んでいた。

 内容は、リックズからの依頼だった。

 貴族や豪族らがいなくなった都市リックズ。

 現在はどこにも所属しておらず、ダーレー家が護衛の形で守っている。

 王国から攻めてきても守れるようにウォーカー隊が守護している形だ。

 それで、彼らは支配者としてダーレー家のシルヴィアにここを治めてほしいと懇願してきたのだ。

 そしてさらに、現在二都市の人間たちが一か所に集まっていることで、リックズが手狭だと訴えてきたのだ。

 ここよりも大きな都市に住ませてほしいとの相談も込みでの帰順の依頼であるのだ。


 「これは厳しいぞ。二都市を受け持つ大都市だろ。費用が莫大だ」

 「それは分かる。だがな。なんとかしたいのさ。あたしらがあそこを戦場にしてしまってるしな」


 二人の会議中に、銀髪の少年が入って来た。

 悠々としている態度は子供らしからぬ。

 ジークはこの時にすでに完成されていた。


 「二人とも。俺さ。良い案がある」

 「なに? ジークにか」

 「ああ。ミラ。これを見てくれ」


 ジークは資料と地図を広げた。

 地図はフーラル川上流から中流付近の詳細地図である。

 

 「俺が金を借りる。サティからだ」 

 「サティ? ブライト家か」

 「ああ。サティの家は莫大に金がある。あいつは経済と経営の天才だからな。そこから金を借りて、俺も商売をひとつやる。ブライト家のお手伝いをしながら、商人として生きようと思うんだ」

 「お前が、商人!?」

 「ああ。帝国の各地を回り、偵察する。敵がどこにいて、味方となりうる人間を見極めるぜ。そんで、俺が働いて、この地域の新たな都市を作る際の借金を返すんだ。あいつは俺とシルヴィアの為なら、金を貸してくれると思うんだよね。ブライト家とダーレー家は仲がいい。それは俺と、サティとシルヴィが仲が良いからだ。それにビクトニーも・・・かな? ジュリアンさんが怖いんだけど」

 「ジュリさんは、良い人だぞ。何言ってんだお前?」

 「いや、だって・・・」


 ジークにとっては怖い人。ミランダにとっては良い人。

 それがジュリアンの評価である。


 「まあ、そこはいいや。それで、こっちの資料の最後のページとここの地図を見てくれ」


 ミランダとヒザルスは地図と、資料を隣同士にした。


 「ほう。ジーク。よく考えたな」


 ヒザルスが感心した。


 「ヒザルスに褒められるとはな。これから天気とか悪くなるのかな」

 「ふっ。なるかもな。明日はお前の頭だけが土砂降りかもしれないぞ」 

 「勝手に言ってろお前」

 

 二人が言い合いをしている脇で、ミランダが考え込んでいた。


 「なるほどな・・・これは、でもまだだな。お前はまだ戦場を知らん。この形の城壁では簡単にぶち破られる。でも建設する位置は抜群にいいぞ」

 「本当か」

 「ああ。ここは抜群の配置だ。帝国の要所となる。防衛の要となるな。こっちのガイナルにも行きやすく。フーラル川の方も監視できる。リックズとノーシッドの双方の利点を兼ね備えた配置になるのさ」

 「だよな。ここだよな」

 「ああ。だったらこれは。ジュリさんに頼むか」

 「え? ジュリアンさんに?」 

 「ああ。彼女に格安で作ってもらってだな。金はブライト。そんで、リックズも助けてくれって言ってんだ。リックズにも協力してもらってみんなで協力して作ろう。新たな都市だ・・・そうだな。名は・・・ハスラだ! ダーレーの要所ハスラで行こう」


 こうして生まれたのが、帝国の要所となる。

 大都市ハスラである。

 ミランダとジークとヒザルスの話し合いの結果に生まれた都市で、作成にはジュリアンの建築チームと、サティの金銭面のバックアップがあった。

 それとリックズの民のボランティアもあり、自分たちが住む都市を自分たちが作る形となった。

 様々な人が協力してハスラを建築しようと動き出したのがこの年の主な出来事。

 しかしこれに注力を注ぐ形となったダーレーは貴族編入に時間を割けなくなった。

 だから、彼らは貴族を王家に招き入れる事はなかったのである。

 この建築には、数年を要した。

 しかし助かることにまだ時代は、激化する戦には入っておらずで、まだ貴族同士が争い続けていた。

 貴族としては、どの家に所属するかの悩みがあり、自分たちで御三家に抗ってみせるような動きもあったからだ。

 それが逆にダーレーとしては助かる形でもあった。

 ここで大規模な争いがあれば、この都市の建築を無視してもダーレーは戦闘行動を起こさないといけなかった。

 しかし、ここでは起きなかったので、着々と建築は進んでいった。


 そして。

 この都市の最後。

 帝国歴505年12月22日。


 ミランダは皇帝に呼び出しを受けた。

 それもお忍びでこちらに来いと言われて、一人で向かったのである。

 皇帝の秘密の部屋に案内されると、そこにいたのが。


 「え? ここにクソジジイが!?」

 「ん? なんじゃ。大きくなったな。生意気娘」

 「なんでここに? エイナルフのおっさんだけじゃないのか」

 「エイナルフのおっさん? ホホホ。お前さん、エイナルフをそう呼んでいるのか。礼儀知らずめ。ハハハハ」


 ミランダの目の前にいたのは、ルイス・コスタ。

 帝国の重鎮として知られている大貴族の男だ。

 ミランダとは一度面識があり、その時の印象深さから彼女の名をずっと覚えていたのだ。

 

 「おっさん。なんでこのクソジジイを?」

 「これはお主に聞いてもらいたくてな。いずれお主を帝国の軍師に昇進させたくてな。計略を考えたいのだ」

 「あたしが。軍師だって!?」

 「そうだ。ダーレーの基盤が弱いのは分かる。しかしそこに重さが必要。だからミランダよ。お主が軍師となれば、ダーレーの中心に、基礎が出来るはず。それで重石としては十分となるだろう。帝国軍師の称号を得るのだ」

 「あたしがか・・・・そうなればダーレーに権威がか・・・なるほどな」


 ダーレーには、核となる重石が必要。

 それは当主だけでは、足りない。

 しかもまだ若すぎる当主だからこそである。


 「そしてだ。余とこの化け物ジジイが考えた策があるのだ。お主に聞いてほしい」

 「おい。エイナルフ! 誰が化け物ジジイだ」

 「化け物ジジイに決まっているのだ! 余が小さい時からこの姿なのだぞ。だから化け物に決まっているだろう。なぜ歳を取らんのだ! ジジイ!!」

 「うるさいぞ。エイナルフ。お若いですねとか褒めろ! お変わりないですねとかでもいいから。とにかく褒めろ! この鼻たれ小僧!」


 エイナルフとルイスが喧嘩した。

 子供のような喧嘩に、ミランダは笑いそうだった。


 「はぁ。本当に姿が変わらんのだよ。このジジイは!・・・まあよい。ミランダよ。作戦はこうだ」


 エイナルフの説明はこうだった。

 現在、どの王家に帰順しようかと悩みだす貴族と、あそこまでの粛清を受け入れるわけには行かないとした徹底抗戦の貴族とに、今の貴族らは二派に別れたらしい。

 そこで、徹底抗戦の貴族らが担ぎ上げたい人物としてルイスを指名してきたらしく、集まろうとしていたのだが、ルイスとしては保留し続けていた。

 それはルイス自身に、貴族として王家に反抗したいという気持ちが一切ないからである。

 でも、ここでルイスが思いついた計略が、その貴族らの抱きかかえてからの死であるのだ。

 いらぬ貴族共を自分が抱え込んで御三家との戦いに挑むという作戦だ。

 互角以上の戦いをしてから、最終的には御三家が勝つ仕組みを作り出す。

 秘密の敗北作戦である。


 「クソジジイ。んな事、できるのかよ」

 「おい。生意気娘。口の利き方をなんとかしろ」

 「無理だ。子供の頃にあんたを見ちまったらな。その凄さにそう呼ぶしかねえのよ」

 「同感だな。これはミランダの方が正しいな。余も思う」

 「うるさいぞ。エイナルフ。お前もか」

 

 茶々が入ってしまったので、気を取り直してルイスが話し出す。


 「それでだ。私が引き入れる貴族をリストアップしていきたい。今後の帝国に必要のない者共を出来るだけ取り込んでいきたい。抱き合わせて死んでもらうためにだ」

 「なるほどな。でもクソジジイ、そいつはやべえんじゃねえのか。ジジイも裏切られる恐れがあるんじゃないか。そんだけ屑ばっか集めたらよ。殺されちまうかも・・・」

 「まかせておけ。私はそこらへんは上手い。反撃して粛清はする」

 「そうか・・・」


 ミランダも心配になるほどに危険な任務である。

 味方が有象無象の人間ども。

 自分の利益しか考えない野郎どもの中に一人で入るのは相当な覚悟が必要である。


 「これは時を要する。ルイスに全てを託すのに時間が掛かるはずで、貴族共をまとめていくのにも時間が掛かるはずだな」

 「そうだ。エイナルフよ。時間が掛かる。いらぬ者共を引き入れるに数年を要するわ」

 「わかった。ルイスに託そう。細かい部分を詰めようか」


 作戦自体は素晴らしいものだが、相当難しい事をルイスがしなくてはならない。

 ミランダでも心配になるほどの困難ものだ。


 「クソジジイ。おっさん。いいのか。大分難しい事をやらないといけないぞ」

 「大丈夫だ。本来ならば、余よりもこのジジイの方が皇帝に向いている。非道な決断を取れるからな」

 「ホホホ。そんなことはないぞ。エイナルフ。お前さんも、決断力はあるわい」

 「そうか。そうだといいな・・・よし、貴族らの再編も兼ねた話し合いは、ここだけの話とする。ミランダ、後で他の御三家にも言うが、今は内緒にしておいてくれ。それとお主が知っていることも内緒だ。いいな」

 「ああ。こんな事、誰にも言えねえよ。言っても信じてくれねえだろうしな」


 こうしてミランダが参加した会議が、後の帝国の形を決めた会議となった。

 貴族らの粛清は、ルイスの策略によって、非常に効率的な物となったのだ。


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る