第311話 バルカ村での出来事から、シーラ村の戦い

 503年10月。

 ダーレー家に緊急の要請が来た。

 それはシーラ村からであった。

 今いるメンバーで会議が始まる。


 「姫君。村をどうする?」

 

 壁にもたれながらヒザルスが聞いた。


 「ああ、助ける。あたしらの領土にしてあげよう。そういう願いの依頼でもあるらしいしな。この手紙に書いてある」

 「このタイミングで領土を増やすのか? いいのかそれで?」


 今聞いたのが、小さな椅子に座る大きなザイオンである。


 「増やす。もうあたしらは逃げねえ。来るなら来い。全部、ぶっ潰す」

 「おい。大丈夫か。そんなに意気込んでよ」

 「大丈夫だ。今はウォーカー隊を三千、ササラに送れている。その上で、ここシーラ村をあたしらの領土にした場合。ちょうど、ここにもウォーカー隊を隠す場所が生まれる。そうなるとだ。南側のどこを攻めて来ても、あたしらが全てに対処できるようになる」

 「なるほど。それは間違いないな」


 ヒザルスが感心していた。


 「じゃあ、緊急で出撃する。ここにいるのは、エリナとザイオンだな。二人を連れてウォーカー隊千で出撃だ。そんでサブロウ。お前は先回りでササラに連絡だ。あっちに置いてる三千をシーラ村の裏に寄越しておいてくれ。あ、そうだ。マサムネも連れていけ。こっちはシゲマサを従軍させる」

 「了解ぞ」

 「じゃあ。みんな、出るぞ!」


 ついに、戦乱の世でダーレー家が出撃した。



 ◇


 昨年に亡くなったヒストリア。

 彼女のウインド家の領土の一つがシーラ村である。

 だから、虎視眈々と貴族らに狙われている現状があった。

 それで村長は、昨年末から色々な貴族からあの手この手で誘いを受けてきた。

 でもどれも嘘くさいと思い。

 一番信用が高かったミランダがいるダーレー家にお願いをしてきたのだ。

 村長はあの時のことを恩に感じていた。

 貴族たちを撃退してくれた彼女を尊敬していたのだ。


 ウォーカー隊がシーラ村に向かう途中、向こう正面からシゲマサが合流してきた。

 先回りで偵察をしていた結果の報告である。


 「シゲマサ。どうなっていた?」

 「シーラ村は、貴族らに言い寄られている段階だな。兵はまだ来ていない。ただし、シーラ村の隣村に兵が来ていた。バルカ村だ」

 「バルカ村? そいつは、川を挟んで、北の村だな。あたしらに近いな」

 「そうだ。ミラ、あそこは、きな臭い雰囲気になっていたぞ。危ないかもしれない」

 「なに?」

 「そこの村長が、説得しろと迫られているみたいでな。しかも断固としてその説得を断っているようなんだ」

 「その村長、いい奴だな・・・でもそいつはヤバいかもな・・・貴族が相手じゃ、そんな話は聞いてくれないな。どこの貴族だった」

 「ジョアラ家だ」

 「ああ、リルローズだな。そこにも手を伸ばす気か。バルカ村はたしか・・・ターク家だな。そうか、あの家もエステロがいなくなったから、くそ。王家の混乱をいいことに! やつめ」

 

 ミランダは最悪の予想をしていた。

 貴族が脅しにかかる。

 それだけで済むケースは少ない。見返りもなく帰るケースもほぼない。

 だからミランダは、エリナの時に根こそぎビスケットの私兵共を狩ったのだ。

 あれも放置していれば、必ず村に害があったのである。

 

 そして今回もだが。

 平民が貴族の要請を断り続けること自体。

 それが、危険であることが予想される。

 いかに村長の判断が正しくとも、貴族相手に正しい行為が、正しい結果に結びつくとは思えないのである。


 「急ぐぞ。これは馬を全力で出す。休憩なしで急ぐぞ。いくぞ野郎ども。嫌な予感がする。あたしに続け」


 ミランダは隊に命令を出して急いだ。


 ◇


 バルカ村に到着したミランダとウォーカー隊。

 到着早々でも、彼女はすでに怒りに満ちていた。


 「ふざけるなよ・・・ぐちゃぐちゃ・・・じゃねえかよ。原型すらねえ」


 村は跡形もない。焼け崩れた家屋。水を汲めない井戸。

 そこら中が瓦礫となっていた。


 「クソ。だれか! 誰かいないのか!」

 

 ミランダの後にシゲマサとエリナも続く。

 

 「お~い。助けが必要な人はいるか」

 「あたいらは、救助隊だ。誰か返事してくれ」


 誰か助かっている人がいないかを探すウォーカー隊は懸命な捜索活動をしていた。

 でもここにいる村人たちは皆殺しであった。

 原型が残って倒れている人が、全員死んでいた。

 

 しばらく探していると、ザイオンが一人で端の家の瓦礫を退けていた。


 「おい。ミラ! エリナ。シゲマサ。こっちに来い」


 ザイオンが瓦礫に埋もれていた人たちを発見する。

 その人物から泣いている声が聞こえる。

 弱々しいが聞こえてくるのだ。

 でも、大人二人の背中しか見えなかった。


 「これは・・赤ん坊の泣き声?」


 シゲマサにも聞こえた。


 「どけ。ザイオン。これは、下だ」


 エリナがザイオンの脇から出て行って、大人二人をどかした。

 謝りながら、男女の亡骸をどかす。

 

 「すみません。手荒いけど、この子らの命を」


 エリナが見つけたのが、産まれたばかりの赤ん坊だった。

 両親が瓦礫から守ってくれていた。

 背中が焼けても、自分が死んでも、必死に子供を守っていたのである。


 「これは・・・双子か。エリナ」

 「そうみたいだ。こっちを頼む。シゲマサ」


 シゲマサが赤ん坊を受け取ると珍しく感情が爆発する。


 「ああ。なんてことだ。可哀想に・・・両親が・・・くそっ。こんなに小さいのに」


 ザイオンが双子をくるんでいたタオルを見た。


 「こいつら・・・ニールとルージュって書いてるぞ」

 「名前か。両親がつけてくれた名前か・・・苗字までは分からんか」  

 

 ミランダは赤ん坊を見た。

 苦しい場所にいても、懸命に生きようとしている子だった。

 呼吸は力強くしていた。


 「よし。どこも悪くないな」

 

 確認後。ミランダは動き出す。


 「エリナ。シゲマサ。その子らを頼む。ここで唯一の生き残りなのさ。あたしらで助けよう」

 「当たり前だ。この子らを守るぜ」「おう。俺がこのままニールを守ろう」

  

 ミランダはこの赤ん坊を救うことにした。

 村を救うことが出来なかったせめてもの罪滅ぼしのようなものだった。


 「ザイオン。敵はいねえよな」

 「ああ。息している人もいないけどな・・・クソ!!!」

 「落ち着け。あたしだって悔しいわ」

 「ああ。わかってるさ。でも俺だってな・・・スラム出だ。こういう事には慣れていてもムカついてな。必ずその貴族は殺す。絶対だ。暴れさせてくれ。ミラ!!」

 「おう。あたしだってな。やったるわ。急いで移動するぞ。シーラ村だけは、こうはさせん!」


 ミランダは村を後にすることにした。


 「村から出るぞ! ウォーカー隊全速前進する」

 「「「了解。隊長」」」


 

 ◇


 シーラ村に到着する寸前。

 サブロウがやって来た。


 「ミラ。戦い一歩手前ぞ。兵が外を囲み始めたぞ」

 「でもまだ落ちてないんだな。間に合ってんのか。危なかったぜ。数は」 

 「四千だ」

 「村で四千だと。クソ。奴らマジで全滅しか考えてねえじゃねえか。ササラのウォーカー隊は?」

 「配置済みだぞ。裏山にマサムネがいるぞ」

 「よし。あいつなら、あたしらが突撃した時に、加勢してくれるはずだ。時間がない。このまま、合図なしで突撃する。数の違いよりもまずは、シーラ村だ。とにかく村を助ける」

 「おうぞ。おいらが先制攻撃を仕掛けるぞ。ミラ、乗せてくれぞ」

 「了解。来い」


 サブロウがミランダの馬に乗った。


 「いくぞ。このまま突撃を開始だ」

 「「おう!」」


 駆け抜けるウォーカー隊が、ジョアラ家の兵を見つけた。

 シーラ村の周辺で、村を攻撃する前の段階であった。

 おそらく、一番偉いであろう。

 ルウコウ・ジョアラは前にいる。

 一際輝いた鎧を身に着けているのが、奥にいたからだ。


 「背面を突くぞ。サブロウ頼んだ」 

 「おうぞ」


 敵目前で、サブロウが馬から降りて加速する。

 最初に彼が取り出したのは、特殊な玉だった。

 そのまま走りながらサブロウは放り投げた。


 「いくぞい。必殺。サブロウ丸73号。こいつは波並みだぞ。ビックリするなぞ!」

 

 ジョアラの兵士たちの真上に、まん丸の玉が出現。

 それに気付いた兵士たちは真ん中から後ろの兵士たちである。

 ちょうど目線の位置よりやや上に出てきたからだった。


 『ガン!』


 大きな音が鳴ると、玉からジャラジャラと何かが出てきた。

 

 「ぐあ。なんだ」

 「いて!?」

 「いだだだだだ」


 玉から出てきたのは、まきびしで、兵士たちの体に次々と傷がつく。

 空中から滝のように流れるまきびしの力は、兵士たちの注意力を落とす結果となった。

 そこにサブロウが特攻する形で先制をする。


 「ほいさ。ほらよっと。これもぞ!!」


 ナイフ投射で、ジョアラ家の軍の背後に切り込んでいった。

 

 「よし。穴が開いたぞ。続け。ウォーカー隊!」

 「「おおお」」


 ミランダよりも突進する形になったのは。


 「あああああ。どけどけどけ」

 

 ザイオンだった。

 彼は、隣の村を破壊された怒りのままに敵陣中央をこじ開けていく。

 一直線にルウコウの元に行こうとしていた。


 「絶対に殺す。許さん! あああああああ」


 ザイオンの大剣が唸ると、人が十人飛んでいく。

 彼はもう昔よりも遥かに強い戦士になっていた。

 鍛えた日数分、少しずつ彼女に近づいている。

 目標の女神へと。


 ザイオンは挟撃をせずとも一人で突破していった。

 彼が敵陣を完全突破したあたりで、マサムネとウォーカー隊が山側から挟撃体制を整えてくれた。

 マサムネのタイミングは完璧で、相手を完全に挟撃できていた。

 ただ、ザイオンが一人で勝手に突っ走っている結果で鉢合わせになっているだけだ。

 

 「マサムネ。中を乱せ。俺はこいつとやる!」

 「わかった」


 援軍とすれ違った後にザイオンは、ルウコウの前に立った。


 「な、なんだ貴様は。大男め」

 「お前が、あの村を焼いたのか」

 「あの村?」

 「バルカ村だ! ここから北西にある村だ!」

 「・・・バルカ村?」

 「おい。川を挟んだ向こう側だ。それも分からないのか」

 「・・ああ、あの断って来た村長がいた村か。あれがどうしたというのだ」

 「き、貴様ぁ・・・」


 ザイオンの堪忍袋の緒が切れた。

 形相が鬼へと変わり、周りの話が聞こえていなかった。


 「ザイオン止まれ。待て」


 ミランダの叫びを無視してザイオンは大剣を振り切った。


 「殺す! 絶対にだ」


 横払いの形になった右からの巻き込み攻撃。

 ルウコウの近衛兵たちは身を挺してその大剣に飛び込むが、ザイオンの一撃の威力を抑え込むには至らない。

 六人が宙を舞っても、ザイオンの剣はとどまらずに、ルウコウの体にぶち当たった。


 「ごはっ」


 大量の血を吐く。でも強烈な一撃でも致命傷にならなかった。


 「なに。俺の一撃が? その鎧、頑丈だな。クソ」

 

 ザイオンがもう一撃を繰り出そうとするとオレンジの閃光が横を駆け抜けていった。


 「こいつはこうするんだよ。ザイオン、冷静になれ」


 ミランダがルウコウを地面に叩きつけてから、顔を踏みつけた。

 独特な拘束方法である。


 「どけ。ミラ。こいつは殺す。許せねえ」

 「駄目だ。ザイオン。こいつは使うんだ! あたしのとっておきの二枚目なのさ。あたしは来るべき時の為に枚数を用意してえんだよ。奴を倒すためにだ。だから止まれ!」 

 「なに!? 今ここでこいつを殺した方が良いだろ。邪魔をすんなミラ」

 「駄目だ。あたしらの目標はこんな小物じゃない。こんな雑魚じゃない。あたしらの目標はリルローズそのものだ。こいつをただ殺しただけじゃ、奴らを消せねえ。だからこいつを捕縛する」

 「・・・ミラ、そいつを捕まえたら、本当に奴を殺せるんだな」

 「ああ。あたしらは必ずリルローズをぶっ殺す。家ごとだ!!!」


 怒り状態のザイオンでも、ミランダの助言だけは聞いてくれた。

 大剣を肩にかける。


 「あああああああああ」


 怒りを発散させるために、叫び散らかして、精神を元に戻す。


 「許せねえよ・・・でも、ミラが言うんだからな。必ずやってくれるんだろ」

 「ああ、もちろんなのさ。ザイオン! あたしを信じてくれ」

 「了解だ。ミラ。あとは俺もあっちの敵を掃討するわ」


 頭の冷えたザイオンが、混乱状態の敵軍の中に戻っていった。


 「ふぅ。なんとかなったか。ほんじゃ。ルウコウよ。あんたにはやってもらいたいことがあるからよ。しばらくあたしの下僕になりな。おらよ」

 「ぐあはっ・・・き、貴様は、み、ミランダ・・・下等な貴族崩れの癖に」

 「ああ。そいつはそうだよな。あんたから見たらあたしは虫けらだな。でもこの時代じゃ、身分なんて糞どうでもいいぜ。ほんじゃ、あんたは使わせてもらう。おらよ」

 「ぐはっ」


 ミランダはルウコウを踏みつけて気絶させた。


 ◇


 シーラ村での戦いは、ウォーカー隊の圧勝に終わった。

 四千いた兵士たちは、十分の一にまで減少して、ミランダたちが捕縛した。

 これをルウコウの家に帰すつもりはない。 

 そのままササラに連れて行く気だった。


 ミランダはシーラ村の村長と対面する。


 「村長」

 「ミランダ殿・・・大きくなられて」


 小さな少女だった頃に比べて立派な女性に成長していたことに村長は感動していた。


 「・・・申し訳ないです。私らの我儘で、あなた様にご迷惑を・・・」

 「いや、そんなことはないですよ。あたしらも間に合ってよかったです。ですが、バルカ村の方たちが。村長申し訳ないです。あちらは全滅でありました。それで、一時だけ、この子らを預かってもらえますか」

 「双子!?」


 エリナとシゲマサが大事に抱きかかえている子を村長に見せた。


 「はい。そうなんですよ。それで、あたしらはこのまま、こいつの家であるものを捜索したいので、出来たらこの子たちを預かってもらえますか」


 ミランダは、村長に戦闘結果を見せるために、気絶してぐったりしているルウコウを持ち上げてから、双子を指さした。


 「は。はい。わかりました。その子らをこの村で育てればよいのでしょうか」

 「いいえ。一時的に預かって欲しいのです。こちらに最近子供を産んだ人とかいませんか。乳とかあげてほしくてですね」

 「それはいますが・・・わかりました。あなた様からの頼みです。預かります」

 「ありがとうございます」


 ミランダはニールとルージュを一旦村長に託した。


 「それで、こいつの家はたしか、ククルの南にある。マルドクルス町ですよね」

 「ええ。たしか。そうです。シンドラの北でもあります」

 「了解です。そこにいって、こいつの情報を全て抜き取ります。それと、村長。ここがダーレーの領土となりますか? そちらからの打診でありますが、こちらとしては弱小であります。この決断には勇気がいりますよ・・・よろしいのでしょうか。村長?」

 「いいです。私らはあなた様に二度も村を救ってもらっています。ここがダーレーに属して消えるのであれば、それももう・・我々にとって本望でしょう。それでなら、消えても良いと覚悟しています。あなたたちともに生きていきたいです」


 村長からの信頼が厚い。

 ミランダはこれ以上は野暮だと思った。

 

 「わかりました。必ず。あなたたちをお守りします。お任せください。村長」

 「ええ。ありがとうございます。ミランダ様」

 「ミランダ様は嫌だな・・・ミラでいいですよ」

 「それは無理ですよ。それではミラ様でお願いします。ミラ様、シーラ村はダーレー家に帰順します」

 「わかりました。村長。ダーレー家が守りますよ。今度こそ、あたしは・・・誰も死なせない。守ってみせます」


 こうしてシーラ村がダーレー家の領土となった。

 以降シーラ村は、戦乱の世の間でも、比較的生活が楽で、住民たちも重税に苦しむようなことはなかった。

 フュンが解決した事件まで、皆が平等な立場で、本当に安定した生活を送っていたのである。




―――あとがき―――


ここからニールとルージュがダーレー家に加入します。

ミランダが主となり育てることになるのは、8歳くらいから。

それまでは里で育ちます。

シーラ村→里ラメンテ→ミランダ邸

この流れです。


小さな体にはこのような悲しい背景がありましたが、二人は別に辛いとかは思ってません。

フュンに出会えていますし、ウォーカー隊が家族のようなものなので、自分たちの境遇を不幸だとかは全く考えていません。

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