第284話 この家で生きる意味
「ミランダ。こちらの左翼を崩すと、敵側の状態がどうなりますか。分かりますか」
「これか・・・そいつはさ。一個小隊くらいが消えちまえば、あとは完全崩壊して、挟撃の形になるな。この正面を上手く使えばさ」
「そうです。あなたは勘が良くて考え方も良い。素晴らしい将になるでしょう」
「ほんとか。エステロ」
「ええ。良き将となるでしょうね」
エステロ・タークは人に物を教える時も穏やかな人間だった。
この国で一番の美形。一瞬で女性たちが見惚れてしまうと言われている男性で、たしかに顔を覗きこめば、吸い込まれるようにして彼にしか振り向かなくなるだろう。
魔性の男であるなと、わずか9歳のミランダでも思う事だった。
「ミランダ。あなたはダーレーの子になるのですか」
「うん。そうする。ダーレーの子っていうよりはさ。ダーレーに帰順するのさ。シルクさんを守るために、将になるんだよ」
「なるほど。しかし、ダーレー単体は苦しいですぞ。ユースウッドさんがいても、基本はダーレーから離れていますからね」
「わかっている。シルクさんが当主なんだろ」
「ええ。そうです。しかしですね。シルクさんだけでは求心力が得られません。貴族の仲間は増えないと見ていいでしょう。それでもよろしいのですか」
「ああ。別にいい。他の貴族なんてものはいらねえ。あたしが、ダーレーを支えればいいのさ」
「ほう。どうやってです?」
エステロは、ダーレーを支える方法が少ないと思っている。
ダーレー家は本来ユースウッドが継ぐべき家で、それにユースウッドであれば、武の貴族たちをまとめることが可能でもあった。
なのに、武力もない彼女が当主となっている現状では、貴族がダーレーに帰順してくれるのかも分からない。
そもそも知人になろうとも思わないだろう。
群雄割拠の王貴戦争の時代。
貴族たちが互いの利益のために水面下で争う時代に対して、仲間のいないダーレーは苦しい立場である。
ウインド騎士団がその微妙なバランスの中を粛清してくれているから、ダーレー家の中で、王貴戦争が問題になっていない。
ただ、ウインド騎士団がいなくなると仮定した場合。
王族の中で真っ先に苦境に立たされるのは、まずダーレー家で間違いないのである。
ドルフィン。ターク。両家はそもそもが安定していて。
仕事の基盤があるビクトニー家も、武器生成などで安定はしている。
経済の基盤のあるブライト家も、領土経営などで安定するだろう。
でもダーレーだけは難しい。
領土も少ないし、何より肝心のユースウッドがウインド騎士団の方にいってしまっているからだ。
「あたしは、外から仲間を集める。クソどうしようもない貴族はいらねえ。平民以下でもいい。賊でもいい。スラム出身でもいい。とにかく身分を取っ払った奴らを集めて、傭兵を作り上げる。気心知れた仲間を作って、好き勝手に暴れる。それが出来るのがダーレー家だ」
「・・・なるほど・・・それは面白い」
エステロは小さな少女の意見を聞いて、納得した。
貴族じゃない人間を勧誘して手取り足取り色々な事を教えて戦う。
自由気ままな性格の彼女に対して、自由気ままな軍を作るという事。
それが一番合っているのではないかとエステロは頷く。
「その場合。仲間はどこに? ダーレーで抱えるのは不可能ですよ」
「わかってる。だから、あたしは傭兵が良いと思っている。ダーレー以外の仕事もして、金をもらいつつダーレーのために動くのが基準の隊。ウォーカー隊を作りたい」
「ウォーカー隊?」
「ああ、あんたらは資金力があるだろ。ウインド騎士団はさ」
「そうですね。応援してくれる各地の豪族や、貴族らが出資金をくれますからねえ。それにウインド家からの援助もありますし、私のタークからもお金が出ています」
「だよな。でもあたしが作るウォーカー隊は金がねえ。だから、金をもらいつつ戦う。皇帝あたりからふんだくる! あの話でゆする!」
「え? 皇帝? ゆする??」
「ああ。大きな戦争に出て、成果を上げれば皇帝から金をもらえるだろ?」
「そうですね。活躍すれば、もらえはしますね」
「なら、もらえる奴から金をもらう。その金で皆を養いつつ、強い結束力を持って次の戦場に行くのさ。あたしは完全自由な部隊を作るのさ」
「それは・・理想ではありますがね。果たして・・・」
出来るのか。
ここが疑問であった。
「エステロ!」
「なんでしょう?」
ミランダが睨みつけるかのような顔で見てきた。
「出来るかじゃねえ。やるんだ!」
「え?」
出来るのかと思ったことが見透かされた。
子供であるのに、大人顔負けの観察眼だった。
「出来る、出来ねえじゃねえ。エステロ、あたしはやるしかないのさ。あたしは、ダーレーを守りたいんだ。あたしなんかを愛してくれるシルクさんを守りたいだけなのさ。だからジークもついでに守ってやる。今度産まれてくる次の当主もだ」
「・・・そうですか」
「それに、あたしがダーレーを守るから、あんたらは好き勝手暴れたらいい」
「ん? どういうことですか」
「遠慮してんだろ。あんたもユーさんもさ。ここを気にかけているのがよく分かる。あんたらちょくちょくここに来るしな。だから、そっちに専念できる体制をあたしが作るからさ。エステロ、協力してくれ。あたしをとびきり強くしてくれ。ダーレーを守れるくらいにさ」
「・・・わかりました。いいでしょう。あなたのその眼差しが気に入りました。厳しくいきますよ。修練が厳しくて、きついと泣いても知りませんよ」
「おっけ。まかせろ。エステロ」
ミランダの知の師匠はエステロ。
彼の指導の影響により、彼女は
エステロは本来。
大軍勢を率いていれば、
それくらい彼は戦略と戦術に長けている男だった。
だからウインド騎士団が帝国を救っていれば、彼は軍師の称号を得ていただろう人間であるのだ。
しかし、その称号をもらったのは、ご存じの通り弟子のミランダであった。
だから結果として、エステロがもらったのと同義である。
エステロは彼女を弟子にしてよかったとも天国で思っているだろう。
◇
ダーレーの屋敷で安静にしていたはずの女性が、ミランダの前に現れた。
「どうだ。順調か。クソガキ」
「うっせ。なんであんた、安静にしねえんだよ」
「体が安定しているからな」
「そうかよ。無理すんなよ」
体が大きくなっている女性は、庭の中央に立って仁王立ちした。
木刀を持ってミランダを待ち受けている。
「ほれ、かかって来い」
「いいのかよ。その体で?」
「大丈夫だ。お前程度はな。余裕だ」
「あんたは大丈夫だろうけど・・・そっちが駄目じゃん」
ミランダは女性の大きくなったお腹を指さした。
「大丈夫だ。これくらい、この子は大丈夫だ」
「嘘つけ。もし、大変なことになったらどうすんだよ。シルクさんが困るだろ」
「いいからかかって来い」
「わかったよ。戦うよ」
ミランダはオレンジの閃光となって突進をした。
綺麗な花が咲くように、走った場所がオレンジの線となる。
「ほうほう。ユーみたいだな。まあまあ鍛えたと見える」
「十分鍛えたわ。くらえ!」
オレンジの剣筋は独特のリズムで放たれる。
剣の加速するポイントが面白かった。
降り始めではなく、振っている途中で加速する。
「おお! いいな。この剣」
しかし、女性にいとも簡単に弾かれた。
右手一本で弾く。
「だったらあたしの一撃、あんた、もらってくれよな」
「お前が強くなったらもらってやる」
「クソっ。次!」
「おう。来いミランダ!」
決闘がしばらく続くと、シルクがやって来た。
「こらあああ。何やってんのよ。駄目でしょ。あなたたち」
「シルクさん。大丈夫ですよ」
淡々と女性が答えると、シルクはミランダの方を見た。
「ダメダメ。なんでミランダちゃん、止めなかったの」
「だって、この人がやろうって。あたしのせいじゃないよ」
「でもあなたもやめておきなさい。この人の心配をしてよ」
「したよ。でもこの人、言う事聞かないじゃん。あたしのせいじゃないもん」
「まあ、そうだけど・・・それでもミランダちゃんも止めて! いい!」
シルクとミランダが言い合いになると、女性は笑う。
「シルクさん、私は大丈夫だって・・・それにしても親子になって来たな。よかったな。クソガキ。シルクさんがお前の親代わりになってな」
「え?」
「喧嘩できるくらい、仲良くなったって事よ」
「そうなの。あたしたちって親子になれたの?」
「そうさ。シルクさんとお前は親子さ。喧嘩できる相手がいるのは幸せさ」
女性がそう言うと空を見上げた。
女性にはそういう相手がいない。
母親がいないのだ。
「あたし。シルクさんと親子なのかな。本当の親子でいいのかな」
「ああ、ミランダ。それでいいんじゃないのか。なあ、シルクさん。それでいいですよね」
女性はシルクに顔を向ける。
シルクは彼女に頷いてから、ミランダを見た。
「ええ。もちろんよ。ミランダちゃん、ほらこっち来て」
シルクが両手いっぱいに手を広げると、ミランダはそこにすっぽり収まった。
優しく彼女に抱きしめられるとミランダの目から涙が勝手に流れていった。
「ね。私たちはこうしてれば親子なのよ」
「ホント! ほんとに」
「ええ。そうよ。血が繋がってなくても私とあなたは親子なのよ。ミランダちゃんは私の娘。大事な大事な私の娘よ」
「うん。うん・・・ありがとうシルクさん」
ミランダは本当の親に捨てられたような状態であった。
自分の家にだけ集中している両親。
男の子を産めなかったとか、不良の女の子を生んだとかで喧嘩ばかりの親。
敵味方を読めないことで、苦境に立たされていく家。
だから、彼女を愛する暇がなく、育児放棄をする家だった。
彼女にまるっきり関心がないのだ。
でも、ダーレーの母シルクだけは、彼女に愛をくれた。
彼女の何もない空っぽの器の中には、シルクの愛がたくさん詰まっている。
だから、不良のような彼女でもダーレーに尽くしているのだ。
自分の最後の時まで、ダーレーが苦境になろうとも、この家の為だけに動く。
それが彼女の生きる意味だからだ。
―――あとがき―――
ミランダ・ウォーカー
まだ幼くとも、彼女の才は輝いていた。
武に知に。そしてその政治的感覚すらも何もかもが大人顔負けである。
弱小貴族ウォーカー家は、帝都の一角にあります。
当時の帝都に住む貴族たちは100近くいます。
それが各地の貴族らと争い、内部で争い、それが激化すると戦争をする状態でありました。
ウォーカー家は全てがよくありません。
彼女の先々代の頃にはもう崩壊気味、先代も当代も才覚がありません。
なので、彼女が生まれた頃にはすでに崩壊寸前でした。
だから彼女はほっとかれて成長していったのです。
5歳まで生きてこられたのはメイドらが世話をしてくれたからで、そこからは一人で生きる気で生活していました。
だから家出をして、サナリアのとある女性の元で修行して、こちらに帰ってきて、家にでも戻ろうとしたら別に興味ないみたいな顔を両親にされたことで、家から完全に飛び出すことを決意。
だがまだ幼いので、結局は路頭に迷い、ダーレー家の前で座っていた所で、ミランダはシルクに拾われたのでした。
そこからこの物語が始まっています。
彼女の愛から、ミランダの人生が始まっています。
彼女がいたことがミランダの生きる理由なのです。
シルク・ダーレー
ユースウッドが兄であるため、本来は当主として生きるはずじゃなかった女性である。
彼女が皇帝に嫁ぐことになり、それにユースウッドがウインド騎士団の方に参加することになったので、彼女が当主を務めることになった。
天真爛漫で明るく、世話好きで人付き合いが上手い。
どんな人とも仲良くなる才はあるのだが、ハッキリと言いたいことを言うので、敵を作ることもしばしばよくある。
それと彼女は愛情深い。
他人であるミランダすら心から愛していました。
シルクに戦う力がなくとも、彼女の愛が帝国を救った形です。
こう言っても過言じゃないんです。
なぜなら、この時代を生み出せた。
全ての基礎となったのがミランダにあるからです。
ミランダがいたから、シルヴィアが皇帝にまでなり。
ミランダがいたから、フュンが大陸の英雄への道を歩めたのです。
その彼女が、子供時代にもしも全てに絶望して、死んでしまったとしたら、今の帝国はなかったでしょう。
ミランダの母として、シルク・ダーレーも重要人物でありました。
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