第267話 家族を大切にしている者から、これから大切にしてほしい人へ

 元の話に戻る。


 「それで、最初に話を戻しますが、やっぱり皇帝になりたいから、ナボルに?」

 「ああ・・・それもある。だが、私はナボルに入ってから気付いたことがある」

 「ほう。気付いたことですか」


 加入して初めて分かることがある。

 フュンは、詳しい内部事情を知らないので興味があった。

 

 「ああ、あ奴らが帝国の裏側にいたからこそ、帝国内部が良くなっていかないと分かったのだ。奴らは裏で貴族も先導していたからな。だから私は、逆に奴らを利用していってナボルごと抱き込んでやろうと思ったのだ。皇帝の座さえあれば全土で力を集約して王国も倒せるしな」

 「そうなればよかったですが・・・だったら、なおさらあなたは、お一人でやらない方がよかったですね。あなたがスパイのような形になり、兄弟たちと力を合わせればよかったのに。それがあなたの悪い点のようですね。自分一人でなんでもやろうとした。あなたはそれと家族の力を信じないのが勿体ない。家族は力を合わせればとても強いのですよ。僕の実家のように信頼と協力関係がないと、たちまち滅んでしまいますが、力を合わせて信頼しあっていけば、それはそれは、絶大な力を発揮するものなのです。家族の力は偉大であります。ウィルベル様」

 

 フュンは家族というものに憧れがあり、そしてその強さを信じていた。


 「その通りだ。それは今になると私も心底思う。私はヌロやリナを軽んじた。スクナロもシルヴィアも戦いだけだと軽んじた。だが、ジークだけは不気味だったな。あいつは何を考えているのか分からんな」

 

 それは確かにと、ウィルベルとフュンの二人は、互いに微笑んでお茶を一口飲んだ。


 「それで中の情報を知ってますか? 他の人物とか・・・」

 「いや、奴らの情報は完全なものは掴めずにいる。調べ上げても大体だな。イルカルくらいまでしか分からなかった」

 「へえ。イルカルは知っているのですね」

 「ああ。バルナガンの秘密基地から出てきた男で。元々は孤児だったらしい」

 「おお。さすがはウィルベル様だ。ナイロゼみたいな間抜けな男じゃありませんね。うんうん」


 フュンの言葉に棘があった。

 ナイロゼの事はよほど嫌いなのだろうと思いながらウィルベルは話を続けた。


 「奴は子供の頃からナボル入りしていた男だ。ラーゼのタイローに近い存在だな。まあ彼の場合は人質のようにしてナボル入りしていたがな」

 「ウィルベル様は、タイローさんの事情をご存じで?」

 「大体はな。太陽の戦士になりうるかもしれないのがラーゼであるとは聞かされている」

 「そうですか・・・それだけ?」

 「ああ。そうだな。あとはわからん」

 「ラーゼには、ヒストリア様とエステロ様が関わっていることはご存じない?」

 「姉上と兄上がか!?」

 「はい。ご説明すると・・・」


 フュンは母の出来事から伝えた。


 「なんだと。奴ら、王貴戦争以前から姉上たちを狙っていたのか」

 「そうみたいです。ウインド騎士団があれば、帝国は違った形でしたでしょうね」

 「その通りだ。私たち姉弟にとっての希望。それがあの騎士団だったからな」

 「ウィルベル様でもそう思うと」

 「当り前だ。あれは帝国の中でも異質の騎士団。強さと人望。その両方がある特殊な騎士団だったのだ。顔ぶれが凄まじいしな」

 「顔ぶれですか。それほど?」

 

 ウインド騎士団。

 団長ヒストリア。副団長エステロ。

 戦闘隊長ユースウッド。

 後方支援ラルアナ。運営ミレン。

 各部隊長は、後の帝国の重鎮となるはずの人物だった。

 

 ヒストリアとエステロは、言わずもがな皇帝に連なる者として風格があり。

 ユースウッドは、その戦闘能力に定評がある上に、彼は軍の指揮官としても輝いていた。

 ラルアナは、輸送関連。騎士団の派兵。騎士たちの微調整が上手い人物だった。

 ミレンは、騎士団の費用を捻出する天才で、どこからこれほどの資金を調達してきたのかと思うくらいに財力のある騎士団であった。


 「そうだ。彼らは非常に優秀だった。別に姉上や兄上がいなくとも、騎士団が維持できるくらいにな。でもベルナの話だと解散したのだろ?」

 「はい。そうらしいですよね」

 「しかし、ラルアナとミレンはどこかにいるだろうな」

 「ん? まだ帝国にいるんですか」

 「たぶんな。彼女らがそう簡単に死ぬわけがないと思うのだ。ウインド騎士団は、しぶといので有名なのだぞ」

 「そうですか。探してみましょうかね」

 「ああ。見つけても協力してくれるかは知らんがな」

 

 ウィルベルは笑いながら言っていた。

 フュンが再び話を元に戻した。


 「そうですか……では他のナボルは? スカーレットなどは?」

 「そうだな。スカーレットが一番の新参者だ。奴の不満を見抜いたナイロゼが調略したのだ」 

 「なるほど。家族を馬鹿にしていましたからね。彼女は・・・だからナイロゼの口に乗せられたのですね」

 「そうだ。良く知っているな」

 「ええ。あの貴族集会の時。彼女の目。あの家族を見る目が、僕の弟の目とそっくりでした。あれは馬鹿にするときの目です」


 フュンは、スカーレットの本心を見抜いていた。

 彼の実体験から来る目つき、ズィーベの目によく似ていたのだ。


 「シスは?」

 「あれは、元野盗で人を殺すのに長けていた男だ。王貴戦争の頃から暗殺をしていた奴だ」

 「そうですか。あと、ナイロゼは?」

 「奴は最初からナボルらしく、今まで表向きには出てこなかった家系で、ドルフィン家に潜んでいたらしい。私の母よりも前。三代前から仕えている家系の男だ。だからずっとナボルであったことを隠していた家だな」

 「なるほど。それを隠しながら、ウィルベル様が弱った時に表に出てきたと・・・」

 「そういうことだ。私もベルナの時に付け込まれたのだな。奴らに殺されていたとも知らずにな・・・あの技術・・・」

 「そうです。あの変装技術。あれらを知らなかったんですよね?」

 「ああ。あれらは最近できた技術だと教えられた。だがしかし、もっと前から出来ていたとはな。まんまと奴らに騙されていたのだ。間抜けだな。私もな……」


 後悔はある。

 ナボルに入らずに、フュンのように兄弟の力を合わせればと。

 悲しげな顔になったウィルベルに対して、フュンはお構いなしに話を続けた。


 「ウィルベル様。ナボルとは横の繋がりが薄いのですか? 一人一人の話がなんだか、一致してなくてですね。よく分かりませんね」

 「うむ。そうだな。横も薄いかもしれないな。共通意識があまりない。セロが言っていた大陸統一。あれが目標だという事は聞かされていたが、途方もない夢にも聞こえていたな」

 「大陸統一・・・・そうですか」


 フュンは頭の中で敵の思考を構築してみた。

 相手の考えとして、大陸統一が最終目標であるなら、そこから考えられることを計算していくしかない。

 だから帝国の皇帝の座がナボルであれば楽。

 その中でウィルベル様が一番皇帝になりやすく、御していった方がいいんだなと敵が考えたと想像を膨らませるしかなかった。


 「セロは大陸統一。シエテもそのイメージで動いていると思う。ただ」

 「ただ?」


 話には続きがあった。


 「シンコが分からない。奴は王国の誰かになっているらしいが、よく分からん。たぶん、ネアルの行動を知っているから側近になっているのだろうと思うがな。だが、行動原理がよくわからない。奴は最後に太陽を甘く見るなと言っていた」

 「太陽を甘く見るな。僕の事ですか」

 「ああ。それで結果。こうなった。という事は奴はこうなる事が分かっていたのかも知れない」 

 「え? それじゃあ、ナボルが実質機能しなくなるということも分かっていた?」

 「そうかもしれない。分かっていたからあんなことを言ったのかもしれないと、今になると思う。忠告じゃなく宣言のように聞こえたのだ」


 ウィルベルにはそう聞こえた。

 あれは太陽の凄さを宣言したかのように聞こえたのだ。


 「え。じゃあ、なぜ対抗しなかったんだ?」

 「わからない。ただ奴は頭が良すぎるからな。考えていることがナイロゼや私などよりも違うのだ。いつも作戦を考えたり変えたりするのは彼であった。彼の作戦じゃないものが失敗に終わっている。おそらく唯一失敗したのがラーゼの件だと思う」

 「そうですか。大体失敗したのはナイロゼが主導の物ですか?」

 「そうだ。ナイロゼとスカーレットのだな」

 「あなたは?」

 「私はあまり作戦に参加していない。サナリアの件くらいだな。情報を聞いたのはな。あとは帝国の掌握の方に集中させてくれとあらかじめ言っているから、あまり関与していない」

 「そうですか・・・じゃあ、なおさらあなたはナボルなんかに手を出してはいけなかったですね」

 「・・・そうだな。お前の言う通りだ。間違いを犯してしまったな」

 「ええ。ですがやり直せる。僕はまだあなたを許してません。でも、僕はですね。いずれは許すつもりですよ。ですからここで頑張ってください。バルナ様をお育てになられて、ゆっくり人生を考えてください。それとシャイナ様を大切にしてくださいね。シャイナ様はとてもあなたを大切に思っていますからね。今度こそ、家族を裏切らないでくださいよ。絶対ですよ」

 「それは承知した。それだけは、約束として・・・いや違うな。誓おう。必ず大切にする。妻と子供はこの命よりも大切だ」


 ウィルベルは自分の胸を叩いた。

 その表情と行動に満足して、フュンが席から立ち上がる。


 「ええ。信じます。バルナ様もお願いしますね。それではシャイナ様、お元気で」

 「ああ」「はい。フュン様、ありがとうございます」

 「いえいえ。困った事があったら何か言ってください。遠慮しないでくださいよ。僕が必ずここに手を回しますからね。あなたは犯罪者ではないのに、こちらにいるのです。出来る限り支援したい」

 「はい。でもそのお気持ちだけでうれしいです。私は、ここに主人と来て幸せなんです」

 「そうですか……うん。よかった。ではまたお会いしましょうね。シャイナ様」

 「はい。フュン様。ありがとうございました」


 フュンはこうして、家族を大切にする人間を一人生み出した。

 これから先のウィルベルは一生をかけて罪を償いながら、子供を育て、妻を大切にするのだ。

 苦しい生活の中でも人を大切にしてほしい。

 だからフュンは、ここを光の監獄と呼んだのである。

 世界に地獄を生み出した人間にも光を。

 真っ当な道を進んでほしい人に光を。

 でも光の道には試練がある。

 サナリアのアーベンは更生施設として発展していくことになる。



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