第3話 平和を大陸に・・・
帝国歴526年11月11日
サナリアのフュンのお屋敷にて。
「見てください。フュン。私に懐いています! 凄いです! ありがとう!」
「ええ。よかったですね。シルヴィア・・・それが普通の気がしますがね・・・うん」
シルヴィアが抱っこしても嫌がらない。
それが、二人の第二子『アイン・ロベルト・トゥーリーズ』である。
物怖じしない大人しい子で、芯の強い男の子。
誰にでも分け隔てない性格はフュン似である。
レベッカのように、触れてはいけない自分勝手ルールがない子であった。
まあ。それが当然でもある。
「父・・・」
レベッカが弟を指差す。
「はいはい。なんですか」
「これ。弟」
「そうです。弟ですよ」
「弟・・・おとうと・・・おと・・・zzz」
彼女は笑顔になりかけて、途中で意識が無くなる。
「嬉しそうにして寝ましたね。これくらい素直であれば楽ですね」
フュンが抱っこしていることで安心して眠っているのがレベッカ。
彼女は、この頃から弟を気にかけていた。
「フュン」
シルヴィアが呼ぶ。
「はい?」
「幸せですね」
「そうですね……あなたも元気。この子たちも元気。とにかく無事でよかった。産後もよくてね」
「・・・それは診断としてでしょ」
「いやいや。心からですよ。診断としてもいいですけど、僕は家族としても個人としても幸せですよ。ね。ほら。いい寝顔です!」
レベッカの顔を見せてあげた後、フュンはおでこをシルヴィアに近づけた。
シルヴィアもアインを抱っこをしているので、彼に近づいておでこを合わせる。
「そうですね。こうしていると私も・・・幸せですね」
「そうですよ。ほら。この子もそうらしいです」
アインが二人の顔に手を置いた。ぺちぺちしている手が小さい。
「シルヴィア」
「はい」
「ここが幸せの頂点じゃありませんよ。これからも上がっていくんです。二人で、一緒に幸せを作っていきましょうね。家庭も。国も。両方を幸せにするのです。国民も幸せにしてこその皇帝陛下ですよ。いいですね。頑張りましょうね」
「・・・そうですね。私はこの子たちの母親であり、この国の母にもならねばならないのですね」
「そうです。民を思わないといけませんよ。この子たちの事を愛するようにね」
「わかりました。そうしましょう」
「僕もお手伝いしますからね」
「……そうですね。お願いします。フュン」
「はい。シルヴィア。任せてください」
二人は、民の為。家族の為に力を合わせることを決意していた。
二人のおでこがくっついている時間が長かったのか。
レベッカが起き出す。
「・・・っぐ・・・父・・・狭い」
「ああ。ごめんなさいね」
二人が離れると、レベッカはまた眠りだした。
「この子は図太いと見た。面白い子ですね」
微笑むフュンはレベッカを上下に揺さぶって眠りを深い場所に誘ってあげた。
◇
帝国歴527年 6月19日。
サナリアのお屋敷の庭にて。
「ここですぞ。ここに振り抜く。こういう感じです」
ジスターが、剣のお手本をレベッカに見せていた。
木の棒の一撃が木製の人形の脇に入る。
木の棒なのに、本当に斬れそうな一撃だった。
「こう!」
レベッカが真似をする。
振りが鋭すぎた。子供の一撃じゃない。
「おお。良い一撃です」
褒めたジスターの目に映っているのは、レベッカの一閃で、彼女の攻撃も人形の脇に正確に入っていた。
「じゃあ。こう!」
「ぬ?」
二閃目は、人形の頭部に入った。
ジャンプしてその高さを振り抜いていた。
「それじゃあ、これをこう!!」
三閃目は、着地と同時に剣を切り上げた。
人形の左の腰から右の肩までを斬る。
教えてもいない攻撃に、ジスターは驚くしか出来ない。
「な!? なんですと・・・全身がまるでバネのようだ・・・なんですかこの動きは!?」
さすがの天才剣士でも、言葉を失う。
「ジスター。次、どうする」
レベッカが聞いた。
「え。そ、そうですな。乱取りしてみましょうか。どうぞ。レベッカ様。私に攻撃してみてください」
「うん。やってみる」
五分後。
「いいですぞ。レベッカ様。では、こちらに流れる敵はどうしますか。ここでの打ち合いで、一転して移動すると、どうしますか!」
「む・・・こっち」
ジスターが正面の打ち合いから、側面に移動。
その速さは普段の三分の一程度だ。
でも子供と戦うにしては、速すぎる。
普通の兵でも見失う可能性のある移動。
だが、それに対して、レベッカは食らいついてきた。
強引に体をねじ込む動きを見せる。
「ぐっ。だあ!」
足を地面に埋める気持ちで踏み込む。
正面を向いていた体を、右足を基準にして回して、左に移動したジスターを捉えた。
相手の急激な変化でも対応してきたのだ。
「良いです。なかなか良い反応だ。だが」
「うわ!?」
ジスターに木の棒を叩かれたレベッカは転んだ。
「んんんん。次!」
「え?」
転んでも立ち上がって次を要求する。
彼女は負けず嫌いだった。
そこから少し離れた位置でフュンは、シルヴィアと共に稽古をぼんやりと見ている。
「あれは……僕の子供の頃に似てますね。立ち上がって何度も同じことを繰り返している。でも彼女は、天賦の才がありますね。僕なんかとは全然違いますね」
「あなたにも才はありましたよ。鍛えていないだけで、平均よりもよかったです」
「いえいえ。僕とは比べてはいけません。あの子は、おかしいくらいに才能があります。ですから気を付けていきます」
「え? 気を付ける?」
「はい。天賦の才があると傲慢になりかねない。人を見下すかもしれない。自分が誰よりも出来るから、相手を下に見てもいいと思ってしまうかもしれません。僕の弟のように・・・。だから気を付けます。僕はあんな風になって欲しくない。弟のように失敗して欲しくないですからね」
あれだけ人に優しいフュンが、彼女にだけは厳しかったのには理由があった。
弟の失敗は、父の指導方針が良くなかったこと。
強さを見て、そこで止まった事。
戦いの強さとは、あくまでも相手よりも強いという物差しなだけで、本来の強さじゃない。
フュンが思う強さは、技の良し悪しや、体の強さではない。
心の強さが基準なのだ。
「レベッカ!」
「はい! 父」
「レベッカ。今のは何がいけなかったですか」
「いけない?」
「悪い点はどこにありましたか。先程のジスターへの打ち込みです」
「え?」
「フュン様。レベッカ様は何も、この歳で十分かと・・」
「待ちなさい。ジスター。ここは褒める場面ではありません。あなたも気を付けてください」
「は、はい」
フュンはジスターにも厳しくいく。
師として、甘い考えは捨ててほしい。
レベッカを強者じゃなく、人として成長させてほしい。
弟のような怪物にしては駄目なのだ。
「レベッカ。どうですか」
「・・・・目かな」
「目?」
「ジスターに追いついてない。鍛えたい。父」
「そうですね。それじゃあ、今日の剣の稽古は終わりにして、父と山脈トレーニングをしましょう」
「父と!」
「はい。では、こっちに来て」
「わーい」
フュンはレベッカを連れてローズフィアから出かけることにしたのだ。
「ジスター。君は護衛に入ってください。あなたは師です。この子の師になってくださいね」
「わかりました。フュン様」
「うん。任せますよ。ではレベッカ。父とサナリア山脈を見る訓練です。北のお山の中にいる動物が、遠くから見えるかの訓練をしますよ。馬に乗って遠出しますよ~」
「は~い」
フュンは昔ゼクスがしてくれた訓練をレベッカに課した。
五感だけでも発達してくれれば、いずれは強くなる。
それがフュンの師ゼクスが考えてくれた訓練だった。
親になって初めてフュンは、ゼクスがとびきりの愛情を持って自分を育ててくれたことを、今更になって痛感した。
温かな心を持つ英雄の師は誰よりも優しかったのだ。
◇
馬を利用して、サナリア山脈が見える位置にまで移動した三人。
フュンが指導をしようとした時。
肩車をしろとせがんでいたレベッカには、すでに色んな物が見えていた。
「父。あそこに小鳥が三羽いる」
「あ。ほんとですね」
「父。猪もいる」
「ああ。ほんとですね。よく見えますね」
「うん。見えるよ」
「そうですか・・・視力はいいようですね」
馬の管理はジスターに任せて、レベッカを肩車から降ろしたフュンは、彼女と向き合った。
頭を撫でながら話す。
「レベッカ。よいですか」
「はい」
「人は一人では生きていけません。誰かと共に生きていかないといけないのです。ですから、一人でも生きていけるなんて傲慢な考えは持ってはいけません。僕らは隣にいる人と手を取り合って生きていくのです。いいですか」
フュンが話した内容は、かつてソフィアが教えてくれたものだった。
子供には難しい話だ。
「…え?……う、うん」
理解するには幼すぎる。
でも、フュンは母の教えをレベッカには覚えて欲しかった。
「まだあなたは幼い。でもあなたにもいずれ分かるはずだ。レベッカ。あなたはお姉さんとなりました。可愛い弟を守るため。そのために強くなるのです。誰かのために強くなるのです。自分の為だけに強くなってはいけません。これだけは覚えておいてください。力を誇示してはいけません。力は皆の為に扱うものです。よいですね」
「…はい。父」
「ええ。いい子ですね。いい返事で。父は安心ですよ」
「ほんと!」
「ええ。レベッカが真っ直ぐ育ってくれるだけでいいのです。別に強くなくてもいいんです。元気に生きてくださいね」
「うん! 父、大好き」
飛びついて来たレベッカを抱きしめてそのまま抱っこした。
「はい。父もレベッカが好きですよ。よいしょっと。ほら、今日もサナリア平原は晴れです。明日も晴れるといいですね」
「うん」
サナリア平原の大地で、父と娘はのんびりとした風を感じる。
父として、娘として。
二人は家族として、共に成長していく。
スクスクと成長するのは何も子供だけの特権じゃない。
親もまたのびのびと成長していくのだ。
「明日も、平和・・・それは国も同じだといいですね。ええ、そうしたい。大陸にもこのサナリアのような・・・平和を・・・必ず・・・もたらしたいものです。ああ、北から黒い雲が出てこないといいな」
フュンの平和への思いは、家族以外にも向けられていた。
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