第269話 隠れた戦力
帝国歴525年10月10日。
帝国の最前都市の一つ。ビスタにフュンがやってきた。
この都市の主はスクナロ。
彼の案内を受けるまでの間、城門で待っていたのである。
「殿下。なぜビスタに?」
お供は表向きのゼファーと裏に潜むレヴィである。
いつもの如くレヴィは影になりながらの護衛だった。
「ええ。スクナロ様の招待を受けたのですよ。こんな感じで」
フュンは先月の二人のやりとりを思い出した。
――――
「義兄弟! ビスタに来てくれないか」
「え? ビスタに?」
「ああ。義弟の監査を受けたい」
「監査?」
「防備などの相談をしたいんだ。頼む」
「はい。いいですよ。スクナロ様の所に行けばいいんですね」
「おう。来月来てくれ!」
――――
という端的なやりとりであった。
「それで殿下。お供は我とレヴィさんだけでいいんですか」
ゼファーは影になっているレヴィを見て質問していた。
「いいですよ。ナボルもいませんし、今の帝国は一つですから、大丈夫。それにですね。リーガにも用事があるのでね。こちらに来るのもちょうどいいんです。帰りに寄ろうかなっと思いましてね」
「そうでしたか。わかりました」
フュンたちがそんな会話をしていると。
「zzzzzzzzz」
イビキが聞こえてきた。
びっくりした二人がキョロキョロしていると。
「zzzzzzzzzzzzzzzzzzzzz」
さらにイビキが大きくなった。
「え? なんですか。この音」
「こちらです。殿下。城壁の上」
二人は城壁の上に行ってみることにした。
◇
城壁の上にいたのは剣を抱きしめたまま眠る女性だった。
口を開けてよだれを流しながらも豪快なイビキをかいていた。
「この女? 門番ですか」
ゼファーが気持ちよさそうに眠る女性を指さした。
「さあ? 剣を持ってますしね。兵士さんなんでしょう」
フュンが近づく。
「お嬢さん。お嬢さん。こんな所で眠っていると風邪ひきますよ」
「zzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzz」
起きる気配がない。
だから、彼女の肩に手をポンと置こうとすると。
「・・・なんだよ!?」
女性は咄嗟の動きをしてきた。フュンの首元に剣を置いた。
その動きは一瞬で、彼女がその気であればその首はもうない。
「おお! 素晴らしい」
褒めているフュンは、驚いたものの微動だにせずにいた。
彼女が自分の首を斬りつもりがないことに気付いていたからだ。
しかし今度は反対にゼファーが女性の首元に槍を向けていたのである。
「殿下から離れろ。貴様」
「ん!? 何奴! 拙者の眠りを邪魔するとは。何者だよ」
「その剣を降ろせ。じゃないと貴様の剣が動くよりも先に我の槍が動くぞ」
「なんだと。拙者の剣の方が速いだよ! 勝負するだよ」
と二人がヒートアップしている所に。
「まあまあ。別に僕は平気です。ゼファー。槍を降ろしなさい。彼女も僕を斬る動作をしてませんよ。ここで寸止めしているんです。素晴らしい腕前に、判断力です」
自分の首元にある剣を指さしても、フュンは笑顔である。
「ですが、殿下。こいつは殿下に無礼を」
「いえいえ。この人は僕が触ろうとしたから起きただけ。それだけです」
「しかし・・・」
「大丈夫。ね。あなた、お名前は?」
フュンはすぐに女性の方に話しかけた。
「拙者は・・・・シャーロット・ニーガストだよ」
「へえ。シャーロットさんね。あなた、強いですよね」
「む・・・急に拙者の力を認めるのだよ? なんでだよ?」
「急じゃありませんよ。あなたからかなりの力を感じますね。それにここで堂々と眠れるあなたは面白い。ここは最前線の都市。しかもここは西の門。あなた。向こうにある平原をご存じですか」
フュンは西の門から見える平原を指さした。
「・・・アージス平原だよ。そんなことも知らないのだよ?」
「ええ。その通り。じゃあ、その向こうは?」
「イーナミア王国だよ。いっつも攻めて来るだよ」
「そうですよね。なのにあなたはここで堂々と眠れるのですね。面白いですね」
平原の向こう側はイーナミア。
敵の目の前だと言っても過言じゃないこの場所で、城壁に囲まれていると言っても、堂々と大きな口を開けて眠れる彼女の胆力が凄いと思ったのだ。
「あなたは戦争に参加していたのですか?」
「いいや。スクナロ様が駄目だと言っているだよ。だから留守番だよ」
「へぇ。留守番なんですね。もったいない。これほど強いのに」
これほどの実力者の名前を知らなかったことでフュンは聞いてみた。
実は戦功をあげているのに、誰かの妨害を受けて出世できていないのではないかと思ったのだ。
「そうだよ!・・・拙者強いだよな?」
「ええ。強いですね」
「じゃあ、なんで連れて行ってくれないだよ?」
「さあ。なぜでしょう?」
フュンが首をひねっていると。
「おい。どこ行ったんだ? お~~い。義弟よ。あれ、ここに来たって話は? 嘘か?」
城壁の下でスクナロが叫ぶ。
「あ、はい! スクナロ様。ここにいます」
城壁の縁から身を乗り出してフュンが返事をした。
「おお。なんでそんなところにいるんだ? 下に降りて来いよ」
「ええ。今、下にいきます」
「あ、スクナロ様だよ。あなた、知り合いなのだよ? じゃあ、拙者の事、聞いてくれだよ」
「ん?」
「拙者も戦いたいだよ。なのにここでずっとお留守番だよ。腕が鈍るだよ」
シャーロットは、涙目でフュンにしがみついた。
よほど暇なのかと思った彼は、なんだか可哀想になって来たのである。
「そうですか。じゃあ、一緒に行きましょう。スクナロ様に聞いてみましょう」
「え? いいのだよ!」
「ええ。いいですよ。では僕と一緒に行きましょう」
「うんだよ。ついてくだよ」
『ふんふんふんふ~ん』と鼻歌を歌いながらシャーロットがついてきて、その隣にいるゼファーは怪しんでいる目で警戒していた。
「殿下。こんな奴。大丈夫ですか」
「ええ。大丈夫ですよ。この人、面白いくらいに白いです。これは純真な子ですね。子って言っていいのか分かりませんがね。僕よりも年上の方だったら失礼だ」
「拙者28だよ!」
三つも年上であった。
「うわ。ごめんなさい。失礼でした。シャーロットさん」
「全然平気だよ。拙者と話してくれる人が少ないから嬉しいだよ」
「そうなんですか。それならよかったですよ」
「構わないだよ」
変人気質だけど、素直な女性であった。
◇
下に降りた後。
「ん。なぜシャーロットがいる?」
「スクナロ様。拙者・・・まだここだよ。一体いつになったら連れて行ってくれるだよ」
「連れて行く?」
「戦争だよ」
「ああ。お前は難しい。変人すぎるわ。戦うだけならいいがな。一介の兵になっても隊列を乱すから無理だ。もう少しな。団体行動が出来ればな。使えるのにな。だから学んでもらおうと門番にしてるのだがな・・・無理かな。お前は!」
中々の悩みである。
たしかに一人でも規律を乱す者がいれば、戦争は難しくなる。
隊列とは維持してこその隊列。
勝手に乱すような者を入れるのは危険である。
「なるほど。そういう理由ですか・・・それって訓練したんですか?」
「ああ。もちろんした。でも無理だった。こいつの理解力がないのか。俺の教え方が悪いのか。ハルクにも頼んだが、あいつでも無理であった」
「そうですか・・・もったいないですね。スクナロ様。シャーロットさんは、僕に預けてくれませんか?」
「え? こいつをか」
「はい。僕が将にします。もしくは副将当たりに。この人の才は勿体ない気がします。直感ですけどね」
「・・・義弟が言うのなら仕方ないか・・・お前はどうだ。シャーロット」
シャーロットは、二人の状況を理解していなかった。
スクナロよりもフュンの方が優位に話している現状に、この男はとても偉い人物なのかと理解が追い付いていなかったのである。
でもスクナロよりも偉い人物など、この帝国ではご家族しかいない。
彼女の混乱状態は長らく続いた。
「ああ。そうですね。僕が名乗っていませんでした。僕はフュン・メイダルフィアです」
「フュン・・・・・・メイダルフィア???・・・・て・・・・あれ・・・・それって・・・大元帥の名前だよ!?!??」
「そうですね。僕の事ですね」
「うええええええええええええええええええ。いやいやいやいや」
さすがのシャーロットでも現状を理解した。
自分が遥か雲のかなたの高みの人物と会話していたことにだ。
「シャーロットさん。どうします? 僕の所に来ますか? あなたは修行しましょうよ」
「修行?」
「ええ。あなたは、このままここで門番なのは、勿体ない気がします。僕の直属の部下になりませんか? あなたは何かをしてくれる気がします」
「拙者が? 何かを???」
「ええ。自分を信じて。僕を信じて。こちらに来ませんか?」
「自分を・・・あなたを・・・」
シャーロットに転機が訪れた。
ただ毎日居眠りをするだけの日々から、帝国の大元帥の目に留まったのだ。
「やってみるだよ。暇は嫌だよ~~」
「ハハハハ。ええ。いいでしょう。お忙しい日々をあなたにプレゼントしますよ」
これが後の英雄の快刀。
斜撃のシャーロットである。
一癖も二癖もある彼女は、フュンの矛となる女性だ。
でも今の段階では、とびきりの秘密兵器と言うべき女性である。
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