第196話 変化する戦場
第七次アージス大戦 11日目。
戦局は大きく変わり、三戦場全てが一変した。
ゆったりとしていた二日間がまるで嘘のようである。
一気に攻勢に出る王国軍。
今までのような攻撃リズムじゃなくなったことで、帝国軍は対処できず後手に回った。
ターク。ドルフィン。
両軍は、11日目の戦争開始早々で押しやられる形となる。
だが、ここでその攻撃を予期していたダーレー軍だけは別であった。
迎え撃つ態勢が整っていたのだ。
◇
「予想通り。全てはクリスの策通りであります・・・・ピカナ隊。全軍でこの場を死守です!」
ダーレー軍左の局面を担当するミシェルは。ヒザルスの全体支援をもらいながら前線で敵を迎え撃った。
あらかじめ相手が攻勢に出ることを知っていたミシェルたちは、冷静に相手の攻撃をいなしたのだった。
ミシェルが狙うのは、アスターネ。
彼女がいつ攻撃に出て来るかを虎視眈々と狙い続けていた。
一方、場面変わって。
ダーレー軍中央の局面を担当するザイオンとリアリスが会話する。
「予定通りね・・・クリスの言う通りね・・・」
「リアリス。中間距離を維持しろ。俺が前をやる」
「ザイオンが? 前を?? 出来るの?」
「ふっ。生意気娘。まかせておけ。どうせパールマンが俺の方に来る。止められるのは俺だけだしな」
「わかった。まかせるね」
ザイオンがエリナの役割をこなしつつ、パールマンを受け止める役となっていた。
彼にしては非常に珍しいバランス戦闘をこなさなくてはならない。
そして。
この日の勝敗を分ける戦いをすることになるゼファーが、馬上から敵を見つめていた。
そばにはシュガ。それとクリスとソロンもいる。
「クリス。前に来たのか。しかし、我がやることは変わらない。粉砕すればいいのだろう」
「ええ。そうです。ゼファー殿。あなたの力でこの目の前の敵を粉々にしてください。それを追従しますゆえに、後方の歩兵部隊の指揮は私にお任せを」
「わかった。前方は我が担当しよう。シュガ殿。我に続いてください」
「はい。了解です」
今回、ゼファーは騎馬に乗っていた。
前日まで、相手が騎馬に乗らずに攻撃を繰り返していたために、ダーレー軍もそれに合わせて騎馬からは降りて戦っていたのである。
それは馬の疲労を考えているのもあるが、それよりもダーレー軍が持つ騎馬を、決戦設定の肝心な日に、ゼファー部隊に全馬預けるという作戦を構築していたからだ。
ピカナ、ザンカ部隊の戦場は、互いに歩兵戦闘になることが予想されていたので、こちらの右の戦場には、元気な状態の騎馬を渡せたのである。
右に集まった騎馬の数は八千。
この数を用いて、ゼファーが相手を殲滅しようとしていた。
「では・・ごほん」
ゼファーは咳払いをしてから、腹に力を込めた。
「聞け! ウォーカー隊! 貴殿らは、この我! ゼファー・ヒューゼンに続けばよし! 敵を見なくてもよし! 貴殿らがするのは、この我の背だけを見続けよ。さすれば、ただそこに道は出来ているのである!」
通る声が部隊に響き渡る。
「我が・・・道を開く。そこが勝利の道である! ゆくぞ。ウォーカー隊。我に続け!!!」
「「「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」」」
ゼファーが槍を掲げると、ウォーカー隊が呼応した。
爆発的な士気を背に感じ、ゼファーが突撃を開始したのだ。
今回の檄。
これがゼファー初の味方への鼓舞である。
アーリアの歴史に残る有名な檄。
『鬼の一声』と呼ばれる檄である。
前を走る鬼の背を追いかけていけば、そこが勝機。それ以外は敗北。
猪突猛進。前進あるのみの戦法を多用するのが、ゼファーという男である。
ゼファーの突撃タイミング。
それは完璧であった。
ギルダルの部隊が攻勢に出る一歩手前での後の先を取ったタイミング。
相手は虚を突かれてしまい。一、二歩分反応が遅れた。
それに伴った時間のせいで、ゼファー隊が大きく見えるのだ。
相手がドンドン近づいて来る恐怖を感じていくギルダルの部隊だった。
ゼファーの背にいるウォーカー隊は、何と大きな背中の後ろにいるのだろうと思った。
たくましいその背は、恐れを知らない勇気ある若者。
それなのに、あのザイオンの背に近しい感覚に陥り、この先どんな敵が来ても、負けるわけがないとの安心感と、この男についていけば勝てるのだという高揚感に包まれつつあった。
ウォーカー隊は、ゼファーを先頭に、一つの大きな塊になっていく。
◇
ゼファー部隊が敵と衝突する寸前。
「敵陣に触れた瞬間、我がこじ開ける! シュガ殿、広げる作業を任せます」
「了解です。思う存分暴れてください」
「うむ。任せてください」
ゼファーが敵の群れの中に入る。
すると敵とぶつかった瞬間などなかった。
外から見ると、ゼファーが一人勝手に陣の中を悠々と走っていくだけに見える。
人馬が一体となっている彼は、素通りするかのように敵陣を切り裂いているのだ。
しかし、実際は、敵兵らを薙ぎ払っての突進を展開。
槍の一振りで敵を三人蹴散らして、次々と目の前の道を切り開いていく。
そして、その作業をしながらも、ゼファーは敵の大将を探していた。
「どこだ! 我の突進を止めようと動く者よ・・・」
敵陣を中腹まで切り裂いていると、前方の動きがやけに悪くなっていることに気付く。
戸惑いから運動性が悪くなっているようで、身を守りたいという意識のせいで、後方の兵らは縮こまる形になっていた。
その中で真正面の中央から侵入したゼファーは、てっきり正面の奥に敵の大将がいるかと思ったのだが、正面にはいない。
彼が首を回して見つけた場所は、敵右翼の後方。
ゼファーから見たら・・・。
「左の奥か。やけに変な位置に総大将がいるな。なぜ正面じゃない?」
一際目立つ鎧をつけた男性を発見。
槍を掲げて、自分を目立たせたゼファーが敵陣で叫んだ。
「ウォーカー隊! 敵を見つけた。我についてこい。ここからが、我らの得意分野。乱戦である。目の前の敵を砕け!」
「「「おおおおおおおおおおお」」」
ゼファーは、ここから斜めに急発進。のように感じる進軍。
なにせ、今までは敵を探しながらの進軍だったので、速度が出なかった。
しかし今は標的がいるので、全力全開の前進であった。
敵二万の横陣に対して、ゼファーの単騎がけのような突進から騎馬八千が敵に埋もれている現状。
実はゼファー率いるウォーカー隊の方が圧倒的不利な状態である。
深く入り込んで完全に取り囲まれているのだ。
なのだが、ゼファーの突進によって出来た大きな穴から次第に広がる崩れた陣形のせいで、敵は包囲という行為を上手く機能させられずにいた。
あと少し、一歩でも彼らに近づいて、包囲さえすれば、相手の突進をいなしさえすれば。
完璧にギルダル隊の方が有利なのだ。
でも出来ない。それはなぜか。
この鬼神ゼファーが先頭にいるからである。
敵兵たちはゼファー部隊を囲んでおきながら、恐ろしくて動けずにいたのだ。
「ゆくぞ。続け!!!」
「「「おおおおおおおおおおおおお」」」
一度止まりかけた突撃から、再度の突進によって、近くにいた敵兵らの反応が遅れる。
次々と撃破し続けて、時間にして五分。
ゼファーがギルダルの前にまでやってきた。
◇
「貴殿が大将か!」
「そ、そうだ。貴様がゼファーだな」
「では、時間が惜しいので、戦う!」
「なに!?」
一応の名乗りから、ゼファーは攻撃を繰り出す。
するとギルダルの配下が盾となる。
「ギルダル様。お下がりください。そのまま馬で・・・」
「危険です」「ここは私たちが」
次々と出てきて、彼を逃がそうとするが。
ゼファーが叫ぶ。
「それを今考えていること自体が遅い。体に染みついていないのだ。貴殿らよ。主君を守るとは本能でやらねばならんのだ。頭ではないのだ。身体が勝手に身を挺してこそなのだ。体に染みついていない従者など塵である」
遅れるような形での身の挺し方は、意味がない。
あらかじめ心に決めていなければ意味がない。
主君だけは、我が命に代えても守る。
これが従者たる心構えであるとゼファーは思っている。
「ば、化け物だ・・・・」
ギルダルの目に映ったのは、身を挺して守ってくれた兵らが宙を舞う姿。
ゼファーのたった一振りだけで、弾き飛んだ複数の部下たちである。
この異様な攻撃に体が恐怖に縛られたギルダルは、ゼファーを見つめたまま視線すら動かせなかった。
「我がおそばにいられずとも。我には守るべき主君がいる! そして託された奥方様の身の安全。そのために、貴殿には死んでもらう。勝負!」
言葉など耳に入らない。
目の前の人物の圧倒的な武力のせいで、ギルダルは音を感じてない。
匂いもだ。ただ目だけが機能していた。
ギルダルは、こんなにも美しい剣技があるのかと、槍の軌道が美しい弧を描きながら、自分の首に伸びている事だけは分かった・・・。
それが、ギルダルが見た最後の風景である。
「敵将。打ち取った。あとは掃討戦だ。回れ。回転しながら、荒らせウォーカー隊。混沌に入る」
ウォーカー隊は、ほぼ二万の敵陣の中でその半分以下の八千である。
そのままこの陣の中に半分以下の兵で居続けると、いくら大将がいない敵軍であっても立ち直るきっかけはある。
だから、ゼファーは混沌を使うことを決意した。
敵を混乱状態にさせるために、各小部隊がその場で右回りと左回りに、弧を描がき、敵の隊列を大いに乱した。
波が生まれることで、ギルダル部隊はどこへ行けば逃げられるのかが分からなくなる。
ここより、殲滅戦が繰り広げられたのだ。
圧倒的勝利を手にしたゼファー。
彼だけの指揮で勝利した初の戦闘が、この第七次アージス大戦の右翼軍の右翼局面の戦いであった。
―――あとがき―――
ゼファーは感覚の武将です。
頭もよくはなりました。ある程度の戦略も戦術も理解しています。
ですが、相手の武将の考えなどを読む気もない。戦場の流れを読む気もないです。
なぜなら実戦経験から来る勘が、彼を勝利へと導きます。
もう一度言いますが。決して馬鹿ではありませんよ。
昔は……。(ここは省略)
褒められたものじゃありませんが、フュンのそばにいた期間の間に大きく成長しました。
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