第195話 意図を探る

 二日目と三日目。

 帝国軍の右側の戦場のダーレー軍の本陣で、クリスは全体を見つめていた。

 ダーレー軍の戦況はというと、互角の一言。

 というよりも互角になるように調整されていると言った方がいい。


 敵軍であるパールマン軍が攻勢には出てこず。

 攻撃しては引く、引いてはすぐに軽く攻撃する。

 それの繰り返しで、ちょっと小突いた程度の攻撃を連続して仕掛けてくるのだ。

 なので、こちらもそちらも被害の少ない二日間を過ごしていた。


 この不可思議な行動を読み取ろうと、クリスは本陣から全体を考えていた。


 「攻撃が薄いですね……カゲロイ殿」

 「なんだ。クリス」


 クリスの背後からカゲロイが出てきた。

 完全な影となっているカゲロイの力は、もはやサブロウクラスである。

 あのシルヴィアでも出現に驚いていたからだ。

 

 「影部隊から連絡来てますか」

 「まだだな。呼ぶか」

 「はい。お願いします。全体から分析します。影の連絡兵をお願いします」

 「了解だ。ちょっと時間かかるぞ」

 「ええ。お願いします」


 カゲロイが再び影に消えて、各戦場に移動した。


 「クリス。あれはカゲロイですか? 気づきませんでしたよ。サブロウの影を入れているのですか」

 「いいえ。あれはサナリアの影軍団です。こちらの戦場に50は入れています」

 「はい!? 50!?!?」

 「ええ。これでもサナリアで言えば、十分の一です」

 「50がですか?」

 「はい。サナリアの影部隊は、500はいます」


 施設や産業など建築や経済に力を発展させていると周りに思われるサナリア。

 しかし、フュンが一番に力を入れたことは人。

 人材教育だった。

 フュンらしい、サナリアの最大政策であった。

 

 サナリアの王都にはなかった学校。

 帝都式の教育方法で授業をして、さらには影の才能がある者をスカウトしたりなど、特殊な職業につく才能を見極めるために、フュンは学校を建てた。

 現在の影500の内の100は、学校で見つけた人材である。

 ちなみに三年間の教育費は無料。

 広く人を集めたい。

 成長したいと思う人の為にあるのが学校だからと。

 全部タダにしようと言い出したのがフュンであったため、苦労したのはサティであった。

 費用を捻出するために、サナリア草の事業の微調整をしたのであった。


 「シルヴィア様……この戦場。今の状況。おかしいと思いませんか」

 「おかしいですよ。敵の行動に変化が起きてます。あれも見てください。途中で攻撃が終わっています」


 正面の戦場で、敵がザイオンの部隊に軽く突撃しては引く姿を見た。

 それとリアリスの部隊には最初から近づかない動きをしていた。

 攻撃をもらうことを恐れるような動きである。


 「やはりお気づきに……さすがです。戦姫の名は、伊達じゃないですね」

 「褒めなくてもいいですよ。クリス。私の勘ですがね。軍全体よりも、アスターネとパールマンの二人の動きがおかしいです」

 「え?」


 シルヴィアは、二人の位置を確認して、アスターネから指差した。


 「ミシェルがあそこまで追い込んでおいて、逃がしてしまったアスターネ。あの敵がミシェルとの再戦を避けるようにして戦っています。ミシェルは、アスターネと戦う気があるようですが、全てかわされていますね」

 「たしかに・・・そうですね」

 「しかし、そんな肝っ玉の女性じゃないでしょう。負けず嫌いなはずだ。あのアスターネという女性は……」


 ミシェルが寄せてくるとアスターネは後ろに下がったりして、距離を取っていた。


 「それと、パールマン。あれもおかしいです。ザイオンと引き分けになっている初戦。エリナという副将を失ったこちらの隙を狙わずに大人しい攻めを繰り返す。あれらはパールマンの策ではありませんね・・・アスターネの策でもない・・・二人の性格は攻撃的。その軍も攻撃特化ですよ。ですから、今の大人しい戦闘の原因は・・」


 シルヴィアは、隣の戦場を見た。

 林の向こうの戦場は、アージス平原中央の戦場。

 ネアル軍の方角である。


 「シルヴィア様、そうかもしれません。ネアルが進軍を止めているのかもしれません」

 「クリス。時には総大将の意見によって、戦争は変わります。彼らの行動が制限される。その可能性があるでしょう」


 目の前の軍の将の気持ちとは裏腹に、総大将の意見というものがある。

 一軍の将だとしても、一番上の命令は守らねばならないのだ。


 「なるほど・・・そう考えると、そうかもしれない。ならば私の最初の策など凡人の策でしょう。まずいですね」

 「いいえ。それはないです。各隊長には緊張感を持ちなさいというアドバイスだと変換して欲しいですね。それに敵も私たちと同じ策かもしれませんよ。しびれを切らした方が負け。そういう戦いの方法かもしれません。クリス、間違いではありません。まだまだ序盤。作戦はいくらでも実行できるでしょう」

 「・・・は、はい。わかりました。さらに策を構築します。シルヴィア様の意見が正しいと思いますので・・・」


 クリスは初陣である。思考に感情が無いとしても多少の緊張感はあるのだ。


 「ええ。ですがこれも一意見。何が正しいかは、戦場ではわかりません。ですから、クリス。気負わず。かつ冷静に考えるのです。それと、考えたことが必ず成功するとは限りません。それはあのフュンにだってありました。彼の初陣は過酷で辛いものでした。だから、あなたも彼の背を追いかけるのなら、彼の隣に立ちたいのなら、覚悟を持って戦いなさい。いいですね」

 「はい。シルヴィア様」

 「ええ。では頼りにしますよ」

 

 シルヴィアは最後の指導をした。

 数多くの師を持つクリス。

 ミランダ。ルイス。フュン。タイム。

 これらに加えて、今シルヴィアも彼の師となった。

 クリスはまだ実戦経験に乏しい。

 でも優秀な分、色んな仕事をしていかないといけない。 

 戦いの最中に成長をしなければならない過酷な道を彼は歩まねばならないのだ。

 

 

 ◇


 ゼファー部隊の場面。

 ゼファー部隊の本陣で待機している二人は、話し合っていた。


 「動かない気だな・・・おそらく」

 「ゼファー殿?」


 腕組みをして相手の陣を見つめているゼファーが言った。

 隣に立つシュガが首を傾げる。


 「我は、タイミングだと思います」


 勘がそう叫んでいる。ゼファーは敵の動きがおかしいことに、脳ではなく感覚が気付いた。


 「タイミングですか?」 

 「はい。突撃するタイミングです。おそらくそれは、二つの戦場。ピカナさんとザンカさんの前にいる軍との連携によってこちらに突撃しようとしています。敵は見ています。こちらの陣形の弱点をです」

 「え? そうなんですか」

 「ええ。こちらを小突く際。こちらの隊列に満遍なく当たっています。それはこちらの兵の強弱を見ているのでしょう。まあ無駄ですがね。我はそこに気付いています」


 ゼファーは相手の攻撃が弱い事を逆手にとって、分析をしていた。

 敵が攻撃をわざと弱くしてこちらの陣の弱点を狙っている事に気づいたので。

 逆にゼファーは、自分たちの防御を所々で薄くしていたのだ。

 わざと弱点のような形に見せている策士な部分が出ていた。

 でもこれも感覚で実行していた。


 「な、なるほど」

 「ということは、面白い。私はあの時の戦いの逆をすれば勝てるということですね」

 「あの時の戦いとは」

 「我が、ミシェル殿に完敗した時です」

 「え? ミシェル殿に負けた?」

 「はい。四年ほど前ですね。我の事を観察して、彼女は我の動きを封じたのです。ですから、我は逆をすれば勝てる。だから見ます。タイミングを揃えましょう。シュガ殿。あなたは突撃隊を裏で編成してください」

 「突撃隊?」

 「はい。相手がこちらに全速力で来る際に、逆にこちらから先手を取ります。相手を慌てさせるために、先頭を最速の騎馬隊で編成してください。お願いします」

 「わかりました。準備します」

 「はい。お願いします」


 ゼファーは、シュガの移動を見送る。

 冷静さ。堅実さ。それと感覚の鋭さ。

 知勇を兼ね備えた感覚派の将になりつつあるゼファーであった。


 「殿下にお願いされておいて・・・奥方様が敗北・・・そんなことさせません。この戦。もし敗北したら、腹を斬ります! 死んで詫びねば・・・」


 ゼファーは物騒なことを言って、今日の戦が終わることを予期していた。



 ◇


 夜。会議は無く、それぞれの戦場で待機しているダーレー軍。

 各部隊は見張りを置いて休憩をしている中、本陣ではクリスが一人で戦場を見ていた。 


 「カゲロイ殿。どうでしたか」

 「クリス。こんな感じだ。ほれ」


 報告書を見せるために、カゲロイは蝋燭で辺りを照らした。

 クリスはその報告書を見る。


 「なるほど。動きがないですね」

 「そうだ」

 「ナタリア殿。レイエフ殿は、活躍してますね」

 「ああ。バッチリだろ。あれだけ上手くスクナロを操れればな。十分だろう」

 「そうですね。素晴らしい分析力です・・・それと、これは・・・」


 ペラペラと紙をめくり、情報を入れていく。

 その速度は本当に読んでいるのかと疑いたくなるほどの速読だった。


 「これは、真ん中。中央軍の為の待機ですね」

 「ん? どうしたクリス?」 

 「これを見てください。こちらの攻撃の動き。遅いです。ネアル軍にしては角度も悪い」


 クリスが指差した部分は、二日目の朝。

 一撃目の突撃の仕方である。  

 フラム軍の右翼に対して、当たった角度と速度が悪いことに気付いた。

 前回のアージス平原の戦いでは起きていない出来事である。


 「それで、何が待機になるんだよ。クリス?」

 「ええ。これは、まさに。兵士を実践訓練しています」

 「なに、訓練!??」

 「はい。兵士らの訓練込みの戦いにして、力を蓄えている状態です。おそらく半分以上が新兵。なのに、あのフラム閣下の攻撃と防御をいなし続けているのですね。化け物だ・・・ネアル・・・考えが常人じゃない。フュン様でも思いつかない。完全に思考が人とは違う」

 

 クリスが報告書を閉じると、目頭を押さえて何かを考えこんだ。

 相手が強い。

 想像以上の相手だと感じているクリスは悩む。

 相手の思考がどこへと向かっているのかを。


 しかし、そのクリスを見たカゲロイは、それ以上にその作戦を読み切る。

 お前だって、化け物じゃねえかと思っていた。

 蝋燭を持ったまま、呆れた顔で彼の顔を見ていた。 


 「ということは、その練兵具合が重要ですね。初日。二日。三日。その成長速度・・・そこから計算して・・・、十日! これが調練の最終日。ですので、十一日目。これが王国が本格的に攻めてくる日ですね。これが逆に我々が反撃する日です。やりましょう。明日。シルヴィア様に報告ですね」

 「んじゃ、俺はどうする。全体に言えばいいのか? クリス」

 「カゲロイ殿。これは全体に言っても信じてもらえません。なので、この左は注視しておいて。ナタリア殿とレイエフ殿にだけこの事態を知らせて、お任せしましょう。そして、この中央軍の動きを細かく下さい。もしかしたら敵の調練が早まる恐れがあるので、ここが重要です。お願いします」

 「わかった。まかせろ」

 「はい。ではお願いします」

 

 クリスの指示を聞き入れたカゲロイは、闇に消えていった・・。


 そして・・・。

 クリスが計算した10日。

 これが当たっていた事を知るのは11日目である。

 戦争開始から、11日目。

 戦いは変化する。

 



―――あとがき―――


小噺。

サティは苦労しています。

もしかしたらサナリアの大臣の中ではトップクラスに苦労しているかもしれません。

それは、フュンのやりたいことが採算度外視の事ばかりなので、費用の捻出に困っている状況だからですね。


ただし、サナリア草から薬、化粧品の作成に成功している事と、農業で食料を大量生産できたことで、ある程度の事業には投資できる状態であります。

だからサナリア全体は順調であると言えるのですが、学校を無償とするのが苦しかったのです。


授業料、学費、これらを無くすと言ったフュン。

流石に寮費や食費、教科書代は無理ですよと譲歩部分を生み出していたサティは、莫大な費用に頭を悩ませていた。

でも、一番最初に学校を卒業した人材たちが非常に優秀だったために、ここ数年が苦しくても、これは無理をしてでも、この計画を前に進めるべきだとしたサティが上手くやりくりしたのであった。

サティの折衷案の中には。

学校の基本は三年。でも優秀な生徒だけは、一年でも各種職業に引き抜きが出来るとしたのだ。

この計画により、人材は育ったもの勝ちのようにして、次々と新たなサナリアの働き手を生み出そうとしたのだ。


卒業生の進路は、建設、兵士、農家などなど、様々な場所に就職している。

年齢制限がほぼなく、身分も必要としないので、誰もが入れる学校であり。

卒業生も恩を感じて寄付をしてくれたりする。

それらも運営費の足しになっている。


フュンのお屋敷とほぼ同時に出来たのが学校。

卒業生は61。在校生は406である。

年々入りたい人が増えているらしいので、後々には学校も大きくしないといけない。

最初の卒業生は、三年間を学ばずに卒業した特別な4人。

彼らはある特殊な職業に就職した。

太陽と共に戦う・・・とある戦士へと・・・。


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