第176話 ラーゼのカルゼン
あれはソフィア様が十五の時でした。
彼女がいつものように外に出たいと言ってから、私がいつものようにあしらっていると。
「レヴィ。あなた。騙してたわね」
「騙してた?」
「あなた、天候を読んでいたでしょ! 私にはもうわかります。雨降ったり、晴れるのが分かっているから、あんなことを言ってたんだ! ズルい!!!」
してやられました。
ソフィア様を甘く見ていた私の間違いが、事件の始まりでした。
これがきっかけで言う事を聞かなくなったソフィア様と、私は外に出たのです。
彼女が一人で外に出ようとするので、慌てて追いかけたのです。
何故追いかけたかというと、彼女一人の外出なんて危険極まりない。
お転婆ぶりをいかんなく発揮して、北の方にでも行くかもしれません。
あの魔の海でも見学したいとか言い出して、ふらっと行こうとする危険性が彼女にはあったのです。
だから私が付き添い。
少しだけアーリア大陸に滞在してしまったのでした。
ここが大きな間違いでありました。
無理にでも止めればよかったのです。
私たちは、大陸に衣料品や薬品を買い付けに行く小舟で、陸地に向かいました。
通常。買い付けに行く際は、ガイナル山脈のとある隠し場所に船をつけるのですが、私たちはそれを知らず、ラーゼから少し離れた位置に船を置いてしまいました。
間違いばかりを私がしてしまったのです。
「外だ!!!」
到着早々嬉しそうなソフィア様は、ラーゼが持つ港とラーゼの本体である大都市の中を暴れ倒す勢いで見学していました。
色んな人と会話して情報を手に入れている。
私の目にはそのように映りました。
当時ラーゼは独立国。
帝国との関係は良好であったらしく、同盟国に近しい関係でありました。
ですが、この時の帝国には怪しさがあります。
帝国では王貴戦争が始まりかけていましたからね。
ラーゼも常に不穏とは隣り合わせであったと思います。
近くにはバルナガンもありましたから。
◇
二人でしばらく観光して。
そろそろ帰りの時間だと思った私が提案しました。
「帰りましょう。ソフィア様。もういいでしょ。ここらで満足してください」
「えええ。もうちょっといたい。それにさ、これ見てよ。あ、おじさん! この旗なに!? ここら辺にいっぱいあるんだよ! 目立つよね」
彼女が指差したのは、街の至る所にある旗でした。
フュン様もご存じの通り、ソフィア様は誰にも物怖じしません。
通りを歩く初対面の人にも、昔からですが、どんどん話しかけていきます。
「ああ。そいつは。国旗さ。俺たちラーゼの国旗だな」
「へえ。竜なの? 黄金の?」
黄金の竜が、首を上に上げている絵柄。
不思議なのは竜の顔が見えずに、上を向いているのです。
「ああ。そうだぞ。なんでもこの国が出来る時。黄金竜が待っているとかなんとか・・・まあよく知らないけどな。そういう話があるらしいぞ。国旗、カッコよくはあるだろ」
「そうだね。カッコイイよね・・説明ありがと、おじさん! じゃあね」
「おう。嬢ちゃん、気をつけろよ。別嬪だからな。男には気をつけろよ。ここは海の荒々しい男しかいねえからよ」
「うん!!!」
気持ちよい位に透き通った声で返事をした。
ソフィア様は、遠慮を知りません。謙遜を知りません。
だから大きくなっても子供のままです。
「帰りましょう。ソフィア様」
「ねえ。この旗・・・私たちのと似てない」
「え?」
「黄金竜・・・・三つの頭じゃないけど。黄金竜なんて珍しいと思うんだけど」
「・・たしかに。さっきの方も、誰かを待つという意味合い・・・でしたよね?」
「うん。それって・・・この国のなり立ちに・・・私たちと何か関係があるのかな」
ソフィア様の直感はとても鋭いのです。
疑問が新たな疑問を呼び、ソフィア様の目は輝く。
昔から彼女は、未知なることに対して挑戦するのが大好きな女性でありましたからね。
あと、過去の技術を継承するのも好きでした。
彼女が薬物や毒に詳しい事はフュン様もご存じでしょうが、彼女がその薬物に詳しい理由は、
太陽の戦士の医療班の力です。
だから、彼らの中に薬と毒に精通した者がいて、敵方の
毒をメインに奴らが戦うのはそのためです。
でもソフィア様は、その知識を治す方に向けていましたから、
「あの。そこのお嬢さん方。もうすぐ夜ですよ。こんな所にいては危険です」
「え?」
夕方を過ぎて日が沈みかける頃。
優しそうな声で声を掛けてくれた青年が、私たちの背後に現れました。
青いマントで身を包み、赤い帽子がよく似合う青年でした。
「お嬢さん方が二人で、こんなところは危ない。お家に帰った方がよろしいです」
「え。それはそうだけど・・・」
ソフィア様が言い渋ると、青年の心配度合いが上がりました。
「まさか。この都市の方じゃない? 家出ですか? お二人で?」
「それは・・な」
私がそれは無いと言おうとした所、ソフィア様が私の口を押さえて答えました。
「そ、そうよ。お家から出てきたの! それで探検してたのよね」
「探検?」
「ええ。珍しい都市だったからついつい長居しちゃったの。そろそろ出て行くわ」
「出て行く? こちらに家があるわけじゃないのですよね」
「え。ま、まあ。そうよ。ちょっと離れたところにお家があるわ」
「どこですか。もう夜になりますよ。この都市の外に出るとしたら今だと危険です。今は戦時中ですから」
「・・え!? そうなの!!」
「ん? 戦争を知らない???」
男性が疑問に思うのも無理もありません。
当時、ガルナズン帝国。イーナミア王国の両国は内乱期に入っていたのです。
ですから、どこへ行こうとも戦争の話が出て来るに決まっているのです。
ですが我々はアーリアの事情を知りません。
大陸のすぐそばの孤島で暮らしていたのですから。
「いや、戦争は知ってるわよ。戦争よね。危険よね。戦うって。うんうん」
ソフィア様は、爆裂的に嘘が下手です。
話している時の目もあっちこっち行ってました。
「そうですよ・・・だから、ここはお泊めします。お嬢さん二人で外は危険だ。この方たちを我が屋敷に。女性が外で夜を過ごすのは危険ですから、お願いします」
男性は後ろの武装した男性に声を掛けた。
武装した男性は、頷いて私たちを案内し始める。
「こちらに・・・カルゼン様のお屋敷へどうぞ」
「いや、私は帰るから」
「いえ。こちらに」
無骨な男性は、私たちの上から睨むように声を掛けてきました。
強制参加のように私たちは、彼の馬車に乗り、お屋敷へ。
その道中。
私たちは小声で会話しました。
「ソフィア様。あなたのせいですよ。いつまでもここにいるから」
「だって・・・面白いじゃない。この都市ぃ」
「まったく。こうなるのなら、二時間前にあなたを・・・私の手刀で眠らせればよかったです」
「ひどっ。レヴィは血も涙もない」
「あなた様の迷惑に比べたら大したことないです」
私は本気でソフィア様を気絶させようかと思ってました。
首に一撃加えれば、眠ってくれるとね。
「それで、この目の前の男の人。誰なの」
「知りませんよ。あなたが声を掛けられたんですから」
「闇商人? 奴隷商人?」
「どこでそんな言葉を覚えたんですか」
「さあ? どこだっけ?」
ソフィア様と私は、この人物が人さらいの商人ではと予想したのでした。
身なりも良く、お金も持っていそうな雰囲気で、しかも急に人に親切にしてきた男です。
怪しむのは当然でありました。
そこまで警戒して考えていたのに。
この私がこの男の言う事を聞くソフィア様をお止めしなかった理由は。
何が起きてもソフィア様を守れる自信があったからです。
相手の力を見定めた時、筋骨隆々の武装した男ですら私には勝てないと気付いていたので、余裕を貫きながらこの馬車に乗っていたのです。
「今日はですね。もう遅い。私の家に泊るといいですよ。明日。お家までお連れしますから」
「え? いえいえ。それは結構です。勝手に帰るので」
私が答えました。
「それはいけません。お嬢さん二人。危険です」
「大丈夫。大丈夫。この子強いからさ。ね。レヴィ」
ソフィア様が答えました。
「ええ。当然です。余裕です」
「駄目ですよ。女性二人はね。今の外は危険ですから」
男性は優しい物言いの癖に頑固だった。
頑なに拒絶してきた。
「そろそろですね。私の屋敷にどうぞ」
「屋敷?」
馬車がとまり、男性が先に降りると、ソフィア様と私をエスコートした。
彼女が下に降りて、目の前を見上げると驚く。
「な!? お、おっきい!?」
屋敷がとても大きく、私たちが住む家の数十倍もする家でした。
「こちらです。お客様として扱うので、お名前は・・・」
「私、私は・・・ソフィア!」
「ソフィアさんですね。そちらは?」
「私はレヴィです」
「そうですか。ではソフィアさんとレヴィさん。こちらへどうぞ」
男性は偉い人であると思うのに、下々の私たちを優しく丁寧に扱ってくれました。
広々とした部屋が用意され、着替えなどもある。
彼から受けるもてなしは一流のものでした。
ですが、彼女は別にそういう事に興味がないので、感動もしてません。
ソフィア様は、そういう事や、装飾品や服などに興味がないのです。
◇
落ち着いてからしばらくすると、私たちは食事に招待されました。
長いテーブルに豪華な食事。
ドノバンでは出てこない料理の数々に、私が驚いて感動していると、ソフィア様は平然とご飯を食べてました。
彼女は基本食べられれば何でもいいタイプです。
「それで、ソフィアさんとレヴィさんは、なぜこちらに? 今の外は危険ですよ」
男性がまた同じ中身を聞いてきた。
よほど心配をしてくれているのだと思った。
「うん。そうみたいだね」
「いや、そうみたいじゃなくて・・・」
この男性は本当に優しい人でした。
でもその心配をほとんど無視しているのがソフィア様です。
「大丈夫。私たちは明日にでも帰れるからさ。心配しないでよ」
「で、ですが・・・」
「そういえばさ。あなたのお名前は? 私、聞いてなかった!」
「え? ああ、そう言えば。私もお伝えしていませんでしたね」
男性は丁寧に答えてくれた。
「……私は、カルゼン・スカラです。ソフィアさん。レヴィさん。どうぞ、よろしくお願いします。この国の第一王子であります」
優しく細かい気遣いのある紳士。
それがラーゼのカルゼンでした。
私たちが彼の運命を変えてしまったのです。
彼は悲劇の王子様です。
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