第104話 今はまだ……

 帝国歴 519年11月11日。

 一人で早朝訓練を終えたフュンは、自分の部屋に戻り、戦術訓練の一環で本を読んでいた時。

 

 「王子!! 王子!!!」

 「あれ。イハルムさん。珍しいですね。大声で呼ぶなんて」


 読んでいた本をテーブルに雑に置き、フュンは慌てて下に降りていった。


 「どうしました。イハルムさん!」

 「王子。王が亡くなりました」

 「な! 父上が」

 「はい。私が定期のお金を取りに行った際に、民たちから聞きました」

 「民たちから!? 王宮からではなく?」

 「ええ。私は中に入れませんからね」

 「ああ、そうでしたね。サナリアでの仕事があるイハルムさんにも連絡を入れないあたり……これはとても危険な状態だな。そういえば、僕に手紙が来なくなりましたね。ゼクス様が僕に手紙をよこさないなんてありえない」


 フュンは筆まめなところもあって、ゼクスに手紙をちょくちょく送っている。

 なのにここ一年程、彼からの返事が来なかった。

 これはあり得ない。

 なぜなら、律儀でお堅いゼクスが、弟子であるフュンの手紙に返事をしないなどありえないのだ。

 絶対に書いて、絶対に送ってきているはずなのだ。

 これだけは自信満々に誰かに言い切れるとフュンは思っている。


 「まさか。検閲が入っている? 帝国とのやりとりをするものに、検閲をして。サナリア王国側が許さないのかもしれませんね」

 「そ・・・そんなことを王子に対してするのですか。国は!?」

 「ええ。イハルムさん。そんな可能性がありますよ。あ!? そうだ。あとはもうお金を取りに行くのはやめましょうか。次回はいつになっていますか」

 「ええっと。冬は良くないので春ですね。来年の四月を目安にしてます」

 「そうですか・・・それをやめておきましょう。領土が安定するまではイハルムさんはこちらにいてください。もう何が起こるかわかりませんよ。ズィーベは僕に何をする気かわかりません・・・親の死さえ連絡を入れないのですからね」

 「わかりました。ですがお金はどうしますか」

 「お金のことで僕らはもうサナリアは頼りません。サティ様から頂いているお金でやりくりしてください。あれで皆で質素に生きていけるでしょ」

 「ええ。もちろんですよ。贅沢しても生きていけます!」

 「あははは。そうなんですね。あ、でも僕は、贅沢しないですよ」

 「わかってますよ。王子はそういう方ですからね。それではサナリアは要警戒でいきましょうか」

 「そうですね。父上がいないのであれば、イハルムさんの身に危険が及ぶかもしれませんからね。前も言いましたが、お金なんかよりもイハルムさんが第一です。命を大切にお願いします」

 「わかりました。ですが王子」

 「はい?」


 イハルムが更に真剣な顔になったのでフュンは身構えた。


 「第一なのは王子でありますゆえ・・そこはお間違いなく。よろしくお願いします」

 「あ。そういうことですか。まったく。イハルムさんもご自身の命を大切にしてくださいよ。絶対に生きてくださいね。何なら僕よりも長生きしてくださいね」

 「わかっております。その命令、身命を賭して実行します」

 「・・え、いや・・・あのぉ・・・わかってないんじゃないかな・・あれぇ」


 フュンは自分の言葉が通じてないのではと不安に思ったのでした。



 ◇

 

 その日の午後。

 まだ本を読んでいたフュン。

 部屋で日の当たる場所でのんびりとしていると。


 「フュン!」

 「うわ。びっくりした」


 シルヴィアが急に部屋に入ってきた。

 

 「あ。シルヴィア様。お久しぶりですね。一カ月ぶりくらいですかね」

 「ええ。そうですね」

 「どこに行ってたんですか。ハスラですか?」

 「いいえ。ラメンテにいました」

 「里にですか・・・・なにをしに?」

  

 シルヴィアはフュンが座る椅子のそばにあるベッドに座った。


 「皆の様子を見ることと、フュンをどうするかの相談をしてきました」

 「ん? 僕をどうするか?」

 「ええ。今のフュンは、私の剣技をほとんど覚えました。だから、この先はどうしたらいいかと、先生に相談してました」

 「ああ。そういうことですか・・・いや、僕。まだまだシルヴィア様には及びませんよ。あなたはお強いですからね」

 「今はそうですけど。剣筋や考え方はだいぶ私に似てきましたよ。その内、私はあなたに実力で抜かれるでしょう。ええ、もうすぐあなたは私よりも強くなります」

 「ええええ。そんなぁ。ありえないですよ。あなたは戦姫ですよ。とってもお強いのです! 勝てない勝てない」

 「そんなことはありません。あなたの基礎はだいぶ良くなってましたからね。私が守ってもらうのも時間の問題です」

 「……そうですか。シルヴィア様を僕がね・・・守れたらいいですね。本当に」


 シルヴィアが来てから読まずに手に持っていた本をフュンはテーブルに置いた。 


 「あら。私を守ってくれないんですか。その言い方だと守れませんって聞こえますよ」

 「え。いやそれは守りたいですよ。あなたの事は守りたい……でもシルヴィア様」


 シルヴィアは嬉しい言葉の後の否定が気になった。


 「はい?」

 「シルヴィア様も僕を守ってくれるんでしょ」

 「え!?・・・ええ。もちろんです。あなたは私がお守りします」


 当主として。彼女として。愛する人を守りたい。

 シルヴィアは単純にそう思った。


 「なら、僕らは背中を合わせて、手を取り合って生きていきましょうね。僕もあなたを守って、あなたも僕を守ってください。それでいいかな?」


 だが、フュンは違った。

 一緒に生きたいから守りあいたいであった。


 「…はい、そうですねフュン。私たちはそれがいいです。お願いします」


 嬉しい言葉にシルヴィアが微笑むと。


 「ええ。こちらこそお願いします」


 彼女のその顔が好きなフュンも微笑んで答えた。


 互いを守る。

 この誓いを果たすために、二人は激動の大陸を生き抜くのだ。



―――あとがき―――



アイネ・パルネシア 帝国歴497年10月12日生まれ


フュンが幼い頃からのメイドで、彼に仕えていた五人いるメイドたちの中で一番の新人。

ちなみに、フュンは連れて行くメイドを一人に絞れなかったために、じゃんけんで一人に決定した。


彼女の仕事の基本は、料理と屋敷の掃除なのだが、ほとんどフュンに手がかかることがないためにやる仕事は主に料理だけとなる。

掃除はフュンの部屋以外をする。

自分で身の回りのことを何でもこなしてしまう主のせいで、アイネは何もお役に立てず寂しいとも思っている。

それとフュンの部屋には薬品があるために、基本は立ち入り禁止だ。


ゼファー同様。

フュンのことは、何が何でもお守りしたいと思っている。

それは恋心ではなく慈愛の精神に近い。

家族愛に近いと言っていい。

なのでアイネは、ゼファーとイハルムも同様に大切にしている。

容姿は金色の髪。

サラサラで、髪の長さは肩口までであり、これは仕事をしやすくするためである。

おしゃれよりも、機能性を重視しているのだ。

身長は150cm。目や口が丸い。

顔も丸いので、全体が丸々として見える可愛らしい女性だ。



イハルム・ロルダイン 帝国歴475年2月21日生まれ


フュンの執事でお金の管理をしている人物。

あと、フュンのスケジュール管理もしているので、有事があった際はなんでも調整してくれている。

王国と帝国を行ったり来たりするので、フュンの細かい日程の管理はあらかじめ紙に書いておいて知らせて、しかもリビングの連絡表にも準備しておいてあるくらいに、丁寧な仕事をする人物だ。

容姿は白髪交じりの黒髪。

歳よりも老けて見える印象があるが、まだ44。

背筋も伸びていて、ダンディな髭もあるので、カッコいい大人の男である。

フュンの事を大切に思っている気持ちは、ゼファーとアイネにも負けていない。



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