第99話 続 勘違いお姫様
帝国歴519年4月中旬。
シルヴィアは、帝都の市場通りを歩いていた。
いつもの歩き方で背筋がスッと伸びてキビキビと歩くが、頭の中はモヤモヤと悩み中である。
「さて、どうしましょうか。フュンの誕生日が近いです・・・彼ももう19歳ですよ。何を買ってあげればいいのでしょう」
彼女は愛しき人への誕生日の贈り物を選びに、市場通りに来ていたのだ。
ちなみにフュンの誕生日は5月5日である。
「何が良いのでしょうか……彼は本当に物欲がありません。何が欲しいとか。そういうものがありませんからね」
そうなのだ。
フュンは物に執着しないが、物は大切に扱う。
だから何をあげても喜びはするだろうが、何か特別な感じを出せないのだ。
「はぁ。困りましたね。彼の事は大好きですが、そこだけはあまり好きなところではありませんね。ちょっとは我儘になって欲しいです。私に甘えてほしいものですね・・・ほんとうに・・・」
お姉さんの部分が少しだけ垣間見えるシルヴィアであった。
◇
通りを歩いていると、調味料店の店先でフュンを見かけた。
あ!
と思ったシルヴィアは声を掛けようと思ったが、躊躇する。
それは何故か。
彼がこうなっていたからだ。
「ああ。リリンさんじゃないですか。あれ、クランさんも一緒だったんですか。お二人が揃うなんて珍しいですね。お店違うのに……」
「あら、こんなところに若旦那だわ。偶然ね。ここで会ったのも何かの縁、一つ付き合ってくださる」
「あ、ずるい。リリンだけずるい。私もぉ」
「いいですよ。お茶しましょうよ」
「やったぁ。若旦那と一緒!」
「私もいるからね。リリン駄目よ。独り占めは」
「いや、僕。物じゃないですし。独り占めって・・」
「いいの。今日のあなたは私のものよぉ。若旦那ぁ」
「いやいや。ちょっと。あ、ちょっとちょっと」
フュンはリリンに腕を掴まれて、そのたわわな胸の隣でロックされた。
そして反対側の腕もクランにロックされて、こちらも大きな二つの山の中に納まった。
「足が速いですよぉ。お二人とも」
「いいの。若旦那とお茶なんて早々出来ないからね。早く行きましょ」
「そうよ。フュン様は乗客が来るよりもレアなんですから」
色香が漂う二人の女性に連れ去られるフュンを見たシルヴィアは・・・。
「な、なんですか。あの女どもは!? 私のフュンに。色目を!!!」
気配断ちを全力で行ない、フュンたちの後をつけたのである。
◇
カフェに到着した三人は、外のテラス席でお茶をする。
その遠めの位置でシルヴィアは怒気を帯びた気配断ちを実行していた。
これはすぐに見つかるだろう・・・。
普通に怒っていては気配断ちも意味がない。
「若旦那ぁ。どうしてあんなところに?」
「ああ。あれは偶然立ち寄ったんですよ。スープでも改良しようかなって」
「へぇ。フュン様。スープってどんなのを作る気だったの」
「僕って結構料理をするんですよ。それで何かアレンジをしたくてですね。お店に入ろうかなぁって」
「え、そうだったの。若旦那やるわね。料理男子はポイント高いのよ」
「そうなんですね。知らなかったぁ。いつも知らないことを教えてくれてありがとうございます」
彼女たちの目を見て話す彼はとても紳士だ。
それは何故か、ここのテラス席が見える場所を通る男どもが、彼女らの容姿を見て鼻の下を伸ばしているのだ。
大きく胸の開いた服に、綺麗な生足が見えている格好の二人は、明らかに男を誘っている。
これを見たら、ほいほいと釣られていきそうになるのが、男というものなのに、フュンにはまったくそれらが効かない。
普通の女性と会話するように話をしていた。
フュンは容姿をみない。相手の目と心を見る男だからである。
「フュン様。もうちょっと私のお店に来てくれないの。寂しいわよ。私たち」
「クランさんのお店ですか。あそこはちょっとね。派手ですからね。表だっては行けませんよね。サティ様がいないと」
「じゃあ、うちのお店は」
「いや、リリンさんのお店だって同じじゃないですか。あそこも落ち着かないですよ。僕、お客じゃないし。他の男の人とかに悪い気がしますしね。ああいう所で顔を合わせるのってなんか悪い気がしますからね」
「ええ。じゃあ、今度。私を買ってよ。私、サービスするよ。ほんと! いつものお礼もこめて。た~~ぷり」
「いえいえ。僕はああいう事はしませんから」
「ええ、なんで。フュン様・・まさか、男好きだったの」
「いえ! 僕は女性が好きですよ。ただああいうのは愛する人とがいいのです」
「・・・それじゃあ、私たちみたいなのは駄目って事ね。一夜の恋を楽しむ女なんてね」
「いや、あなたたちが魅力が無いとは言ってませんよ。僕は、あなたたちを否定してませんよ。お二人はとても魅力的なんです。それは間違いない。とっても綺麗ですもん。でも僕はもう好きな人がいますから、その人に悪いと思っているだけです」
「あら。若旦那。思い人がいるのね・・・でも一夜ならいいでしょ」
「あははは。一夜も許したら、僕は殺されそうなので、ご勘弁を・・・僕の好きな人は嫉妬深いと思うので・・・ええ、許してください。あ、でも。こうしてお茶はしましょうよ。情報交換も兼ねて。たまにね」
「それは嬉しいけど・・・そうね残念ね・・・でもフュン様と一回だけでも」
「私だって負けないわよ。二回くらい」
「あれ。僕、断ってるのに諦めてない・・・あれぇ?!?」
「「うふふふふ」」
からかわれているフュンと話をしているのはリリンとクラン。
花街の娼婦である。
ローズベルというお店の看板娘のリリンとマリネルというお店の看板娘のクラン。
両方ともナンバーワンの嬢である。
彼女たちと知り合ったのは、サティからの紹介。
なぜサティが彼女らを紹介したのかというと、お肌に関してである。
客商売で忙しい彼女らのステータスの一つに、容姿があるが、その中でも肌は重要点。
かさつかないモチモチの綺麗な肌は男性にも受けが良いし、自分たちにとっても嬉しい事。
夜が主戦場となる娼婦は肌が荒れやすいのだが、フュンが開発したクリームのおかげでこの二つのお店の女の子たちは肌が荒れていないのだ。
肌が荒れやすい女性も良くするクリームなんて、売れ行きに拍車がかかるだろうとの魂胆がサティにはあったのだ。
サティは、ジークよりも商売上手な女性である。
「それじゃあ、手を見せてもらってもいいですか?」
「え。いいわよ。若旦那。どうぞ・・・・これでどう。私としたくなった」
冗談を言うリリンに、ほぼ聞いていないフュンは彼女の手を診断していた。
「綺麗ですね・・・もともとリリンさんが綺麗なのも相まって、かなり美しいですよ」
「あら、嬉しいわ。若旦那は口が上手いものね」
「え? いや、僕は正直に言っているだけで・・・」
「じゃあ、私もどう。フュン様ぁ」
「え。そうですね。はい・・・おお。そういえば、ここにあったシミ、消えてますね。お困りでしたものね。よかったですね」
クランの鎖骨の上にあった小さなシミが消えていた。
フュンは医学的に女性の体をよく診察するので、厭らしい眼では見ないし、治ってるかどうかを確認するのにも、典型的な症例はよく覚えているのである。
「まあ、覚えててくれたの。どう、ここ触ってよ。綺麗でしょ・・・・ね! フュン様。今晩どうですか」
「あ、諦めていないじゃないですか。ちょっとぉ」
「はいはい。ごめんなさいね。フュン様が可愛いからついついね。他の男どもとは違う反応だからね。面白いのよ。普通の彼氏ってこんな反応なのかしらね」
「わっかるわ~。それとてもよく分かる。男どもは皆。すぐに私たちの体をなめ回すように見るものね。つまらない反応よね」
「そうなの。その点、フュン様は色目に負けないし、言い返してくるし。でも褒めてくれるし。面白いわ。私、こういう人に身を捧げたいわ。一度でもいいからね」
「そうなんですかね。僕って面白いんですかね・・・よく分かりませんね。あ、でもお二人の肌が綺麗になって嬉しいですよ。お二人とも凄くお綺麗です」
「まあ、嬉しいわね」
「そうね。フュン様はいつも褒めてくれて・・・ありがとう」
二人が喜んでいるとフュンも喜ぶ。
誰かが喜んでくれるのが一番の喜びなのだ。
「ええ。僕もありがとうございます。お二人が笑顔ですからね…あ、そうだ。あとで皆さんにも新作改良版クリームをお渡しするので。量産出来たら後でお店に持って行きますね。今度は手が綺麗になるんですよ。お二人が教えてくれたから、作れましたよぉ」
「あら、ほんと。楽しみぃ」
「皆にも知らせなきゃ。フュン様が来るって・・・お店の子全員起きるわね」
「え。そんなことしなくても……ただお邪魔するだけですよ」
「ええ。だって若旦那。一番人気よ。指名してくれないけど」
「そうよ。私のお店でもそうよ。指名してくれないけど」
「はぁ。それって遠回しに指名しろって言ってますよね」
「「うん」」
美女二人に迫られるフュンは強引な勧誘に困ったのでした。
そこから半分冗談ばかりで攻められるフュンは二人と会話を楽しんでお茶をしたのでした。
◇
それが終わった後。
シルヴィアは……。
「はぁ。フュンはああやって色んな女性に迫られていたのですね……人気があったんですね……こ、これは。ま、負けていられません。私も誘惑しなければならないのですね・・・まずいです。私、口づけもされたことがありません・・・・これはあとで、サティ姉様と作戦を考えねば。どうすればいいのでしょう」
見当違いの考えに至っていた。
シルヴィアが別に色気づかなくても、フュンはシルヴィアに魅力を感じているのである。
それにフュンが彼女に口づけすらしていないのは、魅力がないからじゃない。
彼はまだ属国の王子だからだ。
辺境伯にもなれない自分では、彼女に悪いと思って、遠慮して手を出さないのだ。
そんな気も知らないで彼女は別な勘違いをしていたのだった。
いい加減。彼は心を見る男なのだから安心しなさいと誰かが言ってあげた方が良いだろう。
ジークかサティが教えない限り、彼女は気付かないのであろう・・・。
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