第90話 待機と膠着と互角

 アージス大戦の中央ルート。


 ガルナズン帝国中央軍の後方で、総大将であるフラム・ナーズローは戦場を見回す。

 敵の配置から何から何までをつぶさに観察すると気付いてしまう。

 相手の完璧な布陣に、油断という隙間風が1㎜も吹いていないことに……。

 こちらを下回るはずの兵数。

 なのにどこにも攻撃する隙が無いのだ。


 「なんたる美しさ・・・この規律性。これが王国の英雄の力か・・・」


 彼が相対しているのは、イーナミア王国一の強さを誇る軍、ネアル軍である。

 次期王にして不世出の天才『ネアル・ビンジャー』が指揮する王国最強軍なのだ。

 抜群の戦闘センスに加え、卓抜した指揮能力に、天才的な戦争眼を持つ王国で最強の王子。

 兄弟紛争という死闘を乗り越えて、国を救った英雄である。


 その相手をするフラムは、ウィルベル・ドルフィンの軍事部門の長で、彼の片腕である。

 ドルフィン家の最高司令官でとても優秀な軍人であるのだが、相手が彼ではその実力も経歴も霞んでしまう。


 ネアル軍6万に対して、フラム軍10万。


 倍近い数で敵の総数を圧倒しているフラム軍が、その有利性を保っていたとしても、彼に対して攻撃を仕掛けられずにいたのである。


 「なんて・・・なんて完璧な布陣なのだ。美しすぎる。どうすれば・・・」

 「総大将、私はこのままでよいのではと思います。あのネアル軍を抑え込んでいるだけでも。今は良しとするべきでは」

 「それはそうなのだがな、マルズよ・・・・しかしだな。この数の優位性でこのまま待機はいかんよ。我が主、ドルフィン家の威信にまで関わる問題になりうるかもしれん」


 戦う勇気がないわけじゃないのだ。

 ここで無理に戦闘をして、無残に負けてしまえば、主ウィルベルに迷惑がかかるかもしれないという恐怖が勝っていたのだ。

 フラムは頭を掻きむしりたいほどに悩んでいた。

 英雄に挑むか挑まないかをだ。




 ◇

 

 アージス平原の南ルート。

 海がそばにあるこの地域の平原で、そこが真っ赤な血で染まってしまうほどの激しい戦いが繰り広げられている現在。帝国左翼軍スクナロ・タークと、王国右翼軍エクリプス・ブランカは、互いの顔を殴り合うかのように攻撃をしあっている。

 兵数は互いに同数。

 4万同士での激しい戦い。

 そして、この戦いは、兵の数だけじゃなく互いの実力も互角であった。

 

 「強いぞ。この敵は。敵陣を抜けんわ!」

 「スクナロ様。こちらの左翼に穴が開きました」

 「そうか。予備兵を回せ、塞いでから、逆にこっちが攻めるぞ。右翼を前に出して、こちらも相手の左翼に穴を開けろ」

 「はっ」


 自分が戦場で死亡した場合を考えていたスクナロは、もしもの為に弟を戦場に連れて来なかった。

 次期当主も死なせるわけにはいかなかったからだ。

 そんな家のことを考えているスクナロは実は優秀な軍人である。

 だが、相対するエクリプスもかなりの優秀な人物。

 この左翼の戦場は、血で血を洗う極限の泥臭い戦いへと進むことになる。

 待ち受けるのは全滅か勝利か、初日だというのに二つに一つの戦いになり始めていた。

 


 ◇


 一方フュンの戦場の場面。


 「やはり敵は先程の戦いで恐縮してしまいましたね。ここは動かないでしょう。ショルドーさん! 敵の数は」

 「はっ、隊長! 二万千ほどになったかと」

 「はい。ありがとうございますね」

 

 偵察兵の報告に感謝するあたりがフュンであるなと皆が思う。

 普通の軍人はこのタイミングで感謝はしない。


 「あの時の煙幕弾で一万近く減らしましたか。罠にかけたからこそ、減らすことが出来た結果ですね。んんん。糸口はやはりここではありませんね。どうなってますかね。他の戦場は・・・」


 フュンは空を見あげる。

 もう少しで夕闇が訪れようとしていた。戦場は次第に暗くなっていく。


 「そうですね。そろそろかな・・・退却命令が出ますかね」


 フュンがそう思い始めると。


 【ドンドンドン ドンドンドン】


 三回の太鼓が二度鳴る。帝国軍の退却の音である。


 【カンカンカンカンカン】


 向こうの鐘も鳴り、王国軍も退却をしていった。

 そのタイミングに合わせてフュンもウォーカー隊を退却させた。



 ◇

 

 退却後の夜。フュンの自陣営にて。

 隊長クラスの幹部たちが集まり、会議が始まる。


 「フュン。あたいらはどうするべきなんだ?」

 

 腕組みをしているエリナが聞いた。

 

 「そうですね。僕らが敵に一撃を加える際。タイミングを合わせたいですね」

 「ん? それはなにとを指していますか? その言い方だと、我々のタイミングではないですよね。フュン様」

 

 ミシェルは、正確に聞き出したかった。

 

 「ええ。そうです。僕は別な戦場とタイミングを合わせたいですね」

 「それはどういうことよ。殿下?」

 

 リアリスもミシェルと同じで正確に聞き出したい。

 

 「僕は中央軍が勝てないと踏んでいます」

 「なに? 圧倒的に数が優位なのにか」

 

 ザイオンがフュンの予想に驚く。

 

 「ええ。数は優位でしょう。ですが相手があの人なんです。あの人は天才ですよ。資料を読んだだけでも、それが分かる」

 「しかし王子。こちらもフラム様です。優秀ですよ。あの人だって」

  

 タイムが素朴に聞いてきた。


 「ええ。そうですね。タイム。あの方も素晴らしいですね。ですが、攻め手に欠くと思います。なにせ、あの英雄は先生でも、てこずるような相手でしょう。相手は完璧な防御陣を敷いているはずです。僕の考えでは、あの英雄は、王国の左右軍のどちらかが、帝国の左右軍のどちらかを破るのを待っていると思います。そこから挟撃を仕掛けようとしているはずなんです。まあ、僕らと同じ考えですね」

 「では殿下。こちらもそれを」

 「そうです。ゼファー。僕の狙いはその考えを逆にして、僕らの左右軍が先に相手を破る事です。僕と左翼のスクナロ軍が同時に相手の軍を撃破してあの英雄の防御陣を挟撃したいのです。ですがこれは同時が大切です!」

 

 フュンは同時を強調した。


 「いいですか。そうでなければ、あの英雄を出し抜いて敵軍を打ち破ることは出来ないのですよ。しかしこれには、僕らよりも左翼スクナロ軍が重要となるので、タイミングを見ようと思うのです。ですから、あなたたちには現状維持を命令します。攻撃を無駄に仕掛けず、防御を中心に立ち回って、いざ僕が命令するタイミングで相手を粉砕します。いいでしょうか、皆さん! 僕の指示を待ってもらっても」

 「「「了解だ」」」」

 「では、その時の策はなにか、わかっていますね。皆さん、覚悟しておいてくださいよ」

 「「おおう! もちろんだ」」


 ウォーカー隊の幹部はフュンの突撃の命令を待つことにした。

 


 ◇


 翌日。

 

 「相手は亀のようになりましたね……なかなか前に出てこない。だとすると、こちらからしびれを切らして攻めなければよいですがね。でも皆さん血気盛んですからね。あははは。どうなることやら・・・」


 フュンは本陣から皆の動きを見ていた所に、後ろから声を掛けられる。


 「おいおい王子。心配なのに笑っているのかい。全く度胸満点の男だな」

 「あ。シェンさん。あ、ウルさんも。前に出てきてくれたんですか」

 「まあね。後ろの警戒もしたけど、相手が回ってくるような余裕はなさそうよ。あっちの湖とかを調べたけど」

 「ありがとうございます。ウルさん。助かりますね」

 「ほんと。王子はいつもと変わらないよね。もう少し私たちに命令したっていいでしょ」

 「ええ。これでも命令してますよ。でもお二人は友達ですからね。中々友達には命令がしずらくてですね」

 

 ウルシェラとマーシェンは二人の背後に立つ。

 昔なら馴れ馴れしく肩に手を置いて話すだろうが・・・。

 いや今でもそれをしてくれるが、今は戦時中で、しかもフュンは総大将。

 偉くなった立場の人間に、一般人が馴れ馴れしい態度を取ったら他の兵に示しがつかないと、勝手に二人が遠慮してくれているのだ。

 正直。

 フュンならば二人を友達と思っているからそんなことは気にしないのである。


 「どうなんだ王子。この結果は」


 親衛隊隊長マーシェン。

 戦争時や戦闘時にフュンのそばを離れない部隊のことを、フュン親衛隊と呼ぶ。

 現在の数は100名ほどで、かなりの少数精鋭の部隊である。

 フュンを信頼し、フュンを守ることに特化した部隊。

 それでいて、フュンの意志をくみ取ることが上手い人間たちで構成されている。


 「予想通りです。僕の頭の中の盤面と同じです」

 「そうなの。凄いわね。王子。こんな状況を予想してたの。私たちの数なんて相手に負けてたのに」

 

 親衛隊副隊長ウルシェラ。

 マーシェンがちょっとだけおっちょこちょいなので、そのカバーをする女性で、隊全体の士気もコントロールしている。


 「まあ、でもここからは難しいですよ。絶好のチャンスを逃さず、そしてその時に相手を封殺しないといけませんからね。あちらの将は強い人です。簡単には勝てません」

 「そうなるよね。あの人、去年戦った人なんでしょ」

 「そうですね。一番強い人を隠し持っていた人でした」

 「でも王子が倒したんでしょ」

 「まあ、そうなりますが。あれも皆の力あっての事ですからね」

 「またまた、謙遜ばっかりは駄目よ。王子。あなたは凄い人なんだからね」

 「え? いや、僕は別に。僕よりも皆さんが素晴らしいだけですよ。僕は人に恵まれていますからね。だって、ウルさんもシェンさんも僕と一緒に戦ってくれますもんね。ええ、ラッキー。ラッキー。あははは」


 と言われてしまったら。


 「そうね。私たちは王子を守るよ」

 「ああ。俺たちは。友達を絶対に守るぜ。俺の命の恩人だしな」

 

 二人のやる気に火がつく。

 命を懸けて守ってやりたいと思ってしまう。

 でもそれはいけない。

 フュンは、生きてそばにいてほしいと思う人間だから・・・。


 「ありがとう。では……ウルさん。あなたは西ルートの空を。シェンさんは中央ルートの空を見てください。僕が見逃すかもしれないので、狼煙が上がったら大声で僕に知らせてください」

 「「了解」」


 フュンとサバシアの戦いは膠着状態がしばらく続くのであった。

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