第87話 アージス大戦の初戦へ

 【バン!!!!!!】


 アージス平原の中央ルートに布陣する帝国軍本陣から空砲が鳴った。

 この一発の空砲は、全軍が前進しろという合図である。



 合図を受けたフュンは、帝国軍右翼ウォーカー隊に指示を出す。


 「では皆さん! 僕と共に戦いましょうね。いざ、出陣です」

 「「「おおおおおおおおおおおおおおおおおお」」」


 フュン率いるウォーカー隊二万がサバシア軍三万に向かっていく。


 ゆっくりと前進するウォーカー隊。

 開戦の時からこちらの方が数が少なかった。

 しかしそれでもウォーカー隊の面子は自信満々で、もうすでに勝つ気でいる。

 余裕の心持ちをしているのには訳がある。

 なぜなら、この場の指揮官は我らのフュン・メイダルフィア。

 自分たちがその大器を信じて、自分たちが手塩にかけて育てた。

 歴史に名を残すであろう稀代の名将であると、心の底から信じている人物だからだ。

 

 歩兵の速度で足並みを揃えるウォーカー隊は、アージス平原北ルートをゆっくり満喫するかのように進軍する。


 

 ◇


 ウォーカー隊の左翼軍『エリナ部隊』

 隊長エリナと副隊長タイムの会話。

 

 「おうおう。ちまちまやらんで、とっととぶち抜けばいいのにな。なんでゆっくり進軍なんだろうな」

 「エリナさん。何を言っておられるのやら、僕たちはどちらかというと防衛の方ですよ。それにたぶん、会議で王子は主攻の座を取れなかったのでしょう。まあ、仕方ありませんよ。ダーレー家は二家に比べて発言権がないですし、しかも王子は属国の王子ですしね」

 「んなもんは、お前から聞かされんでもわかってるわ。タイム! あたいらはフュンを盛り上げたいだけなの。あいつの待遇。もうちょい上げたいだろ? お前はそうは思わんの?」

 「もちろん。僕だって、そう思ってますよ。そして、僕は王子の為に働きたいですよ。でも王子が我慢しているのです。だから僕も我慢します」

 「そうかい、そうかい。それは大切だな。お前、その心を大事に持てよ」

 「え?」

 「あいつの心をこれからもちゃんと汲むんだぞ」

 「は、はい」


 エリナ部隊の隊長は粗暴なエリナ。

 でも副隊長は生真面目で好青年なタイムである。

 フュン部隊の小隊長格のタイムを、フュンは、あえてエリナのフォローの方に回したのだ。

 タイムはサポート型の将。

 彼がいることで、今まで全体の補佐的な動きをしていたエリナが自分自身の動きを出しやすくなるのだ。



 ◇


 ウォーカー隊の中央軍『ザイオン部隊』

 隊長ザイオンと副隊長ミシェルの会話。

 

 「かかかか。久しぶりの大戦だな。ミシェル。気分はどうだ」

 「普通ですね。平常心です」

 「そうか。血が滾らんのか・・・」

 「いえ。そもそも私はいつも戦いの時は無心ですので」

 「ほう。良い心がけだ」

 「あ! ザイオン様」

 「なんだ?」

 「絶対に前に出ないでくださいよ。ザイオン様は興奮するとすぐに突進しようとしますからね。毎度、私が止めるのはしんどいのです。あらかじめ言っておきますよ」

 「あ、はい。すまん」

 「いいですね。いい子ですから、言う事を聞いてくださいよ」

 「は、はい。わかりました」


 ザイオンとミシェル。

 これがウォーカー隊の中央軍である。

 ウォーカー隊の最大攻撃力を誇るザイオン部隊。 

 凄まじい攻撃力の反面、防御を疎かにする傾向が、かつてはあった。

 だが、ミシェルが成長したことでそれが改善。

 劇的に変化したザイオン隊は、攻防一体の隊となった。

 だからこそ、この隊が中央にいる意味がある。

 ザイオンとミシェルで最強の隊となったからだ。

 ここでもフュンの人材配置の妙があった。

 


 ◇


 ウォーカー隊右翼軍『ゼファー部隊』

 隊長ゼファーと副隊長リアリス。

 そして、普段フュンの護衛を務めるニールとルージュの会話。


 「殿下のため。私は戦うのだ」

 「はいはい。ゼファー。あんま気合い入れなさんなって。悪い癖よ」

 「リアリス! 今回は本気で戦えよ。いつもプラプラとどこをほっつき歩ているのだ」

 「はいはい。あんたが真面目すぎんの。堅物男」

 「なんだと。お前は緩々すぎるのだ! 生意気女」

 「ほぉら、また視野が狭くなるよ。怒るのもいい加減にしておいたら、まぁた、殿下に怒られるんだからぁ」

 「ぐぬぬぬぬ」

 「殿下はね。いつもあんたが一番心配なの。だから優秀なあたしがついているってわけ。あたしが言っている意味わかる? 単細胞。本当はね。あたしの方が隊長にふさわしいのよぉ。でも私はお姉さんだからあんたに譲ってあげてるの。まあそれも、私はあんたの為じゃなく、殿下の為だけどねぇ」

 「ぬぬぬぬ。貴様ぁ」

 「ほらほら、すぐ怒る。馬鹿ね・・・あんたは、ちゃんと生きなきゃいけないのよ。殿下の為にね。そうでしょ、ニール、ルージュ」


 さっきまでニヤニヤと馬鹿にしていた顔をしていたリアリスが、急に真面目な顔になってゼファーの影に顔を向けて言った。

 視線の先は彼らである。


 「そうだ」「あほ」

 「こいつ」「バカ」

 「「殿下の気持ち知らない」」 


 ゼファーの影から、ニールとルージュが突然現れた。


 「ほらね。この子らの方がよほど優秀よ」

 「当り前だ!」「当然だ!」

 「何を言ってる」「リアリス」

 「「我らは優秀だ、こいつはザコ」」

 「貴様らぁ」

 「きゃははは。雑魚だって。雑魚!?」


 ゼファーは仲間たちにおちょくられていた。


 リアリスはゼファー隊の副隊長。

 堅物で真面目で視野が狭くなりがちなゼファーに対して、フュンはあえての緩い人物を当てた。

 彼女の真の力は眼である。

 視野の広さと強烈な弓で彼を支援する。

 ゼファーとの会話の相性は悪いが、戦いの相性は良いのだ。 

 いつも喧嘩をしてしまうが、戦えば協力しあい、敵はゼファーの槍か、リアリスの弓のどちらかを食らわなければならない。

 このコンビネーションはおそらく、ウォーカー隊随一である。



 ◇


 フュンは軍後方の本陣にて進軍。

 サブロウ組とフュンを守る親衛隊がフュンと共に進軍していた。


 「この初回、おいらの出番ってありそうぞ?」

 「んん。サブロウはないと思いますね。やることはありますけど、本格的に戦うまではいかないですね。それにですけど、サブロウが戦うってことは、僕らまで迫られてますからね。それはもう隊の全滅が視野に入りますよ。あははは」

 「まあ、そうぞな・・・・ああ、暇ぞ」

 「あははは。確かにね。でも君たちの存在はね。王国に出来るだけ隠しておきたいですね。切り札運用ですもん」

 「確かに・・・・それはそうぞ。うん、流石はフュンぞ。おいらよりも切れ者になって来たぞ。いずれはミラも超す日が来るぞな。はははは」

 「それは……なかなか無理があるでしょう。僕には先生の混沌も、サブロウの奇策も生み出せませんからね」

 「いんや、生み出そうと思えば生み出せるだろうぞ。ただ、混沌は下手をするとこちらに大損害が出るからお前さんは選択しないだけぞ。お前さんは優しいからぞ、はははは。あれ、そう思ったら、あいつ、酷いぞな。ははははは」

 「あ! 確かにね。先生って酷いよね。あはははは」


 二人は楽しそうに会話をしながら進軍していた。

 そして、その二人の後方の部隊の中に。


 「王子さん。リラックスしてんな」

 「そうだね。あんたもじゃん」

 「まあな。お前は?」

 「・・・うん。ちょっと緊張してる」

 「珍しいな・・・まあ、そうだよな。ウル。でもよ。王子さんの背中は絶対に守ろうな」

 「当り前よ。私たち親衛隊、やっと出陣なんだよ。そのためにこの二年、頑張ってきたんじゃん。友達の為にさ」

 「ああ。そうだぜ。友達は守らんとな。友達としてな!」


 ウルシェラとマーシェンもフュンを守る部隊。

 親衛隊が初めて戦争に参加したのだ。



 ◇


 帝国に来てから三年。

 フュンは大きく成長していた。

 人質でありながらも帝国の戦いに身を投じ、大きな戦果ではないが、コツコツと実績を積み上げてきた。

 しかしそれでも人質という身分は変わらなかった。

 だが、人々の評価は確実に変わっていた。

 ボンクラな王子という印象を持つ者はもう帝国の人間にはほぼいない。

 シーラ村の武装蜂起未遂事件。アージス平原での小競合い。ササラ港海賊襲撃事件。

 これらの事件を解決した一人として名を連ねている。

 実際に解決を導いたのはフュンだけではなく、ミランダやジークもいるのだが、それでも彼もその一員であるのに変わりない。

 そして今回は満を持して、ミランダはフュンに指揮権を譲渡し、独り立ちさせようとしていた。

 手柄を彼一人にする為である。

 そしてその手柄を手に出来ると皆が信じているからこその大将なのだ。


 属国の王子フュン・メイダルフィアは新たな時代の先駆者となろうとしていた。



 

 ◇


 イーナミア王国左翼軍。

 大将サバシア・リーラは相対するウォーカー隊の動きに違和感を感じていた。


 「なぜだ。この兵たちは、去年の戦いで潜伏からの奇襲を狙ったではないか。なぜこんなにもゆったりとした進軍をしているのだ。行動が違い過ぎる。まるで敵の指揮官が違うみたいだ。いや、実際に違うのか。待てよ。あのフュンとかいうのは去年……そうだ。あのバルタイを倒した男・・・武闘派の男だ・・・」


 ブツブツ独り言を言いながらサバシアは目の前の軍の考えを読もうと必死だった。


 「サバシア様」

 「なんだ。スーマ」


 副官スーマが情報を出す。


 「偵察からの報告で、相手の兵は二万だそうです」

 「なに。三万じゃなくてか」

 「はい。帝都から出陣した際の情報ではたしか三万でしたが・・・・、今は奴らの兵が一万足りてません。もしや最初の偵察・・・・帝都から出撃した数が最初から間違いだったのでしょうか」

 「いや、それは・・・どうだろうか? 奴らは奇策を使うのだぞ。もしかしたら、どこかに一万の兵が潜伏をしているのやもしれんぞ。そうだとしたら、どこにいる? いや、そもそもいない? いやいや、招集をした時に足りてないから偽造した? わざと少なめにしている? どれだ。いや、これらじゃない。ああ、一体どれか分からんわ」

 「・・・・・」


 黙り込んでいる副官スーマもサバシアと共に混乱していた。


 「林の中は! こっちの小高い丘には。敵はいないのか?」

 「偵察はしています。しかし、どこにもいませんでした」


 最初から警戒していたスーマは、先回りで戦地を偵察をしていたが、何も状況を把握できずにいたのだ。


 「な、なんてことだ。奴ら相手に伏兵を考えながら戦わなくてはならないのか。しかし、向こうの数は少ないとなっている。こうなれば一挙に数で押して、奴らの策が発動する前に倒すしかあるまい。うむ、それしかないのだろう」

 「はい。それが一番かと思われます。こちらから仕掛けて、早めに倒していきましょう」


 サバシアは数の差を利用して、『数で押しきる』と判断した。

 他の選択肢もあったが、サバシアの選択は定石。

 これは一度ウォーカー隊と戦ったことのあるサバシアが、彼らの混沌の影におびえて、彼らの動向を読めないことによる恐怖でそう判断してしまったのだ。

 


 帝国右翼軍ウォーカー隊と王国左翼軍サバシア軍は、残り二ルートの戦場のどこよりも早く激突することとなる。

 これが第六次アージス大戦の初戦となるのだ。


 

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