第四章 両雄の激突 第六次アージス大戦
第86話 新時代の寵児 フュン・メイダルフィア
帝国歴518年9月9日
帝国の時代は新たな時代へ……ではなく。
ここからアーリア大陸の時代が、新時代へと突入していく。
その幕開けは、今から開戦となる第六次アージス大戦から始まったのだ。
大戦の名称のアージスとは、アーリア大陸中央南にある帝国と王国の両国をまたがる大平原アージス平原のことを指す。
ほぼ真っ平な平原で、両国が移動しようと思えば、大軍でも少量の軍でも、自由に簡単に行き来ができるがゆえに、度々武力衝突が起きる場所だ。
そして今回は前回とは異なり小規模ではなく大規模となった。
それは、国内の状態が万全となったイーナミア王国が、軍を編成して出撃してきたことから始まったのだ。
ここでの大規模戦争は、歴史の一ページに確実に刻まれていく。
今までの第一次から第五次でも、多くの英雄が誕生し、歴史に名を刻んできたのだ。
第六次もきっとそうなるのであろう。
此度の戦争は、一体誰の名が刻まれることになるのだろうか。
それは後の世にしか分からないことである。
そして今回のこの大規模戦争に、フュンは軍の指揮官として参戦。
帝国の三軍の内の一つ。
帝国右翼軍の大将として、ダーレー家の名代ミランダの代わりにウォーカー隊を率いている。
名代の名代という少々変った形となってしまっているが、フュンは軍の大将として任命されているのである。
しかし、皆にも知っていてほしい。
この時点の彼がまだ無名であろうが、実力はすでに大将として差支えのないことを覚えておいて欲しい。
◇
身長が伸びて、顔も凛々しくなってきたフュン。
すでに雰囲気は大人の雰囲気が漂っている。
幼さが残っていた数年前とは大きく違い、母の優し気な雰囲気を保ちながらも、その立ち姿からはあの父の勇ましさにも似てきた。
サナリアを統一した英雄アハトにである。
アージス平原の北ルートで待機しているウォーカー隊は、彼の指示を待っていた。
「皆さ~ん、そろそろ開戦ですよ。準備しましょうね」
「「「へ~い」」」
フュンの全体挨拶に対して、ウォーカー隊の野郎どもは、相も変わらずの雰囲気で緩い返事を返した。
そして、呼びかける人物もまた優しく声掛けをしたので、両軍の将が見たら激怒ものであろう。
次にフュンが各方面の隊長たちの前に立つと、各隊長はフュンを見る。
「それでは、ゼファー!」
「はっ。殿下」
「僕たちは敵の左翼軍。サバシア軍の足止めがメインですよ。それを覚えていますね」
「はっ。殿下からのご命令。必ずや果たします」
「堅苦しいですよゼファー。もう少し肩の力を抜きなさい。視野が狭くなります」
「はっ。殿下。わかりました!!!」
「あれ、わかっているのかな? ま、まあ、いいでしょう。あなたは今回部隊長なのです。しっかり皆をまとめるのですよ。いいですね」
「はっ。殿下のご命令通りに私は動きます」
堅い返事しか返さないゼファーに呆れていてもフュンの声は穏やかで優しい。
やはり話し出すといつもの彼で、雰囲気は確かに母親に似ていた。
「ザイオン、エリナ」
「おう」「なんだ」
「あなたたちもですよ。最初は押し込まないで、引いていてくださいよ。いいですね」
「おうよ」「わーってるよ」
「二人を信じてますよ」
「「ああ。まかせろ」」
フュンは皆の性格を的確に掴んでいた。
部隊を突出させないように念を押す。
「サブロウ!」
「おうぞ」
「今回は切り札運用です。サブロウ組は後方で、僕と待機ですよ」
「まあ、今回ばかしはそうなるぞ。しかたないぞ。なあ、カゲロイ」
「そうなると暇になるよな。王子の役に立ちたかったわ」
フュンに名を呼ばれると皆が元気になっていく。
次にフュンは次世代にも声を掛ける。
「ミシェル!」
「はい。フュン様」
「ザイオンを頼みます。あなたにしか頼めません。頼りにしています」
「はい。フュン様。私にお任せを」
ウォーカー隊の副隊長ミシェルにも声を掛けた。
槍を持ち、凛として立つ姿は今の方が美しい。
「タイム!」
「はい。王子!」
「落ち着いていきましょうね。あなたの冷静さはきっと隊を助けますよ。エリナを頼みます」
「はい王子。頑張ります」
ウォーカー隊の副隊長タイムにはゆったりとした口調で声をかける。
大一番を前にした彼のオロオロしそうな気持ちが落ち着いていく。
「リアリス!」
「はい。殿下!」
「ゼファーを頼みます。あなたの支えが、彼にとって一番に重要ですからね。あなたを信じてますよ」
「もちろんですよ殿下。あたし、気を付けますからね。あいつは大変ですからね」
「あははは。そうですね。ゼファーには気を付けてくださいよ。彼をお願いしますね」
「ええ。お任せを。殿下」
ウォーカー隊の副隊長リアリスは、そう返事を返した。
まるで、利かん坊の赤ん坊を頼まれるみたいであった。
全員分の指示を終えたフュンは、皆を各々の部隊の方に返して、第六次アージス大戦の開戦を待つ。
成長した彼は此度の戦争をどのようにして戦うのか。
彼の知略、武略はどこまで伸びたのか。
これは戦ってみないと分からないものである。
◇
帝国歴518年7月末。
ダーレー家は、重要人物たちに緊急招集をかけた。
ハスラに集まったのは、当主シルヴィア。ジーク。ミランダ。フュン。ルイスである。
「今回、アージスで戦争が始まるようだ。王国の内乱を治めてから、この速さで大規模戦争だ。速いぜ」
この情報はジークが集めてきたらしい。
帝都の指令の前に情報を掴み、ダーレー家での緊急の会議を開いたのだ。
「そうか。やっぱそうきたのさ。あの男には、それくらいの気概があるもんな」
「まあ、そうですね。私も予想していましたが、速すぎますね。内乱があっても、王国内のダメージが少ないのですね」
「シルヴィアの言う通りだ。ジークの資料を読んだが、相当なやり手なようだ」
ルイスも資料を読んでくれていたようで、シルヴィアの意見を肯定してから続いてジークに聞く。
「ジーク。どうするつもりだ」
「俺は、今回の戦争。ウォーカー隊で勝負をしたい。ハスラとササラは念のため兵を温存したいしな」
ジークは悩まずに答えた。あらかじめ決めていたかのような速度での返答だ。
「そうか、あたしらね。まあ、妥当だな……それにあいつらなら元気いっぱいに暴れるだろうが、あたしがやればいいのか?」
「ん? その言い方、お前じゃ駄目なのか」
「あたし。今回はパスするわ」
「なに!?」
「あたしは、今回。フュンに任せる。全ての行動をこいつに託してみるわ」
「え!? 僕にですか!!!」
「ああ。ウォーカー隊の総隊長をやってもらおう。あたしの代わりにな。あと、あたしはついてもいかねえ。ちょいと向こう側に行ってみるわ。どういう国か偵察してみる」
「は!? 危険だろ。お前は目立つ。オレンジの髪だぞ」
ジークがミランダの髪を指さす。
普通に町を歩けば誰だかすぐにわかるような奴が敵国に行くのは危険なのだ。
「大丈夫。これは染めるし、あとはフュンに託してもあたしは無事に戦争をやり遂げると思うぞ。もうすでに大局を描けるはずだ。なあ、クソジジイ」
「誰がクソジジイだ。ミランダよ。まあ、でも、ミランダの言う通りだ。フュン様ならばおそらく敵とも戦えるだろう」
二人が喧嘩をしている間。
「フュン。私は・・・」
シルヴィアは心配そうな顔をフュンに向けた。
「そうですね。僕としても、やってみてもいいです。少々試したい戦術もありますしね。そこで、軍の編成はどうなってるのでしょうかね。そこはまだですか。ジーク様?」
「ふゅ、フュン」
シルヴィアは、フュンが心配で何回も名前を呼んでいた。
「ああ。シルヴィア様。心配なさらずとも、僕だって男です。やってやれないことはないでしょう。多分勝てますよ。あははは」
「で、でも・・・あなたは・・」
アージス大戦は過酷な戦いとなる。
死地へ向かうようなことをそう易々と許可することは出来ないシルヴィアだが、当主としては理にかなった大将指名でもあるのだ。
フュンが戦地に行って、そこで勝てば、その名声はそっくりそのまま彼に入る。
ウォーカー隊の総隊長ともなれば、さらに箔はつくのである。
辺境伯への道が一歩、進むような気もするのだ。
「フュン君。これは正確ではないが、あちらの軍は13万だ」
「13万!? そんなにですか」
「ああ。それで内訳は正確じゃないが、おそらくダーレーが担当するのは3万の軍。サバシア軍だ」
「サバシア・・・どこかで聞いたことがあるのさ」
「ミラ先生。僕らが戦った人ですよ。以前、アージスで」
「ああ。あのカサブランカとかいう雑魚の下にいた。かなり強い精鋭兵を連れていた奴だな」
「ええ。なるほど。あの人の軍で3万か・・・中々難しい局面ですね」
フュンは計算をしていた。
どうやって勝てるのかを・・・。
「あたしはいけると思うな。フュンでも」
「ミラのお墨付きか・・・そうか…でも、俺でも迷うところだ。もう少し小さい規模の戦いから総隊長がいいかと思っていたんだが・・・」
「それはお前の理想だろ。理想が現実になることはほぼないのさ。でもあたしはフュンの力を信じてるぞ。こいつはアッという策で相手を出し抜く・・・か。アッということをして相手が呆れるかの二択だ。ナハハハ」
そっちは笑い事じゃないだろ。
と思う兄妹は冷ややかな目でミランダを見つめる。
「わかりました。僕やってみます。そのかわり、ジーク様」
「ん」
「僕のこの策を採用してもらえないでしょうか。少々ジーク様のお金を使う羽目になりますがお願いします。これと、あとはこっちもですかね。こんな感じです。ピカナさんにも連絡をお願いします」
フュンは、殴り書きのようなメモをジークに渡した。
「これは・・・なるほど・・・わかった。フュンくんでいってみようか」
「に・・兄様! フュンを危険な戦地に送るのですか」
「ああ。大丈夫だ。心配するな。お前もな。自分の愛する男くらい信じてみたらどうだ。勝てるとね」
「え。あ、ああ、あ愛するだなんて。まあ」
顔が赤くなったシルヴィアにジークは、ここで『はい』くらい堂々と言えないのかと、若干呆れた。
「シルヴィア様。僕はあなたからは心配じゃなくて、信頼がほしいですよ。どうです。僕は総隊長としてその戦争を勝てませんかね。シルヴィア様は僕を信用できませんかね?」
「・・え」
「どうでしょう。隊長の座なんて僕にはふさわしくないと。あなたはそう思いなんでしょうか」
「え??? い、いや」
「これくらいの戦争で生き残れないようではですね。僕はあなたの隣に立つことは許されないでしょう。あなたは、帝国のお姫様で、あの戦場の華。戦姫ですよ。僕の今はただの属国の王子だ。それではあなたの隣には立てませんよ。どうです。僕が隣に立つためには、これくらいの戦争で名が残るような活躍を見せないと、駄目ですよね」
「・・・フュン・・・」
自分のために戦ってくれる。
そう言い切ってくれるフュンをますます好きになったシルヴィアであった。
「わかりました。私も当主として、フュン・メイダルフィアを総隊長に任命します。信じてます。あなたが必ず勝ってくれると。生きて私の元に帰って来てくれると」
「ええ。おまかせを。シルヴィア様。このサナリアの第一王子フュン・メイダルフィアが。ダーレー家の為に。そしてただのフュンがシルヴィア様の為に。勝利を持って帰ることをお約束しますよ・・・だから安心してくださいね」
「・・・は、はい・・安心して待ってます。勝ってくださいフュン」
ジーク、ミランダ、ルイスは、フュンの心遣いと、シルヴィアの扱いの上手さに感嘆した。
彼の凄まじい成長ぶりはこの後、戦争によって発揮される。
こうして、大陸の英雄は、大陸で最も激戦となるアージス平原での戦いで、注目を浴びることになるのだ。
―――あとがき―――
ここから成長物語から、英雄へと登り詰めるまでの苦悩と葛藤と栄光の物語へと変わり始めます。
でも、切り替わりますが引き続きフュンの成長は続きます。
仲間と共に英雄へと近づく彼の物語を楽しんでもらえればと思ってます。
じっくり進んでいくのでお付き合い頂けたら嬉しいです。
今後ともよろしくお願いします。
高評価等色々応援をもらえて、作者は幸せであります。
レビューやメッセージ、フォロー等ありがとうございます。
これらは大きな支えとなっています。
自分が作品を続ける原動力になっていると思います。
だからこれからも頑張っていけそうなので、体調に気を付けて精進して頑張ります。
ではでは失礼致しました。またお会いしましょう。
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