第80話 発見
帝国統一歴517年8月29日
フュンたちがこちらに来てから一週間余り。
戦いの準備を進めるササラの軍は総勢1万。
大規模都市なのに、たったの1万しか軍がいないのは、先に経済を発展させるためであった。
御三家戦乱のせいで都市の機能が維持できなくなった当時から、大都市を立てなおすのに時間を費やしたと言うのが正しい言い方だ。
現在。軍拡を進めてきたダーレー家の軍規模は。
ハスラが2万。
ササラが1万。
ウォーカー隊が2万である。
これらの全体の兵力を伸ばそうと、ジークの施策でやっていたことは、予備兵制度だった。
予備の兵力を保有していざ戦いのときには彼らを兵として昇格する。
予備戦力はハスラで1万。ササラで2万前後だ。
それはいずれは戦うかもしれない御三家。もしくはイーナミア王国。
この双方への準備でもあったが、それよりもまず、直近で決着をつけねばならない海賊との戦いがあったから、ハスラの方が多く用意されていた。
今回の件、それはジークの中でも多少の驚きもあったが、想定内の動きでもある事件なのだ。
「つまりは後三日、四日の陸路で小部隊が来るってことですか」
「そうさ。ジークがターク家から海兵を呼んだらしいのさ」
「なるほど」
海賊の動向を探りながら日々解決に向けて動き出していた。
◇
口角が上がって、釣り目が特徴的な男性が、四日後にやってきた。
マルン・ビリーヴ。
ターク家の海軍を担当するビリーヴ家の若君。
歳は23歳でジークと同じ歳だ。
「マルンです。海軍指導をさせていただきます。あなたがあの有名な
「おう。お前さんが・・・そうかあのビリーヴ家の跡取りかぁ。デカくなったもんだなお前の家も」
「はい……私は幼い頃に、あなたのことを一度遠くから見ています」
「ん? 幼い頃? お前そんなにあたしと歳変わらないだろ?」
「はい。そうです。ですが、私が10の頃にお見掛けしましたので、やはりお姉さんですよ。しかしあの時でもあなた様はすでにダーレーの顧問でありました」
「まあ、そうだな。まあいいか」
今の会話、ミランダは気にしないがフュンは気にした。
「え? 先生と変わらない!?」
「ん? どしたのさフュン」
「先生は、お歳はおいくつなんですか? 女性に失礼だから聞かなかったんですけど、僕、今ので気になりました」
「あたしの歳? お前知らんのさ?」
「ええ。知りません」
「あたし30だ!」
「えええええええ。若!?」
「なんだよ。驚くなよ、失礼なのさ」
「いや、てっきり。先生は40歳はいっているのかと・・・」
「なんだと、そんなにいってないわ。老けてるって、言いたいのか! この野郎」
デリカシーのない発言をしてしまったフュンはミランダの両腕で首を絞められた。
「ぐべべべ。ぐるじいいい。ごめんなさいいいいい」
十字にクロスした腕は外れることが無かった。
ミランダが満足するまでフュンはイジメられ・・・その後。
「だ・・だって、先生。御三家戦乱の時に顧問になってるんでしょ。それじゃあ、子供の時に顧問になったのですか」
「まあ、そうだな。14でなった。だからジークがいくつだ。7か。お嬢が4。でももっと前に会ってるからな。あの時はもっと二人ともクソガキだったぞ、ナハハハ」
「は!? 14???」
「あたしな。没落貴族の跡取りでな。家を畳んで・・・いや、家を捨てて旅に出たのが8の頃かな。んでどうしようもねえ連中を拾ったのが10か11の頃からかな。んで、12、13で戦場に出た。そっからはダーレー家にいるな。あほ連中とさ!」
「け、経歴が凄すぎる・・・異常だ」
「なに。戦いばかりの人生だっただけなのさ・・・」
「…そうなんだ」
『通りで強いわけだよ』という言葉は表には出てこなかった。
また首を絞められたたまったもんじゃないと、フュンは一歩後ろに下がった。
「それでは私は海兵訓練をすればよいのですね」
「ああ。頼んだのさ。フュン。お前も見学しておくといいぞ」
「わかりました」
こうして、マルンの指導の元。ササラは軍事訓練をし始めた。
◇
港の灯台からフュンとマルンは海上訓練を見ていた。
「マルンさんは、海戦はやって来たんですか」
「・・・ええ。それなりには」
「へぇ~。凄いですね。まだお若いのに・・・」
「・・・ええ」
ミランダと話す時とは違い、無口に近い。
憧れ以外の人物とはそっけない人か。
と思ったフュンはその態度を気にしなかった。
「マルンさん。海戦は砲弾で攻撃ですか?」
「ええ、基本はです。ただ今のこの訓練も海賊には意味なしだと思います。向こうは小型船でしょうから」
「なるほど。確かに小型船みたいな小さな的には、この大きさの弾を正確には当てられないんだぁ。そうかぁ。正確性ね・・・」
フュンは砲弾の有用性と弱点を聞いた。
「それじゃあ、小型船との戦いは弓ですか?」
「・・・まあ、そうなります」
「ふむふむ。火矢とか?」
「そうなることもあります」
「船をぶつけるってのはありますか?」
「あることもあります。ですが、大型船よりも小型船は小回りが利くので、海賊のような操舵が上手いものに対して、こちらの大きな船を当てるのは難しい場合もあります」
「なるほど……大型だからいいってわけじゃないんだ」
それじゃあ、どうやって勝つんだ。
と思うフュンだった。
◇
ここからマルンは毎日同じ訓練をササラの海軍に課した。
基本の操舵と、船からの弓、それと念のための砲弾練習である。
一週間後。
「では、後は皆さんで出来ますでしょう。ターク家にも呼ばれているのでここで帰ります」
マルンは別れの挨拶をした。予定通りの軍事訓練日数である。
「おうなのさ。サンキュな。マルン」
「いえ、こちらこそミランダ様のお役に立ててうれしいです」
「そうか。ほんじゃな」
「ええ。失礼します」
不思議とミランダには愛想のよいマルンであった。
◇
ミランダはピカナの屋敷で作戦会議を開いた。
フュンとミランダとピカナの三人でである。
「フュン。何かいい案、思いついたか?」
「ミラ先生はどうですか」
「あたしはまだだな」
「そうですか・・・僕、ピカナさんに一つ聞きたいことがあります」
「はい。なんでしょう」
自分に話が振られると思ってないピカナは少し驚いた。
「僕らが来てから、海賊は来てないようですが……前回来た時は、西の航路を邪魔しているんですよね?」
「そうです。この港の前を横切って襲撃してきました。あれは珍しい事でしたね」
「なるほど……前回までの襲撃は大陸の東でしたよね」
「そうです。前回はサナリアがあるアーリア大陸東端よりも手前。あれだと・・・大体ユーラル山脈の半分くらいの位置ですかね」
「そうですか。その位置だとアーリア大陸東の三分の一くらいですね・・・んんん」
フュンは腕組みして悩んだ
「どしたフュン?」
「いや、たぶん先生も僕も考えが同じであると思うんですが。海賊に襲われる時って、大体同じ場所。アーリア東の海の方で襲撃されているんですよね・・・だとすると、小型船から中型船で襲うのですから、遠い所までは移動しにくい。だから本拠地にも近い場所で襲撃を行うと思うのです」
「そうだな。あたしもそう思ってる」
「でしょ。そこでササラが東の航路をやめて、西だけにした。そうなっても海賊たちが襲うのをやめたりしなかった。むしろ、わざわざ港付近まで来て襲ったのですよ。ということは、ここまでのリスクを背負ったとしても襲わなければならない問題が向こうで起きたのではないですかね。食料・・・物資。その他諸々を今すぐにでも奪わないと生きていけない。切羽詰まった状況なのでは?」
「ん? いやただ略奪がしたいんだろ。海賊だし」
「いや、それだったら。港までは来ないと思うんです。こちらの西ルートなど、アーリア東に拠点がある彼らには、襲撃のリスクが大きすぎて厳しいはずなんです。距離的にも体力的にもです。これの裏には何かありますよね。リスクを負ってでも襲う意味がです」
「そうかぁ。なるほどな・・・なんだろなのさ」
フュンの意見に耳を傾けたミランダは一人で悩み始めた。
椅子に腰かけて、足をテーブルに置く。
マナーも何もない、酷い格好の女性であるが、フュンもピカナも慣れてしまっているので気にもしない。
「僕はそうだとすると・・・あれじゃないですかね」
「ん? ピカナさん何か気付いたんですか?」
「ええ。あの人たち……必ず食料は盗っていって、他の物資は物色してるみたいです。盗る物と盗らない物がありましたね。そして人は殺しません。ということはですよ・・・いつも必要なものだけが欲しいのでは?」
「なるほど、なるほど……人を殺さない。ここは大切ですね・・・もしかしたらそれは、命を取ったら運んでくれないかもしれない。交易を止めてしまうかもしれないという考えがあるのかもしれませんね。自分たちが生きるために盗んでいる。それが明確な意志かもしれませんね」
「そうかもしれませんねぇ」
ピカナが答えるとミランダが出てきた。
「それであたりかもな。殺さないってあたりが賊にしては甘いもんな」
「ええ。甘いですよね。昔のウォーカー隊ならたぶん殺してますよね」
「そうだな。あいつらの半分くらいは野盗や盗賊だからな・・・やるな、たぶん」
ミランダは淡々と答えた。
「そうですよね……僕、作戦を思いつきました」
「ほう。どんなのさ?」
「えっと・・・・こうです・・・・」
フュンが作戦の中身を言うと、ミランダの眉がピクッと動き、ピカナの目が丸くなった。
「フュン……お前、馬鹿だな・・・そんなことやるってのかよ」
「大丈夫です。やってみせます。それにこれが一番いい手のような気がします。この作戦の鍵の一つ。僕の影にニールとルージュがいますよね」
「・・・お! 気付いていたか」
「ええ。わかりますよ。二人がここにいるのがね」
フュンは自分の背後に二人がいるのが見えていた。
二人が姿を現すとフュンは笑顔になる。
「はい。いましたね。いつもありがとうニール。ルージュ」
「殿下!」「気付いた!」
「「わーい」」
手を挙げて二人はグルグル回って喜んでいると、フュンは別な方を見た。
「そしてそこにサブロウさんもいますね」
「む・・・お前、そこも探知できるようになったのさ」
「いえ。サブロウさんは気配だけです。姿までは見えません」
「そうか。でもそれでも十分なのさ。なぁ。サブロウ」
ミランダが声を掛けるとサブロウがいつもの姿で出てくる。
「そうぞな。成長したな。フュン」
「ええ。シルヴィア様に丁寧に教えてもらいましたからね」
「そうか。お嬢か。お嬢も得意っちゃ得意だからな。なぁ。サブロウ」
「まあ。そうぞな。お嬢も出来ないことはないぞ」
サブロウの指導を受けているシルヴィアも影移動と気配断ちは得意なのである。
ただ、お姫様という立場と、銀髪というどうしても目立ってしまう部分があるのであまり多用はしないのだ。
「それでフュンぞ。さっきの作戦。おいらたちが必要なのぞな」
「そうです。僕は三人の力を借りたい。一緒にやってもらえますか」
「おうぞ。いいぞ。フュン。おいらはやる!」
「「我らも!!!」」
三人が良い返事をくれたので、フュンはピカナに顔を向けた。
「ピカナさん。それでは第一段階の作戦を発動させたいので、港で食料の準備をしてもらえますか?」
「ん? 食料?」
「はい。二度に渡る食糧輸送を実施します。一段階目は少数で運びます。西へ向かって船で運びます。それで海賊たちが来るかどうかをみます。その上で盗ませます。そして二段階目で・・僕らが潜入します。勝負はそこからです。やってみましょう。二段階目の際は軍の準備もお願いします」
こうしてフュンが考えた作戦。
ここから派生する事件の事を、ササラ港海賊襲撃事件と呼ぶ。
海賊たちと湾岸都市ササラの戦いに終止符が打たれる戦いの始まりである。
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