第63話 王子と皇子の戦い

 「なんだお前は。部外者は引っ込んでろ」

 「ええ。僕は部外者です。だけど。あなたも部外者じゃありませんか?」

 

 フュンは、真っ直ぐジャッカルを指さした。

 

 「は? ジャッカルは昔からこの村に住んでいるんだよ。部外者なわけないだろ」


 バッカスが言った。


 「いや、僕はそこを指摘していません。僕は彼だけ違うという意味で言いました」

 「何を言ってるんだ。このガキ」

 「あなたの武器だけに毒が塗ってあるのでしょう」


 ジャッカルの隣にいるバッカスが五月蠅いが、フュンは彼の話をほとんど聞かずに話を進める。


 「なに!?」


 皆の目がジャッカルに向かった。

 他の村人と同じ形、同じ色の銀の剣。

 それのどこに毒があるのだ?

 皆の目は一気に点になった。


 「あなたは一流の毒使いだ……だから。僕は思いました。あなたが村長に毒を盛った人ではないのですかと」

 「何を言っている。貴様? 俺が毒を?」

 「はい。あなたは天才的な毒使いであります。だってその毒はアレアの花でしょ」

 「は? 何を言っているんだ。アレアの花だと」

 「ええ。そうですよ。あの毒をその剣に塗っている技術が素晴らしい・・・いや、鞘の中に仕込んでいるのかな。どっちでもいいですが、どちらかを貸してもらえれば、僕が毒反応を見ることが出来ますよ」

 「・・・俺の鞘も剣も・・ひ、人に見せられるわけはないだろ。大事なものだ。それにこの剣の色を見ろ。アレアの花ならば色が付くはずだ」

 「色をが付く?……どんな色ですか?」

 「紫に決まってるだろ。あれは紫色の花なんだから」


 色が付く。そんな言葉は使っていないのに敵は言い出した。

 ただ色が確定することはない。

 緑と橙の色もあるが、紫はその一つにある。

 ここで畳みかけたいところだがフュンは冷静に話す。


 「紫の花なんですねぇ。へぇ」


 知っているがとぼけるフュンは意外にも演技派である。


 「貴様。知らないで言ってきたのか。俺を舐めているのか!」

 「いえ。僕はただ聞いただけなんですよ。そこまで興奮しなくてもいいです」


 軽くあしらうようにフュンが言う。


 「あと一つ聞きたい。なぜその毒を使うと色が付くとわかるのですか? 毒のせいで剣に色が付いてしまうことなんてありますか? 銀に負けずに色が付着するなんて相当な色ですよね。濃いんですかね?」

 「は? 何を当たり前な話を・・・毒と色がセットだからな。アレアの花は相手を染めるからな」

 「そうですか、そうですか」


 今の発言がおかしい事に気付いている。

 毒と色がセットというのはもはや自白したようなものでは。

 フュンは、極めて冷静に話を続けていた。


 「色が付着するのが怖いから、毒を使うわけがない。あなたはそういう風に言っているのですか?」

 「剣に毒が付着していることが、ハッキリと分かられてしまったら、毒を使う者として駄目だろう。紫の色なんてひと目で毒だと分かってしまうだろ」

 「そうですよね。だから、普通ならそのままでは使えない」

 「そうだ」

 「でも、あなたは使っている」

 「だから使ってねえんだよ! しつこいな」


 敵は語気を荒げた。


 「いいえ。使ってますよ。あなたのその手。特に爪。それは、ミリマリーの花の蜜の匂いですよね」

 「・・・・・あ?・・・」

 「ミリマリーの花ですよね。その匂いはね。手をどんなに洗っても、その匂いはなかなか消えませんよ。三日は消えません! 僕は鼻がいいですからね、嗅ぎ分けます。そして、三日以内でその花に触れているなら、その毒の剣に使用したに決まってます」

 「な、なんだ・・・その花の名は・・・知らんぞ」

 「いえいえ、狼狽えなくてもいいですよ。生息域ここじゃない花。あれは風通しの良い寒い地域や山間部の頂上で生える花だから、あなたはわざわざどこかでその花を取りに行ってますよね」


 フュンは穏やかに問い詰めた。

 ミリマリーの花。

 香りがローズマリーの花に似ている八枚重ねになった白い花。

 その蜜。それが・・。

 

 「アレアの花の色を分解する蜜だ。ということは、あなたは毒使いでありますよね。ミリマリーの花は使用用途が他にない。それに観賞用にするにも咲く時が僅かしかない。なのであなたは、そんな花を、わざわざ取りに行き、わざわざ蜜を抽出したということですよね。しかも三日以内に! あなたはここ最近どこかに移動しましたか? 例えばユーラル山脈とか・・・」


 まだフュンは穏やかだ。敵の顔は次第に具合の悪いものに変わる。

 分が悪いと言わないけど、顔が言い出していた。


 「それと、あなたは天才です。配合比率を知っていても、色を消すという技術はとても難しいのですよ。僕でも出来ませんもん。あれだけ薬用を勉強した僕でも出来ないのです。ですからあなたは天才だ」

 「・・・・・・」

 「黙りましたね・・・僕はですね。あなたが村長一家を殺したのではないかと思ってますよ。どうでしょう。天才毒使いさん」

 「……」

 「沈黙は承諾。そう捉えてもよろしいでしょうか。ジャッカルさんでしたっけ」


 ジャッカルの動きが変わった。

 一歩引いていたような態勢から、前を踏み込むような姿勢へと。

 そこに気付いたフュンは、身構える。


 「……しょうがねえ。ここでこいつらを全滅させるしかねえ。やれ、パータ。ゼン」


 奥から二人の剣士が飛んできた。

 穏健派の村人を殺そうとする動きを見せたところで、ジークが止めに入る。

 二人を同時に相手取らないといけないジークは、フュンを気にかけたかったがそこまで気が回らない。

 この敵。かなり強めである。


 「村人じゃないな。ここまでの強さはな!?」


 ジークは敵を見定めた。


 「クソ、貴様から殺すしかないか」「そうだな。パータ。右からやれ」

 「ふぅ。俺もなめられたもんだよな。妹が戦姫として有名だからか」


 ピンチの場面で、ジークの目が輝いた。

 ここで本気を出して、戦いを早期に終わらせる気なのだ。


 「貴様も邪魔だな。消えてもらうぞ。くらえ」


 フュンの前の敵ジャッカルも戦闘態勢に入る。


 「僕もタダではやられません」


 フュンも剣を取り出して、すぐさま相手の剣に対抗した。

 毒を持つ剣。

 しかしだ。

 この毒は触れなければ大丈夫なのだ。

 体内に摂取した時に効果のある毒である。


 ◇


 「ぐっ。貴様、素人じゃないのか」

 「まだまだ素人です!」


 フュンとジャッカルの剣が鍔迫り合いとなり会話する距離も近くなる。


 「こちらの剣技。まだ完成してませんが。いきます」


 フュンの剣技は、シルヴィアと同じもの。

 邪道の剣ではなく。王道の華麗な剣技。

 姿勢の良さ。初大刀の鋭さ。剣の軌道の良さ。

 全てを兼ね備えた彼女の技は、どんな相手にも通用する剣技なのだ。

 ただし、フュンはまだ未完成である。


 「な・・・強い。ぐっ。貴様みたいな小僧に押されるとは」


 相手は押され始めた。毒メインで戦う敵は、おそらく武闘派じゃなく暗殺系の敵だろう。

 左右への動きは良いが、前後への駆け引きはあまり上手くない。

 フュンは相手をそう分析した。


 「押し切ります。覚悟」


 敵の後ろへのバックステップを見切った。

 前進して追いかける形のフュン。

 相手を一刀両断する動きをしたその時。


 「フュン君。駄目だ。それは罠だ!」


 ジークの声が聞こえた。



 ◇


 ジークが声を出す20秒前。

 

 「いやいや。君たちは村人じゃないな。どこから出てきたんだい」

 「ふっ。教えるかよ」「ああ。皇子になんてな」

 「まあ、いいか。皇子とはわかっているらしいし。斬るか」

 「こいつは戦姫じゃない。商人だ」「俺たちが負ける要素なんてない」


 パータとゼンが、ジークを挟むようにして攻撃を仕掛けた。

 ジークはあせらずどっしりと構える。


 「遅い。それじゃあ。いくぞ」


 敵の攻撃は同時に見えていても、ほんの少しズレていた。

 右のゼンが先に来たのでジークは剣を右に横払いで出す。

 ジークの剣とゼンの剣が十字を描いて拮抗すると。


 「俺の剣で殺す。ゼン。お前はそのまま、奴の剣を押さえろ!」

 「おう」


 がら空きになったジークの左側面にパータが剣を突き出す。

 ジークの左脇腹から心臓を一突きしようとしていた。


 「君。攻撃が見え見えで駄目だ。俺の剣技。それがシルヴィと同じだと思ったかい。だから君たちは甘いのよ。ほらよ」


 ジークは左腰にある鞘を使って、パータの顎を打ち抜いた。

 彼の剣の軌道が僅かにずれていくのを利用して、今右側にいるゼンの方に向かわせた。

 敵の鋭い突きの攻撃はゼンを襲う。


 ゼンは二択に迫られた。

 剣を引き、今いる場所から逃げるか。

 そのまま被弾覚悟でジークを斬りに行くか。

 

 悩ましい問題の答えは0.3秒で出さないといけない。

 その僅かな悩みの一瞬で、ジークは笑う。


 「ダメダメ。直感級に物を考えないとね。判断が遅いぞ」

 「な、なに!?」


 ジークはゼンと拮抗していた剣を滑らせた。

 軌道が複雑に変化する剣技がジーク特有の剣だ。

 相手の腕を斬り、腰を斬って、最後に右足の蹴りを食らわせて、ゼンの体が浮く。

  

 「ぐはっ・・・なに。え!?」


 その浮いた体がちょうどいい場所に来る。

 それはパータの突きの攻撃の位置だ。

 パータの剣が、ゼンの心臓に突き刺さった。


 「ぼはっ!? ぱ・・パータ」

 「ぜ。ゼン。す、すまね・・・え!?」

 「ほらほら。君も駄目だね。状況判断が良くないぞ」


 ジークはパータに向かって言うと、彼の剣はすでにパータの背中にあった。


 「斬るよ。君たちは仮にも帝国の皇子に刃を向けたのだからね。報いは受けねば・・・さよなら」


 ジークはその剣を振り抜いた。

 

 二人相手に勝つジークもやはり戦姫の兄であったのだ。

 そして、フュンの方を向くと、彼は罠にかかっていたのだ。


 ◇


 「え!? 罠」


 フュンの剣はすでに走っていた。動き出しを止められない。

 

 「貴様はまだ甘い。戦いを知らんな! くらえ」


 フュンにわざと一刀両断の動きをさせたジャッカルは、綺麗な剣技の軌道を読んで左に移動していた。

 剣技が美しい分、フュンの考えが真っ直ぐな分。

 軌道も読まれ、考えの読み負けもしたのだ。

 完全に躱せる動きの中で、敵はすでに攻撃を仕掛けている。


 フュンの首を狙う剣には、毒がある。

 この攻撃を掠ってしまっても、フュンの死は確定だ。

 呼吸器に異常をきたすのだ。


 「しまった!?」

 「まずい。クソ。間に合わないか。躱してくれ。フュン君」

 「で・・出来ません。うわっ」


 ジークの声も届いているが反応できない。

 そして、フュンの目の前10㎝の所で剣が・・・来たところで。


 「これだとまずいですね。少々失礼しますよ」


 綺麗な声。

 歌うようにリズミカルに話す女性の声が敵の背後から聞こえた。


 「ぐはっ・・・な、なにが・・起きた」


 ジャッカルの口から、突然血が飛び出る。

 フュンの目には、その血と共にジャッカルの背後に飛びこんできた女性が見えた。

 真っ赤な赤い髪が、燃えているように揺れる。

 

 「これで良し。では」


 突然現れて突然消えた女性。

 彼女が何をしたのか分からないフュンは、時間が止まったように動かなくなった敵を見た。

 背に針が刺さっている。

 この針のせいで、敵が動きを完全に止めているみたいなのだ。

 

 『では』と言って姿を消した女性のあの動きは、影移動である。

 フュンは久しぶりにサブロウやシゲマサ並みの影移動を見たのだ。

 いる事さえ気づかない。消える時さえ分からない。

 完璧な気配断ちを見せた女性はもうすでにそこにいない。


 「ナシュア。よくやった。お前、いたんだな。さすがだ。俺も気づかない完璧な影移動だ」

 

 ジークがフュンのそばにまで来て肩を貸す。

 

 「お褒めに預かり光栄です」

 「ああ。こっちか。ナシュア。お前のおかげでフュン君が無事だよ」


 ジークは声がする方を見た。


 「フュン様は、ジーク様の大切なご友人であります。お守りして当然のこと」

 「ふっ。相変わらずだな。完璧なフォローをありがとう」

 「いえいえ。ジーク様、何なりとご命令ください」


 フュンには彼女の美しい声しか聞こえていない。

 会話をすれば影移動の効果が半減するはずなのに、フュンには彼女の姿が見えないのだ。

 歌うような声だけが、心地よく聞こえてくるだけだった。


 「い、今のは? 誰ですか?」

 「ん? ああ。気にしないでくれ。俺の仲間だ」

 「・・・そ、そうですか」

 「ああ。いずれは紹介するけど、彼女はまだ隠し玉なんでね。まだ内緒だ」

 「・・・わ、わかりました」


 ジークは動かなくなったジャッカルを指さす。


 「よし。こいつは、俺が預かろう。それでいいだろ。バッカス」

 

 先程の激しい戦いを目の当たりにしていた武装蜂起派たちは腰を抜かしていた。

 もれなく全員が地べたに座っている状態だ。

 今の戦いくらいで腰を抜かすなんて。

 いったいそれでどうやってシンドラの商会の人間に勝つ気であったのだと、ジークは文句を言いたかったが我慢した。

 

 「は、はい・・・ジーク様の・・・おお、お、お好きなように」


 最後にビビり散らかしたバッカスで、この問題は解決へと向かっていくのだった。

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