第38話 ハスラ防衛戦争 Ⅶ
フュンを囲う敵の包囲陣の中で、一つ目の大きな爆発が起きた。
爆発物を投げた素振りもないのに、いきなりの大爆発。
敵は大混乱に陥った。
その慌てようはフュン部隊の面々にも伝わるが、敵の動揺の隙をつけた。
戦場を離脱しようと駆けだす。
そして・・・・。
負傷兵たちが何をしたかったのかを理解したフュンは一人で駄々をこねた。
「だ、駄目です。そんなのは許可しません。絶対に僕は・・・許可しませんよ。駄目です。やめなさい! やめてください!!!」
「ははは。そいつは無理な命令だ。今の指揮権は俺に移っている。今のフュンはこの部隊の指揮に関係ないんだ。いいか! まだまだいくぞ、フュン部隊。死力を尽くせ。ここが正念場よ」
部隊長フュンの意見は完全に無視される。
シゲマサが部隊に向けて叫び、フュン部隊もそれを承知した。
そして双子に向けてもシゲマサは叫ぶ。
「ニール、ルージュ。フュンを馬に縛ってでも必ず守れ! ここは何が何でもフュンを死守だ。俺たちの未来はこいつにかかってる。守れ、ニール。ルージュ」
「了解だ」「シゲマサ」
「武運」「祈る」
「「達者でな」」
「ああ。お前たちはこっちに来るなよ」
これからすることを理解してくれた笑顔の双子に向かってシゲマサは静かに笑った。
「行くぞ。一人一人ぶつかれ、負傷兵共、お前たちで、仲間の未来を作るんだ。道を切り開くんだ!」
「おっしゃ、次はあたしだ。先逝ってくるわ。みんな!」
「おうよ。行ってこい! 俺も後で逝く」
負傷兵たちは部隊の逃げ道を確保するため、相手へと突撃して自爆していく。
王国の兵たちの前列は退避したくても、その後列がこの恐怖の光景を見ていないために前に出てこようとして渋滞となり、前列の兵は後ろに下がることが出来なかった。
目の前で自爆をしてくる恐怖。
その恐怖を感じられないのはまずい事である。
敵は隊列の中で完全に身動きが取れなくなった。
その動きの悪さを利用して、シゲマサたちは一本の細い退却路を作ることに成功していくのである。
皆は死へと飛び込む前から明るい挨拶をしていく。
「そんな。そんなのは・・・い、いけない・・・やめてください。やめてくださいよ」
「フュン! 俺たちは、なにもお前のためだけにやってんじゃないぞ。仲間や里。そんで俺たちの子、里の未来のためにやってんだ。俺は、お前のような人間がこの世界を変えてくれる奴だと思うんだ。だからこそ、お前は生きるべき男なんだ。こんな所で死んでいい男じゃない。いいな。フュン。ここでの俺たちの死は無駄じゃないってな。いつか必ず証明すんだぞ。だから生きろ。ここは生きろ! 何としてでも生きるんだ! 俺たちの死をただの無駄死に扱いにしてくれんなよ。俺たちのことはな。お前を救った英霊にでもしてくれや。石碑にでも書いてくれ! ははははは。そんくらい、お前はでっかい人間になれ!」
シゲマサは晴れやかに笑った。
続け様に爆発は起こる。そして道が完成していく。
部隊が逃げ出せる細い一本の道が。
そして最後の一名。シゲマサが敵に突っ込んだ。
「ここの死地を乗り越えて、みんな、強くなれよ。生きるんだ・・・そんじゃ、俺はちょっくら先に逝ってくら~。すぐにこっちにくんなよ。みんなぁ!」
「シゲマサさああああああああああああああん」
フュンの叫びと共にシゲマサが爆散し、敵の隊列が完全に乱れた。
シゲマサたちのおかげで、敵の後方に穴が開いたのだ。
薄く伸びている直線を広げるためにフュン部隊は突撃を開始する。
「シゲマサたちが、最期に花を咲かせたんだ。ここが好機! このチャンス。絶対に無駄にすんじゃねぇ。フュン部隊。サブロウ組も全開で戦え。ナイフも投げきれ。フュンを守って逃げ切るぞ!」
「おおおおおおおおおおおおおおお」
カゲロイがシゲマサの替わりに指揮を取る。
フュン部隊は、薄くなった敵陣を破壊しながら、敵の包囲から脱出するため、全力で駆けた。
「シゲマサさん。ああ・・・どうして・・・」
「「殿下!」」
フュンは双子の声にも反応を示さない。
思考は完全に停止していた。
「ルー」「なんだ?」
「手綱を」「わかった」
「殿下は我らが守るしかない」「当り前だ。守る」
「でもごめん。殿下!」「二ー?」
うな垂れるフュンに、これ以上起きていても脱出の邪魔になると判断したニールは、フュンに一撃を加えて気絶させた。
ニールとルージュはそのまま馬を操って、フュン部隊たちと共に、フュンの脱出を手伝うのである。
◇
二つの部隊が合流した直後、連続で爆発する音が聞こえる。
事態がどうなっているのか。
変わりゆく戦況を見極めていないザイオンたちは、奥を見た。
すると爆発と同時に、奥の方で人の移動を感じる。
自分たちから見て左へ外れていこうとする動きを見せていた。
「あれは・・・・」
「殿下! 殿下が馬に……な、敵に囲まれています」
「王子が? あれは・・・敵兵ですね。まさか南の兵に…挟まれた!?」
三人はようやく状況を飲み込めた。
彼らの目標は変更される。
これは相手を殲滅する包囲戦ではない。
退却戦へと変わったのだ。
判断を切り替えたザイオンは叫ぶ。
「そういうことか。まずいな。ミシェル、ゼファー。俺について来い。部隊を全速力で、左斜めに走らせる。そんでそのまま、あいつらの背後に入り、この戦場から離脱するぞ。いいな。フュンを救うぞ」
「はい」「早く、殿下をお助けせねば」
ザイオン隊とミシェル隊はフュン救出に向けて走った。
◇
「右をケアしろ。ミシェル。抑え込んでおいてくれ、俺の突進の流れがそっちに向かってない。ゼファーの方に流れている。ゼファー、お前は外に弾き出せ」
「「わかりました」」
真ん中をザイオン。左をゼファー。右をミシェルにしている部隊は、左に傾きながら走っているためなのか、左方面に敵が流れ込んでいた。右側よりも左の圧力が厳しい。自分たちの突撃の分断をされたくないザイオンは、ミシェルに防御をゼファーには進行方向の敵の排除を頼んでいる。
「貴様らぁああ。私の目の前から消えろ! 私は主君を守らねばならないのだ」
烈火の如く、ゼファーの槍は走る。
我が命に変えても守ると決めている主君の命が今絶体絶命の状況になっている。
それなのに、そばにいない自分。こんな情けない事はない。
ここで守れないのであれば、この先、自分が生きる意味がない。
そこまでの覚悟をしているゼファーは鬼神の強さを発揮していた。
その鬼気迫る攻撃は、ザイオンすらも押しのける勢いだった。
「ほう。面白いぜ。お前らよ。ほんとにさ。ミラが見込んだだけあるぜ。次世代か。お嬢に、こいつら。託すのにいい人材がいるな。俺たちにはよ。どうだ、シスコン。これがお前の望んだ形かぁ。かかかか」
高笑いしながら、ザイオンも勢いづく。
目の前の敵を蹴散らし続けている。
「ザイオン様、私は・・・」
「もちろん。お前も次世代。俺の後を継ぐ女だ。だけど、今はついて来い。俺の背に掴まれ。お前はまだまだだからな」
「了解です。必ずついていきます」
ザイオンの弟子ミシェルもまたゼファーの戦いを追いかけるように、槍が加速していった。
◇
「「ザイオン!」」
フュン部隊が逃げかけている時に双子はザイオンを見つけた。
そしてそれを見てすぐに思いつく。
「カゲロイ」「殿下を頼む」
「あそことここを」「我らが繋ぐ」
「あ!? おい。チッ。クソガキ共。俺に預けんのか。王子をよ」
双子は気絶しているフュンをカゲロイに託した。
二人は退却方向とは違う方向を見る。
自分たちとザイオンたちまで距離にして50mほど、ザイオンたちはすぐ近くに感じることが出来るが、それでもまだ敵の群れが邪魔である。
「ルー」「?」
「全開で行く」「わかった」
「ここで全てを出し切るぞ」「うむ!」
「「我ら、出る!」」
二人は自分たちの行動のすべてに息を合わせた。
赤と青の二色はクロスしながら相手を捻じ伏せていく。
敵は右から赤い閃光が来たかと思えば、左から青い閃光が出てくる。
いったい、どこに目を向ければ、この小さな閃光が止まるのか分からなくなった。
それで一種の恐慌状態に陥った敵は、フュン部隊とザイオンまでの道を明け渡してしまう。
「ん! 前の圧力が僅かに消えたぞ」
「あ、あれは、双子です!?」
ザイオンが疑問に思うと、ゼファーが驚きながら指摘した。
双子が一瞬で、こちらに飛び掛かって来て、ニールがザイオン。ルージュがゼファーの馬に乗った。
「ザイオン!」「走れ!」
「「殿下の所まで」」
「おお。そういうことか、よくやったぞ。お前たち。俺たちはこいつらが作った道を走るぞ!」
「おおおおおおおおおおおおお」
ザイオン部隊は二人が通った道を走っていく。
一気にフュンの所まで駆けていった。
その道中のゼファーとルージュ。
「すまない。ルージュ。かたじけない」
「気にするな。ゼファー。思いは同じだ」
「そうか。ルージュ。ありがとう。殿下を守ってくれて。本当に助かった」
「うむ。苦しゅうないぞ。もっと感謝しろ、もっと褒めろ」
ゼファーはルージュたちが今までフュンを守っていたことに感謝した。
そして初めて双子がゼファーと呼んだ瞬間でもある。
◇
「よっしゃ。部隊の後ろについたぞ。こっから退却戦だ。フュンを守り切るぞ。ウォーカー隊。俺たちゃ、この戦。次世代を守れば勝ちのようなもんだ。俺に続け!」
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」
ほぼ敗色濃厚の戦場であるが、ザイオンは俺たちの勝ちであると皆を勇気づける。
だが、全体の士気が上がったとしてもフュン部隊は満身創痍で逃げ出す力も残りあと僅か。
限界を彼らを二つの部隊が全力で守って退却するしかなかった。
「ここから死力を尽くして守れ。北側に退却だ!」
こうして、激闘を乗り越えたフュン部隊は絶体絶命の危機から、多くの犠牲を払って無事にフュンを逃がすことに成功したのだった。
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