第30話 王子の決意は従者と共に
「あ~あ。ここから眺めるだけってのは。暇だよな」
「暇じゃない。これは重要な仕事だ」
高台にいる王国兵の二人は、等間隔の立ち位置で外を眺めていた。
眺めているのは山ではなく、向こうに見える代わり映えのないハスラの都市の様子で、ずっとイーナミア王国の軍が四方を囲っている状態を見守る形を取っていた。
敵情把握にはうってつけの位置からの監視は楽な仕事。
そのせいで、不真面目な見張りの兵の男は、自分の仕事に飽きていた。
「……ああ、俺もあっちの包囲に加わりたかったぜ。早く戦姫ってのがどんなのか見てみたかったよ‥‥美人なんだろ。ひん剥いてみたいじゃん、噂じゃ、綺麗だってさ」
「……お前、下衆だな。女目当てで戦争してんのかよ。いい加減にしろよな」
見張りの二人は、暢気にもそんな会話をしていた。
高台からの見張りという重要な任務。
なのに身に力が入っていないのは、ここが完璧な補給拠点で、敵が攻めてくる恐れがない場所だからだ。
今のハスラを完全包囲している状況でどうやってこちらを攻撃できるのだろうか。
身が入らないのも致し方ない。
王国の兵士らは安全圏という絶対的保証のせいで、慢心を生み出してしまっていた。
「ん。なんか上から音がしないか?」
「は? 上から。まさか。俺たちよりも上からって、山の頂上付近から降りてくるってことだぞ。そっちには人が住む場所なんかないだろ。ここは大陸最北端なんだからよ」
「そうか。気のせいか・・・でも、木が揺れているような・・・暗くてよく見えんわ」
「夜だからな。まあ、何か変化があれば駆けつければいいか……ごはっ・・・」
「おい。どうした。急に・・・どうした・・おい」
最後まで話さなかった兵士を心配して彼の元に向かうのだが。
「な。これは・・・ご・・ごぼ」
その心配した男性の首にナイフが刺さる。
彼らは静かに夜の闇の中に消えていった。
◇
「とんでもないです。なんですかあの人は!? 殿下!?」
「そ、そうですね。一人でいけそうですよね」
フュンとゼファーは、いまだに山道を下っているのに、サブロウはすでに敵地で一人暴れていた。
補給拠点にいる連絡兵を、音もなく消し去っていく。
身を隠しながら小型のナイフを遠慮なく敵の首に投げる。
この夜の深い闇の中、寸分違わずに命中させていく。
「い、異常だ。こんな人がいるなんて」
「殿下。我々は甘いのかもしれないですね」
「え? それはどういうことでしょう。ゼファー殿?」
「サナリアはまだ戦争というものを経験していないのかもしれません」
「なるほど。たしかにそうですね。戦争じゃなく、あれらは紛争くらいの小規模の戦いだったのかもしれませんね」
二人はそんな感想を抱きながら、補給拠点の手前に着いた。
すでにサブロウは、鐘とその周りの兵士を壊滅させていた。
安全を確保した場所でこっちに来いと手招きしている。
二人がそこに行くと、フュンはサブロウの意図が読めた。
補給拠点全体が見える位置で、上から降りてくる仲間たちが見える位置。
その上で木箱に囲まれた場所で、敵に察知されにくい所を確保してくれていたのだ。
「いいぞな。フュン。ゼファー」
「「はい。サブロウさん」」
二人の気持ちの良い返事にサブロウは目を丸くした。
「う。うむ。返事がいいぞ。おいら、お前たちが素直でちょっとびっくりしたぞ」
サブロウの顔が戻り、指導に入る。
「それで、おいらたちはここが乱戦になったら飛び出すぞ。先鋒隊の次の役目は分かるぞ?」
「次……隊列を乱すことですか?」
「そうだぞ。フュン。お前は本当にやるぞ。これからも精進するぞ!」
「はい!」
即答できたことでやはり筋が良いとサブロウは褒めたのである。
「それで、今回はおいらが役目を果たしたので、あとは本隊が到着したら、おいらたちはタイミングを合わせて敵の背を撃つぞ。おいらたちは後ろから兵を斬るのだぞ。そうすれば、味方が死ななくて済むんだぞ。いいぞな。おいらたちは武人じゃない。兵士であるぞ。味方がより多く生き残るためにおいらたちはどんな手を使っても戦うんだぞ! 一人でも多く生き残れば、次も継続して戦えるんだぞ。そんで、たとえ負けたとしても、自分の兵士たちを多く生き残らせることを考えるんだぞ。いいぞな。人がいなければ戦争は出来んのだぞ! 忘れるんでないぞ」
「「わかりました」」
「よし。その時が来たら、おいらが合図を出すぞ。お前たちも戦うぞ!」
「「はい」」
二人はサブロウの指導の元で、初の戦場に立つ。
意気込みを蓄えて、戦場で出そうと二人は緊張して待つ。
その間。サブロウは、影に隠れている三人に話しかけた。
「シゲマサ!」
「なんだ」
「二人のカバーは頼むぞ」
「…まかせておけ。心配するな。サブロウは突き進むのだろ?」
「ああ。シゲマサがいれば、おいらは自由にやれるからな」
「ふん。そんなの仕事の押し付けじゃないか」
「なにを、これは信頼の証ぞ!」
「物は言いようだな。サブロウ」
『ふっ』と二人で軽く笑いあった後。
シゲマサは双子に指示を出した。
「ニール。ルージュ」
「なんだ」「シゲマサ」
「お前たちも二人のカバーだけをしろ。基本は二人に戦わせるんだ。俺を見ていろ。いいな」
「シゲマサ」「承知した」
「よし。このまま影に隠れておけ。昔よりも気配断ちがうまくなっているぞ」
「ほんとか!」「わーい」
嬉しそうにしている双子を見て、サブロウとシゲマサも共に微笑んだ。
◇
静かに忍び寄るようにして補給拠点にまで来たウォーカー隊。
「おっしゃあ、到着なのさ。暴れ倒せ、ろくでなし共が!」
「「お前が一番のろくでなしだぁあああああああああああ」」
ウォーカー隊がミランダの指示を裏がして突撃。
全員が笑いながら相手の天幕へと突っ込む。
ここからは一方的な戦いの始まりだった。
敵の状況は、天幕の中で眠っていた者や休んでいた者たちで、戦闘をするなどできない。
準備すらままならないような状況で、ここでの敵襲など思いもよらなかったということだ。
慌てて対応しようにも時すでに遅し、敵はウォーカー隊の攻撃をまともに食らい続けた。
王国の兵らは、上からの敵襲に慌てていたのだ。
せいぜい敵が来ても山の麓から登山してくると思うのが普通のことで、わざわざ山脈を東から入り、横断した上で、この場に来ると思う人間なんぞ、王国どころか帝国側にだっていないのだ。
誰もが考えない手で戦うミランダの思考が、誰よりも一枚上手であった。
「殲滅なのさ。一兵たりとも逃すな。あっちの本体に知らせるんじゃないぞ。野郎ども。速度が重要なのさ!」
「わかってる。ミラ! 気にすんな。俺たちが暴れりゃ大丈夫さ」
ザイオンが戦闘状態の高揚感でテンションが上がっていた。
重低音の声が少しだけ高くなる。
「その通りなのぞ。速度勝負ぞ」
「ん? サブロウか。俺の背中を守るとはさすが」
ザイオンの背を討とうとした敵をサブロウが斬る。
「お前が馬鹿でかい声を出しているから狙われるのだぞ。ザイオン、油断するなぞ」
「おうよ。油断はしてねぇ。余裕があるだけだ!」
「それを油断というのぞ。はぁ~」
サブロウにため息をつかれたザイオンは巨大な剣を振りかざして、一度で敵を二、三人を吹っ飛ばした。
ウォーカー隊随一の怪力がザイオンである。
◇
フュンは敵兵の背に向けて剣を振り降ろす。
「うわああああああ」
敵の背後を狙ったフュンの攻撃は、剣筋には迷いがあり簡単に防がれてしまう。
それでフュンは動揺してしまう。
でもそれは仕方がない。これは彼の初陣。
それに加えて、元々人と戦うことにすら慣れていないのだ。
訓練とは違う。
動揺が、緊張が、命のやり取りが。
フュンが持つ剣を震えさせていた。
「く、お前、戦場が初めてみたいだな。ガキだったか。死ねぇ」
「で、殿下!」
反撃してきた敵の攻撃は、フュンの首を狙った一振り。
敵の攻撃がフュンに届く前に、ここで隣から槍の一閃が伸びてきた。
敵の刃よりも先にゼファーの槍が届く。
攻撃を弾き、その返す槍で敵を斬った。
敵を屠ったゼファーは、フュンを守るようにして立った。
「殿下! 落ち着いてください。殿下ならば、これくらいの敵。普通に戦っても勝てるのです。いいですか。心を一定にするのですよ。殿下!」
「わ、わかりました。ゼファー殿。申し訳ないです」
ゼファーの槍のキレは以前とは比べ物にならない。
ミランダの指導のおかげで攻撃力だけで言えば数倍となったのだ。
しかも、今のゼファーの視野は前よりも広くなっている。
それはミランダの教えで、戦いながらも戦闘状況を把握するように努めろとのこと。
これらは全て。
フュンを守るためである。
彼を視界に入れながら、己の目の前の敵を倒しつつも、更にフュンの敵すらも倒す。
これをやって初めてお前は戦場でフュンの役に立つのだとミランダに叩き込まれたのだ。
「殿下、落ち着いてください。殿下はまだ対人戦を分かっておりません! 深呼吸してください。私が時間を作りますから」
冷静な判断をしているゼファーは、フュンの心を落ち着かしていながらも、目線は敵に置いている。
帝国に来る前とは違い、油断のない良き戦士になった。
ゼファーは近づいてくる敵をその槍で葬り始めた。
「は、はい・・・ありがとうございます」
戦場には、優しさはいらない。
フュンにとっての唯一の取り柄でも、それは仇となる。
この場でそれを発揮してしまえば剣が鈍ってしまう。
それに頭も鈍るのだ。
だから、フュンはここで優しい男から戦う男へと変わらないといけなかった。
なぜなら、そうしないと自分の愛する人たちを守ることが出来ないからだ。
その事はフュンの生き方と矛盾している。
母が言う。
人を大切にすることと矛盾している気がする。
でも、ここで彼は心を変えて戦わなければ、自分を守ると言ってくれた親切な兄妹の妹が死ぬのだ。
彼女は籠城するしかないところまで追い込まれている。
現状ああなってしまえば、時間が経てば経つほどに、彼女の死が確実になってしまう。
だからフュンはここで戦うしかない。
守るためには戦うしかない。
愛する者たちを守るために、誰かを倒してでも、前に進むしかないのだ。
◇
ゼファーは、フュンを守るために敵三人と戦いはじめる。
背中越しにいるフュンの盾となり、敵と戦うのは、非常に難しいものだと予想されたが、今の彼の実力では簡単な事だった。
ただ問題は、どこで反撃するかという事だ。
数度の攻撃を受け止めて、耐え忍ぶ時間が長くなる。
その戦いに参加してゼファーの負担を少しでも和らげたいフュンは、ゼファーに向かっていった一人の敵の側面に移動した。
ゼファーならばこの一瞬を逃さないはずだと、作戦も告げずに行動に出たのである。
両手に力を込めて、敵の肩を切りつけて脇腹を切る。
その流れる攻撃で敵の前進を止めて隊列を乱した。
フュンの意図を読んだゼファーは、その敵から攻撃を開始して切り崩す。
そこから、ゼファーは三人を撃破した。
「殿下、ありがとうございます。戦闘が楽になりました」
「き、気持ちが・・・悪い」
「殿下。ご無理なさらないで。下がっていても」
人を切った感触がフュンには残った。
どうしても拭えぬ罪悪感が出てくる。
だが、フュンの心は折れてはいけない。負けてはいけない。
ここは、真っ直ぐ道を進むしかないのだ。
「いいえ。いけません……いつまでも・・・いつまでも・・・・僕は誰かに助けられたままではいけません。このままなら、僕はあなたと共に生きてはいけないのですよ。僕は気持ちが弱くてはいけないのです」
「で・・殿下・・・」
ゼファーの顔を見て、気持ちを必死に変えようと頭の中を整理していた。
「僕は、人を大切にしようとして生きてきました。だけど……でもきっと、それは間違えていない。でも間違えていたんだ。僕は自分の見える範囲の人を愛そうとしていただけだったんだ。たぶんそうなんだ。そうだったんだ」
フュンは、母の教えと自分の思いを混ぜ始めた。
そして、ここでフュンに新たな目標が生まれる。
「そうです。このままでは、いけません。僕は、たぶんこれから争いの道を歩まなくてはならないのです。血を見ないといけない事ばかりです……辛いけど、厳しいけど。僕はその道を進むしかない。でも僕はその道を進んでも、最後には誰もが幸せになる世界を作りたい。それを作るためなら、何があっても僕は足掻いてみせます。いつか、僕は、戦争のない。本当の平和をもたらすんだ」
「・・・殿下?」
ゼファーはフュンの力強い瞳を見た。
彼はこの戦いの先を。未来を見ていた。
「だから、僕は戦いますよ。今はただシルヴィア様とハスラの人々の為に。そして次は、この帝国に住む人々と故郷の為に。そしていずれはこんな戦争を起こさなくてもいいように。僕は、平和のために戦っていくのです。悩んで、足掻いて、考え抜いて、僕はこの思いを貫き通すために前へと進むのです」
今度はフュンの方がゼファーを見つめる。
「だからゼファー殿、共に行きましょう。そして、僕と共に生きましょう! こんな弱くて、誰かに頼らないと生きていけないような情けない僕だけど……あなたは僕について来てくれますか? 僕の大切な友・・・ゼファー!!!」
ゼファーに手を出して宣言したフュン。
堂々たる宣言に、感銘を受けたゼファーは跪いた。
「はい! 殿下! 私は従者です。あなたが行く場所へ。私の命尽きるその時まで、お供します」
ゼファーはその手を取り、フュンの思いとフュンに生涯を懸けると誓った。
属国の人質という曖昧で微妙な立場であるフュン。
自分の現状だって不安定なのに、それでも誰かのために戦う戦士へ、人々を平和へと導こうとする指導者へとここで変わったのだ。
心優しき王子は、『人のために戦う』という誓いを、この戦いで立てたのである。
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