第29話 奇襲

 移動時間は、ミランダの読み通り。

 四日である。

 

 ガイナル山脈沿いをある程度まで移動してから登山をして横断してきた。

 西へ西へと突き進み。

 敵がいるだろうとした予測地点付近にまで進むと、ミランダは隊の進軍を遅くした。

 

 兵士すらも眠りに入る深夜。

 山の木々が月明かりを邪魔して、山にいる者たちの目の効きを悪くしている。

 おそらく敵側もこの闇の中では自分たちを発見できないだろう。

 自然と一体化したように移動しているウォーカー隊が茂みに紛れれば、敵ももっと感知が困難となる。

 静かに近づく彼らはもはや暗殺者たちと言っても過言ではなかった。



 先頭に立つミランダは、ウォーカー隊に待機命令を出す。

 順調な進軍はここで止まった。

 彼女の後ろにつくフュンは、邪魔にならないように話しかける。


 「先生。何故ここで待機なのですか。まだ敵も視認できていませんよ」

 「いんや。ここでいいのさ。ここ見てくれ」


 ミランダは頭上を指さすと、フュンもそこを見る。

 木の枝に黒っぽい青の紙が巻き付けられていた。

 紙は他にも複数の木々の枝に点々とあり、それらを一直線に結ぶとまるで停止線のようになっていた。

 地面にあれば、簡単に気付かれるので、あえて頭上に印を置いたみたいだ。

 

 「どうだ。これがあいつの仕事の一つ。偵察だ。サブロウってのは超一流の偵察兵でもあるのさ」

 「なるほど。だから先生はサブロウさんが凄く重要って言っていたのですね」

 「ああ。そういう事だ。フュン。戦争で一番重要なことを覚えているか?」

 「はい。え~、情報です。教科書の最初のページに書いてありました。情報が戦争を有利にするですね!」

 「そうだ。だからあいつが最強の兵なのさ。ん!?」


 茂みの中からひょっこりとサブロウが出てきた。

 敵拠点に単独潜入という非常に難しく、とても緊張感のある仕事をしていたはずなのに、それを当たり前のようにこなして、息も上がらず平然とした顔をサブロウがしていることに、フュンは驚愕せざるを得なかった。

 何一つ表情を変えずにいるサブロウは、冷静に話しだす。


 「ここより、500mだぞ。大体そんくらいの位置に敵は千くらいは待機しているぞ。あれらが退却路に置いてある兵ぞ。それに兵糧もそばにあったぞ。という事は退却路兼補給路で確定だぞ。ミラが睨んでいる通りなのだぞ」

 「おう。やっぱそうか。よし、仕掛けるか。今はちょうど闇の中。あたしらが絶対有利さ」

 「そうぞ。でも今から仕掛けるとしたら、少し斜面を登って奴らよりも上。北側から仕掛けようぞ。ぐるっと回るぞ」

 「ほうほう。それも偵察してんだろ。案内頼むわ」

 「当たり前ぞ。ついてこいぞ」


 サブロウを先頭にして一行は歩きだし、ミランダはフュンを隣に呼んで指導した。


 「そんじゃ、フュン。なんでこいつがこんなこと言ったか。わかるか?」


 ミランダに聞かれ、フュンは考える。


 「んんん。そうですね。北側に回る……それはおそらく、高所からの攻撃……いや、攻撃だけではなく、相手への意表を突くことが目的ですか。敵も上から攻撃が来るとは想定していない。それと、上から攻撃すると僕たちの目も効きますもんね。追撃もしやすくなります。高い位置を取って、相手を見下ろした方がいいという事ですかね。どうでしょう、ミラ先生」

 「よし。なかなか勉強しているのさ。いいぞ」


 ミランダは笑顔でフュンの頭を撫でる。

 嬉しそうにするフュンのそばにサブロウが近づいて顔を覗いてきた。

 見開いている眼をまじまじと見ても、サブロウの考えが読めない。

 この時、初めてフュンは人の心を読めなかった。


 フュンをジッと見た後、サブロウはミランダに話しかけた。


 「…こいつは、弟子になってどんくらい経ったのぞ」

 「ん? そうだな。半年くらいかな。いや、もうちょい短いか。覚えてない!」


 ミランダはいい加減なので、そういう事を覚えておくのは無理である。

 特に数字関係は絶対に無理である。


 「なるほど。こいつはなかなか優秀ぞ。丁寧に育て方がいいぞ。いいなミラ、丁寧にだぞ!」

 「ん?」

 「こいつには戦場の厳しさも愚かさも教えるのだぞ。良い事ばかりを教えちゃならんぞ。こいつの判断が良い分な。気を付けろよってことだぞ。でも、酸いも甘いも知るお前には無駄な忠告ぞな」

 「いんや。ありがたくもらおう。サブロウの言う通りなのさ。いいかフュン。今は上出来だが。これから先も出来がいいとは限らん。でもその時になったら、お前の真価が試されるからな。その時が来たら、頑張れ! あたしはそれしか言えんわ」


 彼女のアドバイスは具体的ではなかった。

 一言のみで完結していた単純なものであった。

 でも、その頑張れの一言だけで、フュンには彼女の思いが伝わっていたのである。

 師弟としての絆はしっかりと育まれていた。


 「わかりました。必ず胸に刻みます。ミラ先生」

 「うし! そうだな。お前は絶対に頑張れるのさ。たぶんな!」


 ミランダの絶対なのかたぶんなのか。

 どっちだかわからない応援でも、フュンのやる気には繋がる。 

 サブロウはそのフュンの姿を見て頷き、彼のその気持ちのいい声を聞いたザイオンは笑っていた。

 新たなミランダの弟子を微笑ましく思っているウォーカー隊の面子であった。


 「そんじゃ、いっちょやるぜ。ザイオン、後ろを頼んだ。しっかりあたしらについて来い」

 「おう。任せろ。お前の方こそ久しぶりの戦場だろ。ちゃんとやれんかよ」

 「それは大丈夫に決まってんのさ。あたしの勘が鈍るわけないのさ。あたしを誰だと思っとるのさ。ザイオン! ナハハハ」

 「まあな。悪童だもんな」


 ミランダたちは、山を少しだけ登り、敵よりも高い位置に移動し始めた。


 

 ◇


 静かな夜。

 山の頂上付近から、ウォーカー隊は下の様子を確かめる。

 敵の拠点。 

 そこは、山の木を少しだけ切り開いて、土を固めて土台を上手く作り、立派な高台を設置。

 そこから見える景色は、ハスラの都市だ。

 短い期間で完璧な設備を山の中に建てた敵は明らかに頭がいいし、建築の腕前もいい。

 それと補給拠点であっても部隊を動かす規律性もいい。

 僅かな期間でこれほどの拠点化をしたのだ。

 ミランダはこの拠点を見ながら心の中で褒めていた。


 次にミランダは、拠点に続いてそこにいる兵を確認した。

 今は夜が深い。

 だからか、ハスラを監視する者たちは極少数で、要所の観測地点での監視をしていた。

 そして、天幕の所々に鐘を設置していて、敵襲を知らせるためのものなのだろう。

 鐘を鳴らす守備兵が少しだけいて、あれらに気づかれないように、襲撃をしたいというのがミランダたちの本音だ。

 夜であるのを考慮しても、守備兵による見張りの配置には不備がなかった。

 敵は、完全にこの場を補給基地として作り上げていたのだ。


 「ほう。なかなかやるな。こいつらの配置はほぼ完ぺきだな」

 「そうぞ。相手の指揮官がいいみたいぞ」

 「ふむふむ。で…指揮官がどこにいるか。わかるか?」  

 「いいや、こいつらの様子を探ったが、ここには大将クラスはいないみたいぞ。おそらく、すでに最前線にいるぞ。ハスラの包囲の方に向かっているんだぞ」

 「そうか。なら厄介なのさ。そいつがいなくとも、ここまで出来る。そんな奴があっちにいるのか・・・このままだと、お嬢が危ないかもしれんわ」

 「ああ。そうぞ。だから早く片付けないといけないぞ」


 ミランダはここではない先の展開を読んでいた。

 今ある場所の条件も厳しいはずだが、それ以上にハスラを包囲する兵との戦闘の方がより厳しいものであると予想していたのだ。


 「よし、フュン、ゼファー」

 「「はい」」

 「お前たちは、サブロウの後ろに入って先陣に立て。その後にあたしたちが敵陣に突っ込む。いいな、奇襲作戦をお前たちに経験させるためだ。サブロウの言う事をしっかり聞いて、行ってこい」

 「「わかりました」」


 二人をサブロウの方に行かせたミランダは、フュンの影に隠れていたニールとルージュを呼んだ。

 

 「ニール、ルージュ」

 「なんだ」「ミラ」

 「いいか。お前たちは戦場で戦うな」

 「「???」」


 思いもよらない命令に双子は戸惑う。


 「お前たちの任務はフュンの護衛だけだ。あいつらが戦っていても手出し無用。でもいざ何かあった時の為に、ずっと隠れて貼り付いていろ。影移動だけを許可する。気配を消して敵にも味方にも気づかれないように背後から守るんだぞ。いいな。あたしとサブロウが教えた技だぞ! 出ていいタイミングはシゲマサを見るんだ。シゲマサが出たら、お前たちも出ていい! お前たちも勉強しろ。シゲマサの動きから学ぶんだ」

 「わかった」「まかせろ」

 「うし! おまえらなら出来るのさ、信じとるのさ」

 「「殿下! 守る」」


 双子は、自分の力こぶをアピールして気合いが入っていた。 

 それを見ていたシゲマサは笑っていた。


 ◇

 

 急いで北の方面へと山登りをしたウォーカー隊は、その疲れを一旦とるために、ほんの少しだけ休息した。

 兵士たちの呼吸が少しずつ整っていくのを、ミランダは経験則で判断する。

 大体これくらいで回復はいいだろうと、動き出した。


 「いくぜ。野郎ども、とっとと倒して、相手からここの全てを奪え! 殲滅戦だぞ!」


 小さな声での檄は、兵士らが静かに頷くだけで終わる。

 


 傾斜のある山道をウォーカー隊は静かに難なく下りていく。

 元々は賊。こんな足場の悪い道は屁でもないのだ。

 先頭を走るサブロウはフュンたちに話しかけた。

 

 「フュン。ゼファー。おいらの真似は出来んからすんなぞ。ただ、今はおいらの行動を把握しておけぞ」

 「「わかりました」」


 フュンとゼファーはサブロウに返事をした。

 表情のないサブロウの口角が上がる。

 久しぶりに自分の後ろをついてくる人間が出来て、この現状を楽しんでいた。

 しばらく下り。


 「それじゃ、ちょいと本気出すぞ。お前らはついて来れんと思うのだぞ。だからここからは目でいい。目だけでおいらの後を追えぞ」

 「「は、はい」」


 サブロウは一気に加速した。

 地面を蹴らずに木々を蹴って加速していく。

 それはまるで獣の様な移動方法。

 人間の限界値を超える速度に二人は驚きながら何とか目で追う。


 そのサブロウは皆を置いていき、攻撃を仕掛けた。

 目にもとまらぬ移動からの先制攻撃を繰り出す。

 ナイフによる投擲と、影に隠れながらの移動からの暗殺。

  

 彼こそが、ウォーカー隊の影の先陣。

 特殊部隊長サブロウである。




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