第二章 王子の初陣

第27話 初陣へ

 帝国統一歴516年2月。

 小さな屋敷のリビングテーブルに、フュンのぐうたらな師とフュンが偶然拾ったいつもお腹がペコペコの双子が仲良く並んで座っていた。

 三人にとっての最大の楽しみがあるこの場所は、以前の劣悪な食生活を改善させるのにうってつけの場所である。

 

 ミランダはテーブルに顔をつけて倒れて、小さな男女の兄妹はスプーンとフォークを手に持って楽しそうにしていた。


 「姉ね」「ごはん」

 「ご・は・ん!」「ね・え・ね!」

 

 大好きなアイネを待つ二人は、楽しそうなリズムに合わせてご飯の合唱をする。

 双子の催促が聞こえているアイネは、台所の奥にいるのに双子に声をかけてくれる。


 「わかってますよ。ちょっと待っててね。ニール。ルージュ」

 「「はーい」」


 テーブルに突っ伏して倒れるオレンジ髪の人物は、ありえないことを口走る。


 「ちょっとさぁ。なんか飲みもの欲しいのさ。あたしぃ酒がいいなぁ~アイネぇ~」

 「そんなものありませんよ。私たち、お酒を飲めるのはイハルムさんだけですからね!」


 ただの愚痴のような話なのに、しっかり話を聞いてくれているアイネは、ミランダにも優しく答えた。


 「ええ~。アイネ~。あとで買っておいてよ~。頼むよ~」

 「嫌ですよ。これでも切り詰めて生活しているのです。我々は人質生活なのです。本国から大量にお金が来るわけではないのですよ。私たちの故郷は私たちが生きていく最低限の資金しかくれないのですよぉ」

 「そうなの~。どうなの~。イハルム~」


 ぐだっと倒れ込んでいるミランダは、遠くの方で仕事をしているイハルムに聞いた。

 本国との連絡調整で屋敷とサナリア王都を行ったり来たりするイハルムは、この日は屋敷にいたのである。

 イハルムは冷静に答えた。

 

 「そうですね。お金のことは上手く調整はしていますよ。私どものお金は少しずつ貯蓄できています。でも私としてはこれでも足りないと考えてますね。私は、王子が何かをしたいとおっしゃってくれた時に、お金が無くてそれは出来ませんとは絶対に言いたくないので、我らは質素倹約をして生きるのですよ。全ては王子の為です」


 最低限の生活で贅沢をしないで暮らす。

 それでもイハルム、アイネ、ゼファーが文句の一つも言わないのは、敬愛しているフュンの為のなのだ。

 彼がしたい事を全力で応援するためにお金を節約する。

 そんな人質生活なのだ。


 「ま・じめ~~~。どうしよう。ミランダ様には厳しい環境です。誰かお酒下さ~い」

 「まあぁ。ミランダ様! それならご自身だけ、お家に帰ったらどうですか。お金はそちらの方がありますよぉ。お酒も自由に買えますよぉ。自堕落な生活をしても、誰も文句を言いませんよぉ」


 ミランダに忠告したアイネがテーブルに料理を運んできた。

 最初にカレーライスをおいて、次にサラダにスープと、完全にセット料理となっていた。

 しかもこの中でスープは特別。

 フュンが大改良に成功した健康スープであるのだ。

 味が損なわれない最高の野菜スープが飲めるようになったのである。


 「おおお」「およよ」

 「「美味しそ~~~~」」


 双子が手を合わせて待つ。

 隣のミランダも手を合わせて待つ。


 「いや~。そりゃあ、無理だな。あたしらはアイネのご飯が一番なのさ。あそこの生活の時の食べ物に戻るのは無理なのさ~~~。ここはな、最高の料理が出てくる最高の居場所なのさ」


 ミランダたちは、完全にフュンの屋敷の居候になっていた。

 あれだけ大きなお屋敷を持ち、広々とした部屋が三人に与えられていたとしても。

 ここの小さな屋敷の小さな空き部屋に押し込められたように三人並んで寝ているとしても。

 三人はフュンの屋敷が大好きだった。

 小さくて不便な事はある。

 それでもアイネが出す料理が素晴らしくて、ここから離れる選択肢が無くなってしまったというのがミランダたちの本音だ。


 ちょうど今がお昼ご飯の頃になったので、二人が訓練から戻って来る。 


 「殿下、先程の攻撃。なかなかの威力でしたよ。あれならば並みの兵士と渡り合えるかと」

 「ほんとうですか!? 嬉しいですね。成長してきたんでしょうかね」

 「ええ。だいぶお強くなられた。手にマメも出来てますしね。確実に成長してますよ」

 「よかった。ゼファー殿が目覚ましい程成長しているのでね。もう自分が成長しているのかがよく分からなくてですね。自分では心配してたんですよね。あははは」

 「はははは。私は殿下を守るために頑張っているのです。殿下よりも成長しなければなりませんよ。私は!!」 

 

 二人がテーブルに着いた。


 「アイネさん。あなたの準備が出来たら一緒に食べましょうね」

 「はい。王子。少々お待ちを」


 アイネが食事の準備を完了させると、家族七人が同じテーブルで食事をする。


 「「いただきます」」


 全員で挨拶をして、フュンたちは平和な時を仲良く過ごしていた。



 ◇


 ダーレー家の当主はシルヴィア・ダーレー。

 第六皇子ジークハイドを兄に持ちながらも、何故かその妹である第五皇女シルヴィアが家督を継いでいる。

 ジーク曰く。

 「俺が当主をするよりも生真面目で部下思いのシルヴィアのほうが良いだろう。それに俺は・・・暗躍が望ましいのだ」

 とダーレー家の当主がやらない裏の仕事をしているのがジークである。

 帝国や王国の情報収集を主にしていて、商人の地位を上手く使い、各地を歩き回って世界情勢を調べている。

 しかしそれらの行動は、全て自分の愛する妹を守るためなのだ。

 真正面からターク家とドルフィン家に挑んでも勝てないことをよく知っているジークだからこそ、あえて裏に回って暗躍しているのです。

 御三家の中でダーレー家が最も弱い。

 それは地盤のせいもある。

 ダーレーの領土は二家に比べて少なく、そのために兵力も不足ぎみであり、さらには人材不足、駒不足でもある。

 だから、一人でも優秀な人材が欲しい。

 ジークは、妹を隠れ蓑にして一人。

 裏から手探りでもいいので、二人で生き残る道を常に模索しているのだ。

 タイムリミットは皇帝が死ぬまでだ。

 死んだあと、おそらくは・・・・。

 ジークは冷酷に冷静に、今後の帝国の事態を予想していた。



 この日。

 ジークはダーレーのお屋敷で彼女の仕事を代行していた。

 自室に籠って執務をしているところに、緊急の連絡が入る。


 「ジーク様!」

 「お?」

 

 手早いノック音が聞こえた。


 「私です。入ってもよろしいでしょうか。緊急です!」

 「いいぞ。入れ」

 「失礼します」


 敬礼をしてジークの部屋に入ってきたのは、シルヴィア担当の影部隊隊員のバーレ。

 彼の任務は妹の監視だ。

 戦場から戦場へと移動する彼女を守るためのダーレー家の裏部隊の戦士である。

 実はその裏部隊の部隊長がフィックスである。

 影に隠れる動きが得意なフィックスは、盗賊の様に裏から情報を手に入れる。

 でも実際に裏と言っても暗殺などは滅多にしないので、義賊的であると言える。

 

 彼の普段の言動や行動からここまで予想することはできないだろうが、フィックスとは実に優秀な人物なのだ。

 それと、キロックは見た目通りの人物で、表の仕事をする商人である。

 彼はジークの商会の全てを任されており、別にジークが顔を出さなくても商会は上手く回せるほどに優秀なのだ。

 そんな優秀なキロックの唯一の欠点は体力がないことだ。

 

 人材の少ないダーレー家にとって貴重な表と裏のリーダーがあの二人である。

 両者とも、そうは見えないのが玉に瑕である。



 「おお。バーレか。どした?」

 「それが緊急であります。お嬢がハスラの北で戦いとなりました。本格戦争となりました。三か月前の二回目の戦闘はただの小競合いで済んだんですけどね。これは三度目の正直ってやつですかね……今のお嬢は退却して。ハスラで籠城戦に入る所です。都市に敵が迫ってきています」


 ハスラとは、アーリア大陸の中央北部にある。

 帝国と王国の境目にある都市でダーレー家所有の帝国の最前線基地のような都市だ。

 ハスラの西側にあるのが巨大河川フーラル川であり、この川を境にして西が王国、東が帝国の領土となっている。

 フーラル川の上流が、大陸の最北端のガイナル山脈と繋がり、川が行き着く先が大陸中央にあるフーラル湖となっている。そして、フーラル湖自体はアーリア大陸中央やや西にあるので、王国所有の領土である。

 この事から、アーリア大陸における二か国の境界線の北半分は、川によって決まっているのだった。

 天然の国境線と言える。


 「なに!? い、妹は、だ、大丈夫か」

 「はい。ハスラまで無事に退却したので、あとは籠城を完璧に決め込めば無事でしょう。しかし。やつらが山脈側から突撃してくるとは思いませんでしたよ。まさか山越えするとは」

 「今回は川からじゃなく、しかも南の湖も迂回せずに、山か。それはハスラを攻めるには効果的だ。で、数は?」

 「確認できたのは8千くらいでしたね。まだ増えるのかはわかりません」

 「そうか・・・って今の時点でかなりの数だな。まあ、でも都市の方がまだ数が少し多いな。しかし、山を取られているなら、増援もまだ来るかもしれん……そうだとしたらまずいな。あそこを取られたら、帝国は大変になるし、俺たちの立場も……だから妹は野戦をしたのか」 

 「あ。それもそうなんですけど。お嬢。なんだか最近様子が変なんです。普通に戦えば勝てたと思うんですが、采配のキレがなくてですね。あと揺さぶられたみたいですね。西や南に一度動き出そうとしてましたからね」

 「西? 南? 北から攻撃が来たのに。それに様子が変だと? ここにいる時は普段通りだったぞ」

 「そうですか? なんだかぼうっとしていて、ため息も良くついてますよ。あと、よく顔を洗ってますね。昔の倍くらい洗ってます。なんだか戦士じゃなくて、乙女ですね」


 現在シルヴィアは、フュンからもらったクリームの三個目を使用している。

 これを使い切ればフュンに会いに行けるという口実が出来るので、遠慮なく使用しているのだ。

 会いに行くたびに自分が綺麗になっているかどうか見てもらいたいとも思ってる。

 そこでもちろんのことだが、彼女が「私って、綺麗になりましたか」なんておこがましいことは聞きはしない。

 でも会うたびにフュンは欲しい言葉で褒めてくれるので、それを聞きに行きたいだけである。

 皆は気づいていないが、要するにただの乙女である。


 「そ、そうか。はぁ。まずいな。どうするか・・・・」

 「大丈夫かと思いますよ。堅牢な都市ですし。相手は山からですから、大砲とか破城槌とかの攻城兵器を持ち込むのは不可能でしょう。それにもっと東寄りに軍を寄せてきたとしたら、こっちは別な都市と連携して挟んでしまえばいいでしょうし」 

 「まあな。それは俺たちが取るべき当たり前の策だろうな。でも帝国が一枚岩の時であればの話だぜ……よし、お前は引き続き妹の所にいろ。俺も動くわ」

 「わかりました。お嬢の所に行ってきます」

 「ありがとよ。頼んだ」

 「まかせておいてください」


 バーレーは消えた。

 影に入った途端にスッといなくなったのだ。

 流石は裏の部隊の人間であった。


 


 ◇


 「すまん。ミランダ。お前の協力がどうしても必要だ。力を貸してくれ」

 「何だジーク? 急に真面目に……どうしたのさ?」


 ジークはフュンの屋敷のミランダに会いに来た。

 訓練に励む二人を見つめるミランダ。

 彼女が庭にある果物箱の上に座って様子を見ていた所に、ジークが頭を下げてきた。

 フュンもゼファーも驚いて二人に近寄った。

 重要な話が始まる。


 「ハスラが包囲攻撃を受ける。最初に野戦で負けて、今から籠城戦に入るらしい」

 「なに!? お嬢がそんなへまをしたのか?」

 「でも俺はそれをヘマとは考えてない。山側からの襲撃をもらったらしい」

 「・・・なるほど。山側な・・・そいつはヘマじゃないな。ジーク。最近のお嬢は、二度も川からくる敵を撃退してたよな」

 「ああ。そうだ」


 小競り合いのような二度の戦いは、川からであった。

 ハスラの西側のフーラル川から奇襲としてきたもので、その時はシルヴィアは簡単に撃退できたのだ。

 しかし今回はフーラル川の上流よりもさらに北。 

 ガイナル山脈から敵はやって来たのだ。

 ガイナル山脈とは二つの国を跨る大陸最北端の巨大山脈である。


 「なるほどな。今までの攻撃は全て囮。今回の攻撃を成功させるための布石だな。失敗すらも囮にしていたということかよ。やるな敵も。あれだけ川から攻撃してくれば、誰も山から攻撃してくるとは思わんもんな。相手が一番考えない手を使えるとは……お嬢が相手している敵はなかなかの奴なのさ」

 「ああ。ハスラなら、しばらく持つだろうが・・・・しかし、続々と援軍が山から来れば分からない」

 「まあそうだな。当然の考えなのさ。よし、わかった。あたしのウォーカー隊を使いたいんだな」


 全てを言わずとも理解しているミランダは、ジークに何も聞かずに答えた。


 「すまん、そうなんだ。俺たちは他の二家には頼めん。お前しか頼れない。俺たちの家は、協力してくれる属国もいないしな。あと一つ部隊はあるが、あれらは正反対の位置過ぎるし、そもそも数が足りない。あそこからだと今の籠城戦にも間に合わない」

 「そうだな。もうひとつはササラだもんな・・・あっこは、アーリア大陸の最南東。まあ、今まで、お嬢の部隊だけで対処出来ていたことが裏目に出たか。まあ、それで十分だったのが、凄かったちゅうことなのさ」

 「ああ。あの子が天才じゃなきゃとっくに俺たちの家は潰されているからな」

 「そうだな・・・よし、久方ぶりに暴れてやるか。ジーク、なんか褒美くれよ。酒がいいのさ!」 


 立ち上がったミランダはジークの前に手を出した。

 褒美くれとポーズを決め込む。


 「は? 酒?」 

 「ああ。酒くれ」

 「なんでだよ。お前なら、金とかじゃないのか?」

 「いんや。この家よ。酒がないのさ。あたし、飲みてぇのさ。たんまり」

 「はははは。わかった。とびっきりを用意してやるわ」

 「おうよ。助かるのさ。あとはあたしに任せとけ。安心しろジーク。お嬢は死なせんよ」


 戦争の報酬は酒である。

 ミランダはウォーカー隊を久しぶりに運用するため動き出した。

 伝書鳩を使って多方面に連絡を出しているミランダに対して、邪魔になってもいいからと二人が話しかけに来た。


 「ミラ先生。僕も行ってもいいですか! ハスラとシルヴィア様が心配なんです。シルヴィア様の所に先生が行くのなら、僕らも連れて行ってください。力になれるかは分かりませんが、これまでの恩をダーレー家のお二人に返したいです・・・」

 「フュン殿。それはいいんだよ。君たちが無理することはない。修行してなさい」


 ジークは優しく言った。


 「いいえ、僕は、やっぱりお二人には笑顔であって欲しいです。ジーク様。心配しているでしょう」

 「フュン殿・・・まったく君って人は」


 フュンは、ジークの顔と心をよく見ていた。

 普段通りの様子を取り繕っているが、その芯は心配していることを見抜いていたのだ。


 「どうでしょう。ミラ先生。僕も力になりたい・・・役立つなんてのは、すぐには無理かもしれませんが、少しでも力になりたいんです」

 「ん? ああ。そうか・・・お前。やっぱお人好しだよな。まったくよぉ。じゃあ、ゼファーはどうだ?」

 「殿下が行くと言うならば、どこへでもついて行くのが私であります。ですから私は地獄でも戦場でもどこへでもついて行きます。ミラ先生」

 「ナハハハ。馬鹿たれ。お前は勝手に死んだら怒られるんだろ。フュンによ。しゃあねぇ。おまえらの初陣にすっか」

 

 ミランダは二人の頭に両手を置いて、気合いを入れる。

 

 「よし。フュン、ゼファー。お前たち、馬に乗れるか?」

 「大丈夫です。僕らは騎馬民族ですから」

 「無論です。問題ありません」

 

 ミランダはニカっと笑う。

 楽しそうな彼女は意気揚々と宣言する。


 「よし、この戦。お前たちの初陣で決定だ。我がウォーカー隊に加われ。いいな」

 「「はい」」


 フュンとゼファーはミランダに付いていくことになった。

 後に英雄となるフュンの初陣はハスラ防衛戦争だった。

 防衛戦としては、様々な戦略が起きる珍しい戦いがここから始まるのである。


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