第8話 王子と従者 Ⅲ
「ごめんなさい。あなたから、お話をお聞きしたいのです。起きてもらえますかね?」
「・・・・ん?」
「お体は大丈夫でしょうか?」
「・・・あ!?」
「…どうでしょう? 話せたりできますかね?」
優しい声が聞こえてきて、賊の頭は目を覚ます。
先程までの激しい戦闘との温度差で、彼の脳は今の状態を理解できない。
ぼうっとしたように反応が遅れている。
「お・・お前は・・王子・・・・な!?」
賊の頭は、自分の体に縄が巻かれているのにようやく気づいた。
「そうです。今のあなたは捕まってますね」
「くそ。俺たちは失敗したか・・・く・・これでは・・村が」
「あの~。何かを思うところがあるようですが。申し訳ありません。ここで一つお聞きしたいことがあるのです。話してもらえるでしょうか?」
「・・・ふん・・・」
拒否をされようがフュンが止まることはない。
案外強引であるのだ。
「いや~。あなたたちの目的って何ですかね? 僕が帝国へ行くのを妨害することですか? それともお金ですか? 少しわからないことだらけでしてね・・・でも僕が分かることが一つだけあって、あなたたちは僕を殺そうとしてませんよね?」
「・・・・・・」
賊の頭は沈黙を貫く。
「お話してくれると手間が省けて助かるんですけど。まあいいでしょう。僕が皆さんから感じる様子はですね。あなたたちは一般人ですよね。そしてあなただけが違う。あなただけ兵士の雰囲気があります。その目・・・目に悲しみと憎しみを感じますね。でもそれは僕らに対してではない。別なものへの怒りの様なものを、あなたの心の方から感じますね」
「・・・な!?・・・そ、そんなものはないわ」
賊の頭は一瞬だけ驚いて、すぐに顔を普段通りに戻した。
平静を取り繕うことに必死だった。
まさか自分たちの正体だけでなく、自分の本心まで見破られると思わなかったのだ。
フュンは人に対して敏感な人間なのだ。
「まあ。そこもいいとして。あなたたちは何かお困りなんでしょう。僕の命を取らない辺りですね。僕を使って何か交渉するつもりだったのでは?」
「…な、何故それを」
「ほら、やっぱり! 事情のある人なんですよ。どうです、ゼファー殿!」
フュンはゼファーに顔を向けた。
「そ、そのようですね」
「でしょう。殺さなくてよかったですよね。あと皆さんもあんまり人を殺そうとしてはいけませんよ。人は大切なのです! よいですか。国家で一番大切なのは民。その次に国。その次が僕らです。いいですか。王族なんてものは、本来民の下にあるのです。なんてたって、民がいなければ王なんて無意味ですからね。誰もいない空の玉座に座ってたら、その人物はただの馬鹿ですからね。あははは。覚えておいてくださいね」
「「も、申し訳ありません。王子」」
指一本を立てて皆を説教をするフュンは、冷静に事態を見極めていた。
フュンはボンクラ王子とは思えないくらいに、本当に冷静であるのだ。
◇
この会話の少し前。
今のうちに殺しておくか痛めつけておきましょうとフュン以外の者がフュンに強く進言していたのだ。
でも、この面子の主であるフュンが絶対にそれだけは許可しないと宣言したことで、その話が無くなった。
納得していない様子を見せていたゼファーの顔を、フュンは覚えていたからこそ、一番最初に話しかけたのである。
「俺たちを殺すだと!?」
「いえいえ、皆さんを殺すつもりなんて微塵もないですよ。大丈夫! さっきから僕と普通に話せているんですから、安心してくださいよ。それに殺すつもりならあなたを起こさないですって。ここでこんな会話なんてしないでさっさと殺しちゃいますよ。あははは」
「そ。それもそうだな」
「でしょ! それにですね。僕の力は弱いので、あなたが縄に縛られていても、殺せませんよ。あははは」
「な、何だこいつは。さっきから」
賊の頭は、圧倒的に有利な立場での尋問であるのに、普通の会話をしてくるフュンが摩訶不思議で仕方がなかった。
「それでなぜ、僕を狙ったのでしょう? 何か事情がありますよね」
「そ、それはだな…」
ここで馬の蹄の音が聞こえた。
全員がその方向を見ると、一頭の馬に二人で乗る人物たちが叫んでいた。
「ロイマンさん! 今、助けに行きます」
「俺たちであなただけでも。じゃないと村が」
馬から落ちたジャイキとその彼を助けるために後ろに下がったハイスの二人だった。
二人はロイマンを救うべく突進してきた。
変化する現場に対応するべくゼファーは即座に槍を構えた。
「ゼファー殿、待ってください、殺さないでくださいよ」
「わかりました。ですが、出来る範囲でやります。相手が馬上な為に加減が難しいのです」
「そうですか。仕方ないですね。ゼファー殿の無事が大事でありますからね」
「殿下、そんなに暗い顔をせずに。大怪我ぐらいに止めて見せますから」
ゼファーが安心してくださいと付け加えると、フュンはそうですかと言って少しだけ明るい顔をした。
「やめろ! ハイス、ジャイキ。馬から降りて投降しろ! お前たちでは、この男に絶対に勝てん」
二人はロイマンの声に反論しようとするが、首を横に振り続けるロイマンの姿を見て諦めて馬を止めた。
二人は馬から降りてからは大人しく投降したのだった。
正直、ロイマンの判断は正しい。
彼らが馬上にいようとも、ゼファーと戦って勝てる確率など1%もないのだ。
それではただ無駄に傷つくだけ。
分の悪い戦いをしてくれなど、捕まっている自分が言えた義理ではないことは百も承知だ。
でも、ここに一縷の望みがある。
それはフュンとの話し合いだ。
彼と言葉を交わすと分かる。
傷つけるつもりが一切ない雰囲気を出しているのだ。
これを演技でやっているとしたら相当な役者だ。
でも彼の仕草などが演技には見えない。
だからロイマンは、全員が生き残る唯一の可能性をフュンとの話し合いだと思い、若い二人を止めたのである。
二人は捕まりながらも言葉だけは反抗的であった。
「くそ、なんだよ。離せ」「てめえ、いてえんだよ」
「あまり手荒にしないでくださいね。イールさん、サヌさん」
「「 わかりました王子 」」
そんな態度の二人でもフュンは気にかけていたのだった。
◇
二人の拘束が終わるとフュンはもう一度ロイマンと話し合う。
「ロイマンさんという方なんですね。ではお話ししてもらうと助かります」
「・・・わかった。事情を説明しよう」
ロイマンの話をまとめると。
彼らはサナリア平原の南西部、ユーラル山脈の中にある小さな村の村人であった。
慎ましい暮らしをすることで有名なサナリアの山脈民族の村の人々がこの賊の正体であった。
なぜ、彼らが賊に成り下がったのかと言うと。
昨年度の飢饉のせいで村の存亡すらも左右される事態になったからだ。
この飢饉の力は、村全体を食糧難に陥れた。
村人のほとんどが食事が取れない生活を送ることになってしまい、全体が栄養失調の状態になったことで、働き手を失い、更に食料を得る機会を失ってしまったという顛末らしい。
外への買い付けなども出来ずに、村は滅亡への道を歩んでいた。
だから、ロイマンたちが最後の力を振り絞って動き出すことにした。
八方ふさがりの現状を何とかしようと動ける者たちで王都に来て、そこで盗みでも働こうかと思っていたところに、たまたま噂を耳にした。
サナリアの王子が少数の護衛を率いて移動するという話を聞きつけたのだ。
ロイマンたちは王子を人質に出来れば、あとは国から身代金を貰えるのではないかとの安易な考えを持ってしまい今回の事件を起こしたのだ。
だから、この襲撃でフュンを殺す気がなかったのである。
ロイマン個人のこととしては、帝国の戦争から逃げてきた脱走兵の亡命者で、この山脈の村人たちが自分を救い出してくれたから恩義に感じ村と共に行動をしていた。
少しでもこの村に食料をと、この作戦を成功させるために必死に動いていたのだ。
戦闘の経験がほぼない村人たちを使って、人質奪取計画を練れたのはロイマンのおかげだった。
フュンの三人しかいない護衛に対して、こちらの十人が取り囲んで、自分の矢を王子に浴びせ続ければ、いずれは降伏してくれるものだと考えたのだ。
だが、結果は失敗に終わる。
ゼファーというたったの一人の人間に打ち砕かれたのだから仕方ないとロイマンは諦めながら言った。
◇
「なるほど。大変でしたね」
「大変なんてものじゃない、王子だからって・・・のうのうと生きているから、俺たちのことを舐めやがって・・・戦争に飢饉で、俺たちはもう生きることが出来ないんだ。悲惨にも程があるんだ」
ハイスが怒り、ジャイキも加わる。
「そうだ、動ける大人を総動員して何とかしてやろうと思ったのに。お前が大人しく捕まってくれれば。今頃、俺たちは・・・・」
「貴様ら、王子になんて口を」
「いいんです。イハルムさん、僕は平気です」
ハイスとジャイキの失礼な物言いにイハルムは怒るがフュンはまったく気にしない。
彼らの嘆きが自分に向けていないことに気づいていたのだ。
「…そうですか。大変なのはしょうがない……とは言えませんね。ではロイマンさん、その村に僕を連れて行ってくれませんか?」
「なに!?」
ロイマンは驚く。
「で、殿下!?」
「「「王子!」」」」
フュンの一言で味方も敵も全員が驚いた。
衝撃が強すぎて全員が言葉を失う。
「僕ならその栄養失調で倒れた人たちを回復させてあげられます。急ぎましょう!」
「ふ、ふざけるな。誰が信用できるんだ。俺たちはさっきまで、あんたを狙ってたんだぞ」
「ロイマンさん、その話は今は置いておきましょう。今は時間がない。一刻も早くその村の方たちを救いましょう。ではイハルムさん。馬車の用意を。そしてロイマンさんは、この村人さんたちを統率してください。今から解放しますから起こしてあげてください。あ! でも、戦いは駄目ですよ。約束です!」
「な?・・・ばかな・・・え!?」
疑問を持つ暇もないくらいの怒涛の出来事に元兵士であるロイマンでも慌てる。
フュンはロイマンの縄をほどくと、肩を貸して立ち上がらせた。
「いいですか、急ぎましょうね。全力で案内してくださいよ。そちらのハイスさんとジャイキさん! 皆さんを起こしてください」
「わ、わかりました」「は、はい」
さっきまで悪態をついていた村人二人もフュンの指示には従った。
不思議と命令されても怒りが出て来なかったようだ。
皆が移動する準備を整える間、ゼファーはフュンに近づく。
「不用心すぎます! 殿下! あなたの御身に何かありましたら、王とおじ上に悪い」
「そんなに心配せずとも、大丈夫ですって。彼らの瞳は綺麗で澄んでいます。たとえ、悪事を働こうとしていても、その心が悪に染まっていない証拠です。この人たちは信じても大丈夫ですよ!」
「はぁ・・・まったく殿下はお人好しですね」
「あははは。そうかもしれませんね。ですが僕はお人好しじゃないですよ。信用できる人を見分けているつもりです。僕は、僕の目と勘を信じてます。ですから、ゼファー殿のことも信じてますよ。万が一、彼らが敵対したとしても、あなたは僕を守ってくれるでしょ」
「…それはもちろんでございます!」
「あははは、あなたならそう言うと思いましたよ・・・・僕は、あなたから武の心を感じてます。時折、態度で分かりますがあなたは僕を嫌がっている節がありますね。でも、心は綺麗で透き通っている事が分かりますよ。それって、本来のあなたの性格ですよね。叔父さんからの命令だけではそのような気持ちにはならない。それに僕を嫌がっていても僕を守ろうとしてくれるんです。とても良い人だと分かりますよ」
ゼファーは王子に心の内を見抜かれていた。
内心驚いているが表情には一つも出さない。
「でも僕としては、あなたが僕を嫌がってでも別にいいんです。あなたが素晴らしい人であるのに変わりないから、僕はあなたを信頼してますよ。あはは」
そう言われたゼファーの心は不思議と心地よくなっていた。
フュンの優しさに触れて気分が良くなっていたのだ。
「そして、僕はですね。彼らを救いたいと思ってしまったんですよね。このまま彼らのことを無視して。帝国に行くなんて、僕には性格的に出来ないんですよ。あははは。まあ、僕のわがままですけど、付き合ってくれますか?」
「そうですか・・・・・わかりました。殿下がそこまでするのなら、私も彼らを救います」
「それはよかった。ゼファー殿、一緒に救いましょうね!」
ゼファーはこの王子の本質に少しだけ触れた気がした。
人の心の機微に敏感である事。
相手の態度の変化を読み解くことが出来る事。
そして人を助けたいと思う心が強い事。
最初の出会いから変わった人間であると思っていたが、今はもっと変わった人間だと認識した。
しかし嫌いではない。
面白い人だと思ったゼファーは、テキパキと皆に指示を出すフュンの背中を見つめた。
準備が整ったタイミングでフュンが馬車から声をかける。
「ロイマンさん。先導、お願いします。村人の皆さんも一緒になって僕らとロイマンさんを助けてください。村を救うには皆が協力しないといけません。いいですか!」
「わかりました」
ロイマンが返事をして。
「「「はい」」」
続けて村人たちも返事をした。
「では、急ぎましょう!」
こうして、敵だった者も味方にしたフュンは食糧不足と栄養失調の村へと向かったのだった。
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