第18話 スーパーGT SUGO

※この小説は「スーパーGTに女性ドライバー登場」「続スーパーGTに女性ドライバー登場」のつづきです。実は、パソコンのトラブルで編集中に保存できなくなり、また新しいページで再開した次第です。今回の前段を読んでいない方は「カクヨム 飛鳥竜二」で検索していただき、読んでいただければと思います。 


 WEC富士から1週間後、朱里は仙台のホテルにいた。SUGOにはサーキットホテルがないので、クルマで30分ほどのところのホテルに滞在している。数年前にサーキット近くのパーキングエリアにスマートインターチェンジができて、ETCのクルマはすぐに高速に乗れるようになった。以前は仙台まで渋滞の連続で2時間近くかかった時もあったそうだ。

 木曜日の夜は恒例の牛タンパーティだ。有名店のKに入った。今回はサードドライバーの庄野もいっしょだ。前回の鈴鹿で乗る予定だったが、台風の影響で12月に延期になってしまった。

 明日のフリープラクティスは雨の予報。

「わたし、雨オンナなのかしら? この前の86のレースも雨だったのよ」

 と庄野が言っている。

「そんなことないと思うよ。日本の天気がおかしいのよ」

 と朱里が言うが、内心は大雨の予報が気になっていた。

 牛タンはいつもの塩焼き以外に「牛タンのたたき」というのを食した。まるでカツオのたたきのような食感でおいしかった。マネージャーの凛さんがお店のスタッフに

「この牛タンのたたきは国産ですか?」

 と聞くと、店の人が

「いえ、アメリカ産ですよ。ウチの牛タンは保存方法が特別ですから新鮮な状態で出せます。最近、国産の牛タンもでていますが、値段が倍近くになってしまいます」

 と返事がきた。おいしいけれど、倍の値段で食べる気にはなれない。牛タンはおいしかったけれど、昨年よりも値段が高くなった牛タンにびっくりしてしまった。3人で1万円を越す請求がきたからである。


 金曜日、大雨に見舞われた。レーススケジュールは大幅に狂い、フリープラクティスは1回しか走れなかった。GT500以外の走行でもアクシデントが続出。多くのマシンがSUGOの魔物の餌食になっていた。レース中断のレッドフラッグが10回以上振られたとレースアナウンサーが絶叫していた。

 土曜日、午後から大雨の予報がでている。そこで、レース主催者は

「午後の予選ができない場合は、午前のフリープラクティスのタイムを採用する」

 というアナウンスをだした。

 そこで小雨の中、全てのマシンがコースに飛び出していった。雨が降ったりやんだりしてレインタイヤでもラインどりが難しい。

 朱里が走った時にタイミングよく雨がやんだ。それに前方にマシンもいない。そこでタイムアタックを試みた。1・2コーナーはゼブラゾーンに左2輪を乗り上げてぎりぎりに曲がる。下りの左3コーナー、ここははみだしやすいが、何とかコントロールできた。4~6コーナーはスピードコントロール。下手をするとアンダーステアが出やすい。S字の縁石に片輪を乗り上げてショートストレートへ。ハイポイントの7コーナーはライン重視。次のレインボーコーナー(8コーナー)でリアがやや滑ったが、何とかこらえた。そしてバックストレッチ。時速300kmを越す。いつもより早くブレーキをかけて馬の背コーナーにはいる。ショートストレートにはいると水がたまっている。ライン重視だ。次のSPコーナーも滑りやすい。無理はしない。そこから下りのショートストレート。ここに薄い川ができている。次の最終コーナーでオーバーランするのは、ここで水を拾ってしまうからだ。10%勾配のアクセルオンのタイミングは要注意だ。結果、朱里は1分16秒012のトップタイムをたたきだした。レインボーコーナーでやや滑った以外は完璧の走りだった。

 午後の予選は、案の定大雨でキャンセルとなった。サポートレースが開催されたが、アクシデント続きでレッドフラッグ、SC先導のレースとなってしまった。


 日曜日の決勝、午前中は大雨の予報がでている。レーススケジュールは大幅に変更された。サポートレースのフォーミュラのレースは大荒れだった。

 午後1時スタート予定の決勝は1時間遅れの午後2時となった。ゴール予想時間は4時半。表彰式の時には日没かもしれない。スタートドライバーは朱里に任された。トップタイムをとったご褒美と山木が言っていたが、ハーフウェットの状態でレインタイヤからドライタイヤに換えるタイミングが難しい。規定では28周を走らないとドライバー交代ができない。コースが乾けば28周で交代だ。 

 SC先導でレーススタート。3周をSCが引っ張った。4周目、朱里は最終コーナーからアクセルオンで他車を引き離す。スタートラインを越える時には、3車分のリードをとることができた。これはチームが柔らかめのウェットタイヤを選択していたおかげである。他のチームのほとんどはふつうのウェットタイヤを選択していた。GT500のマシンは全てウェットタイヤででたが、GT300の2台のマシンはドライタイヤででた。予選が下位なのでバクチを打ったみたいだ。この2台は最後まで上位には上がれなかった。

 朱里は前半トップを守っていたが、15周を過ぎたあたりで無線で悲鳴をあげ始めた。

「コーナーで滑りはじめました。バックストレッチでブレーキのききが悪いです!」

 柔らかめのウェットタイヤの限界がきたみたいだ。

「朱里、無理するな。抜かれてもいいからコースアウトだけするな!」

 と山木が無線で指示をしている。

 朱里はコースアウトしないことだけを考えて走った。雨は降ったりやんだりをくり返している。スタート時は気温20度だった。陽光がないので路面が乾かない。それでもラインは走行のタイヤ熱で乾き始めている。

 16周目、T社の36番に抜かれた。T社の中ではランキングトップのマシンだ。朱里はそれにくいついていこうとするが、徐々に離される。やはりタイヤの違いは大きい。

 20周目、T社の14番、H社の17番にも抜かれる。17番のスポンサーはSUGOの近くに工場があるので、スタンドには大応援団がいる。大盛り上がりだ。

 28周目、3分の1をクリアしたので交代可能だが、まだ小雨が降ってきている。山木はドライタイヤででるタイミングではないと判断した。

 レースはところどころでアクシデントが発生している。タイヤ交換をして出ていったマシンが、あたたまっていないタイヤでスピンをしている。5台ほどがSUGOの魔物につかまっている。山木はSC導入を予想した。

「次にアクシデントが起きたら、ピットインするぞ」

 と無線で朱里に伝えた。この時点で朱里は8位にまで落ちていた。

 42周目、GT300のマシンがレインボーコーナー(第8コーナー)でスピンして止まった。直後に朱里がそこを通過する。即、チームからピットインの無線が入った。ちょうど半分の周回数だ。

 トップ集団は軒並みピットインだ。朱里もそれに続いて入る。ピットレーンは渋滞だ。2台体制のチームは2台同時に入ってきたので、大わらわだ。

 44周目、FCY(フルコースイエロー)が宣告された。時速80kmで走らなければならない。ピットインはできない。スピンをしたマシンを動かそうとしたが、すぐにまたコースアウトしてしまった。今度はSC導入である。これで隊列を組んで走る。山木にとってはトップ集団に追いつけるチャンスだ。

 50周目、SC解除。コースは一部ウェットパッチがあるもののドライタイヤで充分走れる状態になった。トップ2台はまだタイヤ交換を終えていない。

 52周目、トップ2台がピットイン。タイヤ交換をする。代わりにトップに立ったのはライバルのT社37番だ。なんと予選16位からここまで上がってきた。タイヤ交換のタイミングが絶妙だった。

 55周目、山木は2位のN社のマシンにせまる。レインタイヤ勢を軒並み抜いてここまで上がってきた。

 59周目、最終コーナーでN社のマシンがGT300にひっかかる。そのスキに山木はアウトから抜くことができた。ピット内では拍手がわく。さすが山木というところだ。後はトップの37番にせまるだけだが、12秒差がなかなか縮まらない。37番のドライバーは元F1ドライバーの息子アルジだ。父親同様「雨のアルジ」と言われるぐらいのテクニシャンである。山木はトップにせまるより後ろにいるN社のマシンの方が気になっていた。こうなると2位キープの方が大事になる。ミスをしない走りをすることが山木の仕事となった。

 84周のレースが終わった。山木は2位を守った。トップとの差は19秒差まで拡がった。アルジは神がかりの走りで今季2勝目を勝ち取った。3位とは5秒差であった。

 久しぶりの表彰台で朱里は笑顔を絶やさなかった。順位は落としたもののコースアウトしなかっただけでもえらい、と皆から誉められていた。それが山木の走りに結びついたのだから言うことはない。

 SUGOの電光掲示板「デンコーくん」に「This is ドラマティック SUGO」と表示されている。まさに魔物が起こすドラマテッィクなレースであった。


 次は2週間後のSF富士。結果を残せていないSFだが、高速サーキットでどこまで走れるか、朱里は今回の自信を糧に(やるっきゃない)と思っていた。

 帰路、仙台駅でマネージャーの凛さんが

「おもしろいものを見つけたよ」

 とシェイクを持ってきた。飲んでみると、豆の味がする。

「何、これ?」

「ずんだシェイクよ。仙台の名物なんだって」

 最初は変な味だと思ったが、結構イケる味だった。

 

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