第16話 WEC アメリカ

※この小説は「スーパーGTに女性ドライバー登場」「続スーパーGTに女性ドライバー登場」のつづきです。実は、パソコンのトラブルで編集中に保存できなくなり、また新しいページで再開した次第です。今回の前段を読んでいない方は「カクヨム 飛鳥竜二」で検索していただき、読んでいただければと思います。 

 

 日本でのレースを終えて、その日のうちにアメリカにやってきた。飛行機の中で寝るようにしたが、ずっと寝ているわけではない。やはり時差ボケがきつい。その時差ボケがおさまったのは水曜日であった。なんとかフリー走行に間に合った。

 WECの舞台は、アメリカ・テキサス州のオースティンにあるサーキット・オブ・ディ・アメリカである。レースの名称は「ローンスター・ル・マン」という。オースティンでの開催は4年ぶり。アメリカ南部にあるので暑さとの戦いでもある。

 朱里はフリープラクティスで、コースに慣れるようにしたが、第1コーナーがやっかいだ。急な上りの先に左ターンの下りがまっている。クリッピングポイントが見にくいのだ。スタートの際の混乱が予想された。

 予選はエースの小田が担当した。小田はきついBop(ハンディ)にもかかわらず、予選9位を獲得できた。前回の優勝で重量ハンディはもっとも重く、出力はもっとも低い497kwにおさえられている。レースの前半は厳しくなると思われた。

 午後1時レーススタート。担当はミックだ。問題の第1コーナーは無難に抜けた。レースは3台のF社のマシンが引っ張る。その後に2台のBM社のマシンが続く。BoPが比較的ゆるいので、今回のレースでは上位に入っている。そして地元のC社のマシンが6位にいる。このマシンもBoPがゆるくT社のマシンとは20kwの出力の差がある。馬力にすると25馬力ぐらい違うということだ。そしてミックが7位で続く。

 午後2時ドライバー交代で朱里が出る。このサーキットは結構疲れるので、1時間で交代することにした。フランス・ル・マンのようなロングストレートががないので、気が休まる暇がないのだ。それにバンピーだ。やたらとはねる。再舗装したというが、古い舗装と再舗装のつなぎの部分が一番はねる。ましてやゼブラゾーンに乗り上げるコーナーが多く、ステアリングが落ち着かない。

 朱里は8位で走り続ける。ポジションを上げるよりもGTカーを無難に抜くことだけを頭にいれて走った。まずはコースに慣れることが大事だ。

 午後3時またもやミックに交代。ここで上位陣にトラブル発生。F社の1台がスピンをしたと思ったら、スロー走行でもどってきて、なんとピットレーンで止まってしまった。そのままリタイヤになった。C社のマシンも長いピットインを強いられている。BM社の1台はコースアウトして止まってしまった。耐久レースは何が起こるかわからない。ミックは4位にあがっていた。

 午後4時、朱里に交代。ピットイン作業で2位にあがった。タイヤ無交換で出たのだ。規定でタイヤは18本使えることになっている。ここまでに12本使っている。あと6本。これをラストアタックの小田のために残しておく作戦だ。トップはF社の83番。サテライトチームだが、元F1ドライバーが所属している。ル・マンではトラブルが起きるまではトップを走っていた。勝てば初優勝となる。

 午後5時、朱里は猛アタックをかけた。トップに立とうかという勢いでせまるが、交代のためにピットに入った。あと1周あれば抜くことができたかもしれない。

 朱里は満足げな顔をして、小田にスイッチした。

「Good job ! 」

 と小田が声をかけてくれた。

 小田の走りは王者の走りでスキがなかった。チーム代表でもある彼は、「想定を超える男」として知られている。ところが、ひとつミスを犯した。第1コーナーの先で事故があり、ダブルイエローの旗が振られていたのに気づかなかったのである。止まっているマシンに気が付き、アクセルをゆるめたのだが、そのタイミングが遅かったようだ。審議対象となっている。他のマシンも同様なので、旗が振られるポストの場所が見にくいところにあるのが問題だと思われた。

 午後5時、小田は早めのピットインをして左のタイヤ2本だけを交換してでていった。ここからの走りがすごかった。次の周にトップのF社が入る。どっちが先に第1コーナーに入るか、全注目をあびた。結果は小田がトップにでた。T社のピットからは歓声があがっている。朱里もマネージャーの凛と抱き合っている。自分が貢献できたことに喜びを感じる一瞬であった。

 ところが、残り46分で審議の結果がでて、小田にドライブスルーのペナルティが課せられた。無線で小田にペナルティが伝えられる。小田は不服ながらも従うことにし、次の周にピットレーンに入ってきた。朱里はピット前で見送ったが、小田は厳しい顔をしてコースにもどっていった。そこからの小田の走りは神がかりだった。トップの83号車と9秒差があったのにもかかわらず、3秒差まで縮めたのである。残り3分でオーバーランをしてしまい、ロスをしてしまったのでトップに立つことはできなかったが、83号車のバックミラーに小田の姿を焼き付けたのは言うまでもない。

 予選9位から決勝2位は善戦といえる。一時は優勝できるかもしれないと思ったが、連続優勝すると2週間後のWEC富士戦でBoPがきつくなる。地元のレースで優位にたつためには優勝しなくてよかったかもしれないと思う者もいた。

 レース後、マネージャーの凛が朱里に寄ってきて

「鈴鹿のスーパーGTが台風の影響で中止になって、12月に延期だって」

「となると、12月までレースがあるということ?」

「そうでしょうね。年間契約だからね」

 当初は11月でレースが終わる予定だったが、それが延びてしまった。朱里は嬉しいのか悲しいのか、ちょっと複雑になった。

 次戦は2週間後のWEC富士。明日の飛行機で日本にもどる。また時差ボケとの戦いである。

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