第14話 スーパーGT 富士

※この小説は「スーパーGTに女性ドライバー登場」「続スーパーGTに女性ドライバー登場」のつづきです。実は、パソコンのトラブルで編集中に保存できなくなり、また新しいページで再開した次第です。今回の前段を読んでいない方は「カクヨム 飛鳥竜二」で検索していただき、読んでいただければと思います。  


 8月の第1週、暑い夏の日を迎えていた。日本各地で40度近い気温を記録している。予選日、富士のサーキット周辺は34度という高温であった。標高600mの高地なのにである。路面温度は54度にもなっている。コース上にはかげろうがあがっている。

 予選前、エースの山木が朱里に話しかける。

「暑いな」

「そうですね」

「夜は寝れたか?」

「ホテルは快適でしたよ。チームトラックの中でツナギに着替えた時がサウナみたいでしたね」

「エンジン切っているとエアコンきかんからな」

「ピット内も扇風機だけではしんどいですね」

「さすがの朱里もこの暑さには勝てんか」

「今年、秘密兵器を買いました。FAN付きベストです」

 と言って、朱里は両脇にFANがついているベストを着せてみせた。

「これを着ていると、首に風がきて気持ちいいんですよ。それに首元に保冷剤を入れられるので30分は涼しい風がくるんです。すぐれ物ですよ」

「オフィシャルの人たちが着ているやつだろ」

「そうです。オフィシャルにネットで買えると教えてもらったんです」

「レース中も着るのか?」

「まさか、重量オーバーになりますよ」

 と言うと、山木は笑っていた。

「ところで、今日の順番だが、最初に朱里が行ってくれ。なるべくタイヤを温存してな。うちはサクセスウェイトが少ないから無理しなくてもタイムはでると思う。それよりもタイヤ温存が大事だ。いいか」

「わかりました。無理はしません。アタックも1回で決めます」

「その意気だ」

「暑いマシンの中にいる時間は短い方がいいですから」

「そっちの理由か」

 と山木はあきれ顔で朱里を見てから、笑ってしまった。

 今年、1号車は第1戦でポイントをとったものの第2戦はタイヤバースト、第3戦は追突されてリタイヤと不運続きだ。チャンピオンマシンとしては不甲斐ないシーズンを過ごしている。落ち込みがちな山木を少しでもなごませようという朱里の心遣いである。

 予選Q1スタート。朱里はすぐにはでないで、他のマシンがでたところでコースイン。最初からアタックは1回と決めてある。2周走ってタイヤを温める。今日は路面温度が高いので、1周でも大丈夫かと思ったが、ニュータイヤなので皮剥きもしなければならない。

 3周目アタック。他のマシンはまだ本格アタックをしていない。朱里は最速タイムをたたきだして突っ走る。かと言って無理はしない。グリップ走法に徹している。結果、タイムは1分28秒470を出した。目標の28秒台中間に入れることができたので、山木から無線で

「朱里OKだ。もどってこい」

 と言われ、4周目にはピットインした。後は他のマシンのタイムを見るだけである。ライバルのH社100番のリリアが1分28秒026をたたきだした。サクセスウェイトは朱里より重いのにQ1のベストタイムである。朱里のタイムを見てのアタックであることは間違いない。

 Q2では山木がいいタイムをだした。1分28秒529と、朱里より落ちるタイムだがユーズドタイヤでのタイムでQ2ではH社8番に次ぐ2番目だった。さすがベテランである。合算タイムでは4位になった。H社が1~3位を独占である。

 ピットで山木が朱里に話しかける。

「H社勢が調子いいな」

「そうですね。富士はT社のホームコースなのに、T社勢はちょっとつらいですね」

「でも朱里はT社勢のトップをとったぞ」

「7位じゃ、うれしくないですよ。サクセスウェイトが軽いんですから」

「それを言ったらH社勢も同じだ。リリアは40kgだが、2位のH社は2kg、3位のH社は6kgしか積んでいない。この3台に食い込むのは並大抵じゃないな」

「そうですね、でもレースはやってみないとわかりません。350kmもあるんですから」

「前向きなところが朱里のいいところだな。明日も頼むぞ」


 決勝日、午後から雨という予報だが、気温は昨日よりも高い35度。路面温度は56度になっている。今日も暑さとの戦いである。まさに耐久レースである。観客は5万人を越えている。見ている方も耐久だ。

 第2戦の富士は3時間というタイム戦だったが、今回は350kmという77周のレースである。戦略は時間が短いこちらの方がたてやすい。特に、ピット交換のタイミングが大きいと思われた。

 レーススタート、朱里はポジションキープでH社勢3台についていく。3台とも女性ドライバーだ。3人とも無理をする気配はない。皆、チームから「Keep」の指令がきているのであろう。驚異なのは、予選8位のT社14号車だ。エースの福井がドライヴしている。他のT社のマシンがサクセスウェイトがきついので下位に低迷しているのに果敢に攻めの走りをしている。徐々に順位を上げてきている。

 20周目、14号車が5位にあがってきた。朱里のバックカメラにオレンジ色のマシンがせまってきた。コーナーでは何とかおさえることができたが、21周目のストレートでスリップにつかれ、第1コーナーでインに入られた。相手が福井ではいた仕方ないかと、ピットで山木は苦虫をかんだ顔をしている。無線で、

「あわてるな。福井についていくことだけを考えろ」

 と言い、朱里は10周ほど福井のケツを見て走った。同じマシンなのにストレートの伸びが違う。セッティングが違っているのかもしれない。

 31周目、残り46周でピットイン。早めのピットインだ。ニュータイヤで山木のドライヴィングにかける作戦だ。

「朱里、お疲れ。今日はイケるぞ」

 と乗り換え時に山木が朱里に声をかける。朱里は

「マシンはノープロブレム」

 とだけ言って、シャワーをあびにチームトラックに向かった。マネージャーの凛さんが甲斐甲斐しく世話をしてくれている。シャワーは簡易式なので、すぐに水がなくなる。でも、汗をひかせるには充分な量だ。その後は、チームのポロシャツに着替えて、ピットで山木の走りを見守る。

 33周目、3位を走っていたH社64番がピットでミスをした。タイヤ交換に時間がかかったのだ。これで山木は64番の前に出ることができた。

 35周目、14号車がピットイン。山木が最終コーナーに入る。第1コーナーではほぼ同時になる。ここが見どころだ。案の定、山木は14号車の後ろについた。14号車小嶋はアウトラップでタイヤがあたたまっていない。第2コーナーで山木は14号車を抜くことができた。これで3位浮上である。ピット内はやんやの歓声である。朱里も凛と抱き合って喜んでいる。だが、レースが終わったわけではない。まだ42周も残っているのだ。何があるかわからない。

 だが、山木は淡々と周回数をこなす。タイヤ温存策を自ら実践している。トップ2台のペースと同じタイムで走っている。このあたりはベテランの妙味だ。

 後方では抜きつ抜かれつの攻防が行われていたが、上位陣は安泰だった。トップから10秒遅れでチェッカーを受けた。今年初の表彰台ゲットである。トップは予選1位のH社8号車。野口と松山である。2位も予選どおりのH社100番。山元とリリアだ。表彰台でリリアは朱里に向かって勝ち誇った顔をしていた。朱里はチーム作戦だから仕方ないと思っている。だが、予選でリリアに負けたことは事実である。次に勝てばいいのだ。

 次戦は3週間後のSFのMOTEGI。少しでも上位に食い込みたいと思っている朱里であった。

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