第12話 WEC サン・パウロ

※この小説は「スーパーGTに女性ドライバー登場」「続スーパーGTに女性ドライバー登場」のつづきです。実は、パソコンのトラブルで編集中に保存できなくなり、また新しいページで再開した次第です。今回の前段を読んでいない方は「カクヨム 飛鳥竜二」で検索していただき、読んでいただければと思います。  


 朱里は南米ブラジルにやってきた。ブラジルというと、暑いイメージだが今は冬、気温は25度以下で過ごしやすい。またサンパウロは標高800mほどの高地にあるので、暑さをほとんど感じない。ただ「一人で歩くな」と言われているので、できるかぎりチームのメンバーと一緒に動くようにした。ホテルではマネージャーの凛さんと一緒だ。凛さんは体格がいいので、いいボディガードになってくれている。

 サンパウロのサーキットはインテルラゴスというブラジルきってのコースだ。コースの脇のビルの壁には、かの英雄アイルトン・セナの巨大な絵が描かれている。走らせてみると、今までのWECのコースとはだいぶ違う。距離は4300mと短いし、やたらとコーナーが多いし、上り下りが多い。最終コーナーは上りの左コーナーだ。常にステアリングをきるかギアチェンジをしていなければならない。忙しいサーキットだ。ル・マンの方がむしろ走りやすいかもしれない。それに古いサーキットなので、バンピーだ。やたらとマシンがはねる。

 ピットに戻ってきて、2号車の平田と話す。彼もサンパウロは初めてだという。

「抜きどころが少ないコースですね」

 と朱里が言うと、

「そうだね。まるで日本のSUGOみたいなコースだね。1コーナーがポイントかな」

 と平田が応えた。先日SUGOを走った朱里もそうだと思った。

 平田の予選はすごかった。初めて走るコースとは思えないハンドリングで1分23秒262を出し、予選2位を獲得した。そして予選1位は小田だった。1分23秒140を早々に出し、久しぶりにT社のフロントロウ獲得となった。ルマンでのうっぷんを晴らした感じだ。ただランキングトップのDP社の5番が予選3位につけている。耐久レースは予選は重視しなくていいが、DP社の動きは無気味だった。

 小田はポールをとって機嫌がいい。それにミックが復帰してくれた。ケガが完治したわけではないが、本人の意向もありレースに復帰することとなった。ルマンで代役を務めてくれたマリアはまたF1のリザーブドライバーにもどっていた。

 小田がレースのローテーションを発表した。

「6時間レースだから最初の2スティントはミック。体力的にきつい時は1時間半で朱里に交代するかもしれない。セカンドは朱里。ポジションキープでいい。ラストはオレがいく」

 ポジションキープと言われたが、トップでくる可能性が大だ。要は事故やトラブルに巻き込まれるなということだ。楽なことではない。


 決勝スタート。1コーナーでアウトにいた2号車がタイヤスモークをだして、タイヤをロックさせてしまいオーバーランしてしまった。幸いなことに舗装路面だったので順位を落とさずにもどることはできたが、タイヤにダメージを与えたことに間違いはない。

 1時間経過、1回目のピットを終えてもT社の1・2体制は変わらない。ミックの体調は心配するほどではないようだ。3位には51号車のF社のマシンがあがってきた。

 1時間30分経過、チームに激震がはしった。ミックにペナルティが課せられたのだ。30分ほど前に起きた事故でFCY(フルコースイエロー)が出されたが、その際のスピード違反である。ドライブスルーペナルティでピットコースを通り過ぎていった。幸いにタイム差があったので、トップはキープである。

 1時間40分経過、2号車のペースが遅れてきた。タイヤがへたってきたのだろう。DP社の5号車に抜かれた。

 1時間50分経過、2号車は早めにピットイン。平田に替わった。5号車はトップのミックに7秒差とせまっている。

 2時間経過、朱里の出番だ。15秒差がついていて余裕のトップと思われたが、朱里が走り出すと、異音と加速の鈍さを感じるようになった。

 2時間10分経過、朱里は緊急ピットインをした。メカが右のカウルをはずして調整をしている。燃料系のトラブル発生だ。1分ほどかかり、朱里は最後尾でコース復帰を果たした。こうなるとポジションキープというわけにはいかない。GT3のマシンに気をつけながら1台ずつ抜いていかなければならない。何台抜けるかわからないが、朱里にとっては、こちらの方がやる気がでる。トップキープの方が疲れると思っていた。 

 トップは2号車の平田である。DP社の5号車に27秒の差をつけている。

 2時間30分経過、朱里は2台を抜いて17位まであがった。マシントラブルは解決したようだ。後は確実に走るだけだ。

 3時間10分経過、ピットイン。燃料補給とタイヤ交換をする。タイヤにタイヤカスがいっぱいつくようになった。コース上には、タイヤマーブルとは言えないような塊が転がっている。ラインをはずすと石ころを踏むような感じがするくらいだ。

 ピットアウトすると14位で復帰できた。トップは2号車の平田だ。2位に20秒以上の差をつけている。

 3時間30分経過、GT3の85号車が緊急ピットイン。女性だけのチームで、以前のレースで優勝したこともある。耐久レースに女性が入るようになったきっかけを作ったチームだ。今回も一時トップを走っていたが、トラブルをかかえたようだ。マシンを停めるとガソリンがもれている。燃料系のトラブルだ。火災の心配があるので、ドライバーはすぐに降りていた。

 4時間経過、朱里から小田にチェンジ。ポジションは9位まで上がっていた。交代時、小田から

「よくやった。後は任せろ」

 と言葉をかけられた。ピット内にもどって、一息つくと中須賀が近寄ってきて

「お疲れ。19位から10台抜いておもしろかったか?」

 と聞かれたので、

「そうですね。トップを走り続けるよりはおもしろかったですよ」

「朱里は追い上げタイプのドライバーなんだな。それでいてスーパーフォーミュラでは後ろの方しか走れないのは不思議だよな」

「あれはニューマシンだし、まだ慣れていないからですよ」

 と半分口をふくらませた。中須賀は笑っていた。

 5時間経過、小田は8位まで順位をあげている。前にいる50番のF社のマシンとは1秒差だ。今は50番を抜くチャンスをねらっている。トップはカイルが乗る2号車。他のマシンがハードタイヤをはくのに対し、T社の2台はミディアムタイヤを選択している。滑ってタイヤを痛めることよりも、グリップしてラインを守ることを重視したからである。2位に50秒の差をつけて走っており、ピットインしてもトップを守れる余裕がある。このままいければいいと中須賀は思っている。

 朱里はシャワーを浴びて、すっきりした服装でピットにもどり、モニターを見ている。あたりは薄暗くなってきている。ライトをつけて走るマシンが多くなった。冬の日没は早い。

 残り30分で小田は50号車を抜いた。1コーナーでインに飛び込んだのだ。そして残り5分で51号車を抜いた。ルマン優勝のF社の2台を後半で抜くことができ、雪辱を果たすことができた。

 夕方5時、チェッカーフラッグが振られた。優勝は2号車。2位に1分近い大差をつけてのぶっちぎりの速さを見せつけた。2位と3位にはDP社が入った。ランキングリーダーを守っている。そして4位には1号車が入った。一時は最下位まで落ちたのに、ここまで挽回したのは驚異ともいえる。朱里は多くのメカから握手を求められた。彼女の追い上げでここまでこれたことを皆知っているからだ。

 次戦は1週間後のスーパーフォーミュラの富士。得意のコースで何とかポイントをとりたいと思う朱里であったが、地球の裏側からの帰国なので時差ボケ調整が大変だ。

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