第10話 WEC ル・マン

※この小説は「スーパーGTに女性ドライバー登場」「続スーパーGTに女性ドライバー登場」のつづきです。実は、パソコンのトラブルで編集中に保存できなくなり、また新しいページで再開した次第です。今回の前段を読んでいない方は「カクヨム 飛鳥竜二」で検索していただき、読んでいただければと思います。 


 6月半ば、ル・マンウィークが始まった。1週間前からル・マンの町はお祭り騒ぎである。

 現地入りして、朱里は新しいチームメートに会ってびっくりした。昨年まで、スーパーGTで走っていたマリアがいたからだ。彼女は今年F1のリザーブドライバーをしている。本人も耐久ではなくフォーミュラをやりたいと言っていたのに、また耐久レースにもどってきたのだ。

 チーム副会長の中須賀が言う。

「耐久の実績があるドライバーを探していたら、マリアのスケジュールがあいているのがわかってオファーしたら即OKがでたんだ。よろしくな」

 ということだった。昨年までのライバルが同じチームになるとは思っていなかったので、混乱しているというのが正直なところだ。そこにマリアが近寄ってきて、

「 I'm glad to be on the team with you . Being able to drive the same machine the conditions are the same . Right now I'm the third driver but I'm looking forward to being the second driver when it's over . 」

(あなたといっしょのチームになれてうれしいわ。同じマシンに乗れるということは条件は同じ。今は私がサードドライバーだけど、終わった時にセカンドドライバーになっていることを楽しみにしているわ)

 そうだ。朱里にとってはマリアはチームメートであり、かつ最大のライバルなのだ。予選のタイムや決勝の走りで評価されることになる。

 

 ハイパーカー部門は9メーカー23台の参戦となった。D国のP社(PD社)とA国のC社が速い。T社のマシンは重いマシンに苦しんでいる。なかなか最高速が伸びない。だが、チーム監督の小田は楽観視している。ル・マンはスピードよりも確実なドライヴィングと堅実なピット作業がポイントとわかっているからだ。

 1号車はマシントラブルに悩んでいた。電装部品の不調でメーターがついたり消えたりした。早めにわかったので、それは解決できたのだがタイムも思ったように上がらない。ウェイトハンディだけではないようだ。

 フリープラクティスで朱里は3分25秒888を出した。マリアは3分25秒999と朱里は一応先輩の面目を保つことができた。マリアは苦虫をかんだような顔をしている。小田は3分25秒223で予選にのぞみ、4位のタイムを出していたが残り2分でコースオフ。レース中断になってしまった。レース中断の原因を作ったということで、1号車は全タイム抹消となり、ハイパーカーの最後尾となってしまった。2号車も予選11位におわり、2台ともハイパーポールの8台に入ることができずじまいとなった。

 決勝前日、ル・マンの町でパレードを行う。朱里はマリアと同じ車に乗って、観客にあいさつするのだがなんかぎこちなかった。マリアも朱里に話しかけることはしない。笑顔は見せているが、観客のための作り笑いでしかなかった。小田も予選のミスを気にしているのか浮かない顔をしている。チャンピオンカーチームなのに、雰囲気はよくない。

 パレードを終えて、中須賀を加えてチームミーティングを行った。ローテーションの確認である。最後尾からのスタートなので、前半はおさえて走らなければならない。無理して走ると22台を相手にし、事故に巻き込まれるおそれがある。勝負は夜が過ぎてからだ。そこで、小田がローテーションを決めた。

「最初の90分は朱里。他のマシンに巻き込まれずに走れ。周回遅れにならなければ御の字。トップから1分以内なら最高だ。2番目はオレがいく。2時間半走る。ここまで走れば、ばらついてくる。あとはペースを守る走りだ。3番目はマリア。2時間だ。夜の1番目は朱里・2番目はオレ・3番目はマリア。いずれも2時間ずつだ。事故らずにペースを守る走りをしてほしい。夜明けの1時間は朱里・次の1時間がマリア・その後にオレがいく。他のマシンがトラブルを起こす時間帯だ。ここで順位をあげる。朝7時から2時間は朱里、9時から2時間がマリア、11時から2時間がオレ。そして1時からは1時間ずつラストアタックだ。朱里・マリア・オレの順でいく。異論はあるか?」

 マリアのローテーションが崩れるが、彼女は文句を言わなかった。自分がサードドライバーとしての役割を果たすことが大事だとわかっているからだ。


 決勝スタート。天気はよくない。ウォーミングアップランの時に雨が降った。天気予報でも雨雲の予想が出ているし、明日は雨の予報だ。タイヤ選択が勝負を決めるかもしれない。

 午後4時、朱里は最後尾からのスタートなのである意味気楽だ。前の集団のトラブルに巻き込まれないようにだけを気をつければいい。最初の3周はタイヤをあたためる意味でも最後尾で走った。4周目からはストレートで1台ずつ抜いていく。元々は上位で走れるタイムをもっているマシンだ。後方のマシンは楽に抜ける。

 午後5時半、朱里は予定どおり走り切り、小田にスイッチした。順位は14位にあげたが、タイムは目標に届かなかった。代わりばな、小田に

「すみません。60秒を越えてしまいました」

 とあやまると、小田から

「先は長い。気にするな」

 と言われた。ピットに入って、中須賀からも

「Good job! 」(よかったよ)

 と、なぐさめられた。マリアとは視線が合わなかった。今日は暑くないので、汗はかいていないが、シャワーをあびてベッドで横になる。寝るほどではないが、夜に向けて目を休める。そのうちに眠ってしまっていた。

 午後6時、雨が降ってきた。だが、ピット周辺からユーノディール入り口までの前半だけで、後半は降っていない。チームはレインタイヤを選択し、小田を緊急ピットインさせた。だが、F社やPD社の上位陣はスリックタイヤのままだ。雨はすぐにやむと判断したようだ。

 午後6時15分、雨がやんだ。上位陣とのタイム差は10秒もある。これでは離されるだけだ。またもや緊急ピットイン。スリックタイヤにもどすことになった。ピットイン1回ミスった。だが、これが24時間レースなのだ。朱里はそのころ寝入ってしまっていた。

 午後7時、小田は順位を挽回して15位まで回復させた。マシンは好調だ。

 午後8時、マリアにチェンジ。12位で復帰した。6月のル・マンはまだ明るい。マリアは無理せず12位をキープしている。

 午後10時、朱里にチェンジ。代わりばな、マリアが

「Be careful , it's getting dark . 」

(暗くなるから気をつけろよ)

 と言ってくれた。無言でくるかと思っていた朱里は返事に困ったが、

「Thanks .」(ありがとう)

 とだけ言うことができた。

 午後11時、朱里が給油を終えてコースにもどると、ミュルサンヌコーナーでアクシデント発生。BM社とMC社が接触し、BM社のマシンがガードレールに激しくぶつかった。マシンの前半分がなくなっている。MC社のマシンはピットにもどってきたが、破損が激しい。セーフティカー導入となった。朱里は8位で隊列に並んでいる。その後が長かった。ガードレールの修理が必要になったので、それから1時間半の時間がかかってしまった。

 午前1時、朱里から小田にチェンジ。朱里にとっては初めての3時間走行となった。この頃から雨模様となり、レインタイヤにはきかえている。ピット作業も順調で、ノーミスで走っているので、小田は3位でコースに復帰できた。トップは2号車の平田である。タイム差は30秒以上ある。

 午前3時、小田からマリアにチェンジ。中須賀から1時間に変更すると言われている。この後、スプリントタイムのローテーションだからだ。

 午前4時、マリアがピットインしようとする直前にまたもやアクシデント発生。2度目のセーフティーカー導入だ。雨が激しくなっているので、単独スピンしてガードレールにぶつかっているマシンがいた。

 マリアから朱里にチェンジ。

「Heavy rain . Be careful !」(強い雨だよ。気をつけて)

 と言ってくれた。今度はしっかり礼が言えた。ただ、SCカーがくるまでピットレーンで待機を強いられた。順位を5位まで落としてしまった、トップは2号車が守っている。

 午前5時、いまだにSCカー先導だ。小田から無線が入る。

「朱里、まだいけるか?」

 そこで、朱里は

「No plobrem . 」(問題ない)

 と英語で返した。冷静なことをアピールしたかったのかもしれない。それにしてもSCカーと仲がいい朱里になってしまった。

 午前6時、まだSCカー先導。さすがに朱里もこれ以上は走れない。マリアとチェンジ。交代する際、

「Just rainy driving .」(雨のドライブよ)

 とだけ朱里が言うと、マリアは笑っていた。やっとマリアと打ち解けた感がしてきた。

 午前7時、マリアから小田へチェンジ。マリアはずっとSCカーに先導されてうっぷんがたまっていたようだ。ふてくされてピットにもどってきた。

 午前8時10分、小田が

「No looking !」(見えない)

 と言って、ピットに入ってきた。前のマシンがオイルをふいたのかどうか、原因不明だがフロントガラスがくもっている。メカニックが素早くスクリーンをはがすとクリアになった。スクリーンは残り1枚。同じことが続かなければいいのだが・・。

 給油を終えて出ていくと、SC解除になった。なんと4時間におよぶSCカー先導となった。ガードレールの修理はとうに終わっていたのだが、雨が激しく予防的な意味でのSCカー導入だったらしい。

 午前9時、小田から朱里にチェンジ。小田のがんばりで3位でもどることができた。雨は降ったりやんだりをくり返している。他のマシンと比べてもタイムは悪くない。スリックでのタイムは他メーカーのマシンに劣るが、レインタイヤではひけはとらない。マシンのバランスがいいということだ。

 午前11時、マリアにチェンジ。3位キープで走ってきたが、ピット作業で一時4位に落ちた。ここからは1時間ずつのスプリントだ。

 正午、マリアから小田にチェンジ。天気は相変わらず降ったりやんだり。他のマシンにはトラブルが起きている。ピットインごとに順位が変わるが、小田は3位キープだ。

 午後1時、朱里にチェンジ。小田から背中をたたかれる。朱里のラストスティントだ。すると、2位を走っていたF社のマシンにトラブル発生。なんと右ドアが開いたり閉まったりしている。ドアヒンジのトラブルだ。レースコントロールからピットインの指示があり、F社は順位を落とした。トップは2号車、朱里はその20秒後を走ることになった。2号車は見えないがT社のワンツー体制になった。

 午後2時、マリアにチェンジ。マリアが

「Good job !」(いい仕事をしたね)

 と声をかけて乗り込んでいった。

 午後2時10分、2号車が他クラスのマシンを抜こうとして接触、スピンを喫してしまった。魔のミュルサンヌコーナーであった。そこを多くのマシンが抜いていくが、いずれも別クラスのマシンでハイパーカーに抜かれたわけではない。コースに復帰できたが、タイヤにダメージを負ってしまった。2号車はピットインを強いられる。それでマリアがトップにたつ。

「Waohh !」

 と叫んでいる。

 午後3時、小田にチェンジ。ピットインでF社のマシンに抜かれた。F社は2周前にピットインしていた。2号車は5位までポジションを落としている。

 そこからのトップ争いは燃費との戦いとなった。小田は3分54秒台で追い上げる。燃料の心配はない。だが、トップのF社は燃料ぎりぎりだ。緊張のファイナルラップ。小田は20秒あった差を14秒まで縮めている。

 午後4時、F社がフィニッシュ。燃料残量はわずか2%だった。小田は2位でフィニッシュ。2号車は5位となった。同一周回に9台もあるという例年にない接戦の24時間レースとなった。

 小田がピットにもどってきて、中須賀とがっちり握手をする。

「お疲れ、最後尾からよくやったよ」

「くやしいっす。あと一歩だったのに・・」

「仕方ないさ。やるだけのことはやった。レースの神さまが俺たちに微笑まなかっただけだよ」

 小田は朱里とマリアに近寄ってきて、

「 Thank you for your hard work . Sorry I couldn't catch up at the end . 」

(お疲れ。最後追いつけなくてごめんな)

 するとマリアが

「 Thank you for calling . I was excited to be in the lead . Thank you for letting me experience the joy of Le mans . I didn't actually intend to do an endurance race , but if there's another chance , please call me . 」

(呼んでくれてありがとう。トップで走れて興奮したわ。ル・マンの楽しさをかんじさせてくれてありがとう。本当は耐久なんてやるつもりはなかったんだけど、また機会があったら呼んでね)

 と、にこやかに返事をしていた。朱里が、

「 You said you were going to do Formula so why did you go to Le mans ? 」

(フォーミュラをやるっと言っていたのに、どうしてル・マンに出たの?)

 と聞くと、

「 Jacob asked me to . I can't say no to the team owner . 」

(ヤコブに頼まれたからね。チームオーナーには断れないでしょ)

 ヤコブとは、マリアがリザーブをしているF1チームのオーナーである。T社とは提携関係にある。

「 Now , let's hold our heads high and take to the podium . 」

(さあ、胸をはって表彰台にあがろうぜ)

 と小田が朱里とマリアに声をかける。やりきったという顔だった。


 朱里は1週間後にSUGOでのスーパーフォーミュラが待っている。機内で休むことぐらいしかできないが、先を見るしかない。でも、いい疲れだった。

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