第3話
宿泊フロアには各階に備品置き場があるので、昼ご飯はそこで食べることになっている。
「谷さん、いつもお弁当ですよね」
向かいに座り、保存容器に詰めた弁当を広げている谷さんに話しかけた。
俺に相棒が出来て3カ月。谷さんは平日メインでシフトが組まれているが、宿泊客の多い休前日などは俺と2人体制で業務を行うことが多い。かなり年上の後輩という不思議な存在にも慣れた。
「奥さんに作ってもらってるんですか」
一瞬箸が止まった後、谷さんがちょっと恥ずかしそうな顔で笑いながら教えてくれた。
「これ、僕が自分で作ってるんよ。料理そんな得意でもないんやけど、節約できるとこからしなあかんよなぁ、て」
玉子焼き、赤ウィンナー、ほうれん草の胡麻和え、ミニトマト。ごはんの上には鶏そぼろと海苔が一枚。不得意と言いながら、緑、黄、赤の三色がしっかり使われていて十分美味しそうだった。
「陸くんはいつもおにぎりだけやね」
「どでかいヤツですけどね。ふりかけ混ぜたらおかずっぽくなるかなと思って」
ラップに包まれたおにぎりが2つ。
せめておにぎりぐらい握れるようになりなさいという親の命令で、バイトの日は自分で作るようにしている。
「もっと野菜とかお肉とか、バランスよぅ食べた方がええよ。自分が食べたもんで身体って作られるんやなぁって、年取った今、しみじみ思うもん」
「じゃあその玉子焼き、ひとつ下さい」
そう言うと俺は、谷さんの弁当から玉子焼きをひとつ奪い、口の中に放り込んだ。
「わ、なんかじゅわっとする。もしかして出汁入ってます? 旨ッ」
俺の素早い動きに一瞬驚いた谷さんだったが、褒められたのが嬉しかったのか、くすぐったそうに笑った。
あ。この笑顔はなんとなく本当っぽい。
俺はじんわり広がる優しい出汁の味を、口の中で転がした。
「ありがとう。
「いやだって本当に美味しいし」
胡麻和えはほうれん草にシャキシャキとした歯ごたえがあって、毎回茹ですぎてくたくたにさせる母親の作るそれと比べて3倍ぐらい美味しかった。
そうだ。
俺はおにぎりをひとつ手に取り、提案する。
「俺が谷さんの分のおにぎりを作って、谷さんは俺の分のおかずを作る。で、お互いに交換するんです。どうですか」
「え、僕の作るモンなんてそないええモンちゃうし、そんなん食べさせるやなんて主任に申し訳ないわ」
「俺が谷さんの作るごはんが好きだからいいんです」
そう言うと、谷さんの顔がぶわっと赤くなった。
「えぇ……そんなん……ほんまにええんかな。なんか緊張して失敗しそうや」
「はは。それもまた面白そう。じゃあ谷さん、連絡先交換しましょうよ」
「なんで」
「おにぎりに混ぜるふりかけ、どれがいいか聞くんで。谷さんもお弁当の写真、送ってください。『今日はコレ食べられる』て思ったら、仕事サクサク進みそうでしょ」
『仕方無いなぁ』という感じで笑いながら、谷さんはスマートフォンを取り出す。
「わかった。改めて、昼ご飯もよろしくな」
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