第2話
出勤して最初に行うのは、カートにあるドリンクの補充だ。一番はける水を多めに積んだら、マスターキーを手に客室がある各フロアを回る。
未使用の部屋はスルー。
チェックアウトが済んだ部屋は、冷蔵庫の清算があろうがなかろうが関係なく確認する。
清算通りに冷蔵庫の中が不足していれば抜けているものを足す。飲んでいる癖に用紙をフロントに出さない『タダ飲み』が起きた時は、チェック用紙に赤字で記入する。
連泊の場合はまずノック。在室なら宿泊客に冷蔵庫チェックを行う旨の了承を得てから室内へ。不在であれば後回しにする。
チェックアウト時間以降の作業なので、宿泊客と顔を合わせることは連泊を除いてほぼない。
何という気楽なバイトなんだ。
接客業のように笑顔を張り付けなくていいし、誰かとペースを合わせることなく自分の早さで進められるなんて最高だ。
そんな風に思っていたら、半年後、俺に仕事仲間が出来た。
「
ニコニコ笑顔でおっとりとした関西訛りの挨拶をしてきたのは、俺の年を倍にしてもまだ少しだけ足りないぐらいの、大人の男の人だった。
「今日からあんたと組んで冷蔵庫チェックしてもらうことになったから。色々教えてあげて」
「俺、年下なんだけど」
「仕事ではあんたが先輩でしょうが。谷さん、これうちの子。頼りないとこもあるけど、仕事は真面目にやるから安心してね」
常々感じることだが、なぜ親というのは自分の子どもを紹介する時、一度落とすのだろう。目の前で貶される子どもの身にもなれと思いつつ、俺も挨拶する。
「
「山田主任のお子さんなんですね。名字で呼んだらややこしなるかもなんで、陸くんて呼んだ方がいいですかね」
「好きに呼んでやって。それじゃあ陸、後は任せるわ」
「りょ」
谷さんの顔はずっと笑っていて、目は糸みたいになっている。何でそんなに笑う必要があるのか、謎だ。
人に教えるとか向いてないし、面倒臭いな。
ひとりでやれるところが良かったのに。
さよなら、気楽な俺のバイトライフ。
などと思っていたら、谷さんはめちゃくちゃデキる人だった。
仕事の進め方について、今のやり方を試した上で更に効率良くするにはどうしたらいいのかを検討し、思いついたアイデアは即実践。より良い方法を取り入れていくことで、作業のスピードが格段に上がった。
そしてそういった事のひとつひとつを優しく微笑みながら俺に共有してくれた。
年下だからと頭から物を言うような態度をせず、先輩として俺のことを立てつつアシストするという、なんともスマートで好感度の高いやり方だったのだ。
高校生の自分を仕事仲間として扱い、認めてくれる大人に俺は初めて出会ったような気がして嬉しかった。
が、そんな気持ちが増すほど、ある疑問が膨らんだ。
周囲への気配りも抜群で仕事もデキる人なのに、どうして田舎のビジネスホテルで高校生でもやれるようなアルバイトをやっているんだろう。
こんなにデキる人が誰の目にも留まらないような仕事で埋もれていることがどれだけ世の中にとって損なのか、さすがの俺にもわかる。
もったいないなぁ。
まぁでも、大人には大人の事情があるんだろう。
俺ごときが知ったところで、別に何がどうという訳でもないし。
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