(8)――ごめんなさい。

 朝一番に、猫塚君に謝ろうと思った。

 昨日の喧嘩じみた口論は、どうしたって私が悪い。猫塚君なりにいろいろと考えて言ってくれたことを否定するだけの権利なんて、私にはないというのに。

 羨ましくて、妬ましくて。

 つい口から出たのが、あの言葉だったのだ。

 そう、私は無表情にかまかけて、言葉にしなさ過ぎだったのだ。

 人付き合いをしていく中で、表情をコントロールする力は必要だ。その結果が無表情になってしまったって、言葉でいくらでも伝えようはある。それさえ怠ってしまったのが、私なのだ。昨日の「今日」、猫塚君が伝えようとしていたのは、そういうことなんじゃないだろうか。

 ごめんなさい。

 この六文字を伝えるだけなのに、私の心臓はぎゅうぎゅうと痛みを訴えるほど緊張していた。

 しかし。

 いつもなら、遅くとも午前中に来る猫塚君は。

 この日、とうとう河川敷に来ることはなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る