(5)――「昨日の『今日』、学校サボって駅前広場に居たでしょ」
どこに居ても、私だけが異分子で、私だけが世界から疎外されている。まるで見えない膜が、世界と私の間に一枚挟まっているような感覚だ。
やはり学校へ行く気にはなれなくて、「今日」は町外れの河川敷へ来ていた。
高校生が昼間っから学生服姿でこんな場所に居ると、否が応でも視線を感じる。しかし、なにかやんごとなき理由でもあったのだろうと察してくれたのか、どこかへ連絡されることはなかったようで、私は心ゆくまで河川敷で過ごすことができた。
誰にも邪魔されない静かな場所で、私はゆっくりと思考を巡らす。
どうしてこんな状況に陥ってしまったのか。
昨日の「今日」、私はこの状況を『今日に閉じ込められた』と表現したが、閉じ込められるほどの罪でも犯したというのだろうか。
罪。
であれば、これは罰なのだろうか。
どうやったらこの牢獄から脱出できるのだろう。
わからない。
なにもわからない。
それが、途轍もなく怖い。
「――やっと見つけた」
と。
頭上から知らない声が降ってきて、私は反射的に顔を上げた。
そこには、同じクラスの男子が立っているではないか。
名前は確か、そう、
四月のクラス替え当初、女子たちが彼を取り囲んで騒いでいたのを覚えている。猫塚君は所謂イケメンというやつで、人の美醜に疎い私でさえ、顔が整っているとわかるほどだ。
しかし彼の人気は、一ヶ月と続かなかった。クラスの女子たち曰く、「愛想がない」というのが理由だそうだ。なにを言っても無愛想な態度で返され、五月の連休が明ける頃には「観賞用」と言われ、遠巻きにされていた。
ある意味、周囲から浮いて孤立しているという点では私と共通点を持っているが、今日まで話したことは一度もない。
そんな彼が、聞き間違いでなければ、私を探していたというのだ。
学校をサボったことでなにか連絡事項があったのであれば、昨日の「今日」にでも自宅に来ているはずだ。しかし昨日の「今日」はなにもなかった。猫塚君は「今日」初めて河川敷で私を見つけたのだ。
どのイレギュラーが現状を引き起こしたのか考えあぐねているうち、猫塚君は私の隣に座り、
「昨日の『今日』、学校サボって駅前広場に居たでしょ」
と、確信めいた調子でそう言った。
「え? うん、そうだけど。……うん? え?」
先の猫塚君の言葉に矛盾を感じて、私の口からは大量の疑問符が飛び出した。
他の人にとっては、昨日の「今日」もなにもない。同じことを繰り返すだけの「今日」という一日でしかないはずだ。しかし今、猫塚君は昨日の「今日」のことに言及した。
彼は知っているのだ。
「もしかして、猫塚君も、繰り返してるの……?」
恐る恐る、尋ねてみる。
一見すれば頭のおかしな質問だ。
しかし、訊かないわけにはいかなかった。
「うん」
果たして、猫塚君はあっさりと肯定した。
「ど、どのくらい?」
「うーん、一ヶ月か二ヶ月か……もしかしたら半年かもしれない。もう数えるのやめちゃったんだよね」
彼の回答にひゅっと息を呑んだ私とは裏腹に、猫塚君は嬉しそうに微笑んで、言う。
「昨日の『今日』、駅前広場で泣きそうになってる人は初めて見てさ。すぐに俺と同じなんだって思ったんだ。本当はすぐ声をかけようと思ったんだけど、狐井さん、走ってどこかへ行っちゃったし。『今日』は同じ場所に来てなかったから、結構探し回ったんだよね。いやあ、見つかって良かったよ」
「なんで私を探してたの?」
「え? だって、一人でこんな状況下に居たらおかしくならない? それに、俺もそろそろ話し相手が欲しかったしさ」
確かに、あのまま一人で居たら、状況が解決するより先に、私の気が触れていたかもわからない。だから猫塚君の登場は、それこそ地獄に垂れた蜘蛛の糸のように有り難い限りなのだけれど。
「猫塚君は、どうして『今日』を繰り返すことになったか、わかる?」
「それは……わかんない」
しかし猫塚君は、救世主ではなかったようだ。
あくまで、同じ状況に巻き込まれた被害者同士というわけだ。
「あのさ、猫塚君」
この繰り返しの先輩になる猫塚君に、訊きたいことはたくさんあった。まずどれから訊こうか、頭の中で整理がついていないうちに、口が先へ先へと動いてしまう。
しかし、それに待ったをかけたのは、猫塚君だった。
「ストップ、ストップ。気持ちはわかるよ。でもさ、もうすぐ日も暮れるから、続きは明日にしようよ」
そう言われて、改めて私は周囲を見回した。
さっきまであったはずの透き通るような青空が、いつの間にか、濃い橙色に変わっているではないか。考えごとに没頭し過ぎた。しかし、それだけ打破しなければならない現実に直面しているのだから、仕方がない。
「……わかった」
どうせ明日も「今日」なのだから、帰りが遅れたところで構わないとも思ったけれど。それはあくまで、私の側の事情だ。猫塚君の家は門限に厳しいとか、そういう事情があるのかもしれない。
そう思って、私は素直に頷いた。
「明日の『今日』、ここで待ち合わせよう。午前中には来るようにするよ」
「わかった。それじゃあ、また明日ね」
今日なんだか、明日なんだか。
こんなにわけのわからない別れの挨拶をしたのは、生まれて初めてだった。
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