まち

結絃

72dpi

 日が落ちてきた。アスファルトに自分の影が細長く伸びている。あしながおじさん、という言葉の意味を知らなかった頃は、文字通りこの影みたいに、ひょろりとしたおじさんがいるのだと思っていた。影を踏んでみようと足を持ち上げると、コオロギが足の間を飛び抜けていった。

 オフィスビルが並ぶ通りを抜けて、閑静な住宅街に入った。ここを散歩するのはこれで31回目だ。同じ場所でも、毎日歩いていれば時折り新たな発見がある。こんなに入り組んだ路地の奥に選挙ポスターを貼って、一体誰が見るのだろうか。

 子供の頃から画面の見過ぎでじわじわと視力が落ち、今もなお視力検査の結果は悪化し続けている。目が悪いことは自覚している。しかし、これほどまでとは。自分のつま先の輪郭もはっきりしない。さっき足元を颯爽と飛び抜けていったコオロギも、木の葉だったかもしれない。

 人気のない道を選んで歩きつづける。すでに太陽は眠りにつき、民家の明かりも少なくなった。ただでさえ目が悪いのに、暗くなるにつれてさらに周囲が見えづらくなる。4Kテレビに映されていた景色が、低画素数のぼけた写真に変換された。

 おや、と目を凝らして立ち止まった。数メートル先にある電柱の下に、誰かが座り込んでいる。はたして具合でも悪いのだろうか。浮浪者かという考えも一瞬かすめたが、この辺りではあまり見かけない。大丈夫ですか、と声をかけようと口を開きかけたところで気が付いた。ゴミ袋だ。そろそろコンタクトの度数を上げるべきか。

 

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まち 結絃 @yuzuru26

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