第2話

 サンキエをただひたすらに周囲にぶちまけてモンスターを退治していると、影が濃くなっていることに気がついた。

 モンスター相手にサンキエ一本で必死に立ち向かっている間に、どうやら夜になってしまったようだ。

 陽が落ちた荒野は風を防ぐ建物がなく、結構冷える。俺は急足でそこか落ち着けるところを探した。


 銃の弾丸をリロードするように、サンキエをトレース能力で増やしておく。しかし増やしたところでモンスターの相手ばかりしていては俺の体力が保たないので、モンスターから身を隠しながら洞窟のように横穴が続く岩の中に身を潜めた。

 先程からうろういている荒野に人が住んでいる気配はなく、人が通る様子もなかった。つまりこの荒野から出るにはひとまず自分の足で移動するしかなさそうだ。


「さすがに異世界にタクシーとかはねぇよなー」


 あったとしても無一文な俺には支払いができませんけどね。と鼻で笑いながら、穴の奥に進んでみる。

 風の吹く音が聞こえるのでどこかに通り抜けできると信じているが、これがもし巨大なモンスターの寝息とかだったらジ・エンドだ。


 どうして異世界でまで金欠で大変な目に遭わなければならないんだと不満は沸々と湧いてくるが、神さまとやらがいない今、文句を言ったところで意味はない。

 俺は知り合いのいない、どんな世界かもわからない異世界でひたすら前に進み、そしてやっとの思いで穴を抜けた。


「わ、わあ」


 いかん、衝撃で語彙が死んでいた。

 口元から語彙力のない歓声のような驚きのような変な声が漏れてしまったのは、眼前に随分と緑豊かな世界が広がっていたからだ。

 先程までは荒れ果てた荒野だったというのに、穴を抜けた先は豊かすぎる緑が一面を占拠している。

 この世界を作った神さまはパラメータを左右に振り過ぎたのかもしれない。


「ジャングルだー」


 放心する俺の頭上をキキッと鳴き声をあげて猿がターザンのようにぶら下がっていった。

 一匹二匹三匹、何十匹にもなる猿たちが悠々自適そうに移動し、食事をとっている。

 そういえば猿も人も同じようなものだよな? 俺はそういう考えに至って猿に声をかけた。


「へい、そこのレディースアンドジェントルメン! 俺にちょっとでいいから食べ物をわけてくれないか? ほんとお願い、俺何時間も飯食ってなくて腹が背中にくっつきそうなの! トイレ掃除のバイトしてたら急に異世界に来ちゃって帰り方わからないどころかモンスターに襲われるし、所持金はゼロで持ち物はサンキエのみ! あっ、食べ物わけてくれたら俺からはサンキエ一本プレゼントするから! 大丈夫、遠慮しないで! 固有魔法で何個でもトレースできるから!」


 そう捲し立てながらサンキエ片手に猿に近づくと、ボス猿のような体格の猿が土を投げてきた。

 それが俺の顔面にクリーンヒット。


「……こんのクソ猿がぁ!」


 空腹で普段より気性が荒くなっている俺は猿に一発喰らわせてやろうと息巻いて近づいた。しかしまた土を投げつけられ、顔面でキャッチした。


「…………うん、とりあえず前に進もう」


 言葉の通じない動物相手にキレていてもしかたがない。というよりあの猿たちと戦ったところで俺の体力が無駄に消耗されるだけだ。

 ここは利口に物事を判断しなければならない。俺は顔についた土を払い猿との会話を諦めると、前に進むことにした。


 周囲には草や謎の木の実が覆い茂っているが、ここは猿の縄張りだしなによりこれらが食べられるかの判断がつかない。

 素人判断で毒のあるものを食べてお腹を壊したら大変だ。俺は鳴き続ける腹の虫に、泣きたいのは俺の方だよと呟きながらジャングルの外を目指す。

 荒野からジャングル。ゲームだとマップが急に変わったように思えるが、ちゃんとあの荒野とこのジャングルは陸続きなのだろう。

 落ちた陽と、本日二回目の邂逅がその証だと思う。今俺の目の前にいるモンスターは、先程の荒野で一番最初に俺を襲ってきたタイプと外見が一緒だ。おそらく俺と同じく荒野からあの穴を抜けてこちら側のジャングルまできたのだろう。


「……」


 いくらあいつにサンキエが効くからって、特攻を仕掛けるとど俺は馬鹿ではないつもりだ。

 モンスターは木の上の方にできている実を食べるのに夢中になっていて、俺の存在には気がついていないようだ。

 隙をついてその横を駆け抜ける。

 無駄な殺生はしない……というよりももう体力があまり残っていない。

 せっかくの異世界なのだから体力無限にしてくれても良かったのに。

 空腹のせいで増える不満を心の中で抑えながら歩いていると、ジャングルの端に辿り着いたようだ。木々の隙間から月の光が届いていて、先方を照らしてくれていた。


「ああ、良かった。今度は荒野でもジャングルでもない……」


 そこで俺の意識は途切れた。

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