第32話 王女は国王の非道を知る。
必死にエマの止血を試みるマルグリットの横で、国王は独り舞台でも始めるかのように朗々と語り始めた。マルグリットの代わりに国王との会話を引き継いだのは、ディランだ。したたかに身体を打ち付けてはいたが、勇者一行として魔王討伐に同行する神官というものは、見た目よりも案外丈夫にできている。
「いつ気が付かれたのですか? 陛下は王女殿下の顔など、覚えていらっしゃらなかったでしょう?」
「気が付いたのは本当にごく最近のことだ。辺境の町に聖女が現れたという噂が出てきてからだな」
いくら関わりが薄かったとはいえ、入れ替わりが成功したことがそもそも問題だったのだが。いかに自分の娘に興味を持っていなかったがよくわかる事実を皮肉ったつもりが、国王は意にも介さず、逆にディランたちを当てこすってきた。
「せっかく美しい容姿をしているのだから、話し相手にちょうどよいと思ってな。茶会や夜会に来るように声をかけていた。まあ、顔を見せに来ることがあっても毎回相槌ばかりで、自分のことは何も話そうとはしなかったが」
エマは勇者とともに離宮に引きこもり、必要以上の接触は避けていた。しかし、国王からは定期的に集まりに参加するように声をかけられていたようだ。
マルグリットからディランも話を聞いている。美しい容姿は厄介な問題を引き寄せることも多い。魔法が使えず、生家から追い出され平民として暮らしていたエマは、あえて醜女の振りをしていたのだとか。とはいえ、醜い容姿もまた下手をすれば他人から軽んじられ、迷惑を被りやすい。勇者の妻はその辺りのバランスを図りながら、他者とうまく距離をとっていたようだ。それならば、なぜ国王に入れ替わりが露見したのか。
「先日の夜会で、静かに会話ができるように誘ったのだが。何を勘違いしたのか、休憩室に連れ込まれると思ったらしい。慌てた際に足を滑らせて、擦り傷を作っていた。年頃の娘が傷だらけでは気の毒だと治癒魔法をかけて驚いたよ。まさか、儂と同じ魔力の型ではなかったとは」
「怪我をしたのはあくまで偶然で、そこで初めて気が付いたと」
「恐ろしいことだ、勇者が王家の乗っ取りを企むとは。信じていた相手に裏切られることは、何よりも辛く悲しいものだよ」
「つまり、わたしと王女殿下も共謀したとお考えですか?」
ディランが勇者を制して尋ねると、国王はひどく下卑た笑みを浮かべてみせた。
「そうでなければ、入れ替わりは成立しないだろう? だが、儂は心が広い。お前たちがひざまずき、許しを乞うのであれば、咎めるつもりはない。王族と勇者が争い、国が荒れるのは誰も望むところではないのだ」
大袈裟に身震いしてみせる国王のその顔は、愉悦に浸っている。国の未来を憂い、平和的に物事を解決しようと模索しているようにはとても見えない。いけしゃあしゃあとのたまう国王の言葉に、黙って会話を聞いていたはずの勇者が否定の声を上げた。
「違う! この獣にも劣る男はエマを無理矢理手込めにしようとした! 血の繋がりの有無に気が付いたのは、そのせいだ!」
「勇者、そして神官長よ。お前たちは一生、この国の決定に付き従え」
「王家の犬になれと?」
「言うことを聞けば、可愛がってやる。昼も夜もな」
「それにしては、勇者殿は荒っぽい扱いを受けているようですが?」
「勇者の持ち物は、飼い主の持ち物にある。当然の権利を邪魔されたなら、躾が必要になるのは当然のことではないか?」
何の疑問も持っていない顔で、国王は嗤う。
「そのために、彼女を傷だらけにしたのですか」
「まったく人聞きの悪い。あくまで躾だと言っているだろう? これ以上妻が傷つくのをみたくはないというのであれば、意地を張るなと説得してやれ。旅の仲間ではないか」
「死ぬのが嫌ならば、自身は奴隷になり、妻を娼婦として差し出すように説得しろとおっしゃいますか?」
「水の国の役に立てるのだ。誇らしく思うことはあれど、恥じ入る必要はなかろう」
「むしろ陛下には、恥の概念を学んでいただきたく存じます」
(この下衆が!)
言葉には出さなかったものの、ディランはきつく国王を睨みつけた。
***
「マルグリットは、あのおなごの治癒を終えたようだな。さて、休憩はお終いだ。躾の続きといこうではないか」
国王の言葉に、マルグリットの兄王子たちが途端に目をぎらつかせる。その尋常ならざる強い負の感情に、ディランは小さく顔を歪めた。
本来であれば、四王国の王太子が勇者に選ばれる。風の国、火の国、土の国では、今回の討伐の旅でも、伝承と同じく王太子が勇者として参加していた。ところが水の国だけは、なぜか一平民が勇者となっている。
聖なる剣を引き抜くことができなかったので仕方がないのだが、マルグリットの兄にしてみれば赤恥をかく羽目になったはずだ。彼の誇りは大いに傷ついたことだろう。勇者の地位を不当に奪われたと認識していてもおかしくはない。だからと言って、このような八つ当たりが許されるはずはないのだが。
「陛下、それから殿下。治癒魔法が万能とでも思っていらっしゃるのであれば、考えを改めていただきたい。いくら傷を治しても、血が流れ続ければ、表面の傷を治したところで怪我人は死に至ります」
「術者の魔力と経験の差、そして患者の容体によって治癒術の効果が左右されることは理解しておる。だがそれならば、奇跡の力を持つ者を連れてくればよいだけであろう?」
「まさか」
「すぐ身近に、ちょうどいい存在がおるとは思わなんだ。何のとりえもないと思っていた娘が、まさかこのような秘密を持っていたとは」
ちらりと国王の目線がマルグリットとエマに向けられる。かつて魔獣の暴走で大量の怪我人が出た時、魔力譲渡では考えられない治癒の効果を発揮させたマルグリット。今回も固有魔法を発動させたのか、あれほど出血していたはずのエマの顔色が戻り、呼吸も穏やかなものになっているのがはた目にもわかった。
「神官長、せっかく逃げたのならもっと静かに暮らさねば。自身の美貌に無頓着、あげく人助けが当たり前とあっては、それもわからぬか」
「……おっしゃる意味がわかりかねます」
「そもそも王都の中央神殿で貪欲に出世にこだわっていた男が、辺境の小さな神殿で満足しているなど怪しまれるとは思わなかったか? 実に愚かだ」
「心変わりは世の常でしょう」
「神殿付設の治療院を活発化させなければ、マルグリットが『清貧の聖女』として噂になることもなかったのだ。マルグリットを守りたかったのなら、水の国など捨てて他国へ行くべきだったな。信仰も捨てられない、弱き者も見捨てられない、その癖女は欲しいなど、強欲な男よ」
国王の指摘にディランは唇を噛む。
「宮廷医さえ騙し切ってこの城を死んだものとして逃げ出したマルグリットの手腕はまさにお見事。実に面白いではないか。死体と判断された人間が、息を吹き返し、数ヶ月も生き続けるなど、固有魔法を使ったとしか思えぬ。あやつの力を利用すれば、不老不死も夢ではないやもしれぬぞ」
「ようやく穏やかに暮らすことができるようになった実の娘もまた、奴隷のように扱うと?」
「儂の血を受けついだ娘だ。子どもの力を親がどのように使おうとも、親の勝手。むしろあの娘は今まで何の役にも立ってこなかったのだ。使える力が顕現したのであれば、儂のために働くべきともいえよう」
他人の人生を私利私欲のために使うことに何の疑いも持っていない国王の様子に、ディランもそして話を聞いていたマルグリットも反吐が出そうだった。
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