第28話 王女は神官長に求婚される。
「と、とりあえず、お昼ご飯の準備をしますから。この話はここでおしまいです。いいですね」
「えー」
「つまんないー」
「つまんないーじゃありません。私にいろいろ言うのはいいですが、神官長さまを困らせてはいけませんよ?」
「うーん、たぶんもう遅いと思う」
「え?」
「他の子がいろいろ言っちゃってるんじゃないかな」
「だよね、あたしもそう思う」
「ってか、神官長さまがプロポーズするだろうなっていうのを楽しみにしていたから、花だけ渡したとか聞いたら、みんな本気で呆れているだろうし」
(ちょっと待ってください。ディランさまに同じようなことを直接言ってしまっているってことですか? この後、ディランさまにお会いしたときにどんな顔をすればいいのやら)
いろんなことを想像してしまい、マルグリットは慌てて頭を振った。とりあえず、妄想の中のディランと会話をしたところでどうしようもない。まずは目の前のことに集中するべきだ。調理室へ向かい始める。
「とにかく! 私は今からお昼の準備、みなさんは食事ができるようにお部屋の片づけです。このままではお昼ご飯抜きになってしまいますよ」
「それは嫌!」
「マーちゃん、今日のご飯はなあに?」
「今日は治療院のお礼に鶏肉と牛乳をいただいたので、ミルクシチューです。なんとデザートに苺もつきますよ!」
「やったあ!」
「では、頑張ってお片付けしてくださいね。ほら、どちらが早いか競争ですよ」
ぱっと駆けていく子どもたちの後ろ姿を見送りながら、マルグリットも料理の支度にとりかかった。じゃがいもの皮むきをしながら、心を落ち着かせる。普通の王族なら野菜の皮むきなんてできなかっただろう。小さい時から自力で食料を調達する必要があったからこそ身に着けることができた技術だ。黙々と作業に集中すれば、余計なことは考えずに済む。
(ええと、小麦粉が足りないみたい。小麦粉がしまってあるのは……)
「今、お探しなのは小麦粉ですか。それなら、あちらですよ」
「ありがとうございます……って、え、ディランさま! どうしてここに?」
「なぜか子どもたちにここに連れてこられまして」
「……あの子たちは、一体何を考えているのかしら。ディランさまは、まだ神殿の方でお仕事がありますよね。ここは、私と子どもたちで支度を済ませてしまいますから……ってあれ?」
「どうしました」
「あの、扉が開かないみたいなんです」
「代わってください。……はあ、扉の向こうに物理的に何か置いていますね」
「もう、どうして?」
「つまりは、わたしが役割を果たさないことにはここから出さないという脅しなのでしょう」
「ここから出さないつもりって……。一体どういうつもりなのかしら」
(ディランさまをここに閉じ込めると言っても、魔王討伐に同行してきた神官さまを本気でどうにかするなんて無理なことわかっているでしょうに)
ディランは日頃から物腰柔らかく、見せてもらう魔法も補助的な役割なものばかりだが、攻撃的な魔法が使えないわけではない。むしろ魔力の大きさから考えて、ちょっとした魔法ですら威力の高い魔法に変化してしまうことだってある。それを知らない子どもたちではないだろう。
(子どもたちは、ディランさまをここに連れてきて何をしたかったのかしら。まるで、私とディランさまを引き合わせたかったような……え? つまり、そういうこと?)
子どもたちの狙いに思い至り、思わず顔が熱くなる。考えないようにしていた、先ほど子どもたちに教えてもらった花を贈る意味をどうしても思い出してしまうのだ。
「ディランさま。お外に出ることができないということでしたら、とりあえずお料理を手伝っていただいても良いですか?」
「喜んで」
なんのてらいもなくうなずいたディランの料理技術は、正直なところマルグリットよりも高いようだった。神官見習いの頃から料理を経験していたこと、また魔王討伐の旅などでも自炊を続けていたことなどが理由にあるのだろう。あまりの手際の良さに、悔しいとか恥ずかしいという気も起きない。名人芸を見ているような気持ちで、ついつい見惚れる始末だ。
(人参を切っている姿も美しいなんて、本当にすごいわ)
「ここでの暮らしは、いかがですか?」
「ふふふ、改めて聞かれるとなんだか恥ずかしいですね。とても幸せですよ。私の家族は、ここにいたのだと気づかされましたから」
「その家族に、わたしも入っていますか?」
「ええ、もちろん。むしろ勝手に家族扱いにしてしまって、大丈夫でしたか?」
「ここで家族として数えてもらっていなければ、泣いているところでしたよ」
(良かった、私がディランさまを好きという気持ちと、ディランさまが私を好きという気持ちは同じだと思うけれど、重いだとか迷惑だとか思われたくありませんもの)
「このまま、ずっとこんな風に過ごせたらいいなあと思っています」
「わたしは、このままでいいとは思いません」
「え?」
「あなたとの関係をあいまいなままにするつもりはないのです。メグは、結婚できなくてもいいと言ってくれるかもしれませんが、わたしはあなたの夫になりたいのです。堂々と、あなたと正式な夫婦になりたい」
「ディランさま……」
ディランの言葉は、マルグリットにとってとても嬉しいものだ。けれど、それはディランが神官を辞するという意味になる。神官見習いの頃から、ディランがどれだけ頑張ってきたのかマルグリットはわかっているつもりだ。マルグリットは、ディランの邪魔にはなりたくない。
「ディランさまのお気持ちはとても嬉しいです。でも……」
「神官ではないわたしでは、魅力はありませんか? 確かに神官長という地位はなくなりますが、魔術師として身を立てましょう。あなたに苦労はさせません」
「ディランさまは、神官の道を捨てても後悔なさいませんか?」
「神官でなくとも、女神さまへ祈ることはできます。子どもたちのことを見守ることだって。けれど、神官であることであなたを別の誰かにかっさらわれでもしたら、わたしは生きてはいけない」
すっと、ディランがマルグリットの頬に手をあてた。ゆっくりとディランの顔がマルグリットに近づきそのまま唇が重なり合うかと思ったその時、扉がものすごい勢いで叩かれた。返事をする間もなく勝手に開けられた挙句に、子どもたちが調理室へとなだれ込んでくる。
「ねえ、マーちゃん、お昼ご飯まだあ?」
「もう僕たち、お腹ぺこぺこだよお」
「す、すみません。ちょっともう少し煮込まなくては。その間に、一緒にお片付けをしましょう。誰かお鍋を見張ってくれるひとはいますか?」
ディランと会話をしながらも、調理は手際よく行われていた。もう少し煮込んでから、バターと小麦粉を練り合わせたものを加えて牛乳を足し、塩こしょうで味を調えれば出来上がりだ。どぎまぎとしつつ、おたまで鍋をかき混ぜる。
「あれえ、ふたりとも顔赤いよ? どうしたの?」
「ちゅーしたの? ちゅーしたんでしょ?」
「してません!」
今度はマルグリットが、「そうだ」と答えても「違う」と答えてもどうにもならない質問を投げかけられる。顔を赤くしたマルグリットの頭をディランが軽く撫でた。そんなふたりの姿に子どもたちが口笛を吹きながらはやしたてる。
「ええええ、あれだけ一緒にいたのにずっとお昼ご飯を作っているだけだったの?」
「神官長さま、ダサい」
「もういっそ、マーちゃんが押し倒しちゃえ」
「こら、そんなことを言ってはいけません」
「もう好きにしてください」
お腹が空いた子どもたちは、もはやマルグリットとディランがどうにかできるような相手ではない。まずは彼らのお腹を満たすこと。話はそれからだ。ふたりは顔を見合わせるとくすりと笑い、子どもたちのために食事をする部屋のテーブルの片付けを始めた。
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