第26話 王女は意外な贈り物をもらう。

「今日は楽しかったですね」

「マーちゃんは何か買ったの?」

「うーん、いろいろ悩んだんですが結局見ているだけでした。みんなの戦利品を見せてもらってもいいですか?」

「ふふふ、いーよ」

「じゃーん、すごいでしょ」


 小さな飴玉に可愛らしいクッキー。子どもたちがかわるがわる見せてくれる宝物に笑みが漏れる。頑張った分だけ何かが手に入るという経験は、必要だとマルグリットは思う。将来という遠い目標だけで動くのは、いくら意識が高くても難しい。何かがあったときに、自分の心の支えになるものはいくつだってあった方がいい。


(だからこそ、清貧をかかげている神殿において、ディランさまが私のために屋台でお肉を手に入れてくれたことが嬉しいのです。祈りのために邪魔なものを手放していたディランさまと違って、私はたくさんのものを手に入れられずいつも欲しがってばかりいたから)


「素敵なものをたくさん見つけましたね。大事にしまいすぎて、虫さんたちに食べられてしまわないように気をつけてくださいね」


 それにしても、みんな買い食いに使ってしまったのか、小物を買っている子どもたちが見られないことにマルグリットは首を傾げた。あまり高価なものは難しいが、お小遣いとしては十分な金額だったはずなのだが。すると、おずおずとマルグリットに子どもたちが声をかけてきた。


「あのね、マーちゃんに見せたいものがあるの」

「あら、さっき見せてもらった宝物以外に、まだ戦利品がありましたか? ぜひぜひ、見せてください」

「あのね、これ! マーちゃんのだよ!」

「マーちゃんが髪飾りを見ているの、あたしたちも見ていたの。マーちゃん、これを買うのかなって思ったのに買わないし。でも、すごく似合っていたから。だからね、みんなでプレゼントすることにしたの」


 差し出されたのは、マルグリットが悩んだ末に買うことをやめた髪飾りだ。もう大人だからだとか、作業中には不向きだからと、なんだかんだ理由をつけておいてきてしまった髪飾り。子どものお小遣いで買うには少し難しいはずのそれが、なぜか目の前にある。マルグリットのために用意したのだと、恥ずかしそうに、けれど誇らしげに瞳を輝かせる子どもたちのてのひらに包まれて。


「自分のものを買うのは楽しいよ。だって、孤児院にあるものは全部みんなのもので、自分のものってなかったから。でもね、自分のものを買うよりも、誰かのために何かをあげるのってもっとずっと素敵だなって思ったの」

「大好きなマルグリットにプレゼントをしたかったの」

「わたしたちの、ありがとうの気持ちだよ」


 子どもたちの所持金から考えるとかなり高額だ。それなのに、自分のためではなく、誰かのためにプレゼントを用意できることが嬉しいと言ってくれるなんて。


(血の繋がった家族には恵まれませんでしたが、自分の家族はここにいたのですね)


 目を潤ませるマルグリットを、子どもたちが期待を込めたまなざしで取り囲む。


「ねえ、マー。つけてみて?」

「あたしがつけてあげる!」

「僕が!」

「ええやだ、俺がつけるの!」

「では、わたしがつけましょう」


 このままでは喧嘩になっても誰も譲らなそうだとみんな思ったらしく、髪飾りはディランの手元に届く。ディランならば仕方がないという暗黙の了解のようなものがあるらしい。


(子どもたちをうまく仲裁せずに、ディランさまが名乗りを上げるなんて珍しいですね。こういってはなんですが、ちょっとだけ大人げないような気もします)


 首を傾げるマルグリットに気が付いたのか、ディランが耳元でささやいた。


「これくらい役得があってもいいでしょう?」

「役得、ですか?」

「その話はまた後で」

「わあ、マーちゃん、可愛い!」

「みんな、ありがとうございます。大切にしますね」


 ディランの真意を尋ねる間もなく、マルグリットは子どもたちの歓声に包まれた。



 ***



 街での買い物で大層はしゃいだ子どもたちは、思っていた以上に興奮していたらしい。なかなか寝付けず、普段よりもだいぶ就寝時間をすぎたあたりでようやく孤児院の寝室は静かになった。寝かしつけを終わらせたマルグリットが眠気に襲われながら自室へと歩みを進めていると、ちょうど神殿から戻ってきたらしいディランが目に入る。


「こんばんは、マルグリット。そんなに慌ててどうしたのです?」

「ディランさまのお姿が見えたので、思わず。あの、変なことを聞くようで申し訳ないのですが……。この髪飾り、私に似合っていますか?」

「ええ、とても素敵ですよ」

「本当にそう思いますか? 女神さまに誓って嘘偽りなく?」

「もちろんです。こんなことで嘘をついても仕方がありません」

「そうですか。いえ、それなら良かったです」


 マルグリットが考え込むようにうなずくと、ディランもまた困惑したように尋ね返す。


「急にどうしました?」

「いえ、ディランさまが少し険しいお顔をしていらっしゃったので、もしかしたら髪飾りが似合っていなかったのかなと少し気になってしまいまして」

「ああ、すみません。それは完全にわたしが不甲斐ないせいですね。変な心配をかけてしまった申し訳ありません」

「それはどういう意味でしょう」


(ディランさまが不甲斐ない? 何をおっしゃっているのかちょっとよくわからないわ)


 マルグリットの髪飾りにそっと手をあて、ディランは髪に指をからませる。そのままくるくると髪を弄びながら、彼は小さく肩を落とした。


「子どもたちに先を越されてしまいました」

「え?」

「わたしも髪飾りには目をつけていたんですよ。子どものときのあの行動を挽回するつもりだってあったんです。けれどいざとなったら、何を選んだらよいかわからなくてあなたが手に取ったものを買うつもりでいました。ところが、子どもたちの方がわたしよりもずっと素早かったんです」


 予想外の告白に、頬が赤くなった。ディランが子どもたちに嫉妬している事実が面白くて、けれどそんな些細なことにはりあおうとするディランが愛おしくて、マルグリットは心が温かくなる。


「もう、ディランさまったらそんな顔なさらないで」

「そんな顔って、どんな顔ですか」

「ちょっと不満そうな、拗ねているようなお顔です」

「そんなにわかりやすいですか」

「私から見たら、ですけれど。って、ディランさま?」

「髪飾りは先を越されましたが、あなたに贈りたいものは他にもちゃんとあるんです。少し時間がかかるかもしれませんが、待っていてくれますか?」


(ディランさま、それはどういう意味でしょうか?)


 マルグリットが返事をするよりも先に、ディランに抱きしめられ額に口づけを落とされる。


「もう夜もすっかり更けてしまいました。明日も早いですから、どうぞ早く休んでくださいね」


 額からこめかみ、こみかみから頬と唇はおりてきたのに、最後の口づけは唇に重ならずに、すぐ近くをかすめただけで、ディランは離れていく。


(こんなドキドキした状態で、どうやって眠れとおっしゃるんですか!)


 マルグリットは頬を赤く染め涙目でディランを睨んだが、彼は優しげな笑みを浮かべるばかりだった。

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