第25話 王女は子どもたちと買い物へ行く。
子どもたちが治療院の手伝いを始めてからしばらく経った頃。マルグリットとディランは、子どもたちを連れて街を訪れていた。
「マーちゃん、お買い物? 何を買いに行くの? 夕飯の買い出し?」
「違いますよ。みんなのお給料が出ましたので、好きなものを買ってもらおうと思いまして」
「貯金したほうがいいって言わないの?」
「買い物の練習もしたほうがいいでしょう? 何がいくらくらいかかるとか、どんな使い方をすれば自分にとってちょうどいいかも勉強しないといけません」
「マーちゃんは? マーちゃんは失敗したことがあるの?」
率直すぎる子どもたちの質問に、マルグリットは苦笑した。何せあの頃のマルグリットは、食べ物や着る物にも困るありさまで、買い物の練習なんてするべくもなかったのだ。神殿での炊き出しに救われていたと言っても過言ではない。
「みなさんと同じくらいの年齢の頃はお金を全然持っていなかったので、そもそも失敗のしようがなかったんです。それでもお友だちとの街歩きは楽しいものでしたよ」
「マーちゃん、その街歩きって誰と行ったの?」
「わかった、神官長さまでしょ!」
「ええと、正解ですが。どうしてわかったんですか?」
「そんなの、見てればわかるよ」
(私、よほど友だちがいなさそうに見えるのでしょうか。まあ確かに、ディランさま以外の友だちとなると、神殿で知り合った子どもたち数人というところですけれど)
いろいろと考え込むマルグリットのことなどもはや目に入らないのか、言いたいことを言い終えた子どもたちは屋台や出店に向かって駆け出していく。ちょうど男女で欲しい物が分かれてしまったのかバラバラになってしまったので、マルグリットはディランに断りを入れつつ女の子たちの買い物を見守ることにした。
「わあ、可愛い!」
「素敵なものがいっぱいですね。欲しいものはお小遣いの範囲で買えるか、それとも来月のお給料と合わせないと買えないのか。よく考えながら見てみてくださいね」
「はあい!」
(こういうのは、見ているだけで楽しいもの。この色が似合うとか、こっちが可愛いとか吟味している時間もまた幸せなのですよね)
マルグリットも子どもたちから離れ過ぎないように気をつけつつ、並べられた髪飾りを見ていく。目に留まったのは、真珠の飾りがついた髪飾りだ。定番の形だからか、マルグリットの記憶にあったものととてもよく似ていた。
(名前のせいかしら。真珠の飾りにどうしても心惹かれてしまうのは)
今のマルグリットには、少し幼いかもしれない髪飾り。けれど懐かしさで胸がいっぱいになって、マルグリットは鏡の前で髪飾りをあててみた。あの頃のマルグリットが欲しくて仕方がなかった髪飾りだ。商売上手な店主が、マルグリットににこやかに話しかけてくる。
「お嬢さん、お似合いだよ」
「どうもありがとうございます。ですが、今日はあくまで子どもたちの引率なので私の買い物はまた今度」
「買わないのかい? 残念だねえ。まあ、髪飾り以外にもうちは手広くやってるからさ、次はお連れさんに指輪を買ってもらいな」
「え? 連れですか?」
戸惑うマルグリットに、店主がそっと横目で合図をする。ゆっくりと振り返ってみたが、そこではディランがいつものように穏やかそうな微笑みを浮かべているだけだ。
「あそこで、俺のことをものすごい形相で睨んでいたにーちゃん、あれはあんたの連れだろ。小さい子どもの相手ももちろん大事だが、ちゃんと連れの面倒も見てやらないとああいう男は面倒くさいぜ」
「き、気をつけます?」
(ディランさまが嫉妬? そんなまさか。だって私、店主さんとお話をしていただけですし)
大慌てで髪飾りを元に戻したマルグリットの姿を、すぐ近くにいる少女たちは目ざとく見つけていた。
***
出店の店主に言われたからではないが、マルグリットはディランに話しかけてみた。
「ディランさま、覚えていらっしゃいますか?」
「何をでしょう」
「ずいぶん昔、私が離宮を通り抜けてあの小さな神殿に遊びに来ていた頃のことです。神殿の外に行ってみたいとねだって、街歩きをしてみたでしょう?」
「ああ、そんなこともありましたね」
「美味しそうな食べ物や、綺麗なものがたくさんあって、本当に夢のようだと思ったんです。でも、私は全然お金を持っていないから何も買えなかったでしょう? 物々交換できるほどの品物さえもっていなくて。それでも、見たことのない景色に触れるだけで楽しかった」
「よく覚えていますね。あの時、あなたは先ほどのような出店で髪飾りを見ていたのでしたか。今にして思えば、屋台の肉ではなく髪飾りのようなもっと気の利いたものを買ってあげるべきだったのでしょうね」
なぜか自信満々でお肉を持ってきてくれたディランを思い出し、マルグリットは吹き出した。こんな綺麗な男の子が屋台で肉を何本も両手に抱えて買ったのかとか、神官なのにどうやってお小遣いを持っていたのだろうとか、あの日はいろんなことに驚いたのだったか。
「そういえば、あれはどうやって購入したのですか。ディランさまも自由になるお金はお持ちではなかったですよね?」
「あの時は、治癒魔法で治療をする代わりに商品を譲ってもらえるように交渉をしたんです。まあ後から師匠、当時の神官長にバレて大目玉をもらいました」
「身体を張ってエスコートしてくださったんですね。ディランさまに買っていただいたお肉、本当に美味しかったです。今思うと、あれが初デートなのですよね」
「デ、デートですか?」
突如挙動不審になるディランを前に、マルグリットは胸がいっぱいになった。あの頃の自分に、大人になった自分が幸せだと伝えてあげたい。
「久しぶりに、また買ってみますか? やっぱり味が違うのかしら」
「あれは水の国の伝統的な屋台の商品ですから。どことなく似通っている部分はあると思いますよ」
「まあ、楽しみです」
マルグリットとディランの元に、買い物を早々に終えたと思われる子どもたちが駆け寄ってきた。
「もう買い物は終わったんですか。みなさん、思い切りが良いですね」
「すごくいいものを買ったんだ。マーちゃん、楽しみにしててよ」
「まあ、素敵。お家に帰ってから見せてもらうのが、今から楽しみです」
にこりと笑うマルグリットの横で、子どもたちのお腹が小さく鳴った。どうやら、お小遣いは早々に使い切ってしまったらしい。まあ、子どもというものはそんなものだろう。けれど周りには魅惑的な屋台の数々。きらきらとした瞳で、子どもたちがおねだりを開始している。そして屋台で買い食いを試みようとしていたマルグリットとディランの姿は、子どもたちにしっかり捕捉されていた。
「あああああ、神官長さま、買い食いするの? 買って、買って、買って!」
「はいはい、わかりました。ひとりひとつずつですよ」
子どもたちに念を押すマルグリットの耳元で、ディランがぼそりとつぶやく。
「デートと言いますか、これは子だくさんの家族の日常ですね」
「その通りですね……って、どうして私ではなく神官長さまが顔を赤くするんですか」
「いえ、その、面目ない」
「マーちゃんと神官長さま、お顔赤いけれど、どうしたの?」
「え、なんでもありませんよ」
「そうそう、なんでもありませんから」
(急に、「家族」のようだと言われると照れてしまいます。ディランさまも、少しは私と家族になってもいいと思ってくださったりしているのかしら)
決して聞くことができない疑問を持ちながら、マルグリットは焼きあがったばかりの屋台のお肉を子どもたちに配るのだった。
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