第24話 王女は子どもたちと治療院の手伝いをする。
「こんにちは。今日はどうされましたか」
「ううむ、それが畑仕事で手を切ってしまってのう」
「わかりました。それでは、こちらへどうぞ。あちらの神官さまと見習いの彼の指示に従ってくださいね」
「おうおう、小さいのに偉いのう」
「まだまだ見習いですが、せいいっぱい頑張ります」
ぺこりと頭を下げる少年のことを、老人は孫を見るようににこにこと見つめる。この辺りに暮らす人々は、かなりひとがいい。年齢を理由に無茶な要求をしてくることもないし、こちらの案内にも素直に従ってくれることに、マルグリットはほっと胸を撫でおろしていた。
(うん、あの子は大丈夫そうね。それじゃあ、次の患者さんを呼ぶことにしましょう)
「昨日から咳が止まらなくて」
「それなら、問診の上、薬湯を出させてもらいますね。薬師さんにご相談させてください」
「あら、治癒術師さんに診てもらえないの?」
「治癒術師さんは怪我や解毒にはお強いのですが、病気の治療となると薬師さんが適任ですので」
「いろいろあるのね」
「まったくです」
(治癒術師なら、なんでも治せると思っていたけれど、意外とそういうものではないのですよね)
マルグリットは小さく肩をすくめつつ、女性を薬師の元に案内する。マルグリットとディランは、子どもたちの魔法の練習と職業訓練を兼ねて治療院の手伝いを始めていた。
神殿には、孤児院と同様に治療院が付設されている。腕の良い治癒術師は貴族が囲ってしまっていることが多いため、神殿がこのような施設を置くようになったのだとか。とはいえ、平民にも払える良心的な価格で行う治療院はどこも人手不足。そのため、練習を兼ねたまだ見習いの子どもたちの手伝いは、意外なほどに歓迎されていた。
(ついでに最低限とはいえ、子どもたちにお給料を渡すことができますもの)
いつか孤児院から出て独り立ちすることを考える上においても、お金の使い方や金銭感覚を教えてあげるのは大事なことだ。裕福とは言い難い環境にいるからこそ、知識を身に着けておく必要があるのだと、マルグリットは息巻いていた。
「マーちゃん、掃除終わったよ。シーツ洗いたいんだけど、回収済み?」
「裏庭の洗濯場に置いてありますよ。水魔法での洗濯をお願いしますね」
「うん、わかっている。えーせーじょーの問題ってやつでしょ」
「衛生上の問題ですね。水魔法が使えるので、安心してお任せできます」
「ふふん、任せておいて。あれ、マーちゃんはどうして案内係と記録係をしているの? それも、ちゃんと係を決めてたよね?」
診察に来たひとの波がようやっと途切れたところで、子どもたちに尋ねられた。侍女適性のある子どもたちは洗濯や掃除を行い、治癒術師の適性が見られた子どもたちは神官の監督の元で、簡単な治療の手伝いをしている。一方で、魔法が使えない子どもたちは、順番待ちの整理やそれぞれの症状などを書き留める作業をしていた。
普段のマルグリットは全体の管理をして、困ったことが起きていれば適宜その対処にあたっている。ところが今日はマルグリット自らが受付やら患者さんの案内やらをやっているのだ。子どもたちは意外と責任感が強い。ここでの仕事ぶりが、自分の将来に影響することもよくわかっている。だからこそ、姿の見えない友人たちのことが気になったのだろう。
(自分の仕事を押し付けているだとか、投げ出しているとは考えないこの子たちの心根の美しさは本当に素晴らしいものね)
「今日はディランさまの元に、王都の神官さまと風の国、火の国、土の国の神官さまがいらっしゃっているそうなのです。そのためみんな、属性の検査のために神殿に行っているのですよ」
安心させるようにマルグリットが説明したが、そこへ別の子どもたちが話しに入ってきた。
「俺たち、その属性検査に行ったやつらがびーびー泣きながら神殿から飛び出してきたのを見たんだけど」
「え?」
「少し遅れてから神官長さまも探しにきてたけどさあ。ちびたちが隠れると見つけるのは難しいじゃん」
「それじゃあ、隠れたまま出てきていない子もいるのですか?」
「うん。でもまあ、もうすぐ昼メシの時間だから、腹が減ったら出てくるって」
「でも……」
「マーちゃんは、とりあえず治療院が終わるまでここで予定通り仕事しててくれよな。あとは手が空いている人間で探しとくからさ」
予想外の事態に驚いたマルグリットは、治療院が休憩時間を迎えるとすぐに孤児院に向かって駆け出した。
***
孤児院の中では、困り果てたディランがひとりで子どもを探し続けていた。
「ディランさま、属性の検査の後に子どもたちがいなくなったと聞いたのですが……」
「ほとんどの子どもは、昼食が始まる時間には戻ってきました。ただ、まだ一名どこかに隠れてしまっているようなのです」
隠れたままの子どもというのは、マルグリットのことを「マー」と呼んでいる最年少の少女らしい。マルグリットが孤児院の中をうろうろしていると、物陰から泣きべそをかいている幼い少女が飛び出してきた。どうやら見つかりそうになると、隠れ場所を変えながら逃げ続けていたようだ。あるいは、マルグリットに発見してもらいたかったのか。
「マー、あたし嫌なの」
「どうしたんです。何が嫌なのかちゃんと話してくれなきゃわかりませんよ」
「だってあたし嫌なんだもの」
残念ながら幼い少女の言葉は堂々巡りだ。泣きじゃくる少女の背中をさすりながら、マルグリットはディランに問いかけた。
「ディランさま、これは一体どういうことですか? 今日は四王国の神官さまたちがそろって、子どもたちの検査を行っていたのですよね。その際に、何が起きたのかお伺いしても?」
「水の魔法が発動しなかった子どもたちは、それぞれ別の属性の魔力の型を持っていることが確認できました」
「そうですか。それは、原因が判明したのですから良かったと言うべきなのでしょうね」
「あなたのように原因が不明のままよりは、きっと子どもたちが将来困ることは少なくなるでしょうね。ただ」
ディランが言いにくそうに言葉を区切る。
「水以外の属性を学ぶためには、国を出なければならないのですよね」
「いろいろと思うところはあったでしょうが、最終的にそれぞれの国に行くことを承諾してくれました。けれど、そこの彼女だけはあなたから離れたくないと泣いて拒んでいたんですよ」
「あたしは、マーの隣にいるの!」
(多少なりとも年齢が上がると、何より自分のためにも魔法は使えた方がいいという判断になります。友人知人と人生を天秤にかけて、しばしの別れを選ぶこともできるようになる。でもまだ小さい彼女にとっては、まだずっと先の将来の話よりも、仲の良い相手のそばにいられることの方が大事なのですよね。孤児である彼女にとって、私たちは家族のようなものなのですから)
自分に全幅の信頼を寄せてくれる少女のことを愛おしく思うと同時に、だからこそ彼女には将来の選択肢を狭めてほしくないと思ってしまった。マルグリットは、そっと少女を抱きしめる。
「マー、あたし、風の国に行かなきゃだめ?」
「行きたくないのですか?」
「だって、風の国に行くのはあたしだけだって言われた……」
「絶対に行かなくてはいけないということはないの。でも私は、あなたに後悔してほしくないと思っています」
「マーは、あたしがいなくても寂しくないの?」
「寂しいに決まっています。でも、あなたが苦労する姿は見たくないの。神官見習いはきっと大変なお仕事でしょう。それでも魔法が使えて当たり前の水の国で、私のような思いをあなたにさせたくないのよ。ごめんなさいね、私と神官長さまの勝手な親心なの」
「マーと神官長さまの親心……」
すっと少女が黙り込み、じっと小さく考え込んでいる。
他国なんて行かないでもいいよ、それでも暮らしてはいけるはずと言うことは簡単だ。けれど彼女の将来のことを考えるならば、他国で魔法を学ぶことはとても大事なこと。
それに今回の誘いを断れば、次の勧誘はおそらく数年後になる。子どもたちの人生における数年は、きっと本人たちが考えるよりもずっと長くて貴重だ。答えを出せないまま泣きじゃくる少女の頭を撫でつつ、マルグリットはディランを見上げた
「ディランさま、他国の神官見習いになるかどうかの回答はすぐに出さなければならないのですか?」
「少しなら、猶予があると言えるでしょう。この町の近くにも、いくつか小さな神殿があります。そちらが街道から離れた山の中にあるので、そこを確認してから再度ここに戻ってきてくれるそうです」
「思ったよりも地道な確認の仕方をするのですね」
「まあ神殿もいろいろありますから。各国を回って自分たちの同胞を見つけてくれる彼らは、神殿の良心のようなものですよ」
ディランの言葉にマルグリットも苦笑する。確かに神殿が清廉潔白な人物だけの集まりなら、水の国の王族があそこまで横暴な振る舞いをすることもないだろう。勇者の元妻の離縁を嬉々として進めることなどできなかったはずだ。
(それならば、もう少しだけ猶予がありますね)
「では、しばらく一緒に考えてみましょうね。風の国の神官見習いになるか、それともこの神殿で成人までを過ごすのか。どちらがあなたにとって幸せか、もう少しだけ悩んでみましょうか」
マルグリットの言葉に、少女はこくんと小さくうなずいた。
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