第23話 王女は子どもたちと将来の夢を考える。

「マーちゃん、見てみて!」

「あら、水魔法の使い方が上手になりましたね。洗濯をするのが早くなったのではありませんか?」

「うん、そうなの。手で洗うよりも断然早いね」

「床掃除も早くなったし、窓だってぴかぴかに磨けるようになったよ!」


 ぴょんぴょん飛び跳ねながら、子どもたちが喜んでいる。仕事が楽になったという嬉しさもあるのだろうが、やはり周囲と同じように魔法が使えるようになったというのが大きいのだろう。水の国では、魔法が使えないことは異端なのだ。ただでさえ親なしという弱みを抱えている彼らが、「普通」に憧れるのも無理はなかった。


(私だって同じでしたもの。最初は、「普通」になりたかった。魔法さえ使えれば、みんなと同じように接してもらえるのかもしれないなんて考えていたの。その意識が変わったのは、ディランさまに会ってから。大人になった今になって思えば、魔法が使えるかどうかなんてそもそもあのひとたちには関係なかったのだろうと思うのですけれど)


 マルグリットは魔法が使えるようになった子どもたちを褒めつつも、水の国を含めた四王国以外ではこれが「普通」ではないことを付け加えるのを忘れなかった。魔法が使えるかどうかで相手を判断してほしくなかったし、実際孤児院の中には、かつてのマルグリットと同じように魔法を発動できない子どもたちも数名いたからだ。


「本来は手で洗うのが普通なのですけれどね。この国は、水魔法があまりにも普及しているので、できて当然という形で生活が営まれていますから。魔法が使えないとあまりにも不便なのは、考えどころかもしれません。魔力が枯渇してしまったら何もできなくなってしまいます」」

「他の国では、こんな風じゃないの?」

「私も外国に行ったことがないのでよくわかりませんが、四王国以外の他国では魔法は基本的に使えないものとしてみなさん生活しているはずですよ。風の国、火の国、土の国では、それぞれ風魔法、火魔法、土魔法が使われていますから、水の国のように魔法が生活に根差しているようですが」

「マーちゃんも見たことないんだ?」

「残念ながら。その辺りは、神官長さまの方がお詳しいかもしれませんね。魔王討伐の旅において国外に出られていますし、四王国の神殿同士での交流もあるでしょう」


 一応マルグリットも四王国の王族なので、本来なら他三国の王族と知り合う機会もありそうなものだが、なにせいないもの扱いされている末王女である。他国の王族が水の国を訪れることがあっても、彼らの魔法を目にすることなどあるはずがなかった。


(魔法のない国の普通の家庭に生まれていたら、もっと違う人生だったのかと考えたこともありましたね。でも、他の国に生まれていたら、ディランさまには会えなかった。なんだか不思議な気持ちです)


「さあ、おしゃべりしていては魔法の練習時間がなくなってしまいます。それにせっかく水魔法で洗濯や掃除が手早くできるようになっていても、ついおしゃべりをしてしまうようでは、侍女として良いお屋敷で雇ってもらうのは難しくなってしまいますよ」

「どうせ孤児院出身だと、ろくな働き口がないでしょ?」

「そんなことありませんよ。そして、そんなことが起こらないようにするために魔法の練習が必要なのです。みんなが頑張れば、そのぶんよい職業に就くことができるのですから」


 魔力の扱いに長けていれば、なることができる職業の幅はぐっと広がる。魔力の量は貴族の方が多いというのが一般的に言われていることだが、魔力の使い方がうまいかどうかは本人の努力次第。訓練を積むことで、侍女だけでなく治癒術師など希少な職への道が開けることも多い。今この瞬間の苦労が彼らの先々の人生を楽にしてくれる。いくら自分に懐いてくれる子どもたちとはいえ、甘やかすつもりは毛頭なかった。



 ***



 魔法の精度を上げる訓練をしている子どもたちの横で、マルグリットは魔法を発動できない子どもたちの面倒を見ていた。その中のひとり――最も幼い少女――が、ぺっとりとマルグリットに抱き着いて離れない。同じ魔法が使えない組の子どもたちが、少女をマルグリットから引き離そうとしていた。


「マー」

「ちょっと、呼び捨てはだめ。マーちゃんでしょ!」

「マー、魔法が使えないと、働けないの?」


 少女は周囲の止める声など耳に入っていないらしい。つぶらな瞳でマルグリットを見上げてくる。少女を軽く抱きしめながら、マルグリットは微笑んだ。


 この神殿には、かつてマルグリットが魔力の属性を確認するために利用した魔石が保管されていない。どうやらあの魔石は、王都の中でも限られた神殿にしか置かれていないらしい。小さな神殿だと思っていたが、離宮からの逃げ道の出口に設定されていることから考えても、実は意外と重要な神殿として認識されているのかもしれなかった。


 魔石の代わりにマルグリットとディランが利用したのが、身体にある傷口を利用して魔力の有無を探る方法だ。治癒術を使えるマルグリットとディランであれば、傷を塞ぐ際に相手の魔力の型を感知することができる。水の魔力同士は引き合う特性を持っているためだ。もちろん、発動後の魔力の型を見るよりもずっと繊細で難しい作業だったりする。


 もちろん、マルグリットとディランにもわからないことはあった。魔力はあるが、水の魔力ではないものが一体何の属性をしているのか。それは、他の属性の細かい型を知らないマルグリットたちには確認する術がなかった。


「大丈夫ですよ。魔法が使えると便利なことが多いですけれど、使えないからと言って働けないわけではないのです。ただみんなは、おそらく水以外の魔力を持っているのだと思います。詳しいことは今度他国の神官さまたちに確認してもらわなくてはいけないのですが、魔法が発動する可能性は十分ありますよ」

「他の国なら、勉強できるの?」

「無理をして他国で勉強しなさいという意味ではないの。でも、魔法を使って可能性を広げたいと思うのなら、風の国や火の国、土の国で勉強することもできるということを知っていてくださいね」


 それは、マルグリットもディランから教えてもらった話だ。ただ、平民が国外に行くことは難しい。何より四王国は、許可がなければ立ち入ることもできない。彼らが風の国や火の国、土の国でそれぞれの魔法を学ぶためには、各国の神殿で神官見習いとして奉公する必要がある。いつかは還俗も可能だが、道は厳しい。何より、友人知人のいない国で頑張れるかも心配だ。


(それでも、可能性があることは教えてあげたい。諦めなくてもいいと知ることは、生きる力に繋がる。かつて私が、ディランさまに希望をもらったように)


 不意に、マルグリットは子どもたちに尋ねられた。


「マーちゃんは、大きくなったら何になりたい?」

「え、私、ですか?」

「うん、あたしは大きくなったら先生になりたい。マーちゃんみたいに、みんなにいろんなことを教えてあげるの」

「俺は騎士さまになりたいなあ」

「わたしは、立派なお屋敷の侍女になりたいわ」

「マーちゃんは大きくなった何になる?」

「私は、もう大人ですから」

「大人だと、なりたいものになれないの?」


 考え込むマルグリットの隣で、マルグリットにしがみついていた少女がにこにこと笑った。


「マーは、大きくなったら神官長さまのお嫁さんになったらいいよ」

「まあ!」


 彼らにしてみれば、大人も子どもも関係ないのだ。ひとは誰だってなりたいものになれる。そう信じてほしいし、そうであってほしいとマルグリットも思っている。そんな彼らに、ディランとの結婚は無理なのだと説明することは、無粋な気がした。


(神官長さまは、女神さまにその身を捧げていらっしゃる。私の想いを受け止めてくださった、それだけ十分なのです。それ以上を望んで、ディランさまの努力を無駄にしてはいけない)


「そうですね、なれたらいいですね」


 うまく笑えているかわからないまま、マルグリットはつぶやいた。

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